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3-1-4

「アキリア、キミ──軍略、好きなの?」


沖田さんが不思議そうな声を上げる。


「好きというよりは……奴隷だった頃の名残、というか癖というか。目の前に新しい知識が転がっていれば、吸収しておかないと落ち着かないんですよね。……まあそれも、『道徳』などという訳の分からないもの以外、ではありますがね」


今でも思う。道徳。あの座学だけは未だにワケが分からない。


学んだところで、戦局を変えられるワケでもなければ、賢くなれるワケでもないのだ。


「いや、道徳は大切でしょ……」


「戦には全くもって不要です。……しかし、懐かしいですねぇ。ご主人様は軍を率いる立場でもありましたから、覚えた知識を生かしながら、ご主人様と東奔西走、戦場をあちこちしましたっけ──」


沖田さんの言葉には全否定を返し──胸裡に蘇る懐かしい戦場の光景に、つい遠い目をしてしまう。


「む? お前はその頃は……確かまだ剣に熟達していなかったのでは?」


──鋭いなぁ。


斎藤さんの声に、私は鼻から息を吐くようにして小さく笑った。


「はい。その頃は確かにまだ剣闘士でもなく、剣を上手く扱うことはできませんでした。だから戦場でも陣営にばかりいたけれど、それでも軍師の一人として、数多の戦場にご主人様と共に赴きました」


私は頭に浮かぶ情景を断ち切るように頭を何度か振り、努めて明るい声を上げた。


「あ、でも私、今、ただ軍略を学んでいるだけではないんですよ? 一応これでも、時代錯誤とならないよう、こうして今の知識を取り入れながら隊士達を育成する稽古の内容を、少しずつ変えていっているのです」


新旧の良いところを採用すれば、稽古の成果は格段に上がるに違いなかった。


「へぇ? ちなみにその昔の知識とやらは、また、ローマで使われていた知識?」


「いえ。兵の育成を語る上で欠かせない知識は、私が生きていた頃よりも遙か昔のギリシアから学んだものです。ローマには古今東西のありとあらゆる資料が集まりますからね。過去の知識を得るには事欠きませんでした」


「一五〇〇年よりも遙かに古いって……もう想像もつかないんだけど……」


ものすごく遠い彼方を見ている沖田さんに、私は得意気に胸を張って見せる。


「ふっふっふ。意外とその頃も、しっかりとした兵の育成がなされていたのですよ? 何なら、当時の文献からは学ぶところしかありません」


そんな私の言葉に、食い付いたのは意外にも斎藤さんだった。


「少し、興味がある。……そんな遙か昔の戦術や兵士の育成とはどういうものだったのだ?」


「斎藤さん、意外とそういうの興味があるのですね? ええと、私が兵の心構えや育成で好んでいたのはスパルタでしょうか。軍略はアレキサンダー大王の方が好み……というか、スパルタには軍略が少ないので……軍略を学ぶことにはならないというか……」


ゴニョゴニョと言葉を濁していると、藤堂さんが「すぱるた?」と疑問符を頭に浮かべる。


私は「ええ」と返しながら、机の端に置いてあった硯を引き寄せると、再び筆を取り、紙に、右手に長槍を、左手に大きな円盾を持たせた人型の絵を描く。


「こんな感じで、手には大体一丈と六尺ほどの長槍と、ホプロンと呼ばれる大きな円盾を持っていた兵が、ファランクスと呼ばれる密集陣形を組んで戦っていたのがスパルタなのですよ」


「一丈六尺って、オレ三人分じゃねーか……」


藤堂さん三人分。


そう考えると、槍の長さが良く分かる。決して彼が小さいワケ……だけど、そこは言ってはいけない暗黙の了解。彼の身長については触れてはならない、それが隊内で不文律として存在する決まりなのである。が──。


「藤堂殿。(さば)を読んではいけない。もう少し槍の方が長い」


不文律など何のその。人の心が読めない者が一人。


──斎藤さん、容赦ない。


突き付けられた現実に、藤堂さんはぶすっとした様子で、ふん、と鼻を鳴らした。


「ふむ。しかし……密集陣形、か。新撰組も一人の敵を三人以上の平隊士で囲むようにして、なるべく人死を出さないようにしているが、それと似たようなものなのか?」


「あ、いえ。もっとぎっちりと密集していますね。えーと……」


斎藤さんの言葉を咄嗟に否定し──


──困った。


ファランクスの陣形を語るにはエノモティアがどうのテコスティスがどうの、ロコスがどうでモーラがどう、と正直ココの世界の人には通じない珍紛漢紛(ちんぷんかんぷん)な単語がいっぱいなのだ。


仕方がないので、格好は悪いが、絵と単純な言葉だけでその隊列の形を説明する。


「こう、横並びに兵がぎっちりと十二人が並び、後ろに同じ人数で三列並び、その群れを増やしていって、多い時では三千人を超える兵士が陣形を組んだのですよ」


うーむ、やはりファランクスは想像しただけで圧巻だ。私は一人うんうんと頷く。


「へえ? でも何かその陣形、一箇所に固まりすぎじゃない?」


もっと広く展開すれば良いのに、と呟く沖田さんに──


「沖田さん沖田さん、それがファランクスの強さなのですよ。何せ装備全部で八貫もある重装歩兵ですからね。機動力は低かったのです」

と、それが決して弱点ではないことを説明する。


スパルタに限り、機動力はそこそこあったらしいが……まあそこは説明が大変に面倒なので黙っておく。


スパルタ以外の国のファランクスが全て機動力が低いのだから、もうそれが普通としても良いだろう。うん。


面白い、続きが気になる!


と思ったら星5つ、


つまらない……。


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