6-1
六
「安芸。……む? 何をしているのだ?」
その日は非番だった私は、ローマへと帰る方法、もしくはその手掛かりとなるものがないかと、資料庫を漁っていた。
「ああ、斎藤さん。何って……調べ物ですよ。他にやることもないので」
「調べ物? 座学が苦手なお前がか?」
斎藤さんはたまに辛辣である。
「沖田さんから聞いているかもですけど、私は過去の者なので。ローマに帰る方法が何か見つかればと思って資料を漁っているのです」
斎藤さんは資料庫に入ってくると、
「そうか……帰りたいのか、そうか……」
と、何やら複雑そうな表情で呟く。
「ま、まあまあ、まだ何も手掛かりの欠片すらも見つかっていませんから。それよりも、何か御用があったのでは?」
私の、まだ手掛かりの欠片もないという声に、目に見えて斎藤さんは安堵したような表情になる。やはり彼は犬のようだ。
「ああ……通達だ。今宵は全隊士、見廻りなどの隊務はない」
思わぬ言葉に、私は目を見開いた。
「それ……大丈夫なんですか!?」
「良くあることらしい。こういう日は他の管轄の警察組織……まあ見廻組や京都所司代が管轄を越えて見廻ってくれる。互いにそういう取り決めをしているそうだ」
まあ、そういう決まりなら問題はないのだろう。
「しかし、なんでまた……」
「筆頭局長の取り計らいらしい。今晩、新撰組は全員宴会に出席することになる」
「宴会!? まさか、筆頭局長の言ってた面白いモノって……」
私は思わぬ言葉に、素っ頓狂な声を上げる。
「いやいや、でも証文がどうやったら宴会沙汰に……。よっぽど何かめでたいことにでもなったということ……?」
その真相は夜、分かることとなった──。
「はあ〜、ここが、筆頭局長が勧めてた花街……」
ぞろぞろと、他の隊士達と一緒に訪れた花街。私はそのなんとも言えぬ浮かれた華やかさにキョロキョロと視線をあちらこちらへと向ける。
「すごい……綺麗な着物だ……」
通りにいくつも並ぶ店には、木の格子があり、そこから胸元を大きく開けた、華やかな着物を纏った女性達が手招きしていた。
ローマにもいたが、彼女達は遊女なのだろう、と何となく見当をつける。
ただ、あちらとは違い、彼女達は本当に華やかだった。
「見えないって……大事なんだな……」
ポソリとそう零すと、頭の上に大きな手が落ちてくる。
「何が見えないって?」
私は上を見上げ、猫のような笑みの沖田さんと目が合った。
「あ、沖田さん。いえ、ローマの遊女達は身体が透けて見える衣一枚だったので……何も思うこともなかったのですが、私、今なら言えますよ。全て見えるよりも、胸元くらいの方がよっぽど興ふ──あだあっ!」
私は最後まで言い切る前に「バカ」の一言とともに、ベシリ、と彼に頭を叩かれてしまった。
背が低いからって、皆、私の頭を気軽に叩きすぎではないか? 真剣にそう思う。
「うう…本当なのに……」
ローマの遊女達は、透ける筒型の衣装──トゥニカのみを纏い、宝石のついたリボンなどで飾り立てている装いだった。
男達はその肢体がトゥニカの上から見えることに興奮していたが、私としてはこちらの胸元だけが開けた姿の方がよっぽど好みである──。
と──。
「お、おおお……!」
私は前方から男性に寄り添うようにして歩いてくる、華やかな衣を纏い、頭にも数々の装飾を施した女性の姿に、つい彼女の行く手を阻まないように、沖田さんの背後にさっと身を隠した。
そして顔だけを突き出しながら、その浅葱色の羽織の裾を握り締める。
「綺麗! 綺麗ですね、沖田さん……!」
「ん。そだね」
過ぎ去って行く女性に、あまり興味のなさそうな沖田さんよりも、よほど私の方が興奮していた。
ふと右隣を見やると、こちらも真顔で一切周囲には目もくれない斎藤さんがいる。
「……え、何なのです? あなた達、心まで刀で出来てるんです?」
これほど麗しいものを前に、と信じられない私である。
「うん、闘うことにしか興味のない狂獣にそれを言われてしまうと、ボク達も恥じ入るばかりだね」
「沖田殿。同感だ」
……何やら喧嘩を売られたようだ。
鼻を鳴らして私はそっぽを向き、色彩豊かな景色を存分に堪能する。
しばらくして辿り着いたのは、京都嶋原花街の揚屋・角屋だった。
宴会場に入ると、ほどなくして芹沢が現れ、口上を述べ始める。
「えー、皆、よく集まってくれた。実に今日はめでたい。なんと、水戸藩の公用方が我々のためにと宴会を開いてくれたのだ──」
長話に興味はないため、辺りをキョロキョロと見回していると、宴会場の隅に、証文を書かせた水口藩の男達の姿を見つけ──何やら目が合ってしまったので、私は笑顔で手を振っておく。
彼らは目に見えて青ざめ、さっと私から目を逸らしたが……まあ仕方ない。
「それでは、乾杯!」
乾杯、という声と共に、宴会が始まる。
私は運ばれてくるお膳に目を輝かせながら、ばっと手を伸ばす──と、自由席だったため、左隣に座っていた沖田さんに手をはたかれた。
「む!」
横で箸を持つ手を見せつけられ、暗に「箸を使え」と指示された私はむくれる。
「屯所ではもう何も言わなくなったじゃないですか……」
「うん。呆れ半分だけどね。でも、さすがに他所で手掴みはやめようか」
無言ではあるが、右隣では斎藤さんが真剣に頷いている。酷い。
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