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3-5

「みんな酷くないですか!? 私、死番として頑張っただけなのですが!」


「やれやれ、死番と死に急ぎを一緒にしないでもらえるかな?」


拳をコキコキと鳴らせる沖田さんの猫のような黒い笑みに、私は彼の言葉の違いが分からず、とりあえずもう一発落ちてくるかもしれない拳骨に耐えるため、頭を抱えながら地に屈み込む。


「だって、毎回同じような間隔で撃ち込んできたじゃないですか! 死に急ぎじゃないですよ! 一応理論建てて突っ込みましたよ!」


そう必死に弁明するも──


「うん。ド素人だからそうだったけど、玄人は敢えて射撃の間隔を一定に、長く取っている者がいるんだよ。そういう死に急ぎを的確に仕留めるためにね」


私の理論は沖田さんに一刀両断された。


「じゃあどうするのが正解だったんですかぁ……」


頬を膨らませながら私は沖田さんと永倉さんを見上げる。


「後退だ。小銃を持った応援がじき到着するのが分かっているのなら、伏せたまま後退し、応援が到着し次第、こちらもまた物陰に隠れながら銃で応戦すれば良かったのだ」


──なるほど、な。


悔しいが、永倉さんの言葉に反論は──できなかった。


立ち上がり、ずん、と項垂(うなだ)れる私から視線を逸らし、組長二人は屍さんへと向き直る。


「この阿呆を助けてくれたこと、心より感謝する」


そんな、あまりにも酷い永倉さんの声に、


「いや、助けられたのは俺の方だ」


と、屍さんは無表情ながらも私を庇ってくれた。なんて優しい。



落ち着いて、じっくりと見れば見るほど、屍さんの髪は、まあお世辞にも艶やかとは言い難いものだった。パサパサの黒髪は手を掛けてもらえていないのだろう、長さも不揃いで、跳ねたい放題あちこちに跳ね、また痛みの酷い毛先は色が灰掛かってしまっている。


「うわあ…なんか、もったいない……」


 私は誰にも聞こえないよう小声で呟く。


 屍さんは顔の造りだけで言えば、まず間違いなく壬生浪士組の誰よりも整った顔をしている、絵に書いたような美青年だった。


傷んだ頭髪がかなりの減算要素になっているのだが、それでも沖田さんと充分比肩するほどには麗しい見た目である。


 本人が容姿など全く気にしていないからこその現状なのだろうが、宝の持ち腐れとはまさにこのことで。


 ──そんなに気にしていないのなら、私がその容姿を欲しかった。


 心底そう思う。


 きっと彼の顔で身なりもしっかりしていたら、それだけで尻尾を振らなくても女性が寄ってくるかもしれないのだから──。





 ほどなくして到着した隊士達が死体や捕縛した浪士達を運んだり連れて行ったりするのを眺めながら、


「見廻りかあ……」

 ──と、私は呟く。


「ん? 大変だった? そう思ってくれるとボクや永倉くんとしては精神的に助かるんだけど」


 肩を竦める沖田さんを横目で睨みながら、私は口を尖らせる。


「何故ですか。ちゃんと手柄は立てたじゃないですかぁ」


「うん。そだね。でも毎回連れて行くたびに死に急がれていたら(たま)らない」


 冗談なのか本気なのか分からない笑みで沖田さんはそう告げてきた。


「ボク達はね、これでもなるべく隊士達が死なないようアレコレ努力してるんだよね。だからほら、今日も負傷した者はいても、隊内から死人は出なかった」


 でもね、とふいに沖田さんは笑みを引っ込める。


「生きられるのは、生きようと最善を尽くして必死に足掻く奴だけなんだよ。自ら死に急ぐ奴は懸命に生への道を求め、考えることを放棄しない者の前に散る。当然だよね。生きるためにと用意する下準備、戦術の数、全てにおいて死に急ぐ者が勝るものなんてないんだから」


 私は己を見下ろしてくる澄んだ瞳をまっすぐ見返しながら、鼻を鳴らす。


「それが持論でしたら、私達が相容れることはまずないですね。……私が見てきた限りでは、戦場では己を死人(しびと)と化した──、生への執着を棄てた者ばかりが最後に生き残る。……案外、そういうものでしたが」


 理解できますかね、と私は続ける。


「戦場での生への執着は重荷でしかなく、その重荷は剣と思考を鈍らせ、余計な迷いを生じさせる。迷い、鈍る太刀筋と、(かせ)なき真っ直ぐな太刀筋。……どちらが良いかなど、一目瞭然だとは思いますが?」


 ──きっと、本当に私達は分かり合えない。


 信念の違いとでもいうのだろうか。


「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、って? アホらしい。その川に浮いているのは溺れ死んで腹の腐り膨らんだ、そんな死体だけだね──」


 互いに伝わらないもどかしさに、苛立ちすら含んだ視線を私達はぶつからせた。


「ならば、試してみますか? その生に執着する剣と、死人と化す剣と。どちらが強いか殺り合えば、死という形で、どちらの信念が正しいか、決着が着くでしょうから」


「ボクは別にいいよ? 死ぬなんてさせないけどね。……腱という腱を全て斬り離して、二度と死に急げなくしてあげるよ」


 どちらからともなく私達は腰の剣に手をかける。


 だが──。


「二人とも、分かってるんだろう? 同志の私闘は認められない、と」


 睨み合う私達へと、成り行きを眺めていた永倉さんが面倒くさそうに声を上げた。


 その声に沖田さんは少しだけ眉を顰め──刀の柄から手を離す。


 だが、度重なる戦闘に気持ちが(たかぶ)っていたのだろう、私の方は少々自制が利かなくなっていた──。


──命令なのだ。止まらないと。


そんな、全身に走る脳から出ているのだろう指令を、筋へと伝える前に本能が遮断する。


斬り結べ。血を浴び足りない。


そんな、どうしようもない乾きにも似た感覚に、柄を握る手に力が篭もり──。


「──それは、駄目だ」


私の柄を握る手を押さえたのは屍さんだった。


思わぬ横槍に驚いた瞬間に、私の中で本能よりも、理性が再び身体を動かす権力を取り戻す。


「ッ……あー、あー……」


何度か声を発し、私は大きく息を吐きながら地へと屈み込んだ。


「大丈夫か」


相変わらず表情は乏しいが、こちらへと心配そうな声を掛けてくる屍さんに、私は手をハタハタと振って、大丈夫だと動作で示す。


「気分でも悪いのか? 先程撃たれたからな…貧血か?」


屍さんは私へとそう問いながら、屈み込む私の隣へと片膝をつく。


「いえ、ただようやく身体を取り返せたというか……本能に理性が勝ったというか……まあ、ようやく自由が利くようになったから屈み込んだだけなので、お構いなく──」


そんな私を見下ろしていた永倉さんは、ため息混じりに口を開いた。


「安芸。お前はしばらく見廻りからは外す」


「な、何でですか!?」


私はきちんと働いたはずだ。それなのにどうして。


その思考は、ありありと顔に出ていたのだろう。永倉さんは諦めろ、と言わんばかりの表情でバリバリと頭を搔いた。


「今回の見廻りで、色々とハッキリしたからな。お前に今必要なのは引き続きの座学と、砲術を軸とした訓練。そして、自らを律する精神を鍛えることだ」


そんなの嫌だ。そう咄嗟に口を開こうとするも──。


「ボクも永倉くんの意見に賛成だね。……まあ、全ては休養を取った後で、の話だけど。キミさ、自分の状態理解してる? 銃創からの出血で死ぬことなんてザラにある話なんだよ? キミにとっては休むこともまた訓練、だよ」


沖田さんにまでそう言われ、私は押し黙るしかなかった。


「アキリア。本当にあまり動かないように。今日はもう撤収するから」


沖田さんが、そう念押ししてくる。


下手に動き回ると本当に死にかねない。それくらいは私も本能で理解していた。


現場が片付いたところで、私は傷を庇いながら屯所へと戻り、常駐している医者の手当を受けたのだった──。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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