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3-2

「安芸様、壬生浪士組に無事入隊できたのですね!」


「はい。全ては梢殿のお陰にございます」


「え、え…そんな私なんて……」


 頬を赤らめる梢殿。──と、そんな彼女の周りへと井戸端で喋っていた女性達がトコトコと集まってきた。


「梢、この隊士様とお知り合いなの?」


 女性達は梢殿へと声を掛けながらも、その視線は私だけでなく、沖田殿や永倉殿へも向けられている。


 ──さすがは町娘、美形好きの面食(めんく)いだ。


 私は笑顔の下でそんなことを思う。


「えっと、安芸様は私を助けて下さった、命の恩人なのです」


 梢殿は昨日のことを思い出しているのだろうか。青くなったり赤くなったりと顔色がコロコロと変わる。


「とんでもない。梢殿こそ私の恩人にございます。……周りのお美しい方々は、梢殿のご友人でしょうか」


 ニコリと周囲の女性達に微笑みかけると、彼女達から黄色い歓声が上がった。


 よし、女性市民の籠絡(ろうらく)は昔も今も簡単だ。


「ちょっと梢! あんたこんな素敵な殿方に助けられたなんて聞いてないわよ!」


「問い詰めてやるんだから!」


 長々と巡回の邪魔をしてはいけないと、そこは(わきま)えているのだろう。


 女性達は梢殿を引っ張って井戸の方へと戻っていく。


 彼女達が完全に立ち去るまで笑顔を崩さず見送り、


「うっわぁ……なんか見たくないモノ見ちゃったかも……」

 ──と、ふいに横から降ってきた沖田殿の声に、私は笑顔を引っ込め、真顔で顔を上げた。


「何とでも。私にとって女性市民は黄金と同価値なので」


「へえ、男は価値が低いの?」


「要らないとは言いませんが、実益がある方を優先するのは当然のことでしょう。女性は料理やら菓子やらの差し入れをくれることが多いですし、──それに、実に簡単に尾ひれ羽ひれをつけて、良い噂も悪い噂も流布してくれますから」


 周囲の平隊士からは「よくあんな歯が浮くようなこと言えるなぁ」やら「あれがモテるコツか」やら「今度指南してもらおう」やら聞こえてくる。


 そうして、誰からともなく再び歩き始め、通りを一つ(また)いだ──その時だった。


 たたたっと小走りで駆け寄ってきたのは、先ほどの井戸端にいた女性のうちの一人で。


「おや、あなたは先程の」


 もちろん、女性だけは決して顔を忘れたりはしない。


「あ、あの……コレ、梢には内緒ですよ!」


 女性は赤らめながら、私へと風呂敷包みを手渡してきた。


「先ほど御近所さんから頂いた祝いの餅なのですけど、お裾分けです」


 食べ物。それは私にとって一番有難いものだ。


「ああ、それはなんと有難い。宜しければお名前でも──」


 彼女の手を包み込むようにして、風呂敷包みを受け取った私の言葉に、女性は「え、えっ!」と耳まで茹で(だこ)のように赤くしながら──、


「あの…木戸小鳥(きどことり)と申します」

と、おずおずと名乗った。


「小鳥殿ですね。愛らしい名です」


 私は名乗られたその名を褒めながら、聞き間違いがないように復唱しておく。念には念を入れておくに越したことはないだろう。


「あ、あの、二度も足をお止めして申し訳ございません……! 安芸様……お仕事、頑張って下さいね!」


 ペコペコと頭を下げる小鳥の前に片膝を立てて(ひざまず)き、別れの挨拶として頭を垂れる。


 小鳥は顔を赤らめたまま、しかして足取り軽く去っていった。




「ふふふ。これですよコレ。これだから女性にだけは尻尾振っておかないと……」


 風呂敷を抱き締めながら立ち上がる──と、平隊士からは熱い視線が。そして幹部格からは冷ややかな視線が投げ掛けられていた。


「すげえ、見たか……あの爽やかな挨拶……」


「あの新人、女たらしの才能があるぞ……」


「お前、今度絶対一緒に指南受けるぞ……!」


 そんな隊士達の声をまるっと無視しながら、私はごそごそと風呂敷を開いた。


 一、十、二十……よし、ギリギリ足りる。


「はい、ではでは」


 私は大ぶりの餅を一つずつ隊士達へと配った。


「へえ、せっかく尻尾振って手に入れた戦利品なのに、配り回っていいの?」


 もちろん幹部格にも渡す──のだが、渡した瞬間、沖田殿からそんな可愛げのない言葉が飛んでくる。


「まあ、尻尾くらいならいくら振ってもタダですので」


「……嫌味に気付こうか」


 ピシリ、と私の額に沖田殿からの指弾が命中した。


 どうやら彼の言葉は嫌味だったようだ。


「……餅を食いながら歩くワケにはいかんな。皆、さっさと食え」


 そんな永倉殿の声に、私達は人目を気にしながら、少し早い夜食をとる。


「これが…餅!」


 私は勿論ながら初めて食べる、柔らかいその食べ物に感動しながら、残り二つとなった餅は懐へとしまっておいた。


──帰ったら、ゆっくり食べよう。

と、そんなことを思いながら──。


 餅を食べ終えた私達は再び歩き始め、数時間かけて、今日の担当地域である伏見(ふしみ)を見て廻ったのだった。







「うんうん。良いことだけど、今日は何もないねー」


 ご機嫌な沖田殿の言葉に、私は頬を膨らませた。


「むー。せっかく死番を譲ってもらったというのに、何もないとは……」


 列の最後尾を歩きながら、私は周囲に目を走らせる。


 既に辺りは真っ暗であるが、元より遠い過去の──今よりもずっと明かりのない時代を生きてきただけあって、私は比較的、夜目が利いた。


「ん……?」


ふいに、私は今自分達が歩いている路地とは反対の、通りを挟んで向こうの路地の奥へと、ひょこひょこと消えていく数人の人影を見つける。


「あれ……?」


 私はその消えた人影に小さな違和を感じ、立ち止まった。


「ん? どうかした?」


 私が急に立ち止まったことを不思議に思ったのだろう。沖田殿が私の視線の先を見やる。


その言葉に何も答えなかったのは、別に彼を無視をしていたワケではなく。


ただ、今他のことに意識を割けば、この違和の正体に二度と気付けない気がしたのだ。


「何だったか…えーと……」


私は必死に違和の正体を探る。


「間違いない、あの歩き方はよくローマで見ていたはず。ひょこひょこ歩く……ん? ひょこひょこ?」


刹那、脳裏に駆け抜けた光景に、私はがばっと顔を跳ね上げた。


──間違いない、あれは。


「間に合いますかね……!!」


急いで駆け出そうとした私の腕を沖田殿が引く。


「こら、どこ行くのさ」


「どこって……そんな呑気なこと言ってると、何でしたっけ、尊王攘夷派の浪士? に逃げられますよ!」


困惑気味な表情で「はぁ!?」と、声を上げる沖田殿の手から腕を引き抜き、私は向かいの路地へと駆ける。


「待て。どういうことだ」


並走する永倉殿──と、眉を顰めながらも、こちらも並走してくる沖田殿へと、私は足を止めることなく口を開く。


「私、ココに来る直前に、数人の男に雑木林の中で会いまして。その時はただの山賊の類いだろうと思い、脚を砕いて気絶させるに留めておいたのですが……よくよく考えたら、彼ら、自分達のことを志士だと言っていたのです」


そして──。


「今、人影だけしか見えませんでしたが、確かに数人、ひょこひょこと脚を(かば)いながら歩く者が見えまして。そんな複数人で骨折するようなこと、まずないに等しい。ということは、アレは山から降りてきたあの浪士達なのかと──」


男達の消えた場所へと辿り着いた時には、既にそこには誰もおらず。


「……まだ近場にはいるはずだろう。どうする、永倉くん」


チラリ、と沖田さんから視線を向けられた永倉さんは、


「あまり気は進まないが……散開して辺り一帯を探すしかない」

と、隊を割ることを決めたようだ。


隊士達は提灯(ちょうちん)の数だけの班に分かれ、周囲をくまなく探すことになった。


「私はだいぶ夜目が利きますので……」


できるだけ散開した方が男達を見つけられる確率も上がるだろうと、私は単独行動を申し出る。


「いいか。目標を見つけても決して近づくな。粗方の場所が分かれば、他の隊士達と共に斬り込む」


そんな永倉さんの言葉に、私は素直に頷く。


私は、適当に話を合わせてでもさっさと捜索に向かわないと、彼らが本当に見つからなくなるのでは、と危惧(きぐ)していた──。







「ああもう、どこに隠れた!」


一人になったので、周囲の目を(はばか)ることもなく、盛大に独り言をボヤきながら、私は闇の中、男達を探す。


脚を負傷している以上、そう遠くまでは行っていないはずなのだ。


「建物の中が一番困るんだけど……」


だが、逆に言えば建物に入ってしまえば、ほぼ身動きが取れないも同然で。


袋の鼠になるよりは、恐らく外のどこかに隠れている、という推測の方が間違っていない気がする。


「人があまり訪れないような場所……」


辺りをキョロキョロと見回していると、ふいに古びた寺が目に入った。


──こんな時間、こんな場所。


誰も来たいとはあまり思わないはずだ。


「可能性は……あるか……」


しかし──。


「可能性はあるんだけどぉ……」


私は、背に薄ら寒いものを感じながら、明かり一つない寺の石段を見上げた──。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


と思ったら星1つ、思ったままでもちろん大丈夫です!


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