幕間2
「自身は戦闘を好む生き物だ。そうあらねばならない。──そう思い込みながら戦いに身を投じる。一度や二度の連戦ではそれが上手くいったとしても……緊張が長引けば、やがて心と身体が段々と乖離するのだろう」
斎藤くんは一度言葉を切ると、努めてゆっくり、口を開く。
「アキリアが思い込んでいる、本能と理性は逆だ。アレが必死に抑え込もうとしている本能こそが『優しさ』であり、理性が『戦闘狂』であらねばならない、と常に自身に指令を出しているのがアレの現状だ。この見立てで、まず間違いない──」
彼の言葉に、ボクは正直なところ、腑に落ちるものが、確かにあった。
確かに、アキリアは咄嗟の判断では優しさの鱗片を見せることが多々あったように思う。
芹沢に目をつけられた斎藤くんを縁側で咄嗟に庇ったのもその一つだし、
「芹沢の行動についても、そうか……」
これから芹沢がどういう行動を取るかなどと、やはり確定するまでは分からないことであったのだから、予想を外して、自身の信を失う恐れがある以上、黙っておけば良かったのだ。だが、あえて彼女はボク達へとそれを警告してきた。
きっとそれは、ボク達はまだ、芹沢を止められるから、と、かつて主人を止め切れなかったという自身と──同じ轍を踏ませないため。
「やれやれ、ワシが感じ取っていた里哉の違和。ワシ自身、言葉に出来んようなものであったというのに……」
斎藤くんがそれら全てを言葉にしてくれたからだろう。近藤さんは苦笑しながら、首を横に振っている。
「俺は出来ることならば、どんな小さな、今回のような討ち入りのようなものであっても、アレを戦場には立たせたくない」
そう言い切った斎藤くんへと、近藤さんはゆっくりと口を開いた。
「いや、ワシはやはり……、今回も、そしてこれからも里哉には戦闘に参加させようと思う」
近藤さんの言葉に、斎藤くんは眉間と鼻の頭に皺を寄せる。
「おいおい。そんな顔するなって一。悪い意味じゃないさ。……ワシらが戦場からアイツを遠ざけても、本人がそれを望む限りは、どうしても戦場からは逃れられん。ならば、共に背を護り合える、目の前で戦場に立ってくれていた方が幾らかマシというものだろう?」
それから、と、歯を見せて笑う近藤さん。
「ワシには夢がある。お前達と共に、この時代の動乱の行き着く先で……平和の訪れた世で、刀を差すこともなく、盃を交わし合う夢だ。そこには勿論、アイツもいる」
近藤さんは遠い未来を思いながら、眩しそうに目を細める。
「共に全力で今を駆けて……そして、行き着いた果てで、共に刀を置こうじゃないか。一人、戦場から抜けさせるのではない。皆で、抜けるのだ──」
と、今まで黙って話を聞いていた土方さんが、ふいに口を開いた。
「俺から言えることは一つ。アレの戦闘力は知っての通り、凄まじい。……個人の意見はともかくとして、新撰組の副長としては、どうしてもあの剣は手放せない」
優しさだけでは組織は維持できない。
土方さんも近藤さんも、それくらいは理解しているのだろうが、それでも非情になり切れないのが近藤さんで。
そんな近藤さんを支えるために土方さんがいる。
それで新撰組は、壬生浪士組だった頃から上手くやってきた。
と──。
「情勢は徐々に我々に不利になるだろう」
ふいに、斎藤くんがそんなことを呟く。
彼の目には、今日本を取り巻く情勢の行き着く先が、何となく見えてしまっているのだろう。
「安芸の剣、奴の言葉。たかが小娘一人の剣に、戯言だ。……が、俺達とは遠く離れた世界で培ったソレは、今間違いなく俺達にとっては、必要不可欠なものだろう。……斎藤、安芸がこのままウチに留まるとしても、それでもお前の見立ては変わらないか?」
普段であれば、問い掛けても何も返ってくるはずもない、自由な嵐だが──今だけはその風は土方さんの──自分達の言葉を聞いてくれる。
「……読めない。俺としても初めての感覚なのだが、その場合の未来は読めない。情勢に直に行動が響く……この手の組織で、俺の知り得ぬ過去の知識をもとに、予想の範囲外の動きをされ続けると、さすがに先の読みようがない──」
だが、と斎藤くんは表情に乏しい顔で続けた。
「アキリアを手放せば、間違いなく終わる。それは間違いない。アキリアが去れば、勿論ながら俺が此処に留まる理由もないしな──」
驕りなどでなく、自身の実力を知った上での発言なのだからタチが悪い。
まあ本気で敵に回った斎藤くんを止めるなら、まず間違いなく、ボクか永倉くん、どちらかは刺し違えることになるだろうし、
「ボクか永倉くん、どちらかが欠けた以上、新撰組は──」
「そうだな。沖田殿、永倉殿、どちらが欠けようが、新撰組は軍隊を一つ失うのと同じ損失を被るだろうな……」
うんうん、と斎藤くんは頷いている。
「斎藤くん、そこまで理解しているなら残ってもらえませんかねえ」
「……」
ボクの言葉に、相変わらずの『無』で答える斎藤くん。
どこまでも、彼はアキリアあっての立場、らしい。
アキリアは戦力としてだけでなく、ボク達の世界とは交わることのない、己の世界を行く彼を、此方へと繋ぎ留める鎖の役割まで果たしてくれていた。
「局長殿。貴殿の言い分は理解した。俺は一応此処の組長ということになっているし、貴殿がアキリアを前線から引かせないと言うのならば、俺もそれに従おう」
ただし、と斎藤くんは冷たく続ける。
「アキリアの使い所はよく考えるといい。もしアレがどこかで命を落とそうものなら、俺の協力もそこまで。手を貸すことは二度とない。そう思え──」
傲慢で、一方的で。
しかして、自身の実力と先見の明を、僅かの狂いなく理解している腹立たしいほどの希代の天才。
「……肝に銘じておくよ。それと、お前の心には響かんだろうが……ありがとう一──」
近藤さんの穏やかな笑みに、その場は解散となったのだった──。
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