7-5
「あれ? 筆頭局長、首八つ確認しなくていいんですかぁ?」
今、彼らの首が刎ねられない以上、私が取れる最善の策は、これ以上被害が広まらないように、芹沢を屯所へと引き上げさせることだった。
私はわざと何でもない風を装って、首を包んだ包みを芹沢へと、己の身体ごと近付ける。
「あ、ああ、首の確認など要らんさ。儂は安芸を信頼しておるでな。お前が八つ揃っているというのなら、そうなのだろうさ」
引き気味な芹沢に追い討ちをかけるように、私はばっと屈み込むと、身体を深く折り曲げながら、足元に羽織を広げる。
「そう言わず見てくださいよ筆頭局長〜。私頑張ったんですからねぇ。ほら、この首が──」
「待て待て! 安芸君、儂は用事を思い出してね。屯所へと戻らねばならなくなったのだよ」
明らかに首を見たくないのだろう芹沢に、内心「よし、そのまま帰れ」と思いつつも、とりあえず演技は続けておく。
「えー……もう帰っちゃうんですかぁ……」
「そう言うでない。そら、また近いうちに宴会を開いてやろう」
「……今度は筆頭局長の自腹でですかぁ?」
ジト目でむくれる私に、芹沢は何度も頷いてみせた。
「もちろんだとも。約束しよう」
「じゃあ、今度こそ皆さん揃って……自腹で宴会開いて下さいね!」
私の狙いはもちろん自腹ではなく、皆揃って、というところだ。
宴会ならば、建物の中である以上、取り巻きの隊士達が外へと逃げ出す心配も少ないだろう。
私は爛れた首を再び羽織に包みながら、
「仇は必ず──」
と、小声で約束する。
そんな私の行動には気付かず、芹沢は隊士達を引き連れて、屯所へと戻って行ったのだった──。
芹沢が完全に見えなくなると、近藤さんが駆けて来るのが見えた。
他にもあちこちから人が駆けて来てはいるのだが、私は近藤さんの悲痛な表情から目が逸らせなくて。
「安芸……すまない……本当にお前の言った通りに、なってしまった……」
近藤さんは私の前に膝をつくと、赤く染まった羽織へと手を伸ばす。
「それに、お前にこんなこと、させてしまった……」
「別にそれは構わないのですが──」「──構うぞバカ野郎」
──あ、何やら土方さんが怒っている。
「多分煙を吸ってる。担架! 担架持って来い! 医者のところへ運ぶ」
そんな沖田さんの珍しい怒鳴り声も聞こえてきた。
人が集まってきたため、立ち上がることが出来ないでいると、私の背にパサリと浅葱色の羽織が落ちてくる。
背後を振り返り──、
「斎藤さん、ごめんなさい……大切な刀、なまくらにしちゃいました……」
いずれ発覚するだろうから、先に謝罪しておくことにした。
それはとても大切な愛刀だっただろうに、
「うん。刀など打ち直せばいい──。お前の助けになったなら。お前が無事に帰って来られたならそれでいい──」
と、斎藤さんは微笑んでくれたのだった──。
生糸問屋の一件で、ついに近藤派は芹沢誅罰に乗り出すこととなった。
というのを、私は火事の翌日、布団の中で聞いた──。
「お前が身体を張って、宴会を取り決めてくれたからな。そこで芹沢を討つことに決まった」
「斎藤くん斎藤くん、半分以上届いてないよ」
──誅罰に乗り出す。そうですか。
でも私はそれどころじゃありません。
「頭痛と眩暈と吐き気がぁ〜……」
私は何だかんだと一番気心の知れた、見舞いに来たらしい沖田さんと斎藤さんに覗き込まれながら、布団で転がり回っていた。
担架で運ばれた時は全然平気だったのに、その症状は後から来たのだ。
「けーむーりーがー……」
辛いし苦しいし。何より臭いし。
昨日の今日で煙に時間差攻撃を受けた私は、風呂には昨日の段階で入ったはずなのに、鼻の奥に残る煙の臭いにまで悩まされていた。
「ところてん、要るか? 谷殿からの差し入れだ。林檎もあるぞ。これは原田殿からの──」
「あのぉ、吐き気がですねぇ……」
部屋に各隊の組長から見舞いが届いているのだが、それどころではない。
「む。これは土方殿からの見舞いか……」
「斎藤さーん……? 人の話聞いてますぅ?」
己の隊の呑気な組長を虚ろな目で見やる。
「聞いている。だからほら、目で楽しめ綺麗な羽だぞ」
すっと枕元へ寄せられた木箱を何とか身体を起こして覗き込み──、
「──!?」
同じくひょい、と木箱を覗き込んだ沖田さんが顔を引き攣らせ、私と木箱を交互に見返し──。
「大丈夫──!? うん、大丈夫そうだね……」
彼は私の表情に、安心したように息を吐き出した。
「私は平気ですけどぉ……」
「うん。土方さんってたまに天然なところあるんだけど……昨日の今日で普通は、首を刎ねた雉は持って来ないね……まあそれに気付かない斎藤くんもさすがだけど……」
斎藤さんは雉の羽が気になるのか、それを指でつついている。
真剣な表情で斎藤さんが木箱に向かっているのを視界の端に捉えながら、私はため息を吐いた。
「私の刎ねた首……どうなったんですか」
「親族が引き取ったよ。だから心配しなくていい」
沖田さんの声に、私は小さく目を伏せる。
「そう、ですか……」
明らかに落ち込んでしまった私に、羽をつつくのをやめた斎藤さんが、翳る表情で声を掛けてきた。
「そう落ち込むな。彼らは……あのまま焼かれて死ぬよりは随分楽に逝けたはずだ──」
「だといいのですけど……」
私は俯きながらそう零す。
──彼らがそれを望んでいたのか。真実は、もう誰にも分からないのだ。
「ほら、早くキミが復活しないと、芹沢が宴会を開けないじゃないか。ぐだぐだと考えるのは後日でいい。芹沢が次の凶行に移る前に、宴会を開こう?」
沖田さんの声に、私はまぶたを閉じる。
私が煙の苦しみから解放されたのは二日後のことだった──。
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