6-2
言うことをきかない箸と格闘しながら、魚と向き合っていると、背後に芹沢の取り巻きであるいつもの二人の片割れ、平山が膝をついた。
「安芸三番隊副組長。芹沢様がお呼びです──」
私は苛立ちのままにそちらを振り返る。
「はぁ!? こちとらまだ魚すら食べられていないんですけど! この箸とかいう物のせいで!」
そんな私の言葉に、平山は少しだけたじろぐ。──と。
「ははは! 相変わらず素直な男よ!」
と、酒を片手に上機嫌の芹沢が自らやってきた。
沖田さんがさっと場所を開け、座布団を譲る。
ちなみに暑苦しいので、私もちょっとだけ斎藤さん寄りに場所を開けた。
芹沢はそこにどっかりと座り込むと、赤ら顔で私の背をバシバシと叩く。脂肪もだが、筋肉もかなりある巨漢なので、かなり痛い。
「見よ安芸。言った通りであろう。証文が面白いモノに化けたわ!」
「何がどうしたら証文が宴会になるんですか……」
私は叩かれた背へと手を回し、さすりながら芹沢へと問う。
「お前が良く取り計らってくれたお陰で、公用方の独断で書かれた証文が手に入った。まあ、無断で書かれたもの故な、藩主の耳になど入ってみよ。奴らは断罪を免れなくなる。くはは!」
よほど面白いのだろう、芹沢は一度大きく笑うと、ダミ声で続ける。
「奴らは何とか詫び証文を取り返そうとな、二条通りに直真影流道場を開いておる戸田一心斎殿を介して、儂に泣きついて来ての。まあ誠意をきちんと見せれば、返してやらんこともないと言ってやったのよ」
つまりは、どう聞いても、体のいい宴会の要求だった。
「はあ、最初からこれを狙っておられた、と」
──私の貴重な三日を返せ。
このために、あの沈黙の三日を体験したのだと思うと、そう思わざるを得ない。
芹沢の横に追いやられた沖田さんは、話の内容に、それはそれは嫌そうな顔をしていた。
何やら右隣からも危険な気配が漂ってきている。気がする。
「……さすがは、筆頭局長、ですねえ。──頭が切れる」
憤る彼らの気持ちも分からないではないが、まだまだ芹沢という男を計り切れていないのだ。ならば、ここはまだ彼を煽てる方が良いだろう。
「ははは、証文を書かせたそなたの手腕こそ、隊士から聞き及んでおるわ。虫も殺せぬ女童のような顔つきで、やりおるわい!」
女童という言葉に、一瞬心臓が跳ねたが、どうやら彼には他意はないようだ。
「どれ、そなたに儂懇意の女を見せてやろう。こちらへ来ると良い」
上機嫌な芹沢に肩を引かれるままに、私は彼へとついて行くしかなく。
剣呑な顔つきの斎藤さんに「先帰ってて下さい」と口の動きだけで伝え、芹沢が最初に座っていたのだろう席まで連れられた。
そこで芹沢を待っていたのは、華やかな着物を着た、数人の美女だった──。
「ん? ああ、ありがとう」
美女に酒を注がれ、私は笑顔を返しながら、それをあおる。
「貴女のような麗しい女性に酌して頂けると、日頃の疲れも癒されるというものです」
もう癖のように女性へと賛辞を述べると、女性は頬を赤らめ、芹沢は声を上げて笑った。
「何だ安芸君。意外と言うではないかね!」
癖なので、とは間違っても言えない私は、どうこの場を逃げ出したものか、と真剣に悩む。
だが、芹沢はとことん私を解放してはくれなかった。
彼は泥酔した後も、滔々と自身の過去の武勇伝やら、今彼が率いている隊の忠誠心やらについて語ってくる。
最終的には、明日の隊務に支障が出るから、という理由で、鼻の頭と眉間に大皺を寄せた斎藤さんに迎えに来てもらえたことで、私は何とかその場から逃げ出した。
また捕まる前にと、既にほとんどが引き上げた近藤派の隊士達を追うように、急いでその場を後にする私達。
ここまで一緒に来ておいて一人で帰るのも何だし、という理由で揚屋の外で待っていてくれた沖田さんと合流して、私はようやく一息ついたのだが、翌日、揚屋に残っていれば良かったと心底後悔した。
私達が帰った直後、その惨事は起きていたのだ──。
「嘘、でしょう……」
──宴会の翌日。
私は上手く笑顔が作れず、三番隊の執務室で斎藤さんから告げられた言葉に、引き攣ったように口端を吊り上げる。
「俺も嘘だと思いたかった」
なんでも──。
私達が帰った後、酒乱の芹沢は店の対応に腹を立てることがあったらしく、愛用の鉄扇を手に大暴れし、店内の食器を全て叩き割り、廊下の手すりを外し、外したそれを酒樽に叩きつけて帳場を酒浸しにする。そんな暴挙に至った挙句──。
「店主の角屋徳右衛門に七日間の営業停止を一方的に申し付けたぁ!?」
さぞや気分よく、意気揚々と角屋から引き上げる芹沢の姿が思い浮かぶ。
「残っておけば良かった……」
もしかしたら、その暴挙を止められた可能性はあったかもしれない。
だが──。
「いや、残らなくて良かった。お前はもう芹沢に関わらせない。このままお前がアレといては、護れる命も護れなくなる……」
眉間に皺を寄せた斎藤さんの言葉に、私は目を丸くする。
──そうだ、この人は他でもない。私を護る。それだけのためにココにいるのだ。
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