7-4
三番隊組長として、京を護る役目と、私個人を護ると決めた信念と──。
顔を歪める斎藤さんに、私は少しだけ声音を緩くした。
「斎藤さん。約束します。ちゃんと帰ってくる、って」
そんな私の声にも斎藤さんは悲痛な顔で首を横に振る。
仕方がなかった──。
「本当ですよ。だから、約束に……斎藤さんの魂を持ち逃げしたりしませんから、腰のその刀、貸してください」
私が指差すそれは、彼の魂とも言える愛刀。
「……確かにこれ──鬼神丸国重は俺の魂そのものだ」
斎藤さんは私と愛刀を交互に見やり──、震える声で私に告げた。
「……分かった、貸すから……貸すから……絶対に、返しに来い」
手渡された彼の愛刀、鬼神丸国重をルディスの横に差し、私は一度だけ、斎藤さんへと大きく頷いてみせ──そして、まっすぐ芹沢の許へと歩み寄る。
「おお、やはり君は来てくれると信じていたよ」
ニコニコとする芹沢から目を逸らし、私は問屋を見上げた。
「筆頭局長。つまり、あなた様のお話では、こちらの問屋には新撰組に仇なす逆賊の徒がいる、ということでお間違いないでしょうか?」
私の声に、芹沢は嬉しそうな顔で首肯する。
「その通りだよ。さあ、君も問屋の警護に──」
「逆賊は粛清すれば良いじゃないですか。今日は私、死番ですから、行ってきますよ──?」
私は芹沢の返事を待たず、問屋を囲んでいる隊士の内の一人の肩に手を掛けると、一気に腕の力で自身の身体を持ち上げ、彼の肩を踏み台にして、問屋の高い塀を飛び越えた。
芹沢や町人、隊士達の驚愕の声を下に聞きながら、私は庭に降り立つ。
考えてなどいる暇はなかった。
私は庭の池に飛び込むと、己を水浸しにして、息を止めながら屋敷へと飛び込んだ。
障子などは燃え上がっているが、まだ床は燃えていない場所もあちこちにあるようで。
炎の壁を突っ切っていると、皮膚が溶け、垂れ下がった、苦痛の呻きを上げる人型をしたモノが倒れているのを見つけた。
「──ッ」
助かる見込みなど、なかった。私は斎藤さんからお借りした鬼神丸国重でその首を、一瞬で刎ね飛ばす。
私は刀の扱いに慣れていないため、なるべく見よう見まねで隊士達のするように振ってはみたのだが、きっと、今の一撃でも刀は一歩なまくらへと近付いただろう。
私は内心で斎藤さんに謝り倒した。
首を持って外に飛び出し、池に首を放り込みながら自分も飛び込み、再び、息を止めながら問屋へ突入し、店にいる者を探す。
一人、二人と見つかるそれは、皆、もう治る見込みはないほどに大火傷を負っており、私は迷わず、そんな彼らの首を刎ね飛ばした。
新たに空気を吸うために外に出て、池に首を放り込み、自身の身体も池の水で冷やし、また炎へと飛び込む。
それを何度か繰り返した時、私の前に、やはり皮膚の爛れた──恐らく男だろう、大柄な者が現れた。
「今、楽にします──」
私が刀を振り上げると、男は掠れた声で──、
「八…八……」
と、繰り返す。
私はその声に、彼が何故ココに現れたのかを理解した。
「……貴方を含め、八人、で良いですか?」
私の問い掛けに、男は頷き、ゆっくりと頭を垂れる。
──全部で八人。
私は刀を振り下ろし──男の首も外へと持ち出し、池に放り込んだ。
池に今浮く首は五つ。
「あと、三人……!」
泣き声と絶叫を頼りに、一人目は押し入れの中で、二人目は階段の裏で、三人目は厨房で。
全ての大火傷を負った首を集め終えた私は、屋敷の外へと出ると、真っ赤に染まった池に入り、全ての首を、燃えないようにと放り込んでいた池から揚げた。
白い羽織は血の溶け込んだ池の水を含み薄い赤に染まってしまった。
羽織を脱ごうとして、己の身体を見下ろす。
水に濡れたせいで、襦袢が肌に貼り付いていた。
羽織がなければ、女だと発覚し、屯所を追い出されるのでは、との不安が脳裏に過ぎる。
「いや、これなら……」
私は羽織に首を包み、それをしっかりと胸で抱き抱えるようにした。
──これなら、体型も分かるまい。
包みを抱えた私は、足で問屋の正面の門扉を何度も蹴る。
「安芸ですー。開けてもらえませんかー」
ガンガンと蹴っていると、扉が開いた。
秘密がバレはしないかと、少しだけドキドキとしながら、私は満面の笑みで芹沢の許へと歩み寄る。
「筆頭局長。コレ、見ますか? 確かに中にいた逆賊の首八つですよ」
私の声に、芹沢は呆けたような顔で、私と羽織を見返す。
「ちゃんと店主から八人って聞いてますから、もう火消しをお願いしても良いんじゃないですかねー?」
周囲では町人達がザワついていた。
念仏を唱えながら手を合わせる者、怒りの形相で睨んでくる者。
──あーあ、せっかく好感度上げてたのに。
決して良いとは言えない視線を受けながら、私は「筆頭局長、火消し火消し」と催促する。
「……お、おお。そうだな。逆賊が……成敗されたなら、そうだな……」
そんな芹沢の言葉に、様子を見ていた町火消が問屋へと駆け寄っていく。
私はふと、芹沢の傍にいつもの二人がいないことに気付いた。
──何でこんな時に限って……!!
彼らが生き残っていれば、ここで芹沢の首を刎ねたとしても、それを正当な理由に彼らが何をしてくるか、分かったものではないのだ。
まあ、それは背後にいる、彼のお抱え隊士達にも言えることだが。
面白い、続きが気になる!
と思ったら星5つ、
つまらない……。
と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!
励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。
ブックマークもいただけると更に励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。




