8-6
一度目を伏せた芹沢は、近藤さんへと視線を向けた。
「近藤。情けだと思ってくれたので構わん。儂は……最期に安芸との一騎討ちを希望する」
その言葉に、芹沢の纏う雰囲気がガラリと変わる。
肌が切れるほどに凄まじい殺気は、間違いなく彼がかつて、筆頭局長として、闘志を燃やしていた頃のものだろう。
「……安芸」
近藤さんの、眉根を寄せた表情を見やり、私は彼を安心させるように、顔に笑みを貼り付けた。
「やだなあ、何、辛気臭い顔してるんですか、近藤さん。……見てくださいよ、芹沢筆頭局長を。殺る気満々じゃないですか」
上等、と私は逸る心を落ち着けるように、無意識の内に上唇をぺろりと舐める。
「筆頭局長ともあろうお方が、私を選んでくれたのです。──ならば、技も命も礼も、剣一本に全て載せて応えようじゃないですか。筆頭局長、お互いに出し惜しみはナシですよ? 持てる一切合切、その全てを出し尽くして、雌雄を決そうじゃないですか──」
私の声に芹沢は一度、武者震いだろうか。輝く目で震えると、ニカリと笑む。
「ははは、当然だ! 儂にとって、これが最期になるやもしれんのだからな! 儂は新撰組筆頭局長、芹沢鴨。後腐れの残る戦いなどはせんさ。そなたと同じ、この鉄扇に、腕に、全てを載せよう」
私はルディスを抜刀し、芹沢へと相対する。
彼もまた『尽忠報国の士 芹沢鴨』と彫られた、愛用の鉄扇を開いた。
「──最上の一戦としようではないか。銭も酒も、宵越しのものほどつまらぬものはない。命もまた然り。散らすべき宵に、一瞬で輝き散らす命を看取ることこそ最高の道楽なのだよ。さあ、どこからでも来い!」
つまらぬ幕引きになどさせてくれるなよ、と凄む芹沢。
「では遠慮なく。……アヴェ インペラトル モリトゥリ トゥ サルータント──」
私は己の精神を統一するように、もう、人生で何度誓ったかも分からない、ここで終わるかもしれない身として、皇帝様へと敬意を捧げる──。
一気に距離を詰め、私達は木刀と鉄扇を一度大きく交錯させる。
それが、幕開けだった──。
「はは! さすがですね!」
私は打ち込みの全てを開いた鉄扇に弾かれ、目の前の巨漢に賛辞を贈る。
「ふはは! そなたこそ、な!」
骨を軽く砕くであろう鉄扇の、横殴りの一撃を難なく躱し、隙のできた懐へと潜り込む、が、彼は鉄扇をパチリと閉じると、空気抵抗の減ったその扇の柄と拳で、私の頬を殴りつけに掛かった。
逃げるのは間に合わないと一瞬で判断するも、間違いなく、ただそのまま殴られれば、私は死ぬだろう。鍛えた男の拳は鈍器も同然である。
木刀の刀身へと右腕を平行に宛てがい補強する形で、彼の打撃を軽減し──、それを止めた瞬間に、彼の右肋へと左腕で肘鉄を叩き込んだ。
「くぉ……!! っやはや、冴えた一撃だわい……」
間違いなく右肋の折れたであろう感覚の残る左腕を見やりながら、一旦距離を取り、私は笑う。
「そちらこそ! なんでそんな動けるのに太っちゃったんです──か!」
再び剣を構え、左手で振り払う。
「ええい! それを言うでないわ!」
言葉とは裏腹に、楽しそうに剣を弾きながら、芹沢はここぞというところで、的確に右からばかり鉄扇を打ち込んでくる。
「ははは、安芸! 儂の肋の対価よ! そなたの右腕は使い物にならんだろう!」
「あれ? 隠してたのになぁ!」
きっと、間違いなく、彼も戦闘を好むタチなのだろう。
嬉々として打ち込んでくるその姿に、私は己を重ねた。
「この感覚よ! 分かるだろう安芸よ。血湧き肉躍る!」
「うんうん。よく分かりますよー!」
そして、私達はどちらからともなく、大きく距離を取る。
私は左手で。彼は右手で。
互いに得物を構え──。
私達は本気で打ち込んだ。
もう互いに退く気は一切なかっただろう。
怒号とともに、互いに得物と拳、そして脚を武器に交錯させるだけだ。
「安芸よ! 分かっておるではないか、つまるところ戦いとは──」
「皆まで言わなくても分かってますって! 防御など無粋! 圧して圧して、圧し潰すのみ、でしょう──!!」
彼の拳が頬を捉えるなら、私の拳は彼の顎を打ち上げる。
彼の拳が私の腹へめり込むなら、私の脚が返しで彼の腹へとめり込む。
直撃を受けると体格差のせいで、私は即死する恐れがあるので、頬を殴られるなら、拳の速度に合わせて自ら首を横へと捻り、腹を殴られるなら、その瞬間だけあえて力を抜き、抵抗を減らすことで、被害を最小限に食い止める。
ただ殴り合っているようでいて、私は割と相手の攻撃に細心の注意を払っていた。
「しぶといな、安芸! まだ倒れないのかね!」
大の男を今まで大勢殴り殺してきたのだろう芹沢は、いくら殴っても、私が倒れないことが不思議なようで。
「筆頭局長の拳が鈍ったんじゃないですかぁ!」
私は満面の笑みを浮かべながら、回し蹴りを彼の頬へと叩き込む。
彼の脂肪と筋肉は天然の鎧だった。
なるべくそれらの薄い所を狙いはしているのだが、脚の一閃がまた彼の腕に阻まれたように、彼は己の弱点となる場所をきちんと把握しているようで。
お返しとばかりに顔面に向けて伸びてきた鉄扇を、私はルディスで上方に跳ね上げた。刹那、彼の右足が私の腹を狙ってきたため、先に素早く、彼の軸である左足に足払いをかけ、大きくふらつかせることでその一撃を止めた。
「筆頭局長、筆頭局長の武器って鉄扇だけじゃないんですねぇ!」
「当然よ! この拳、この脚。そしてこの知恵! その全てが儂の武器よ!」
私の挑発に、芹沢はニカッと笑いながら、自身の武器を自慢する。
「やだなあ、私達同類じゃないですかぁ、どこに知恵があるっていうんです!」
知恵のある者ならば、ここまで愚直に後退の素振りを見せないこともないだろう。
と、私の繰り出した左の肘鉄を、胸の前で鉄扇を急に開き、受け止めた芹沢はニヤリとした笑みを浮かべた。
「そら、知恵よ! 鉄扇を殴ったそなたの利き腕も潰れたぞ!」
「あれぇ? ああ、そっか──」
私はトドメとばかりに渾身の力を込めて振り抜かれた芹沢の右拳を折れた腕でいなし──、
「──なんと……!!」
芹沢が、驚きに目を見開く。
私は腕をいなした隙に、彼の手首に食らいつき、その太い血管を肉ごと食いちぎっていた──。
それが、私達の戦いの幕引きだった──。
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