3-7
「これが一五〇〇年の歳月、かあ……」
明日まで眠ろうと思ったのに夕方には目覚めてしまった私は、どうせまた夜には眠らなくてはならないため、少しでも夜の寝付きを良くしようと、身を起こした。
暇を持て余すように浴衣の袖を捲り、包帯を外して、昨日負傷した銃創を見やる。
過去に生きていた私の知識にはなかったことなのだが、傷の深さによっては傷口を保護するよりも、その傷から血が流れないように、止血をする方が大切らしい。
昨日治療を受けながら、私はあの屍さんが何故、二の腕の銃創そのものではなく、肩下を布で縛り上げたのか理由を知った。
「まあ、初めて学ぶことばかりだけど……本当に狂った世界だな……」
銃創は細かく縫われており、縫った糸が見えている。
昨日屯所へと戻った後、柱に縛り上げられ、二人がかりで腕を押さえつけられたかと思うと、弾の破片が残っていないか傷口を医者にいじり回され、私は声が枯れるまで絶叫した。
その後、傷口を縫われるなどという恐ろしいことをされていたのだが、傷口をほじくられるというのは、それにも気付かないような痛みで──。
「あー、怖い怖い」
やはり銃は嫌いだ。
そんなことを思っていると、障子がすっと開いた。
「あれ、ホントにいるじゃん。やっぱり近藤さんはスゴイなあ」
「沖田さん……」
夕焼けを背後に背負いながら部屋へと入ってきた沖田さんは私へと「お見舞い」と、何やら黒っぽい、シワシワでぶよぶよのモノを手渡してきた。
「何ですかコレ?」
「干し柿。甘い食べ物」
食べ物、という言葉に、私は疑うことすらなく、それを口に押し込んだ。
「あまい! ローマで食べた果物より甘い!」
「そう? まあ……喜んでもらえたなら良かったよ」
沖田さんは師範としての仕事が終わったところなのだろうが、相変わらず涼しい顔で、疲れた様子もない。
この人が何かしらの持病を持っているというのは本当なのだろうか。そう疑ってしまうほどには涼しい顔だ。
彼は布団の傍に座り込むと、私の袖をめくり、傷口を見やる。
「あれ、包帯外したの? って……んん?」
創に顔を寄せ、沖田さんは目を瞬かせた。
「もう完全に血は止まってるね。相当、回復が早い」
私は自分では分からないため、首を傾げる。
「うーん、怪我をすることには慣れてるのもありますが、未来のあの恐怖の治療の賜物、でもあると思いますよ……?」
昨日の治療の恐怖を思い出しながら渋い顔をしていると、沖田さんがニンマリと笑んだ。
「いやあ、面白いくらいに叫んで暴れてたね。……まあ、誰でもそうなるんだけど」
「そりゃあそうでしょう。痛いのなんのって……」
何ならもう思い出したくもない。
「いやあ、耐えた方だと思うよー? 殺してくれって泣き喚く奴や、痛みのあまり失禁する奴も多いからさぁ」
喉の奥でくつくつと笑う沖田さん。
「……うん、少なくとも、口に流し込んだ気付け薬に『不味い』、じゃあと嗅ぐ薬にしたら『臭い』って反応を返してきたのはキミが初かな。ついでに、あそこまで薬が効かなかったのも、キミが初だ──」
だって、本当に不味かった…そして臭かったのだから仕方ないだろう。
「あんな緩い薬、効くわけないじゃないですかぁ……。しかし、なんて野蛮な治療……」
私がそうボヤくと、沖田さんは座り込んだ膝に頬杖をつく。
「ろうま、とやらにはどんな治療法があったのさ」
「ローマですか? んー、医学の知識のない低級民なら、綺麗な石を当てて祈るとか、クモの巣を傷口に擦り込むとか……」
ナンダソレ、と沖田さんは呆れたように言った。
「医学の知識の欠片も要らない…それこそ野蛮な治療じゃないか……」
「まあそうですが、そのお陰で私達、剣闘士などの低級民は傷が早く治る……というか、治る者だけが残ったワケなんで。ん? よくよく考えてみたら、色んな意味で合理的?」
うっかりそんなことを考え、私は慌てて首を横に振って、その思考を掻き消す。
ちなみにだが、私には最低限の医学の知識はある。
ローマは奴隷が教師もやれば、医師もやる。そんな世の中だったので、私にも当然ながら最低限の知識はあった。
──まあ、ココの世界の知識、常識とは遠くかけ離れてるし。
当面は黙っておこう、と決めた。
「……昨日、現場でまさかとは思ったんだけど。ろうま、とやらには銃はなかったんだ」
「ありませんね……あんな気持ちの悪い武器」
「そっか。……じゃあ、やっぱり実技の方の訓練は砲術を軸にやっていこうか」
銃は嫌いだが、戦場で『嫌い』で通せるワケもなく。
私は渋々ながらに、頷いたのだった──。
翌日からは傷が開かなくなるまでは、座学を中心に。
それから、砲術を私は懸命に学んだ。
私は銃を扱うのは下手なのだろう。
何度的を狙っても全然当たらなくて、この銃を使いこなせる者が心底凄いと思った。
まあ、自身が銃を扱うのは下手でも、銃弾の軌道など、実戦で生かせる知識が幾らかは得られたとは思う。
ちなみに、大砲というものも、この砲術の訓練で初めて見たのだが……此方はもう、何というか、微塵も手に負える気がしなかった。
やはり私は剣一本が良い。
砲撃で吹き飛んだ屯所の外にある訓練場の抉れた土を見ながら、真剣にそう思った。
そんなこんなで負傷してから半月ほどの日々が過ぎたのだった──。
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