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6-3

「斎藤さん。一応聞きますけど、そうそう簡単にこの私が死ぬと思います?」


「ああ、割かし簡単に」


 まさかの想像とは真反対の反応に、私は二の句が継げなくなる。


「昨日、沖田殿も言っていただろう。狂獣、と。お前の剣は狂獣の剣だ。ただ命ある限り、理性のままに敵を殺す獣。銃に向かって正面切って突撃する馬鹿が死なないワケがない」


 それはもう、酷い評価だった。


 ──というか、それを言うなら理性のままに、ではなく本能のままに敵を殺す、では?


 そんなことを思いながらも、それよりも遥かに気になる言葉が満載なため、私は斎藤さんに詰め寄った。


「狂獣の剣って何ですか! 皆は無敵、最強、猛者! そんな見るからに格好いい名を取っておいて、私だけ獣ですか!?」


 私はやってられない、という気分で頭をバリバリと掻き(むし)る。


 斎藤さんはそんな私から、ふいと目を逸らすと、文机の上に載った資料に目を通し始めた。


 ──そうか。これが急に無視される、というやつか。


 私は聞こえよがしに、盛大にため息を吐く。──が、彼は顔すら上げることはなく。


 半眼で斎藤さんの頭を見下ろす私は、ふいに、執務室を来訪した目的を思い出した。


「あ、そうだ」


──そんなことを言ってる場合じゃなかったんだ。


「斎藤さん……芹沢のことに話を戻しますけど、私も芹沢の件でココを訪れたワケなのですが……」


「……どうした」


 さすがに、そこはきちんと返事をしてくれるようである。


「芹沢の裏に何があるか、見極めるまでもう少し泳がせようと思って、芹沢の見張りにつく許可を頂きに来た所だったのですが……、芹沢がそこまで『進行』しているなら、話は別です」


 そんな私の言葉に、斎藤さんは資料から顔を上げると、ジト目を向けてきた。


「人の話は聞いていたか? お前はもう奴には関わらせない。見張りなど論外。以上だ──」


 ──なんだろう。


 彼は私のことに関すると、やたらと狭量というか……合理的とは言い難い言動ばかり見せる気がする。


 ただの気のせいなら良いのだが……。


「お言葉ですが、アレ、このまま野放しにしておくのは非常にまずいと思いますよ? 見ての通りあの方、段々と歯止めが利かなくなっていってますし……」


 それはまるでかつて奴隷であった頃に見ていた、貴族達を見ているようで。


 最初は小さな悪行から。


 しかし、徐々にそれには慣れてゆくのだろう。段々と悪行の段階が進行していく。


「あの手の悪人は……私のご主人様もそうでしたし、その時に周りにいた貴族達もそうであったので、見慣れていますが……芹沢の目を見るに、もうだいぶ、どうしようもないところまで来ていることは間違いありません」


どうしてか私の目には、悪行に手を染めた者は、一様に同じ目をするように見えた。


「経験則から申しましょうか。アレ、次にしでかすのは、そうですねえ、まず、自分に従わない素振りを見せた者を殺しますよ。それから次は、他の従わない者を『見せしめ』として、市民の前で殺すでしょう。その方がより効果的なので」


「……見てきたように話すのだな」


斎藤さんは半信半疑といった表情で。


「そうですねえ。大体、腐敗する者は同じような道を通るので。まあ今回の憶測については、ここ数日で見た芹沢の性格も加味しての憶測ですが……まず、遠からず近からずのところに落ち着くと思われますよ?」


斎藤さんは「では」と私を真っ直ぐ見つめてきた。


「見慣れているというお前に聞こうか。それを放置した場合、その次はどうなる?」


「死ぬまで二度と、止まることはありませんね。だって『見せしめ』によって、万人が己の欲求に従うことを知ってしまうのですから」


ちなみに、と私は付け加えておく。


「改心することもありませんよ。改心などすれば、悪逆に耐えられなくなるのは自身なので」


腐敗した者は、死という終わりを目前とするまで、改心することはない。


それは、私が今まで見てきた、確かな現実。


「斎藤さんが物事の大局を見据えるのがお得意なように、私は経験則から悪人の臭いを嗅ぎ分け、その末路を弾き出すのが割かし苦手ではないのですよ。ま、信じるかどうかは、もちろんお任せですが……」


 私の言葉に、斎藤さんは小さくため息を吐く。


「……少なくとも、お前が本心からそれを言っているのは分かった。……俺には人の感情の機微を理解するのは難しい。だからこそ、後で、きっちりと近藤殿に伝えておこう。もし、本当にそうなった場合、芹沢を討たねばならなくなるからな」


 彼はどうやら、自身の苦手とするところを理解しているようだった。


 ──少しだけ、驚きだ。


「その方が宜しいかと。では私は今日は組長代理で三番隊隊士に剣の稽古をつければ良いのでしたよね?」


私は場の空気を和らげるように、本当は覚えているのだが、あえて斎藤さんへと自身の今日の予定を再確認する。


「ああ。俺は少々庶務が溜まっていてな。……お前の稽古は厳しいと隊士から苦情が出ているから、なるべく軽めに頼む」


「根性ないですねぇ。ま、いいですけど」


やれやれと肩を竦め、私は隊士達に剣の稽古をつけるべく、執務室を後にしたのだった──。


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