3-6
見廻りの翌日──。
「暇……」
私は共同部屋の布団に転がり、天井を見上げる。
「まあまあ、そう言わず」
壁に背を持たせかけるようにして座り込み、封書の中身へと目を通していた近藤さんが、苦笑混じりにこちらを見下ろしてくる。
「昨日の晩は沖田さん。稽古の時間になれば土方さんになって、土方さんも見張りに来れなくなったら次は近藤さんですか……」
「総司からも新八からも強く言われているんだ。もう少ししっかりと傷が塞がるまでは目を離すな、とな」
その様子が簡単に想像でき、私は大きくため息を吐いた。
「別に、見張っていなくても大丈夫ですよ。私とて、理性が勝っている時くらいは指示に従いますから……」
昨日はよほど興奮状態だったのだろう。自分でもそう思う。
首元まで掛けた、厚手の布団の中で寝返りを打ち、私はただ時計が針を刻む音と、近藤さんが紙をめくる、パラリというような音に耳を傾ける。──と。
「里哉。面白い話があるんだが、まあ子守唄代わりに聞かないか?」
そんな近藤さんの声に、私は「結構です」とボヤく。
「どうせしばらく何とも闘えないのなら、面白い話なんてあるワケがありませんから」
「おいおい、そんな決めつけなくたって良いだろう? なんとな、壬生浪士組の活躍が大きく認められて、近いうちに組織が大きくなることになったんだ」
それが凄いことだ、ということくらいは分かる。だが──。
「私には関係のないことですので。……組織が大きくなって、より多くの者と仕合えるなら、話は別ですが」
「相変わらず物騒な奴だなあ。もっと楽しみにすれば良い。今は内緒だが、お前にも大いに関係があるのだから」
そうですか、と私は興味のない声で返し、目を閉じる。と、大きくて無骨な手が一度、私の額に落ちてきた。
「里哉。総司から聞いたのだが、お前はやや命を軽んじるきらいがあったり、自分が抑制できなくなったりするそうだな?」
「……考え方の相違かと。私はここの誰よりも命というものを重く見て、正面から向き合っていると思いますが? まあ、あまり戦闘が重なると自制が利かなくなるのは本当ですが」
──命と正面から向き合っている。
それは、紛れもない本当のことだ。
私は血沸き肉踊る、正面からぶつかり合う戦闘を──闘技会を、誰よりも好む。
まあ、そんな私からすると、ココの銃という文化。あれだけは頂けない。あれほど、ただ機械的に命を奪う、つまらぬ武器が未来にはあるのかと思うと、私は銃のない昔に生まれて良かったと心から思った。
「そうか。命に対し、正面から向き合うのは良いことだ。だけどな、自制が利かなくなりそうな時には是非……思い出してほしいことがある」
「雑念をあなたも私に押し付けるのですか」
私はきっとその時、すごく嫌そうな顔をしていただろう。
「雑念だなんて言うんじゃない。大切なことだ。……自分に歯止めが利かなくなったら、お前が、もしこの世から消えた時に、ここの皆がどう思うか、少しだけ考えてみてほしい」
近藤さんの言葉に、私は眉根を寄せた。
「はぁ。例え今私が死んだとしても、たった三日で死んだ奴がいた。それで終わると思いますが……」
「同じ釜の飯を食うってのはそんな単純なものじゃないさ。お前が死ねばワシらは悲しいと思うし、それはもちろん、他の隊士が……例え規律違反で粛清となって死したとしても悲しいと思う」
彼はその言葉を本心から言っているのだろう。
私は驚きに少しだけ目を見開く。
「私が死ぬと、悲しい、ですか……?」
「当然だろう! 里哉、お前が死ねば、悲しむ者が、苦しむ者が、大勢いるんだぞ」
間髪を容れぬ彼の言葉に、刹那、脳裏に蘇る光景があった。
死した剣闘士を引き取る、私財を投げ打ってまで墓を建てようとした、市民の目にはいつも涙が浮かんでいた──。
──ああ、確かに。
「見ないように、していたけど……皆、確かに悲しんでいましたね……」
私には関係のないことだ。そう思って、意図的に頭から掻き消していた。
けど──。
「そう言えば、私にもたくさんいたかもしれません……。私の最期に、観客席で泣いてくれた人達が……」
歓声と熱狂の中、確かに数多の悲痛な叫びが私に向けられていた。それは私を常に愛してくれた市民達からであったか──。
負けたのだから仕方ない。その最期に対し、そう割り切っていたが、もしかすると──、
「あの慟哭を意にとめていれば、ああも簡単には目を閉じなかったかもしれません。……そうすれば、まだ、私はあの場所で夢を追っていたのかもしれません……」
ふいに、そんなことを思う。
私の過去を沖田さんから聞いているのかは分からない。だが、近藤さんは私の顔を見下ろし満足げに頷くと、ゆっくりと立ち上がり、障子へと向かった。
「見張っていなくて……良いのですか?」
目を瞬かせる私に、彼は一言、
「ああ。信じているからな」
と、微笑み、去っていったのだった──。
「むー……」
ずるい。そう思った。
面と向かって信じるなどと言われると、さすがに逆らえないものがある。
見張りもいなくなったことだし、いつもであればさっさと飛び出すところだが、ついついその後のことを考えてしまった。
「うーうーうー……」
近藤さんは私を信用して、一人にしてくれたのだ。
もし私が今自分の気の赴くままに徘徊すれば……。
「あーもー、やだやだやだ!」
彼はきっと、後から……などと考えると、布団から抜け出すことはできなかった。
諦めて傷を癒すことに専念し、目を瞑る。
早く治れ。それだけを願いながら、私は翌日まで眠ることにした。
面白い、続きが気になる!
と思ったら星5つ、
つまらない……。
と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!
励みになりますので、作品への応援、お願いいたします。
ブックマークもいただけると更に励みになります。
何卒よろしくお願いいたします。




