9-1
九
討ち入りから二日。
一八六三年 十月十五日──。
その日は、秋の高い空がどこまでも続くような晴天であった。
昨日の晩、ようやく目覚めた私は、いつ雨が上がったのかは知らないが、今日が晴天で良かった。と、そう思う。
天気は良いのだけど──問題は──。
「痛い痛い痛い! 走らないでくださいよ!」
私は青い空の下、屯所の庭を走る斎藤さんの後頭部を見下ろしながら、悲鳴を上げた。
「煩いぞ。お前がどう持ち上げようとしても、文句しか言わなくて、遅くなったからこうして走っているのだ!」
「そんなこと言われましても! 私、あちこち骨折れているんですよ!?」
抗議の声を上げる私に、斎藤さんは「知っている」と返してくる。
「だから一番跳ねないように運んでやろうと思ったのに、それをお前が断ったのではないか!」
斎藤さんの言葉に、私は苦虫を噛み潰したような顔をした。
今日、私達は何があるかというと──。
「斎藤さん、まだ着かないんですかぁ……」
今日は、新撰組全体で盛大に執り行われることとなった、芹沢元筆頭局長の葬儀の日だった──。
勿論、他人事ではない……どころか、彼を手に掛けた張本人でもあるため、私も当然、式に参列することにはなったのだが──何せ、全身の至るところを骨折ないし、負傷している私は、布団から起き上がるのすら困難で──。
先程、斎藤さんが迎えに来てくれたのだが、一番身体が跳ねないからという理由で、横抱きにされかけた私は、全力でそれを拒否したのだった。
そんな無様な姿で隊士達の前に出るなど、心底冗談ではなかった。のだが──。
「いだいよおおおお!」
あれやこれやと抱え方を試した挙句、結局時間の関係で、背に負われる形となった私は、駆ける彼の背で身体を跳ねさせながら、全身に走る痛みに悲鳴を上げる。
ようやく辿り着いた屯所の庭の一角では、芹沢を荼毘に付すための準備が整っており、平隊士に至るまで、隊士達が整然と整列して、葬儀の始まる時を待っていた。
「アキリア。お前待ちだ──」
斎藤さんの言葉に、私は「すみません」と、皆に連呼するしかできず。
醜態を晒していることもあり、居たたまれない気持ちで、斎藤さんの羽織の背を掴む。と──。
「謝るよりも早く、アレを作れ」
ふいに耳に響いた斎藤さんの声に、私は彼の視線の先を見やる。
「沖田殿の計らいだ。芹沢元筆頭局長の手向けに、ころーな、とやらを作るのだ」
視線の先。白布の掛けられた台の上に置かれていたのは、隊士達が摘んだのだろうか、山と積まれたローレルの葉と枝だった。
──そうか、私は前に沖田さんの前でアレを編んでいたっけ。
別段、手を含む全身がひたすら痛むことさえ除けば、それを編むことに異論はない。
異論はないのだが、そのためには──。
「編みます! きっちりと編ませて頂きますので、まずは背から下ろしてください! こんな醜態晒しながらコローナ作りとかやってられませんから!」
私は斎藤さんの背から降りようと喚くが、他人の視線に頓着しない彼は、勿論ながら負傷した私を背から降ろしてはくれず──。
「阿呆か! お前が負傷していることは誰が見ても分かることだろうが。行くぞ!」
その一言で、私の生き恥を晒す未来は確定した。
──何で私がこんな目に。
それは、人生最大の赤恥だった。
隊士達の見守る中で、情けなさに真っ赤になりながら──、それでも手抜きなどは勿論、一切せずに、コローナを編む。
編み上がったそれは、近藤さんによって、芹沢の胸に載せられた。
そして──。
芹沢の永眠る棺を載せた木組みの枠は、灯された火に、勢いよく燃え上がった──。
──彼はローマに辿り着けたのだろうか。
斎藤さんの背で弾ける火の粉を眺めながら、ぼんやりと、そう考える。
「きっと、な──」
ふいに耳に届いた斎藤さんの声に、私は彼のつむじを見下ろした。
「あれ? 私、口に出してました?」
頭上から降ってくる私の声に、燃え盛る炎を眺めていた斎藤さんは、
「何となく、そう考えているのではないかと思っただけだ」
──と、前を向いたまま、そう答えた。
──彼の時が止まっても、世を憂う、かつての彼が結成した壬生浪士組──いや、新撰組が止まることはないだろう。
私は、激しく燃え盛る炎を見つめながら──、最期に正気を取り戻した、かの豪傑に祈りを捧げる。その魂が、彼方の地にいると信じて。
「どうか、ご武運を──」
私達の前には、きっと、これからも色々な事件があるだろう。
今、世相は時代の動乱を色濃く反映している。
彼ら新撰組が、それを避けて通ることは出来ないのだから──。
いずれ、故郷へと帰るその日まで──。
──彼らと共にいられたら。
そして、もし叶うのならば──。
「見届けられたら──」
彼らの征く、この時代の結末を。
それは宛てもない、虚空に消えるだけの願いだけれど。
「あなた達の進む道に光があらんことを──」
独りごちるその声を聞いていたのだろう。
背負う私を支える斎藤さんの腕に、一度だけ、小さく力が込められたのだった──。
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