4-2
「おおお。これは……」
私は道場から共同部屋へと戻り、風呂敷包みを開く──と、真っ先に目に入ったのは、浅葱色ではなく、白い羽織だった。袖口には黒い山形の模様がある。
そして浅葱色に映えていた白い襦袢は白い羽織には映えないからだろうか。黒い襦袢と、袴も灰よりも黒みの強いものが一緒に入っていた。
「似合う。似合う! これなら町娘から引かれないぞ!」
早速着替えて、鏡に映した自分の姿に安堵する。
浅葱色の羽織を羽織った時には自分の姿に「あれ、私って本当に端麗者だったっけ?」と心配になったものだが、どうやら顔が変わったわけではないらしい。
しばらく鏡を見つめていると、部屋の外から「入るよ」という声が聞こえてきた。
「おや、沖田さんじゃないですか。どうしたんですか、いつもならすぐ入って来るのに」
「さすがにボクも端から着替えてると分かっている時は声くらい掛けるよ……」
そうボヤきながら部屋へと入ってきた沖田さんは私を見やり──、
「うん、似合うじゃん」
と、素直に褒めてくれた。
まあ自分ですら思うくらいなのだから、そうでしょうとも。
「で、荷物は纏めた?」
そんな沖田さんの言葉に、私は目を丸くする。
「へ?」
「へ、じゃないよ。副組長になったんだから、個別で部屋くらい持つでしょ。ここ半月、ホントによく騙し通せたよ……」
沖田さんは遠い目で、どこか、ここではない遠くを眺めている。
そんなに私は信用ならなかっただろうか……。
内心で少しだけしょげながら、荷物がないに等しい私は、着替えだけを手に持つ。
「じゃあ、行こうか」
先導する沖田さんに案内されたのは、屯所の一角にある、広めの部屋だった。
「ここの並びの部屋には組長が住んでる。裏は局長や副局長。それから、ああ、八木邸にいない時は、たまに筆頭局長もいるね。組長も数名……ってところかな。どこに誰が住んでいるかはそのうち勝手に覚えてよ」
別にどこに誰が住んでいようが、どうでも良い私だったが、初めて聞く筆頭局長という言葉に耳が反応した。
「筆頭局長……」
「ん? ああ、筆頭局長? さっきの着任式にもいたでしょ。局長の後ろでふんぞり返ってた、デカイ男が。信じたくない話だけど、アレが今の新撰組の実質的な長だよ」
沖田さんの言葉に私はやはりあの態度の大きな男がそうなのか、と思いながら、備え付けの箪笥に着替えを押し込んだ。
そして──。
「ん? こ、これは──!」
私は部屋の奥にあった木製の扉をカラリと引き、感激のあまり上ずった声が喉から漏れる。
「お風呂ー!」
そこは、簡易的なものであるが、個別の風呂であった。
今までは人目を忍んで深夜にこっそりと共同浴場へと通っていたのだが、もうそんな心配も要らないのだ。
感極まった様子で湯船にかじりつく私に、沖田さんは何かを思い出したように「あ」と声を上げた。
「うっかり忘れてたけど……そういや風呂、今までどうしてたの」
「夜中ですよ! 屯所内に二つある大浴場の、幹部格用ではない方に、使用時間外の夜中に……たまに通り掛かった見廻りの隊士に幽霊と間違われながら闇の中、ひっそりと通っていたのですよ!」
そんな日々とももうお別れ。
「ああ、これからは堂々と、お風呂に入れる……」
副組長になって、一番嬉しいのはそこかもしれなかった。──と。
「何ですか……?」
ふいに、沖田さんが私の頭を撫でたのだ。
私はワケが分からず、半眼で上を見上げる。
「いや、思っていたより、しっかりと行動してくれてたんだ、と思ってつい……」
どうやら、彼は本当に私が運だけで、今まで隊士達に女だと気付かれずにいたと思っていたらしい。
「ただのちゃらんぽらんじゃないんですが、私も……」
湯船に視線を戻し、小さくむくれる。
「ゴメンゴメン。これから座学の講義をしようと思っていたんだけど、実技に変えてあげるから」
宥めるような声に、まあそれなら、と振り返り、私は扉の向こう──自室の入り口である障子に映る行ったり来たりする人影に気付いた。
「ん?」
目をぱちくりとさせる私の視線の先を見やり、沖田さんは「ああ」と納得したような表情をする。
「キミのところの組長さんだよ。部下の部屋の場所くらいは教えておかないと、と思って、声を掛けてたんだよ」
沖田さんが部屋へと戻るのに、私は何となくついて行く。
「やあ、斎藤くん。キミのところの副組長さんの部屋はココだよー」
スパン、と開けられた障子の向こうで、回縁を歩いていた斎藤さんはこちらを振り返り──乏しいままの表情で歩いてきた。
「斎藤くんも引越しは済んだ?」
「……ああ」
沖田さんの声に、斎藤さんはポツリと一言返しただけで。
「相変わらず必要なコト以外は無口だねぇ……」
はぁ、とため息を吐く沖田さんを私は横目でチラリと見上げ、
「沖田さん沖田さん。私、この組長さんとやっていける気がしないんですけど……」
と、あまりにも表情の読めない己が隊の組長と意思疎通ができるのか、今後の心配を口にする。
だが、小声で呟いたその言葉はどうやら斎藤さんに聞かれていたらしい。
斎藤さんは少しだけ眉を下げると「そうか。では俺は組長を辞退しよう」と踵を返した。
「え……い、いやいや、嘘ですよ!? 大丈夫です、一緒に頑張りましょう!?」
私は沖田さんの視線に「引き止めろ」という無言ながらに強い圧を感じ、慌てて斎藤さんを引き止めにかかる。
「ん? なんだ、冗談だったのか」
嘘だと思いたいところだが、斎藤さんはあっさりと戻ってきた。
──何なのだ、この扱いづらい組長は!
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