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と、ふいに私は女性が何故か頬を赤らめながらこちらを見ていることに気付く。
「……どうかされましたか?」
私の言葉に女性は、はっと我に返ったような様子で、
「い、いえ! そ、その、もしかして、外の国の……お方でしょうか……?」
と、おずおずと、私へと疑問をぶつけてきた。
「ああ、はい。……多分、ココに来るのは初めてですねぇ」
私の返答に、女性の顔がぱっと輝く。
「やっぱり! 道理で肌が白くて、……髪もどこか青いワケです!」
少しばかり興奮気味の女性にそう言われ、私は彼女の、やや黄色味がある肌をじっと見つめ、次いで、面白い形状に結われた黒髪を眺めやる。
頬の横へと髪が張り出している中々不思議な髪型だが、一体どうやって結っているのだろうか。
絶対に真似できそうにない。そう思う。
ここでは黒髪黒目で黄色い肌なのが主流なのだろうか。先程打ち倒した男達もそうであったため、きっとそういうことなのだろうと推測する。
私も黒髪ではあるのだが、彼女達とは黒さに違いがあった。彼女達の髪が黒曜石のように黒いのに対して、私の髪はかなり青みが掛かっていた。
ちなみにローマでは私のような髪色か、ブロンドの髪色の者がほとんどである。
私は腰ほどまで伸ばした髪を、側頭部で作った小さな三つ編みだけを後頭で一つにし、リボンで纏めている。ただそれだけの簡易な髪型だ。
「髪色も、髪型も、所変われば…なのか、一五〇〇年という年月で変わったのか……」
──一体どちらなのか。何なら、両方という可能性もある。
ちなみにローマの女性は皆、髪を巻き上げているのが普通だ。
私は剣闘士だから、いくら結い上げてもすぐ戦闘の最中に髪が落ちてきてしまうため、ただ三つ編みを作り、リボンで纏めているだけである。
「目も金や緑の入ったような不思議な鳶色ですし、お召し物も見たことありませんし……外の国の方って本当に不思議なのですね。……あ、そういえばまだお名前をお聞きしておりませんでした。私は篠塚梢と申します。その、あなた様は……」
「アキリアと申します。私はローマの者なのですが……ココは一体……?」
私は手を胸の前に当て、膝を軽く曲げる礼とともに名乗り、彼女──梢殿へとココがどこであるかを尋ねた。
「え、ええっと、あきり……ありき……ろうま……?」
梢殿の言葉に私は、もしかしなくても、ローマという場所は彼女の知る範囲にはないのだと悟る。
「す、すみません……。ローマのことは忘れていただいて大丈夫ですよ。……それと、名前はアキリア、です」
「あき りや様……」
何やら名前に妙な空白があったが……。
そんなことを思っていると、梢殿は己の口元に人差し指を当てながら、首を傾げた。
「ええと、安芸の宮島、の安芸様、でしょうか……それとも、季節の……?」
「うーん、よく分からないので、前者でいいですよ」
残念ながら『アキノミヤジマ』は私の知識にはないようで。
こちらの世界に合わせて適当に呼んでもらおう。そう思った私の答えに、梢殿は嬉しそうに手を打ち鳴らした。
「安芸様ですね! あ、珍しいお名前なので、下の名もどのような字をお書きするのか、非常に気になるのですが……」
問われているところ、申し訳ないのだが、私はこの国の言葉について、まだ知らないことがきっと多くある。下手なことを言うよりは──。
「りあ、は……まあ、普通の、思いつくやつで良いですよ」
──と、私は己の名を彼女に一任することにした。
「普通ですか!? う、ううーん、あまりお聞きしないお名前なので何ともですが……、りや……里哉様……じゃないですよね……」
「あー、それそれ。それですよ!」
もちろん、そんなワケはなく、なんなら少し発音も違うのだが、贅沢は言っていられない。
私はココでは、彼女につけてもらった、安芸里哉を名乗ることにした。……正直、我ながら順応性が高いと思う。
私は名前しか持っていなかったため、今更苗字を名乗るのも面倒だったし、そもそも、自身の名から遠く掛け離れた、想像もつかないような苗字をつけられたところで、呼ばれた時に反応できる気もしない。
まあ安芸、くらいならギリギリ反応できる……といいのだが。
「安芸様は、その、このような所で何をなされていたのですか? 私は茸採りをしていたのですが……そこを、この男達に金品目当てに襲われまして……」
まだ目を覚ます素振りすら見せない男達を眺めながら、私は眉を顰めた。
「いやあ、自分で言うのもどうかと思いますが……何もしていなかったというか、これからどうするか途方に暮れていたというか……」
なんせ、途方もない未来に置き去りにされているのだ。
正直、現状にはとてつもなく困っている。
「安芸様……まさか、日本へ来て、お仕事を探して京都へと向かう途中だった、とかですか?」
「まあ、そんなところですかねぇ」
彼女の言葉から、ココは日本という所であり、その中に京都という都があるのだと理解した。
──京都、とやらはローマに似た所だろうか。
なんとなく、そんなことを思う。
「京都には闘技場はないのでしょうか。剣闘士が殺り合ったり、猛獣と闘ったりする場所なのですが……」
「闘技場、ですか!? えっと、見世物小屋とかならありますけど、猛獣と戦うような場所は多分ないですし、人同士が殺し合うなんて、事件や果たし合いを除けば、戦くらいのものですよ?」
私の問いに、梢殿は驚いたような表情でそう答えた。
闘技場がない世の中というのは、私にとっては、にわかには信じがたい話で。
「これが、未来か……」
──さて、どうしたものか。
私は真剣に悩む。
戦などは常に参戦できるワケでなし、安定した職とは言い難い。
そんなことを思っていた時だった。
「安芸様、何でしたら私の兄──峯蔵兄様に口利き致しましょうか? 兄様は、京の都を護る、壬生浪士組という組織の隊士で、壬生浪士組は常に腕の立つ方を集めているのですよ!」
梢殿は良いことを思い付いたといわんばかりに、己の手を打ち合わせる。
「壬生浪士組には身分も関係ありません。武士から農民まで幅広く、色々な方がおられますよ!」
腕の立つ者を集めている、ということは……。
私はその『壬生浪士組』という組織から、何やら血腥い臭いを本能的に嗅ぎ取る。
「入隊に必要なのは剣の腕だけです。……安芸様なら問題なく入隊できると思うのですが」
梢殿の言葉に、戦闘狂の自覚のある私は、トクリと胸が高鳴るのを感じた。
──腕だけを買われて集う強者の巣窟。
それは、剣闘士であった私にとって、当面の仕事とするには充分なもので。
先程打ち伏せた者達では、微塵も心は満たされなかったのだが──そこへ行けば時代の強者とも仕合えるかもしれない。
「いずれローマに帰るにしても……」
ここでの──遠い未来で交えた剣の経験は、いずれ故郷ローマへと戻った日に、皇帝様の助けになるかもしれないのだ。
楽しく腕試しができて、尚かつ経験にもなり、お金も貰える。言うことなしだった。
梢殿の申し出に対する私の答えは、一つしかない──。
「それは是非──!」
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