7-3
「あ、そっか。今日は七番隊と見廻りでしたか……」
私は太陽の位置を確認し、首を傾げる。
「ん? でもさすがに早すぎやしませんかねぇ」
夕方に出たって良いはずなのだが……。
「いや、今日は見廻組の管轄も廻らねばならんからなぁ。早いに越したことはない」
谷さんの言葉に、私はそういえば、二日ほど前にそんな通達もあった、と思い出す。
「では宜しく頼む、谷殿」
「いやいや、此方こそ宜しく頼むぞ、斎藤、安芸」
ははは、と笑う谷さんに、私はそそっと近寄る。
「谷さん、谷さん」
「む? どうした安芸よ」
「私、最近戦い足りていなくてですね……今日の死番、谷さんのところの隊士ですよね? その権利、譲って頂けませんかねえ」
最近、沖田さんと永倉さんの隊は組長の意向とかで、死番を譲ってくれなくなった。
あまり組むことのない谷さんであれば、という下心満載のお願いだ。
「死番んん!? ま、まあ別に構わんが……」
「やった!」
私は手を挙げて喜ぶが、谷さんの素っ頓狂な声に、鋭い組長方が私の交渉に気付いたようだ。
「アキリア」
「何ですか斎藤さん。今更もう遅いですよ? 今日の死番は私のものです」
勝ち誇った表情で胸を張る私だったが──。
「しばらく座学は三倍の時間を覚悟しておくといい」
罰が、あまりにも重すぎた。
「待って! そんな、待って下さいよおお!」
「三倍って……それ教えるのボクなんだけど……」
顔を引き攣らせる私の前方を歩いていた沖田さんが、私とは違った理由で顔を引き攣らせながら振り返る。
斎藤さんは私と沖田さんの言葉を聞かなかったことにしたのだろう。
「では行くぞ」
と、さっさと門扉へと向けて歩き去ってしまったのだった──。
今日も京の都は平和だった。
良いことなのだ。そう、良いことなのだ──。
私は自分にそう言い聞かせる。
いつもより範囲を広げ、見廻組の管轄も巡回するが、そちらにも特に異常はなく。
日も暮れ、そろそろ屯所へと戻ろうという話になった時、屯所に詰めている平隊士が二人、馬を走らせ、やってきた。
「た……大変です! 芹沢筆頭局長が……!」
青ざめる隊士の姿に、私と斎藤さんと谷さんは交互に顔を見合わせる。
「そ、その……アレを……!」
隊士が指差す先を見て、私達は愕然とした。
京の町から一箇所、細い煙が上がっていたのだ──。
隊士から馬を借り、一頭に私と斎藤さん、もう一頭に大柄な谷さんが一人、急いで飛び乗り、私達は煙の元へと馬を走らせる。
既に現場には、近藤さんを初めとする組長達が集っていた──。
「芹沢! 退くんだ!」
近藤さんの言葉に芹沢は、
「聞けない話だね」
──と、軽く返す。
現場は京の都の生糸問屋だった。
生糸問屋からは赤い火の手が上がっており、問屋の大きな建物の回りは、生気のない目をした彼の隊──約三十人の隊士が取り囲んでいる。
どうやらあちこちから聞こえる声の内容によると、刀を抜いて問屋を囲む彼らは、火消しを寄せ付けないために抜刀しているようで。
問屋の中からは阿鼻叫喚の悲鳴が上がっていた。
──ついにやったか。
私は唇を噛み締めながら、馬から飛び降りる。
と、燃え盛る問屋の前に立っていた芹沢が私に気付いた。
「おお。安芸君じゃないかね。腹の調子は良くなったのか」
こんな状況だというのに、全く普段通りの様子の芹沢は、
「君が来てくれて嬉しい限りだよ。儂の手伝いに来てくれたんだろう?」
と、にこやかにこちらを見てくる。
斎藤さんは私が彼の許に行くのではと思っているのだろうか。彼は私の肩を痛いほどに強く掴んだ。
「筆頭局長……何をなされているのですか」
なるべく冷静になるよう努める、私の低い声に、芹沢は背後の問屋を鉄扇で指しながら嗤う。
「ここのな、生糸問屋の店主、大和屋庄兵衛めが、誰のお陰で安全に暮らせるのか、考えもせずに、我々新撰組に資金を融通することを拒んだのよ」
芹沢は周囲に集まる野次馬のような町人を細い目で睨みつけ、
「だからな。こうして阿呆共にも分かるようにしてやったのだ。この問屋を一晩かけて焼き尽くし、京の安全を守る我々から甘い汁ばかりを吸おうとする、その腐った心根を改心させてやるのだよ」
と、周囲に聞こえるよう、大声で言い放った。
芹沢はあたかも店側に非があるような口ぶりであるが──傍から見れば、彼が金策を謝絶されたことに腹を立て放火し、町人に対する見せしめにしている。それだけのことだろう。
「芹沢……何ということを……」
谷さんが馬上で呆然としている。
確か彼は投票の時にも、近藤さんと同じで、最後まで、芹沢を信じていたはずだ。
芹沢がその信に応える義務はない。
だが──。
私は温厚で人当たりも良い谷さんのことが嫌いではなかったため、呆けたような、絶望したような──今、芹沢が彼にそんな表情をさせていることが腹立たしくて。
己でも分かる、開いた瞳孔で私は斎藤さんを振り返った。
──離せ。
肩を掴む彼に、目でそう訴えかける。
それでも手を離そうとしない彼に、私は低く呟く。
「分かっていますよね。ココで私が退いたら……今まで積み上げてきた、芹沢への信を全て失うことになる──」
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