4-6
芹沢の部屋を後にした私は袖に賂を入れ、自室へと戻り──その障子を引いた。刹那──。
「うわっ──!?」
なんと、自室で待っていたのだろう斎藤さんが、半ば一足飛びで距離を詰めてきた。
彼は私の両肩口を掴むと、険しい表情で私の目を覗き込んでくる。
「怪我は! 何をされた、隠すな! 場合によってはあの男は殺す!」
「ちょっと──!?」
斎藤さんは真剣な表情のまま、まさかの掴んだ衣を左右に引いて、私の襦袢を脱がしに掛かり──その狂行はすぐさま、同じく室内で待っていたのだろう沖田さんに止められた。
「斎藤くん、待った。心配しなくても芹沢は男の見た目をしている奴に手を出す趣味は持ってないから安心しなよ」
沖田さんの声に、斎藤さんは「む」と短く零す。
──さすがに彼は私の性別を聞かされているのか。
まあ、自分の隊の組長なのだから、構いはしないが。
そんなことを思っていると──、
「……臭い」
と、斎藤さんは、彼にしては珍しい、眉間と鼻の頭に皺を寄せながら不機嫌そうに呻いた。
「は──?」
私は崩れた襟元を掻き合わせながら、酒の臭いでも染み付いたか、などと呑気に思った。
その瞬間──。
「こんなもの──!」
斎藤さんは私の袖口から賂の包みを無理やり引きずり出すと、庭の池に叩きつけるように放り投げてしまった。
重い音ともに、池に白い水飛沫が一度上がり──すぐに収まる。
まあ、どうしたものか困っていたカネではあったので、構いはしないのだが──。
「それよりも……」
私は今までの無表情な姿とは大きくかけ離れた、斎藤さんの様子に、どうしたのだろうと疑問を覚える。
何故こんなにも荒れているのか。そんなことを思っていると──。
「取りに行かないのか……?」
斎藤さんは池をすっと指差した。
「へ?」
「へ、ではない。俺が捨てた金だ。取りに行かないのか?」
勝手に捨てておいて、この男は一体何を言うのか。
ワケが分からないが、私に、取りに行く気がないことだけは確かだった。
「まあ、正直どうしたら良いか分からないおカネだったから、なくなって良かったくらいですけど……」
──そう。なくなって良かったくらいだけど……怖い。
本当に、彼が分からない。彼の行動の全てが分からなさすぎて怖い。
そんなことを考えて頬を引き攣らせる私を、次の瞬間、斎藤さんは長いため息を吐きながら──掻き抱くように抱き締めてきた。
「は……ぇ?」
「良かった……! 本当に良かった……!」
彼が奇行ばかりを繰り返すため、抱き締められた私の頭にはもう疑問符しか浮かばない。
「斎藤くん。そこまで」
仏頂面の沖田さんに引き剥がされた斎藤さんは、いつもの無表情だが、どこか安心したような表情をしている。
「すみません、私にはもう何が何やらさっぱりなのですが……」
理解の範疇を超えた斎藤さんの言動に、私はチラリと沖田さんを見上げた。
「ボクは今までここで斎藤くんと話していて、ようやく分かったよ……。アキリア、キミが何故斎藤くんを捕まえて来られたのか」
沖田さんは部屋へと入ると、先程まで座っていたのだろう座布団へと戻り、その正面に敷かれていた座布団へは、何故か斎藤さんによって無理やり私が座らされた。
そして彼は私の隣へと直に畳に座り込む。
「アキリア。斎藤くんがキミを気に入ったのは、ホントに差し入れをくれたから、らしい」
「は!? そんなもの、この顔があれば……ちょっと小綺麗にさえすれば、町娘から貰いたい放題じゃないですか!?」
私は失礼ながら、斎藤さんの整った顔をびっと指差した。
「違うよ。キミは屍だと思ってた斎藤くんに言ったそうじゃないか。「これが自分の持ってる私財の全て」だって」
沖田さんの言葉に、確かにそんなことを言ったような気も……しなくもない。
と、沖田さんの言葉に、隣に座っていた斎藤さんが少しだけ表情を綻ばせて──口を開いた。
「屍だと思っている者に、私財を全て投げ打ってくれる。そんな者には、俺は出会ったことがなかった」
「……あの、自分で言うのも何なのですが、たったの餅二つ、ですよ?」
私の声に、斎藤さんはこくりと頷く。
「人とは持たざる者ほど、財への執着が強くなる。間違いなく持たざる者だったお前は、あの日、本当に唯一の私財を、誰も見てなどいないのに屍にくれた。全国を放浪し、浅ましいもの、打算的なものばかりを見てきた俺には、それが嬉しかった……」
どうやら、私は貰い物の餅二つでとんでもない大物を釣り上げたらしかった。
「嬉しかったから、何かを返したかった。だけど、俺には魂である刀を振るう腕しかなかった。だからせめて、お前を護ってやろうと。そう思って、お前を追って此処へ来た」
「……これが真相。最初聞いた時はボクも驚いたけどね……まあ斎藤くんなら有り得る理屈かなって」
沖田さんの言葉に内心で同意する。彼ならそんな理屈で動いてもおかしくない。
「さっきの金の臭いは、良くない金の臭いだった。だから嫌だった……」
カネの臭いでそれがどんなカネか分かる彼は一体何なのか。私は口にこそ出さないが、沖田さんがそんな私の表情を眺めながら、頷いている。
どうやら考えていることは同じらしい。
「けど、お前は金を追う気もなさそうだった。やっぱりお前はお前。あの金はお前が欲して手に入れたものではない。それが分かって……金を投げ捨てて本当に良かったと思う」
──複雑だ。
持っていたカネを捨てられた側からしてみれば、要らないカネであったとはいえ、大いに問題しかない発言である。
私は渋い顔で、もう犬にしか見えない斎藤さんを眺めやった。
「そうだ、アキリア。あの金はもしかして……」
沖田さんの眼光が鋭くなる。
「……話しても良いけど、話すなら、これから私のしようとしていることに邪魔だけはしないで下さいよ?」
私はそう前置きし、芹沢が証文を求めていること。彼が何やらきな臭いこと。彼の真意を引き出すまで素直に彼に従いながら、彼を泳がせてみること。それらを説明した。
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