7-1
七
それから一週間──。
私は険しい顔の斎藤さんに連れられ、近藤さんのいる局長室に連れて来られた。
局長室には各隊の組長、そして、長い羽織を羽織った恐らく上の立場なのだろう面々が揃っており、それら全てが険しい顔つきで、部屋へと踏み入った私へと視線を向けてきた。
その視線に、私は──、
「あ、まさか切腹?」
と、割と本気で頭を掻く。
最近は日々大人しく過ごしているつもりだったが、何かやらかしていたのか。
「違う。……急な召集だ」
私は一番隊組長から順に並んでいる組長達の、三番隊の場所で、斎藤さんの隣に張り付くように座る。
四番隊とあまり接点がないため、どうしても見知った斎藤さんの方に寄ってしまうのは仕方ない。だって本当に、微塵も接点がないのだから。
「皆、よく集まってくれた。ワシは近藤派、などとそういう括りで隊士達を見たくはなかったのだが……此度ばかりはもう、どうしようもないのかもしれん」
表情を曇らせた近藤さんが、土方さんを背後に従えながら、口を開く。
私は視線だけで部屋中を見回すが、近藤派ではない芹沢の姿は勿論なかった。
「昨晩芹沢が、懸想をしていた吉田屋の芸妓──小寅が肌を許さなかったからという、実に下らん理由で立腹し、吉田屋へと自身の隊士達を連れて乗り込んだそうだ」
まあ、私としては想像に難くないため、特に何かを思うこともない。
「吉田屋へと入った芹沢は、店を破壊すると脅し、小寅と……付き添いの芸妓であったお鹿を呼びつけ、二人の謝罪を受け入れることもなく、罰として彼女達の髪を剃り落とした挙げ句、斬り殺してしまったのだ……」
近藤さんは己の眉間に手を宛がい、皺を解すようにするが、険しい顔は微塵も晴れはしない。
周囲からは声こそは上がらないものの、新撰組の名を傷付ける芹沢に対してだろう、明らかな怒りの気配が立ち昇る。
──だから忠告しておいたのに。
私はいずれそうなるだろうと一週間ほど前に、忠告はしておいたため、やっぱりか、くらいの心境だ。
と、近藤さんは静かな目でこちらを見つめていた。
「やっぱりか。と思っているのだろうな」
「……ええそれは、はい、まあ」
まさしくその通りなので、違うとは言えず。
「ワシはそれでもまだ、芹沢を信じていたのだがなあ……。確かにかつてのアイツは、筆頭局長に相応しい、武士の……真人間の鑑のような男であったのに……」
それは独白か、私へと向けられた言葉か、どちらなのだろうと考えあぐねる。
近藤さんの視線から、恐らくこちらへと語り掛けているのだろうと判断し、私はあまり乗り気ではないのだが、仕方なく口を開く。
「人間らしいからこそ、堕ちるのですよ。彼は獣ではなく、本当に人間臭い……、いえ、人間の鑑、そのものだったのでしょう」
彼の人間臭さは、充分に見せつけられてきた。
酒と女に弱く、弱者を脅し、欲しいと思った者には賂を贈ることも厭わない。
「誰よりも人間らしかったからこそ、彼は『人』が望むものが、恐れるものが、良く分かってしまったのです」
きっと本当に最初は尽忠報国、それだけを見つめていたのだと思いますよ──、と私は続ける。
「それが、何かしらのキッカケで狂ってしまった。もしかしたら、威圧すれば人は動くということを知ってしまったのかもしれないし、堕落するのが人である、と思ってしまったのかもしれません」
──そのキッカケは分からないけど。
「真人間であったからこそ、狂い、反転したその道は、外道そのもの。このまま突き進めば、ろくな結果に終わる筈がありません」
近藤さんは私の言葉に「辛辣だなあ」と苦笑する。
「辛辣、でしょうか? 私は別段、筆頭局長を嫌ってはいないのですが」
「そうなのか?」
「はい、まあ、似たような主を持ったことがありますので……。最初は辺りを照らす、眩い光のような方でしたけれど、闇を背負った瞬間、その在り方は見事に反転しました。元が眩い光であっただけに、堕ちた後の闇は深さはえげつないものでした──」
その者は止められたのか? と近藤さんは尋ねてきた。
「私が止めたのではないですけど、最終的には死という形で止まりました。私は止められる機会がありながら、ずっと止められずに……結局、ご主人様は多くの人々を苦しめ、その後、ようやく暗殺されましたね」
「そうか……」
近藤さんはしばらく黙り込むと、再び、ゆっくりと口を開く。
「安芸。お前の見立てで行くと、芹沢は今後、己の意に沿わぬ者を『見せしめ』に殺す、というワケだな?」
「……そうですね。きっとそれが最後のタガでしょう。そのタガが外れた後は……もう何が起きるか、私にもさっぱり想像がつきません」
ただ、と私は俯く近藤さんへと首を傾げた。
「これはあくまで予想ですから。私も未来から来たワケでは……どころか、過去の者ですし、行き着く結果は誰にも分かりません。皆で迷い、答えをお出し下さい」
私の言葉に大多数の者は首を捻る。
まあ、私が過去から来たことを知らないのだから当然だが。
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