8-3
「あー、びっくりした。安芸さん、よね。……安芸さんは新撰組にいる方がいいの?」
男性がいなくなったことで、素の彼女が出ているのだろう、お梅は可愛らしい声で私へとそう問いかけてくる。
「んー、何だかんだ言って、割と気に入ってる、かな。お梅さんがここを『良いところ』と思うのと、似たような感覚じゃないかなぁ」
私がココを大変な場所だと思うように、彼女も新撰組をまた、大変な場所だと思っているのだろう。
「でも、殺し合いとか、あるのよね? 怖くないの?」
と、お梅はつぶらな瞳で首を傾げた。
「うん、微塵も。どころか、その闘いの最中の、一挙手一投足の間合いとでも言うのかな。あの刹那の間際が、私は好き。お梅さんもやってみたら分かると思うんだけど、その時にだけ感じられる生の実感は、他では得られないものよ──?」
私の声に、お梅は引き攣った笑みで手を胸の前で大きく振る。
「わ、私は遠慮しとくわ!」
絶対死んじゃうから、とお梅は顔色を青くした。
「大丈夫、死んだ時のことは死んでから考えればいいだけなのだから」
尚も、私はお梅の勧誘をしてみるが、彼女は頑として首を縦には振らず。
でも──。
「ああ、でも何か私、自分で戦うのは怖くてできないけど……、安芸さんがいてくれるなら、芹沢様のこと、頑張ってみようかなって、ちょっと思っちゃった。安芸さんといれば、大丈夫かなって──」
緊張の解けた彼女は、ふいに、そんな前向きな発言をする。
私は前向きになった彼女に畳み掛けるのではなく、静かに、彼女が自分で意志を固めるのを待つことにした。
「安芸さん、もう一度だけ、聞かせてくれる? 私、戦えないから、もしかしたら安芸さんのお荷物になるかもしれない……でも、私を──」「──護るから大丈夫。新撰組三番隊副組長、舐めないように──」
お梅の言葉を遮り、私は即座に答える。
「安芸さん、副組長なの!? ……えへ、じゃあ大丈夫かな。うん、大丈夫だよね」
私の言葉に、お梅は意志を固めたのだろう。彼女は表情を引き締めると前を向き──、
「決めた! 私、小寅ちゃん達の仇を討つわ!」
彼女は勇ましく、ぐっと拳を握りしめた。
「安芸さんが安芸さんの戦場で戦うように、私は、私の戦場で精一杯戦ってみせる。……安芸さんと一緒、吉田屋のお梅も舐めるんじゃないわよ!」
声高らかに宣言するお梅の顔には、先程までの弱々しい面影はどこにも見当たらない。
「遊女としての誇りもあるわ。大丈夫、芹沢様が討ち入りの方達に気付かないよう、徹底して尽くして差し上げようじゃないの!」
一人で燃え上がっていたお梅は「あ」と何かを思い出したように目を瞬かせた。
「安芸さん。私ね……頑張るから、その、上手くいったらご褒美、欲しいな」
上目遣いでキラキラと見上げられた私は「遊女の欲しがる褒美か」と内心身構える。
私の初任給で賄えるものであれば良いのだが……。
そんなことを思っていると──。
「またね、此処に来て欲しいの。勿論お金は要らないわ。……外の友人として、私はあなたと仲良くしていきたい……ダメ?」
それは、身構えていたのが馬鹿らしくなるほどに、ささやかな願いで──。
そっと伸ばされた小指の意味は──知っている。
「約束──」
指切りを交わし、互いに顔を見合せながら小さく笑う。
まさか、遠い未来で人生初めての友人ができるなど思ってもみなかった。
世の中、何があるか分からないものだ──。
「私はいずれ故郷に帰らないといけないし……何なら友がいたこともないから、友というものについては疎いのだけど……それでも良いのなら、また、来る──」
きっと、私は友とするにはややこしいものを抱えすぎているだろう。
だが──。
お梅は、それでも頷いた。
「大丈夫よ、友達なら此処にたくさんいる、友達上級者の私が引っ張ってあげるし……、それに、帰りたくない、って思うくらいに仲良くなっちゃうんだから……!」
そんなお梅の言葉に、私は「それは困るかなぁ」と冗談交じりに肩を竦める。
そして──。
「じゃあ、行きましょう」
私は立ち上がり、お梅の手を引いた──と──。
「あ、待って! 安芸さん。私の信頼する遊女に供をさせても良いかしら?」
お梅は私に手を引かれ、立ち上がりながら、そう声を上げた。
「え……何でまた」
一人ならば護り切れても、二人となれば、どうしても難しいこともある。
そう思っていたのだが──。
「だって、安芸さんの分の遊女だって要るんでしょ? どうせ誰かを連れて行くなら、私の信頼している者を連れて行くのが間違いないわよ。事の次第を話せば、小寅ちゃん達の仇討ちになるなら、って、必ず一肌脱いでくれるし……絶対オススメよ!」
そういうことならば、断る理由もないだろう。
私は彼女へと、その遊女の同行を希望する。
「よし、任せて! お藤という遊女なんだけど、私、ちょっと呼んでくるわ。安芸さんは少しだけ、お侍さん達と待っていてね!」
お梅は私へとそう告げると、たっと座敷から飛び出していってしまった。
「はーい、待っておきまーす」
と、出ていったお梅に聞こえないのを良いことに、意地の悪い笑みを浮かべながら、勝手に沖田さん達が座敷の奥から戻ってくる。
──まあ、全て筒抜けだとは思っていたが。
「盗み聞きですかぁ? 悪趣味ですねぇ」
嫌味たっぷりの私の言葉に、沖田さんは、
「まーた可愛くなくなった……」
と、何やらつまらなさそうな表情で。
「可愛さは遊女達にお求めを」
肩を竦め、冗談混じりにそう告げると、沖田さんは鼻を鳴らして、不機嫌な猫のようにそっぽを向いてしまったのだった──。
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