5-1
「言いたいこと、しようとしていることは分かった。だが……」
「危険だ。駄目だ。行くなら俺もついて行く」
渋い顔の沖田さん、はまだ良い。三番隊組長改め、番犬は横に座っている私の袴の裾を鷲掴みにする。
掴むのが羽織だと逃げられるとでも思っているのだろうか。実に賢い番犬だ。
「アキリア。芹沢はキミが思っているよりも危険な男だ。すれ違った際に道を譲らなかった。それだけで通りすがりの力士に暴行を加えた挙句、斬り殺す。そんなことを平然とやってのける奴なんだ」
沖田さんはしばらく考え込んでいたが、
「やっぱり……危険すぎる。キミのしようとしていることを理解していないワケじゃないけど、さすがに止めざるを得ないな……」
と、苦々しげに呟いた。その時だった──。
「沖田殿。就任早々申し訳ないのだが、明日から少し、三番隊の隊士達の面倒をお願いできないだろうか。明日芹沢が局長殿へ安芸を借りると伝えに行った際に、局長殿から俺を随行させてはどうか、と芹沢に提案してもらおうと思う」
ふいに斎藤さんの告げたその提案に、沖田さんは他に良い案も見つからなかったのだろう。
「それが良いかもしれないね……。ボクは芹沢に警戒されてるからね、永倉くんに頼んで、永倉くん伝に、近藤さんの耳にその情報を伝えることにするよ」
と、彼の提案を飲んだのだった──。
五
翌日早朝──。
「さすがに警戒心が強い、か」
芹沢は近藤さんの言葉にも結局、斎藤さんを自身の隊士達と行動することを良しとはしなかった。
是が非でもついてこようとする番犬を何とか私と近藤さんとで宥めすかし、私は予定通り、となったワケだが、門扉のところで集まっていた、芹沢の隊に紛れ、水口藩を目指すこととなった。
片道で半日を越える旅路。
それは構わないのだが、芹沢の隊は、
「……本当に人間ですかねえ」
最後尾を歩きながら私はボソリと呟く。
彼らは始終誰も言葉を発することなく、ただ黙々と歩くだけで。
楽と言えば楽なのだが、その空気には異様としか言い様のない緊張感がある。
半日以上かけて水口藩へと辿り着いた私達は、もう辺りも暗くなっていたため、その日は藩内に宿を取り、翌日はあまり早くに押し掛けるワケにもいかないため、昼頃まで宿でひたすら沈黙に耐え、それから公用方の邸へと向かったのだった。
「新撰組、ですか」
散々待たされた挙句、ようやく私達の待つ客間へと現れた、五十歳前後と思しきふくよかな公用人の男は、私達の急な来訪の意図が勿論ながら分かっていなかった。
ちなみに広い客間に通された私は、何故か矢面に立たされ──、他の隊士達は後ろで六列横隊の形を取りながら、私の背へと並々ならぬ視線を向けている。
──試されている、ということか。
私は内心でため息を吐く。
「はい。何でもそちら様が新撰組が乱暴であるとか何とか、事ある毎に会津藩の公用方へ吹聴をしているとのことで、謝罪頂きたく、新撰組筆頭局長、芹沢鴨より派遣された次第でございます」
私の言葉に、公用人の男は従えていた警備の男と顔を見合わせ──、
「事実であるか、すぐに確認して参ります」
と、立ち上がろうとしたのを、私は見逃さなかった。
畳を蹴り、一足飛びに二人へと距離を詰め、その背後を取ると、私は警備の男の項に手刀を叩き込み、彼の意識を飛ばし──、
「いえ。確認は必要ございません。すべからく事実でございますから」
と、一人残された公用人の男の背に、ルディスの尖端を押し当てた。
木刀とはバレないように、羽織の下に隠してここまでやって来たため、彼は恐らく背に当てられたそれを真剣だと思っていることだろう。
「さあ『事実』を書き、詫びてさえ下されば、それで良いのですよ。互いに快く手打ちとしようではありませんか。秋とはいえ、もう『川遊び』するには遅い季節ですからね」
含みを込めて、そう男の耳許でゆっくりと囁く。
「分かった! 書く! 書こう!」
情けない声を上げる男に、私は「お話の分かる方で良かったですよ」と告げ、成り行きを見守っていた隊士達に筆と紙を持って来させた。
そしてそれから十分ちょっと。
出来上がった詫び証文に背後から目を通し、私はニコリと微笑んだ。
「ああ、上出来です」
隊士達に指示し、それを隊士の一人の懐へと仕舞わせると、私は男を立たせた。
「では、最後まできちんとお願い致しますね。私も……──したくはないですから、ね」
男にだけ聞こえるように、再び耳許で囁き、私はルディスを仕舞う。
脅しが功を奏したのだろう。男は騒ぐこともなく、我々を邸から出したのだった──。
「証文は預かります」
私は邸から少し離れたところで、証文を隊士から回収した。
相変わらずだが、誰も、何一言発することはない。
この異様な空気にも慣れつつある自分を褒めながら、私は続けて口を開いた。
「追っ手が気に掛かります。藩を出る頃には日が落ちているでしょうが、藩内で宿を取るのはあまりにも愚策。とはいえ、灯りを灯して京へ向かうなどすれば、追っ手に我々の存在を知らせているようなもの」
隊士達の覇気も生気もないただずっと見開かれているだけの目を順繰りに見やりながら、私は仕方なく「峠で一晩明かしましょう」と、峠での野宿を提案する。
「反対する者は……いないようですね」
まあ賛成の声も上がらないのだが。
早足で歩き、峠の麓まで来る頃には、辺りには完全に夜の帳が落ち切っていた──。
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