2-1
二
壬生浪士組への入隊を志願するべく、というよりは、梢殿の兄上にそれを掛け合ってもらうべく、私は梢殿とともに、雑木林を抜け、秋の夕暮れに染まる京の都へと足を踏み入れた。
「な…何ですか、ココは……!」
私はローマとは全く違う造形の建物の数々に圧倒される。
「ふふ、外の国の方には不思議な町並みでしょうか? これが京都ですよ」
私は木材のみで建てられた家も、こんなに夕陽に艶々と輝く『瓦』というものでできた屋根も、そして、清らかな白さを見せる漆喰の壁も。その全てを見たことがなかった。
ローマでは天然コンクリートや煉瓦を使った建物が主であったため、この、なんとも言えず麗しく未来的なのだけど、どこか神秘的な都に私はただただ息を飲む。
「ささ、参りましょう安芸様。私の家はもう、すぐそこですよ」
足取りの軽い梢殿の後を追いながら、私は絶えず周囲を見回していた。
私の着ているトガが物珍しいのだろう、着物を着た町人が遠巻きにジロジロと私を見てきていたが、観衆の視線に晒されることは日常茶飯事であったため、その視線に、特に居心地の悪さや不快感を覚えることはない。
平屋の並ぶ通りに入り、歩くこと十分ほど。
梢殿は一軒の、平屋の中に消えていった──。
「峯蔵兄様!」
「ああ、梢、おかえり。……ん? お前、何も持っていないみたいだけど、確か茸採りに行っていたんじゃなかったか……?」
私は勝手に梢殿の家に入ってよいものか分からなかったため、扉の外で立ち止まり、中から響いてくるやり取りに耳を傾ける。
「それがね兄様、私、茸を採っていたら、変な男達に襲われて……」
「何だって!?」
刹那、ガタンと何か、固い物を床に倒したような音が聞こえた。
恐らく峯蔵と呼ばれていた、梢殿の兄上が驚いた拍子に何かを床に倒すか、落とすかしたのだろう。
「あ、だ、大丈夫よ、そんな顔しなくても! あのね、運良く通り掛かった外の国の、安芸里哉様というお侍様が助けて下さったから!」
「へ? 外国なのに和名の侍ぃ!?」
胡乱げな声が外までだだ漏れである。
「変かしら。まあ、細かいことはいいじゃないの。でね、安芸様どうやら京都にお仕事を探しに来られているようで……。それで、兄様のおられる壬生浪士組って、隊士募集しているじゃない? 兄様に掛け合ってもらえたら、って思って──」
ね、お願い! と頼み込む梢殿の言葉に、兄上──峯蔵殿はしばらく唸っていたが、
「その安芸という者は、今どこにいるんだ?」
──と、たっぷり十秒は唸った後、梢殿へとそう尋ねた。
「え、どこってそんなの、ほら私の後ろに……って、アレ? いない!」
梢殿の驚いたような声に、家の中までついて行くのが正解だったのかと反省しつつ、私はひょい、と顔だけを扉から突き出してみる。
顔だけで家の中を覗き込むと、その瞬間に、壮年の髷を結った男と目が合った。
「む……? もしや、君が梢を助けてくれたという……」
どうやら声音からして、彼が峯蔵殿なのだろう。
私は扉の前へと全身を晒すと、片膝をつき、少しだけ頭を垂れた。
それは先程梢殿へと見せた略礼ではなく、正式な礼だ。
これからその壬生浪士組とやらに入隊できるよう、掛け合ってもらえるかもしれないのだから、最大限、敬意は示しておかないとならないだろう。
「うわあ…鳶色の瞳に青い髪……。君、本当に外国の者なのだな……。まあ壬生浪士組は入隊に身分は問わないから……別に外国の者でも咎められはしないが……」
「何かダメなの? 兄様」
梢殿に上目遣いで見上げられた峯蔵殿は、少しだけ引き攣った笑顔で私を見下ろし、
「駄目というか……全然強そうに見えないんだけど……」
と呟いたのだった──。
「ちょっと兄様、失礼よ! 安芸様は何なら兄様よりも強かったわよ! 私は目の前でその強さを見たの!」
頬を膨らませて怒る梢殿の言葉に、峯蔵殿は「どうだかなぁ」と半信半疑のようで。
「君、いくつだい?」
峯蔵殿から話を振られた私は己の顎に手を当て、唸りながら首を傾げた。
──いくつかと聞かれても。
正確な年齢は自分ですら分からない。
剣闘士は捕虜と罪人、そして自ら志願した者を除けば、その全てが奴隷だった。
ご他聞に漏れず元奴隷であった私は、年齢を数えられるような暮らしをしていたワケでもないため、自身の見た目からおおよその年齢は考えついても、正確に、と言われると答えられないものがあり──。
「え、歳だよ。もしかして分からないの?」
ポカンとしたような峯蔵殿に、私はただ素直に頷くしかできなかった。
歳を数えるというのは、一般市民にでも生まれつかない限り無理なこと。
過去の人間なので、この際、一五〇〇歳くらいではダメだろうかと、本気でそんなことを考えた。
「えぇ……困ったなぁ……。んー、沖田さんくらいかなぁ……。十八から二十二、見た感じ、その辺りだと思うんだけど……」
「あ。では是非、二十二で」
実際、生まれてから一五〇〇年経っていることには違いないのだ。
ならば、一番高い年齢で良いだろう。それだけからくる言葉だったのだが──。
「軽いね、君……」
と、何やら峯蔵殿は引き気味である。
「発言が軽すぎて、入隊を取り計らってもすぐ音を上げないか、すごく心配なんだけど……。あのね、壬生浪士組はね、すごく厳しい所なんだよ? 入隊後に逃げ出そうとしたら、即切腹だ。僕には君に、それだけの覚悟があるようには見えないんだけど……」
恐らく峯蔵殿はやんわりとだが、私がその壬生浪士組に入ることを断ろうとしているのだろう。
峯蔵殿から告げられた『厳しい』という言葉に私の脳裏を、剣闘士の訓練時代の光景が過ぎっては消えていった。
──毎日の地獄のような訓練。
──狭く暑苦しい檻の中に折り重なるように詰め込まれ過ごす夜。
──発狂する者も大勢いた。
あれ以上の厳しさがこの世にあるというのならば──。
「望むところですね。……あれ以上の地獄があるならば是非、この目で見てみたい」
私の目をしばらく真っ直ぐ見つめていた峯蔵殿は、私に引く気は全くないと判断したのだろう。
一度大きくため息を吐くと、彼は壁に掛けてあった、袖口に山形の模様を白く染め抜いた浅葱色の羽織を、着ていた白い襦袢と灰色の袴姿の上から羽織った。
「分かりました。……では、壬生の屯所に行きますよ。入れるかどうかはともかくとして、近藤さん達に君を引き合わせます」
峯蔵殿の言葉に、片膝をついていた私は弾かれたように立ち上がる。
「ありがとうございます! ではでは早速!」
──途中で彼の気が変わらないうちに、早く連れていってもらわなければ。
私はゆっくり歩き始めた彼の背を押し、屯所へと急き立てたのだった──。
「壬生浪士組には尽忠報国の志がある健康な者であれば、身分に関係なく、仮入隊はできますよ」
日の沈み始めた往来を歩きながら、峯蔵殿は私へとそう告げる。
「ふむふむ。なるほど」
──尽忠報国の志など私には微塵もないが、そこは黙っておくが吉だろうと判断した。我ながら賢い。
「……ん? 仮、入隊ですか?」
私はふいに、峯蔵殿の声に、『仮』という引っ掛かる単語が聞こえたような気がして、首を傾げた。
「ええ。入隊を志願してから……とある儀礼までは『仮同志』という試用期間となっているのです」
この制度は仮同志のためなのですよ、と峯蔵殿は語る。
「試用期間であれば、もしその仮同志が、自分が全く腕の立たない木偶の坊であったと気付いた場合に、屯所から逃げ出しても咎められません。最初っから本入隊になって、脱退が認められないからと逃げ出そうとして、切腹とならないようにしているワケですよ」
別に逃げ出す気など毛頭ない私は、適当な返事をしながら、浅葱色の羽織を羽織った、峯蔵殿の背をぼんやりと眺めた。
皺一つない、その目立つ羽織は壬生浪士組の正装なのだろう。
そんなことを無意識の内につらつらと考えながら、歩みを進める。
辿り着いた壬生の屯所は、漆喰の塀に囲まれた、瓦屋根の光る大きな建物だった──。
面白い、続きが気になる!
と思ったら星5つ、
つまらない……。
と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!
励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。
ブックマークもいただけると更に励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。




