4-1
四
「ほら、急いでアキリア!」
その日私は、えらく嬉しそうな沖田さんに片腕を引かれ、
「ま、待ってください」
と、走りながら、何とか片手で外套を纏う。
彼がこんなに嬉しそうな顔を見せるのも珍しい。一体、何があるというのだろうか。
考えても、全く何も思い付かず。
かといって、何事かと聞いても、
「まだ秘密」
の一言で終わらせられるため、私はただ彼に腕を引かれるがままに、付いて行くしかなかった。
そして私達が訪れたのは、屯所の中でも一番大きな道場だった──。
道場入った瞬間に、その異様な空気……と言っても、別段危険なものではないのだが、何とも言えぬ、浮き足立った雰囲気を感じ取り、私はますますワケが分からない。
隊士達は恐らく全員揃っているのだろう。
組長を最前列に、綺麗に整列して、隊ごとに待機している。
中には実働隊に所属していない者もいるのだろうが、そんな彼らも端できちんと整列していた。
こうして見ると総勢で百名ほどはいるだろう、結構大きな集団だ。
「アキリア。キミは……まあ、ここにでも並んでなよ」
私は沖田さんに言われるがままに、一番隊の最後尾に並ぶ。
沖田さんは組長であるため、最前列へと向かい──それから十分ほどだろうか。
入口から入ってきたのは近藤さんと土方さん、そして彼らと同じ、高い立場なのだろうか。細い目の色白な巨漢が二人の隊士を連れて入ってきた。
「ようし! みんな揃っているな!」
まるで陽光のような笑顔を浮かべる近藤さんは、隊士達の前に堂々と立つ。
その一歩後ろに控える土方さん。
巨漢は──一番奥に設えられた椅子に二人の隊士を従えてどっかりと座り込んだ。
そして彼は鉄扇を開くと自身を扇ぎ始め、そんな彼へと二人の隊士は酒を差し出す。
局長である近藤さんを尻目に優雅にも椅子に座り込んで、酒をあおっているところを見ると、彼は局長である近藤さんよりも立場が上、ということになるだろう。
私は背が低いため、首を横から突き出して謎の男を眺めていた。
「お前達。よくぞ今日まで壬生浪士組として、共に戦ってくれた……」
今日まで? 私は近藤さんの、その言葉に首を傾げる。
「八月十八日の政変の際の活躍。そして今日までの働き。それがお上より認められ、本日九月二十五日をもって、我々は壬生浪士組ではなく、新たに『新撰組』の名を拝命した」
近藤さんの言葉に、一気に周囲から歓声が上がった。
その政変の時に何があったかは、私はまだこちらへ来ていなかったため、よく分からないが、彼らが何かしらの大きな手柄を立てたのだろう。
「我らの組織は本日をもって大きくなるわけだが、元を正せば、ただの烏合の衆である我らだからこそ、その統率のため、より厳しい法を敷かねばならん。新撰組の新しき法『局中法度書』は各自、目を通しておくように」
近藤さんの言葉に、組長達はあらかじめ袖にしまっていたのだろう、局中法度書の隊士分の写しを一番先頭の隊士へと手渡し、それは次々と後ろの隊士へと回っていく。
最後尾である私の手元にも届いたそれをチラリと見やり──、私はげんなりとする。
──私は五つ定められた法の既に三つほどを犯しかけていたのだ。
私が胸を張って、していないと言えるのは法度の内の二つ。借金と訴訟関係のみ。
他の私闘禁止は破りかけているし、脱退はなんならローマに帰りたいと名言しているし、武士道に至っては、そもそも知らない。論外である。
まさか今日で自分は切腹させられるのか。本気でそう思わなくもない。
「新撰組となるにあたり、隊も今までは七番隊までであったが、十番隊までに拡張することとした」
隊の拡張。その言葉に、私は話を続ける近藤さんを見つめる。
「一番隊組長は変わらず、沖田総司。二番達も変わらず永倉新八。三番隊は……ここ数日でお前達もその力量を目の当たりにし、文句もないだろう。斎藤一。──入っていいぞ」
近藤さんの声に、道場の外から浅葱色の羽織を羽織って入ってきたのは、
──屍さん!?
半月ほど前、寺の墓場で行き倒れていた屍男だった。
相変わらず髪はパサパサの、後頭部で無造作に縛ったままの姿だが、ボロボロだった装いだけは、しっかりとした組長のものになっている。
いつの間に入隊していたのか。私はただ目を白黒させた。
「ははは、一はな、ワシがかつて剣術道場をやっていた時によく道場に来ていてな。腕は一流で、戦局を読むことについても天才で、何度も同志にと誘ったのだが断られ続けていたのよ。それがこの度、自ら入隊を志願してくれた。これほど頼もしいことはないだろう」
屍男こと、斎藤さんに全幅の信頼があるのだろう。近藤さんはご機嫌だ。
「猛者の剣と呼ばれる総司。無敵の剣と呼ばれる一。最強の剣と呼ばれる新八。うーむ、新撰組の未来は明るいぞ」
ニカリと笑う近藤は「そうそう」と何かを思い出したようだ。
「一はな、全国を放浪していて隊を纏めたことがなくてな。三番隊だけ、特別に副組長をつけることにしたのだ。お前達も腕前に文句はないだろう? 里哉、こっちに来い」
近藤さんの言葉に、私はまさか自分が呼ばれたとは思わず、猛者に無敵に最強の剣か、などと考えていた。
「おーい、里哉!」
再度の近藤さんの呼びかけにも私はぼんやりしたままで。
そして──。
「アキリア。キミだよ!」
見かねた沖田さんに呼ばれた、長年親しんだ自分の名に、私ははっと我に返った。
「はい!? 私ですか!? え、あ、はい!?」
私は急いで近藤さんの元へと駆け出す。
頭は見事にこんがらがっていた。
──え、副組長? え?
近藤さんの元へと辿り着いた私に、近藤さんは、土方さんから受け取った風呂敷包みを手渡してきた。
「組長と同じ出で立ちだとこれから入るだろう新参者が混乱するだろうからな。副組長用の衣装を用意しておいた」
この世で一番似合わない浅葱色の羽織でないことを祈りつつ、私はそれを受け取る。
「組織に精通していない者同士だからな。同じ目線で困難に臨めるだろう」
ふいに掛けられた土方さんの一言に、私は「はあ」と返す。
私が斎藤さんの横に並ぶと、近藤さんは再び隊士達へと視線を向け──、
「では次だ、四番隊組長は元三番隊組長、松原忠司。五番隊は新たにお上からの推薦にて、京都所司代より来た尾形俊太郎。──入って来ていいぞ」
また新たに一人、肩ほどまで伸びた艶やかな髪を総髪にした、優雅な動作の男性が道場へと入ってくる。
まあ新たに三人組長が増えるのだから、彼のように新たに組織に入ってくる者がいてもおかしくはない。
近藤さんは人を誉めるのが好きなのだろう。尾形さんについても褒めちぎり──、
「俊太郎は京都所司代でも幹部を務めていた経歴がある。うちに馴染むのも時間の問題だろう。……俊太郎よ、経歴からも要らぬとは判断したのだが……もし君も副組長が入用ならまた言ってくれ」
と、その手腕を最大まで誉めた上で、そう告げる。
「では次、六番隊は…昇進おめでとう。お前の血の滲むような努力は皆もよく知るところだ。元二番隊隊士、井上源三郎」
他所から来た者もいれば、井上と呼ばれる者のように成り上がる者もいて、式は着実に進んでいく。
「七番隊は変わらず谷三十郎。八番隊は元五番隊組長、藤堂平助。九番隊は元四番隊組長、鈴木三樹三郎。十番隊は元六番隊組長、原田左之助とする──」
全ての組長が決まったところで、近藤さんの呼びかけに、道場の外にいた、新たな平隊士達が入ってきた。
「俊太郎のところの隊士達だ。彼に付いて、京都所司代からやってきた」
平隊士達は尾形さんをすごく慕っているのだろう。皆一様に尾形さんを見つめる眼差しが熱い。
「一般隊士達の他隊への異動については後から通達しよう。それではこれにて着任式を終了とする──」
土方さんの声に、着任式は終了となり、隊士達がぞろぞろと道場を出ていく。
今まですっかり忘れていたが、謎の巨漢も出ていった。──何やら、ジロリとこちらへと鋭い目を一瞬向けて。
陽気な者の中には、早速道場を後にする尾形さんへと声を掛ける者もいた。
尾形さんへとそうして声を掛ける者がいれば──、
「斎藤さん、やっぱり組長になったんですね! 俺、絶対次組長になるのは斎藤さんだと思ってましたから」
と、何やら斎藤さんの周りに群がる者も多くいる。
どうやらいつ入隊したかさっぱりだが、彼は案外人望があるらしい。
「安芸さん、ようやく怪我も快癒ですか! 今度女の子口説くコツ、教えてくださいよ」
──何やら私の周りにもやってきた。やたらと軽い感じの隊士達が。
そして──。
「斎藤くん、おめでとー。これからは同じ立場同士、気さくに話しかけてよ」
もう見慣れた沖田さんが斎藤さんへと声を掛ける。
「そうだな……。沖田殿。これからよろしく頼む」
「うーん、呼び捨てでもいいのになあ……」
そんな沖田さんの声にも、斎藤さんはあまり表情を動かさない。
私は風呂敷包みの中身が気になって仕方がなかったので、そんな二人を尻目に、群がる隊士達を押し退けながら、そそくさとその場を後にした──。
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