8-5
総勢で六名での討ち入りのため、思っているよりも静かではあった。
まあ、完全に静かなワケではないが。
「ひいっ!?」
突然の乱入者に、平間の隣で眠っていた糸里さんは飛び起き、恐怖に顔を引き攣らせる。
布団との位置からして、私の方が斎藤さんより僅かに彼女に近かった。
私は一足飛びに糸里さんへと距離を詰めると、少し乱暴ではあるが、彼女を拘束し、
「暴れないで下さい。助けるために来たのですから」
と、その耳へと至近距離から告げる。
助ける、という言葉に、糸里さんが一瞬、ぴたりと動きを止めたのを、私は見逃さなかった。
「そう。大丈夫だから……そのままこっちへ──」
彼女を興奮させないよう、掛け布団を握らせたまま、私はゆっくり糸里さんを下がらせる。
目の前では、泥酔もいくらかは落ち着いたのだろう全裸の平間に斎藤さんが、打ち直した鬼神丸国重を抜き、ゆっくりと壁際へと追い詰めていた。
「……ひいっ、た、助けてくれ!」
恐怖に顔を強ばらせる平間の言葉に、斎藤さんは、
「お前達、生糸問屋が燃やされた日、何処へ行っていた?」
と、短く問い掛ける。
「町だ! 京の町を見廻りしておったのだ!」
「……そうか。てっきり長州藩の者と内通でもしていたのかと思っていたのだが」
斎藤さんのあまり抑揚のない声に、平間は「待ってくれ」と騒いだ。
「正直に言う! 言うから! 確かにあの日、我らは長州藩の者と会っておった! だがそれは、奴等を説得して、此方側へと付けるためのものであり──」「──もういい」
それは飛燕の一閃だった。
骨などまるでなかったかのように──豆腐のように簡単に、平間の首を胴から斬り離した斎藤さんは、
「これ以上、醜態を晒さなくて良かったな」
と、転がる首へと呟く。
廊下へと出ると、沖田さんが丁度隣の部屋から出てくるところだった。
「沖田さん! そちらはどうでしたか!」
ばっと駆け寄る、と、彼は非常につまらなさそうに、
「どうもこうも、アホらしい。醜い命乞いばかりで話にすらならなかったよ」
と、疲れと呆れが混じったたような声で呟いた。
「……でも、近藤さんのところは一筋縄では行ってないようだよ。隣からずっと芹沢の声がしている」
そんな沖田さんの言葉に、耳を澄ます──間でもなく、確かに芹沢の声が松の間から聞こえてきていた。
「うーん……」
「どうかしたの、アキリア?」
私の浮かべているであろう複雑な表情を見下ろし、沖田さんが首を傾げる。
「いや……平間はまだ良いですよ。筆頭局長のあの太ったお腹はあまり直に見たくないなーって思っただけです」
「毎度思うけど、呑気だねえキミは」
沖田さんはやれやれ、といったように肩を竦めた。
「さすがに素っ裸で首を刎ねたりはしないから、安心しなよ」
「え? でも平間さん、見事に全裸で首を飛ばされましたけど?」
私の言葉に、沖田さんは渋い顔で斎藤さんを見やる。
「わお……さすがのボクでも最期に身支度くらいはさせてあげるというのに……」
斎藤さんはそんな沖田さんの言葉には知らん顔で、先頭に立ち、松の間へと踏み入った。
そこには、壁際で土方さんに護られる形となったお梅と、近藤さんと睨み合う、きちんと寝間着は着させてもらえたらしい芹沢の姿があった──。
「おお安芸君! よくぞ来て──……と言いたいところだが、そうか、君はそちら側、か」
芹沢から明らかな落胆が伝わってくる。
「ああ、すみません。こちらへ付いてますね!」
ヤケクソの笑みで小さな灯りに照らされた室内に踏み入り、私は芹沢へとそう告げた。
芹沢は死期を悟った故だろう。狂気の抜けた目で、じっと私を見つめてくる。
「ままならんものよ。百の雑兵よりも、儂は心底からそなたを臣下に欲しておったというのに……」
そんな、戦慄くような声に、私は首を傾げた。
「あらら。本気だったんですか」
しかし、何がそんなに気に入られる要素になったのか。
その考えは、表情から芹沢へと伝わっていたのだろう。彼は吐き出すように笑った。
「偶然、ではあったわい。そなたが入隊した後、谷君と道場で打ち合うのが、歩いておったら、たまたま窓から見えたのよ。木刀で真剣と打ち合うなど、並の者のすることではない。儂は鉄扇を愛用する身として、そなたを一目で気に入った……」
「ああ。そう言えば木刀がどうとか、最初に呼び出された時に、言われてましたっけ……」
その時のことを思い出し、一人頷く。
「そなたを呼び出した時、会話をしてみて、恭順の態度こそ見せど、好き放題言いおるそなたに、やはり儂は惹かれて仕方がなかった」
「はあ。それはどうも」
褒められているのか良く分からないが、とりあえずは褒めている、と取っておこう。
「外道なようで、狂っているようで、そなたの目は純粋な光で澄んでおったわ。……まるで、この国の未来を変えると息巻いていた時の、純粋な自分を見ておるようだった」
……やはり、貶されていないか?
少しだけ、渋い顔をする私である。
「今からでも、そなたなら信じよう。儂に、平間や平山のように仕えんか、安芸君」
それはきっと、間違いなく彼の本心だろう。
だが──。
「すみませんねえ、私、先約が……というか、正直、皇帝様一筋なので!」
私はその誘いを、後腐れも未練もないように、バッサリと切り捨てる。
「……そうか。それは残念だ」
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