表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/238

4-5

「急に呼び立ててすまないね安芸君。まあ掛けなさい」


 芹沢は何やら上機嫌な様子で、彼は西洋のものを好むのだろう。部屋に置いていた綺麗な装飾の椅子を私に勧めてきた。


 ──酒臭い。


私は部屋に充満する酒の臭いに、不快感を覚えながら、椅子へと掛ける。


「隊内では儂が水戸(みと)派なのを良い材料に、悪く言う者が後を絶たないのだが……そなたは儂のことをどう聞いているかね?」


にこやかなようで、その実、目は微塵も笑ってはいない。


蛇のような絡みつく視線の中、私はありのままを述べた。


「どうも何もありません。私が筆頭局長の存在について知ったのは本当に着任式の時が最初でしたから。ちなみに今思うことでしたら、部屋が酒臭いです」


本音を素直に述べたことが吉と出たのだろうか。


芹沢は細い目を更に細くして何度も頷く。


「そうかそうか。儂の目に狂いはなかった。儂がそなたへと声を掛けたのは、他でもない。そなた、着任式の際に一番隊の最後尾から首を伸ばしておったろう? そのような真似を出来るの者は、武士にはおらぬ故な」


どうやら彼はあの場で、ただ酒をかっ食らっていたワケではないようだ。


「武士の心得が無ければ、近藤一派という訳でもなかろうと思い、近藤めの毒牙に掛かる前にと、こうして呼び立てたのだよ。……三番隊副組長を任される程なのだ。腕も確かなのだろう?」


芹沢の言葉に、私はただ「試されますか?」とだけ返す。


「いやいや、それには及ばぬよ。真に強い者にはな、真剣など要らんのだよ。儂がこうして刀を持たず、鉄扇(てっせん)を愛用しているように、木刀一本しか携えておらぬ、そなたが弱いはずがないのでな」


初めて、初見で己のことを強いと認識してくれた芹沢に、一瞬、軍門に下るもやぶさかでないと思ってしまった思考を急いで振り払う。


この男は間違いなく、腹に一物持っているはずなのだから。


「儂はそなたとは懇意にできたら、と思っておる。……平山(ひらやま)


平山と呼ばれた、芹沢へと仕えている隊士が、私の元へと歩み寄り──、


「……なるほど、ね」


私へと、彼は小さな重い包みを手渡してきた。


中身は確認する間でもない。鼻につく金属の臭いから、それがおカネであることを察する。


「何、魚心あれば水心……という訳でもない。それは儂からのただの小遣い。非番の日に花街へでも行って楽しむと良い」


私は濁った目で嗤う彼へと、外道じみた笑みを返す。


世の中など所詮はカネなのだ。彼はそのことを良く知っている。


熱い演説や仲間意識などより、よほど、その臭い金属の繋がりの方が、手軽に堅実な成果を上げるだろう。


けれど──。


彼には悪いが、私は性根の底から外道へと成り果てるつもりはなかった。


──何故なら、皇帝様の信用を裏切りたくはないから。


周囲を政敵に囲まれている、と昔お会いした時に皇帝様は嘆いておられた。


だからこそ、コロッセウムで次に会った時は、そのままのお前に仕えてほしいと、そう歳の変わらぬ皇帝様に言われた時の喜びは今も胸に強く残っている。


強く気高い、そんな皇帝様の剣が、汚銭にまみれた穢らわしいものであってはならない。


そういう意味では、私は案外この組織に向いているのかもしれなかった。



……まあ、他の隊士達のように、真正面から悪を叩く気などは更々ないが。




「……お優しいですねえ、筆頭局長。で、私は何をすれば?」


泳がせて、それから腐った根元が、どこまで続いているのかを確認して、腐敗の根本から全て叩いた方がよっぽど効率的なのだ。


ならば、外道に堕ちる真似くらいなら、いくらでもしよう。


「話の分かる奴で嬉しい限りだよ。……何、最近、水口(みなくち)藩の公用(こうよう)方が儂ら新撰組のことを悪く言っておるようなのだ。儂は新撰組筆頭局長として、これを見逃すワケにはいかん。故に、そなたには儂の隊の者と連携して水口藩へと赴き、詫び証文を取ってきて貰いたいのだ」


「詫び証文ですか……? それは、別に構いませんが……」


自分の組織を悪く言われたら怒る。その気持ちが分からない訳でもない。


だが、あまりにも普通の依頼をされたことに私は拍子抜けで。


「そういうことでしたら、明日にでも早速発って、水口藩公用方の邸に向かい、証文を取って参ります。往路も込めて三日ほどお待ちください」


もしかしたらまだ自分を疑っているからこそ、そんな依頼をするのかもしれない。


そんなことを思いながら立ち上がる──と、


「良いか安芸君。儂らに必要なのは証文という形。……これが何を意味するか、分かっておろうな?」


芹沢は私を引き止め、悪い笑みをこちらへと向けてきた。


「ご心配なく。彼はきっと、己の罪に気付き、すぐにでも自ら証文を書きたくなりますよ」


迷うことなく、さらりと返した私の言葉に、芹沢は声を立てて笑う。


「さすがだ! それで良い。何、近藤にはそなたをしばらく借りると言っておく。案ずることなく発つと良い」


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。


ブックマークもいただけると更に励みになります。


何卒よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ