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「話を戻すけどさぁ、何をどうしたらあの風来坊を抱え込めるようなコトができたのか……心当たりとかないの?」
「心当たりですかぁ……? 行き倒れていたところに差し入れをしたことくらいしか……」
本当にそれだけしか心当たりはないはずだ。
しかも差し入れるというにはあまりにも少ない、餅が二つ。
「んー、それくらいで、あのバケモノを抱え込める気はさすがにしないねえ……」
「私もそう思います……」
と、ふと私は一つの疑問を抱く。
「あれ? でもそんな凄い人ならお金持ちでは? なんでそもそもあんな薄着で行き倒れなんかに……」
豪遊しすぎた、とかだろうか。と私は首を傾げる。
「ああ、そこはほら。常識で考えてもムダだよ。彼は手配書が出ている賞金首を取ったとしてもそれを金にすることはまずない、と噂で聞くし。……何が楽しいのかさっぱりだけど、無表情で首を刎ねるだけ刎ねて、去って行くだけ」
──彼は一体、何がしたいのだろうか。
常識で考えても無駄。その一言に全てが詰まっている気がした。
「やることなすこと、全てが奇行の彼だからね。自身の身なりも、気にしないのだろうし……まあ、身辺の全てを気にしなさすぎてついに行き倒れた、ってところじゃない?」
「なんとまあ、傍迷惑極まりない……」
そんな会話をしていると、かなりの時間が経っていたのだろう。
ぽてぽてと、ゆっくり歩きながら斎藤さんが戻ってきた。
「あ、お帰りなさい……? その、用事は……」
恐る恐る聞く──と──、
「済んだ。明日より配属される隊士のことについてだったそうだが、もう解決したらしい」
斎藤さんは慇懃に頷く。
──すごい、永倉さん。
急な無茶振りに、さらっと対応するあたり、きっとかなり頭も切れるのだろう。
「斎藤くん。明日からは実際に隊士を率いることになる。もう気が休まる日はないんだから、今日くらい好きにしても良いんだよ?」
明日から忙しくなる斎藤さんを気遣う沖田さんの声に、
「そうか……それは心遣い痛み入る」
と、斎藤さんは屈んでいた私のすぐ近くの縁側にストンと腰を掛けた。
──すみません、何やら近くに掛けられましたが?
私は視線だけで沖田さんにそう訴えかける。
「……あの、斎藤くん? したいこととか、ないの?」
私の視線を受け、沖田さんは何とか疑問を絞り出す──と、
「安芸。何かしたいことはないか?」
まさかの私は質問を横流しされた。
「えぇ!? 私ですか……!? そうですねえ、仕合いくらいしか今のところ……」
永倉さんのように、咄嗟には良い言葉も思いつかない私は、思ったままをポロリと零す。すると──。
「分かった。仕合おう。……庭で良いか?」
それはもう一瞬で承諾された。
「は……?」
この人、大丈夫なのか。私は本気で心配になる。
凄い天才ではなく、凄い馬鹿なのでは、と、失礼な思考が頭を過ぎった。
「稽古という形であれば法度にも背くまい」
腰は軽いのだろう。すぐに立ち上がる斎藤さんから、そろりと沖田さんへと視線を移す。
と、さすがに彼も少し引いているのだろう。頬が僅かに引き攣っていた。
「沖田さん……会話は全て無視されず、きちんと成り立つようですし、あの方、実はその天才な方に良く似た、頭の緩い別人なのでは──?」
私はコソリと沖田さんに耳打ちする。
「い…や……、ここまで彼と会話になることに、ボクも驚いているんだけど……多分間違いないよ……アレ、本物のはずだ……よ?」
沖田さんは気付いているのかいないのか。
彼の、その言葉は疑問形になってしまっている。
──そんな時だった。
「安芸三番隊副組長。此方へお越しを──」
ふいに響いた、聞き覚えのない声に、私はそちらを見やる。
「誰ですか……?」
それは隊士ではあるのだが、見覚えがあるような、ないような。ないような?
私に動く気配が見えないからだろうか。私を呼んだ隊士は、
「お急ぎ下さい。芹沢様がお呼びです。芹沢様のご機嫌が悪くならない内に早く──」
と、用件をまず述べ、私を急かした。
「あ、そうだ、あの人さっきの着任式にそういえば……」
確かにいた。巨漢の側にずっと付いていた、二人の隊士の片割れか。
何事だろう、と首を傾げると、沖田さんが苦い顔をする。
「あー、厄介なのに目ぇ付けられたね……」
「え……」
「さっき言ったろ、筆頭局長──芹沢鴨。一体何の用件やら……」
何やらとてつもなく面倒事の臭いがする。
私は目に見えて嫌な顔をしてしまった。その時──。
「断る。うちには今隊士が二人しかいない。よく分からん用件に貸し出せる隊士などいない」
私の前に進み出たのは斎藤さんだった。
咄嗟に沖田さんが斎藤さんの腕を引き、下がらせる。
「バカ。順序はあちらが上だ! もし筆頭局長に聞かれて──」「──儂に聞かれたらなんだというのだね、沖田君?」
回縁を回って来たのだろう。私を呼んでいた隊士の隣へとゆっくりと歩んで来るのは、間違いなく先程の着任式にいた、巨漢──芹沢鴨だった──。
「申し訳ございません。筆頭局長もご存知の通り、まだ入隊してそれでも数日。隊の順序が今一つ理解できていないのも仕方のないことで──」「──待て沖田殿、俺はそこはきちんと理解している」
馬鹿正直な斎藤さんの言葉に、沖田さんも私も凍り付いた。
──この人、本当に大馬鹿なんじゃないだろうか。
私は真剣にそう思った。
「ほう。理解した上で筆頭局長である儂に歯向かう、と。嘆かわしいことだよ、斎藤君」
この馬鹿に喋らせていては大変だ。
私は咄嗟に声を上げながら、斎藤さんの横をすり抜け、駆け出す。
「何用でございましょうか、筆頭局長。参上つかまつるのが遅くなり、申し訳ございません」
私が自らの意に沿ったことに気を良くしたのだろうか。
芹沢は「来たまえ」と短く告げると、踵を返す。
「離せ、沖田殿──」「──待てって。少し落ち着きなよ……!」
恐らく背後で揉めているのだろう斎藤さんの行動が少し心配ではあったが、まだ用件が何かが分からない以上は、私は素直に芹沢の言葉に従うことにした。
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