2-1-2
十二月の吹き荒ぶ寒風の中、一文無しかつ、濡れ鼠。
自殺願望を疑うほどに、凍死の道、一直線への要素は揃い切っている。
と──。
「なるほど、そういうことでしたら、構いませんよ。……その白い羽織、安芸様でしょう? ウチの孫娘があなたのことを大層気に入ってましてなあ。下手に追い返したら、孫にどやされますでな」
ほほほ、と穏やかに笑う宿の主。
「そういえば、最近、孫が町で安芸様をお見かけしなくなったと落ち込んでおりましてな。……そうですなあ、また孫と話をして下さるなら、一泊くらい、お代は構いませんとも」
思いがけない宿の主の言葉に、私は少々驚きで。
「本当ですかぁ!? 恩に着ます!! ……と言いたいところだけど、そこはきちんと払いますよ、おじいさん」
私の言葉に、孫と会話をしてもらえない、と思ったのだろう。宿の主は目に見えて落ち込んだ。
「あ、悪い意味ではありませんよ! お孫さんとお話しないってワケじゃなくて、声を掛けてもらえたら、ちゃんとお孫さんとは有難くお話させてもらいますよ。……別に、お孫さんを避けていたワケではなく、ただ怪我をして引き篭っていただけなのですから!」
胸の前で両手を横に振りながら、私はしょげた宿の主の誤解を解く。
この宿の主の孫が、どの町娘かは分からないが、落ち込ませてしまったことに、少し申し訳ない気持ちになった。
──しばらく町娘に話し掛けられたら、償いがてら、いつもの二割増しで愛想を振り撒こう。
頭が勝手にそんなことを考える──と──。
「その、私が勝手に川に飛び込んだばかりに、申し訳ない……」
と、ふいに私は褌の男に頭を下げられ、慌てて首と手を大きく横に振った。
「と、とんでもないです! こちらこそ、こんな寒い中、手拭い一枚のために泳がせてしまってすみませんでした!」
──泳げなかった私が悪いのであって、彼には一切の落ち度はないのだ。
私は申し訳のなさから、何度もペコペコと頭を下げ──、奥から出てきた中居に、男が連れられて行くのを見送る。
そして──。
「いい人だったなぁ……」
温かな気持ちで旅籠を出た私は足取りも軽く、お金を取りに屯所へと戻り──。
屯所へと近付いた時、日の暮れかけた屯所の前で、門番の、一人の隊士と会話をしている女性の背が目に入った──。
「え……お梅さん!?」
私は屯所の入口に立つその女性の姿に、目を丸くした。
長い豊かな黒髪に白く艶やかな四肢。
ケチのつけようもない、美しい華の顔を持つ彼女は、間違いなく京都嶋原花街 吉田屋の遊女、お梅だった。
「あ、安芸さん!」
「お梅さん何でココに!? それに、その格好……」
たたっとこちらへと駆けて来る彼女は華やかな遊女の装いでなく、普通の町娘の装いで。
自分の目がおかしくなったのでは、と疑い、何度か目を擦るも、どうやら見間違いではないらしい。
「ふふっ、驚いた? この格好はほら、此処に来るのにいつもの格好で突撃するワケにもいかないから──」
──なるほど。
どうやら、彼女は屯所を訪ねるために、隊の風紀を乱さないよう、わざわざ気を遣ってくれていたようだ。
「一人で来たの?」
「ううん。ほら、あそこ」
私の問いに、お梅が背後を振り返り、遠くを指差す。
くるりと振り返ると、指の示す先には、建物の陰からこちらを控えめに見やる男性が一人。
「お店の人がちゃんと用心棒してくれているから大丈夫よ。……それよりも」
と、次の瞬間──お梅はこちらへと向かって、眼光を鋭くした。
急にそんな視線に晒されることになった私は僅かにたじろぐ。
「安芸さん、前にウチに顔出しに来てくれるって言ってくれたのに、待てど暮らせど来てくれないんだもの! 仕方がないから今日はこうして、此方から出向いて来たのよ!」
──しまった。
彼女の言葉に、私は頬を引き攣らせた。
先の戦いの折り、確かにそんな約束をしたし、忘れていたワケでもない。
だが、まだ隊務に復帰して三日なのだ──。
今まで休んでいた分を取り返そうと遮二無二働いていたのだから許して欲しい。
「まあ安芸さんのことだし、どーせ刀を片手に元気に駆け回っているのだろうから、心配はしていなかったけど──」
「スミマセン……。あの、本当に、すみません……」
つん、とそっぽを向く彼女に、私はしどろもどろになりながら、ひたすら謝罪を重ねる。
「……いーわよ。そんなことだろうと思って、此方から出向いて来たワケだし」
何とか許してもらえたことに、私がほっと胸を撫で下ろしていると、門扉で見張りをしていた隊士の一人に呼ばれていたのだろう、近藤さんがやってきた。
芹沢筆頭局長亡き後、新撰組の頂点となった近藤さんは、相変わらずの温かな笑顔でお梅へと片手を挙げて挨拶をした。
「お。本当にお梅さんじゃないか。息災そうで何より!」
ははは、と陽だまりのような笑みを浮かべながら、ゆっくりと此方へと歩いてくる近藤さんに、お梅は深々とお辞儀をする。
「あの……急に押しかけてしまって申し訳ございません……」
「何、お梅さんはワシらの大切な戦友だ。何かあった時はどんどん訪ねてきてくれて構わんさ。もちろん、里哉の顔が見たくなった時でも、な──」
まあ、立ち話もアレだ、と近藤さんは親指で屯所の建物を指差す。
「里哉。客間に通してやれ」
「そう、ですね」
──それは良いのだけど。
私はチラリと建物の陰に佇む彼女の護衛を見やる。
「彼は……どうしよう……」
「あ、彼は大丈夫よ。心置きなく安芸さんに会って来いって言われてるし」
私の視線の先を目で追い、お梅は一度だけ、護衛の男へと華の笑顔で手を振った。
「さ、行きましょう安芸さん」
早く早く、とお梅に急かされた私は、護衛の男と近藤さんへとそれぞれ一礼すると、彼女を連れて屯所の客間へと向かったのだった──。
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