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4-3

「斎藤さん、三番隊って今日何か予定、入ってますでしょうか?」


「いや、三番隊としての正式な稼働は明日からだ」


良かった、と私は内心で胸を撫で下ろす。


「じゃあじゃあ、まだ来られて数日とのことですので、斎藤さんは今日、屯所の中を出来る限り見て回るとか──」「……粗方の設備はもう押さえている」


「刀の手入れとか──」「──常に万全だ」


「隊士達の名簿が資料庫にありますので、自隊に配属される隊士の把握とか──」「──資料庫にあった名簿に書かれていた全隊士の情報については全て記憶した」


──え。何なの、天才なの?


それはもう、完璧超人だった。


私は困り果て、沖田さんをチラリと見上げる。と──。


「斎藤くん。そういえば、永倉くんが何か話したいことがあるって言ってたけど、もう会った?」


沖田さんはそんなことを言い出した。永倉さん、ありがとう。と、私は心の底から彼に感謝する。


「いや、永倉殿には会っていない。……聞いてこよう」


ゆっくりと歩き去っていく斎藤さんの背を見送り、私は大きく息を吐いた。


「永倉さんに呼ばれていて、本当に良かったです……」


「ああ、うん。ウソだけど」


刹那、さらりと告げられた言葉に、私は目を剥く。


「は!? どうするんですか!? 斎藤さん行っちゃいましたよ!?」


「永倉くんはそこら辺器用だからねー。何となく察して適当に話合わせてくれるんじゃない?」


私は沖田さんと組まされることが多い永倉さんが、何故いつも死んだような目をしているのか分かったような気がした。


「で、どしたの? 何か言いたそうだったけど」


「それはそれはお察し頂けて何よりです! 一体どこの誰ですか!? よりによって私を斎藤さんの補佐にしようなんて考えた方は!」


不満のままに、私は沖田さんへと牙を剥きながら詰め寄る。と──。


「近藤さんと土方さん。……でもね、仕方なかったんだよ」


「仕方ないって何ですか! 仕方ないって!」


私は沖田さんの胸ぐらを掴んでガクガクと揺する。


「彼は文武ともに……真性の天才でね。だからこそ、近藤さんが昔、彼をずっと勧誘していたワケだけど……近藤さんがどれだけ頼み込んでも、頭を下げても、斎藤くんは一切靡くことがなかったんだ」


「それはさっきの演説で聞きましたよ! 別に私も斎藤さんが組長であることに文句は言ってませんよ! 問題は人事です、人事!」


吠える私の腕を掴み、胸ぐらから引き剥がすと沖田さんはため息混じりに零した。


「斎藤くんの、たっての希望だったんだよ、キミを副組長に、っていうのは……」


「は……?」


私は一瞬、何を言われているのか分からず、ポカンとする。


「組長になるのなら、キミを副組長に。キミを副組長にしないのなら、自分も組長にはならないって言い切られてね。……下手な手を打って、天才を手に入れる千載一遇の機会を棒に振るワケにはいかない。近藤さんとしても仕方なかったんだよ」


──何だ、それ?


私の理解は全く追いついていなかった。


「天才天才……って、そんなに凄い人なんですか、あの人……」


「うん。キミはあまり思わないかもしれないけど、あの風来坊(ふうらいぼう)、結構スゴイ男なんだよ? 普段はふらふらとただ全国あちこちの道場に現れては道場破りをして去って行く。そればかりをしているんだ……」


沖田さんの言葉に、私は頬を少し引き攣らせる。


「何ですか、その嵐……」


私の言葉に、あれはホントに嵐だね、と沖田さんは真顔で頷いた。


「たまに気まぐれで、大名同士の小さな小競り合いに首を突っ込んだりもするらしいんだけど、どちら側につくかは誰にも分からず、運悪く敵となった側の今まで練ってきた戦略やら思惑やらを全て滅茶苦茶にして、風のように去っていくんだ」


気まぐれで敵に回ってしまった側にとってはたまったものじゃないだろう。


傍迷惑にも程がある。


「彼はね、何となく理解したかとは思うけど『人』に対しては色々と疎い。ハッキリ言って、幼子の方がまだマシってくらい」


「でしょうねぇ……」


冗談は通じないし、私はそんなに会話をしたことはないのだが、沖田さんと会話をしているのを見るに、言葉のやり取りも中々に難しそうだ。


「だけれど、それが世の情勢などの大局なると、話は別でね。たまに行く先々で零す、彼の言葉通りに世の中は移ろってゆくんだよ……」


「何ですかそれ!? 怖ッ!」


これは多分だけどね、と沖田さんは苦笑しながら続ける。


「彼の目にはきっと世の中は、ボク達とは違う……俯瞰した果てというのかな。大きな流れの終着が見えている。……それが見えているからこそ、現在(いま)を必死に足掻く、目の前の小さな一個人の無駄な努力になんて、目を向けないし、理解しようともしない」


「はあ……」


私は、にわかにはその言葉が信じられず、口をポカンと開けるばかりで。


「有能だから、と味方に何とか引き入れようとしても、嵐と一緒。微笑むかどうかは時の運だし……というより、微笑む云々以前に、彼と会話になること自体が珍しい。ココ数日、彼と会話が成り立っていること自体、奇跡だと思うくらいだよ……」


近藤さんですら、今までずっと無視され続けてきたからね、と沖田さんはボヤいた。


「味方につくかは分からない。だからといって、敵に回る危険性を考慮して、彼を討つには、膨大な損失を被ることになる」


「討つことすらできない……無敵の剣、ですか……」


私は演説で近藤さんが述べていた言葉を思い出す。


「そ。まさに無敵の剣。止める者がこの世のドコにもいないのを良いことに、警備の厚い城だろうが、乱闘騒ぎの最中だろうが、出入りは自由。好き勝手。……ホント、スゴイよ、アレは」


その言葉に軽い頭痛を覚え、私は縁側に屈みながら、沖田さんを見上げる。


「じゃあ沖田さんの猛者の剣というのは何なのですか……お飾りなのですか……」


「うーん、飾りじゃないけど、いや、飾りかなあ。ボクには分からないけど、近藤さん曰く、戦場でボクの前に立つ者はすぐに勝つことを諦めて撤退を考え始めるらしいよ。まあ確かにボクは戦いが長引いたことがないけど、どうなんだろうねえ」


曖昧な答えだが、まあ自分で言い切るのもどうかとは思う内容だろう。


「無敵の剣。猛者の剣。後は……」


「ああ、最強の剣? 永倉くんが(ちまた)でそう呼ばれてるね。彼は剣のために生きているような男でね。幼い頃より色んな流派の道場に現れては、いとも簡単に、全て免許皆伝に至り、彼に見抜けない技はないとさえ言われるようになったんだ」


どこから打ち込んでも必ず対応し、打ち返される。だから最強の剣。と沖田さんは語る。


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