プリティコスモ
この世界「プリティコスモ」が出来てからもう763年と4ヶ月5日と7時間5分6秒…。今8秒たった。この世界においてもはや時間はどうでもいいと思うが誰かと待ち合わせたりするときにはやはり時間というものは必要なのだ。
今この世界の夕焼けをみている。
とても綺麗だ。
鮮明に覚えているわけではないがこの世界にくる前の私はどうやら夕焼けが好きだったらしい。
私の名は「ミント」この広大な世界の管理人をしている。
見た目は12歳位の金髪のショートボブで服装はその日その瞬間の気分によって変えている。
姿かたちはいつでも自由自在に変えられるが大体はこの世界に入って来る前の姿をしている。
自分自身の存在意義をなくしてしまうからだ。
この世界は日々宇宙空間のように広がり続けている。
この世界はネット上の仮想空間でできている。
この世界を作ったヤマト博士が現実世界で不自由の多かった私を「管理人」として魂ごとこの世界に送り直結させた。
私はこの世界に初めて訪れた人間だ。
ヤマト博士はネット上の仮想空間世界に人間の魂を送る事に成功したはじめての人間だ。
私が入ったあといろんな人が沢山入ってきた。初めのうちは死にかけの老人達がこの世界に入ってきた。大抵の人は自分の若い頃の姿に戻ろうした。難病を患い動けなくなった子供達もこの世界にきて初めて走って感動していたが2年後くらいにはなにも思わなくなったのだろうほとんど走らなくなった。容姿を気にしすぎてた人もこの世界に来た瞬間とても綺麗な容姿になった。皆綺麗な容姿になるとつまらなくなったのか今度は皆元の顔に戻っていった。自分も元人間だけど人間って本当によくわからない。
この世界では永遠に死なないし歳をとらない、容姿も性別も老若男女あるいは人外?飽きればいろんな姿に変更できる。
この世界の総人口は今この瞬間の時点で772億2611万4372人だ。
763年以上もたって人数が少なすぎやしないか?という人もいるかもしれないしそんなもんだろ?という人もいるかもしれない。それでもこの広すぎるネットワーク世界には全然少ないくらいだ。
この世界は安全か?安全じゃないのか?それはどちらとも言えない。物でも人間でもなんでもそうだけど何かが存在すると必ず反対のものが存在する。この世界が素晴らしいという人もいればこんな世界は存在しちゃいけない、倫理に反するし潰さないといけないという人もいる。そういう人達がもう760年以上も経つというのに時が経ち少なくなるどころか現実世界で一国の規模の団体になりひたすらハッキングし攻撃を仕掛けてくる。ヤマト博士は秒毎に進化し続けるAI「ペパー」を私の魂とこの世界とともに定着させた。なにか問題があると私の頭の中から声がする。と言っても勝手にペパーが活動処理するし問題処理速度も速いので主な活動といえば私が暇なときの話相手くらいだ。
あとこの世界にきた防衛ネットワークの方面に詳しい人たちが何十億人もいて対処してくれるので200年くらいすると私のやることもほぼ無くなってきた。
やることが無いからこの世界をいつもぶらぶらしている。
いつも感心することだけど、これだけ人数がいるのに誰一人として同じ人間はいないことだ。
現実世界で犯罪者だった人はほぼ毎日この世界で犯罪をし続けている。この世界では自分の好きなキャラクターを何人も自由自在に作れ、そのキャラクターをひたすらレイプしたり殺し続けたりしている。中には犯罪を受けてみたかった人が自分から危害を加えてもらう側に応募できる場所があったりする。
現実世界で数学者だった人は毎日永遠と数式を解き続けその解決データを現実世界に送ったり、戦争オタクの人達は昔の軍艦や戦闘機やその当時の地形を作って毎日戦争をして過ごしている。
この世界に来た人の最初の200年〜300年くらいはそんな感じだ。
ちょうどそれくらいの時にその人たちの心の中にある『変化』が訪れる。
それこそがこの世界で人口が増えない理由だ。
これからその処理をしなければいけない。その処理をするといつもながらなんとも言えない気分になるからこの場所で夕日をみてからいく。
この綺麗な夕日を見ているとこの世界に送られる前のヤマト博士との生活を思い出す…。
【ミントの視点】
西暦2060年
人類は2025年から約20年間の戦争のあと地震や海抜の上昇などの大規模な地殻変動が起こり氷河期に入った。
ほとんどの生命が絶滅したが一部の人類達は地下シェルターに入り生き延びた。
各国間ではあれだけ争っていたのが嘘のように手を取り合いネットワークを通じて協力しあっていた。
ヤマト博士がコーヒーをたてた。
いつもの決まった時間。
その音はミントの起床の知らせだ。
ミントには生まれつき両手両足がない。声も出ない。
ミントを産んだ母はミントを産んですぐに亡くなった。
ミントもシェルター内の生活に適応出ないという理由で処分されるところだったがヤマト博士が実験で利用させてもらうという理由で死を免れたのだった。
情報伝達手段は博士が作ってくれた頭皮に埋め込まれた脳波を読み取るプラグがモニターとスピーカーに繋がれ文字も音声も伝達できるようになっている。
スピーカーから機械的な音声がでる。
「おはようございます。ヤマト博士。」
と発声された。
「やぁ。おはようミント。」
私はヤマト博士とシェルター内の公園に散歩に行くくらいでしかこの部屋から出たこともないし、知っている人間といえばヤマト博士と博士から私の世話係を任されたおしゃべりのステラおばさんだけだった。
一度ステラおばさんにヤマト博士は他の人と話すときはどんな感じなのか聞いてみたことがある。
ステラおばさんが言うにはヤマト博士は一言も話さないし、私も誰かと話しているところを見たことがない、なんていうか気難しい人よ。と言っていた。
とても不思議だった。
私にはなにか教えてくれたり、他愛もない話をよくしたりするのに…。
博士はよくシェルター内の公園に私を専用の手押しの車椅子に乗せて連れて行ってくれた。
このシェルター内では全体を覆うパネルに人工的な気候の移り変わり、雨のときは水が、太陽が出たときは微量の紫外線が照射された。
初めて公園に連れて行ってもらったとき、周りの人達からジロジロみられ、博士が飲み物を買いに行っている間に体のことをからかわれたりした。
しかし私は不思議と怒りの感情にとらわれることはなかった。
博士に
「自動の車椅子に私を乗せないのですか?疲れますよ?」
と聞いた事がある。
博士は
「いや。これでいい。これだからいいんだよ。」
と満足そうに言った。
博士はずっと私と同じ部屋にいたと思ったら、一ヶ月近く帰ってこない日もあった。
いるときはいつも決まった時間に公園に散歩に連れて行ってくれた。その時はきまって背景は夕焼けだった。私が夕日が好きだったのはこの時からかもしれない。博士と無言でボーっとただずむ。それがなんとも言えない幸福感を感じた。本物の夕日は見たことがないのだけれど…。
博士に引き取られてから何年かたって、シェルター内で本格的に仮想空間世界に私を魂?ごと移す実験が始まった。その時始めて知ったのだが他にも何人かの孤児が私と同じように脊椎にプラグ装置を埋め込む手術を受け私より先に送られる実験を受けた。全員亡くなったみたいだった。
博士は私に説明した。
「ミント、向こうに送る実験と言っているが向こうについたら多分感覚はあるだろうが、身体は少し透けている状態だと思う。まだ作りたての世界だから周りは真っ白で何も無いと思うがどうか驚かないでほしい。無事に帰って来るんだぞ。」
と言って私を少し長い間、抱きしめた。
博士から離され、他の研究者の人達に私はそのまま横型のカプセルのようなものに入れられプラグをさされ、スタートの合図と同時に意識が遠のいていった。
意識が戻り目を開くと真っ白だった。本当に真っ白。
気がついて一番驚いたのは視線の高さだった。
自分の身体に手足がついていた。
直径5mくらいの白い球体に裸体で立っていた。
伸ばしたり曲げたりして不思議そうに自分の身体を見ていると、頭の中から博士の声がした。変な感じだ。
「ミント、どうだ?無事か?今、モニターでお前がみえるよ。」
「博士、大丈夫そうです。」
自分の声が出たことに驚いた。私はこんな声をしていたのか…。
「博士、自分の声が出る。」
「…あれ!?…博士ーーー!!」
「すまん。言ってなかった。口が動いてたから、、声が出るだろう?声はその世界内でしか聞こえないんだ。変な感じだが声は出さなくていい、自分の頭の中に話しかける感じでこっち側に声をかけてみてくれ。ちょうど本の朗読をするような感じだ。」
ミントは言われた通りやってみた。
「博士!!」
「おぉ!!聞こえた。聞こえたぞ。ワハハ。女の子らしいカワイイ声だ!!」
「博士。手もある!足もある!手足があるってこんなに景色が高く感じるんですね!!」
「そうだよ。とりあえず第一段階成功だ!!ありがとうミント!!あともう一つ試してほしいことがある。君はいつか鳥みたいに空を自由に飛んでみたいと言っていたね?それをやってみてほしい。今までの子達は皆、上手くいかなかったんだ。ファンタジーの物語の主人公のように空を飛ぶことは当たり前のことなんだという感覚でやってみてほしい。」
「わかりました。」
ミントは目を瞑り自身の身体が浮くようなイメージを抱いた。しばらく時間が経ったがダメだった。
「ダメだったか。。。」
「博士!!もう一回挑戦してもいいですか!?私、ずっと飛びたかったから何回か失敗したくらいで簡単に諦めたくないんです!!」
「ああ!!いいよ!!やってごらん!!」
ミントは目をより一層強く瞑り必死に願った。
「浮いて!!浮いて!!浮いてーーー!!」
気がつくとミントの地に足がついている感覚が全く無くなっていた。
浮いていた。頭の向こうで博士や研究員の人たちが喜ぶ声が聞こえた。
「ミント!やった!やったね!そこまでできたら飛び回ってごらん。きっと簡単にできるよ。」
ミントは試しに前に飛んでみた。思いのほか簡単に飛べた。前に飛ぶのが飽きたら上や下や旋回したりして飛び回った。とても楽しかった。
「ミント、そろそろ戻ろうか?元の球体に戻ってくれるかい?」
「ハイ。」
ミントは球体に着地した。
「こっち側に呼び戻すから……、え〜と、どう言ったらいいだろう…?とりあえず眠ってくれるかい?眠れなかったら眠っているふりでもいいよ。」
「この球体に寝転んでもいいですか?」
「いいよ。じゃあお願いね。」
ミントは眠った。驚くことがたくさんありすぎて身体がビックリしたのか簡単に寝てしまった。
目が覚めるとヤマト博士の部屋にいた。
さっきまで手足があって空まで飛べたのに今は手足が無いので身体を動かそうとしたときにとても違和感を感じた。
ちょうどヤマト博士が部屋に入ってきた。
博士は私を見かけるなりしばらく抱擁してきた。
長いような短いようななんともいえない感覚だったけどとても温かい気持ちになれた。
今思い返すと実験中の博士はなんだか博士らしくなかったとその時に思った。
あとから他の研究員の人に話を聞いたんだけど、今までの被験者のほとんどが仮想世界で空を飛べたがそのまま上に浮きすぎて魂がどこかに行ってしまい帰らなくなったもの、現実世界に帰還するときにそのまま戻ってこれなくなったものばかりだった。私はとりあえず帰ってこれたがこれからも実験をした際帰ってこれるのかわからないのでまだ残っている他の被験者達の実験は繰り返されるようだ。
ちなみに実験中のあんなに話したりイキイキしたヤマト博士のあんな姿は他の研究員の人達も久しぶりに見たらしい普段の博士の鬱屈したような雰囲気は実験の失敗の積み重ねが原因のようだった。
ミントは初期段階の実験に見事成功した。
この日以来頻繁にあっちの世界とこっちの世界を行き来する実験が繰り返された。
【ヤマト博士の視点】
もう実験で犠牲になった子供はこのシェルター内で43人を記録した。実験体に選ばれるのは意識があり軽度の障害を持つ子供達だ。他の国にもシェルターはあるのだがここまで設備が整っているシェルターは他にはないので引き続き実験を続行するしかない。一人目を犠牲にした時点で私や他の研究員はこの十字架を永遠に背負わなくてはならない。地表に私達人間は住めなくなった。ある日突然このシェルターが維持できなくなる日もくるかもしれない。ここの研究員達は各部屋に被験体の子供達と同居している。同居することによって普段の何気ない変化を観察し研究のデータに役立てる。実験で一人亡くなればまたその次…。その次が亡くなればまたその次…。の繰り返しだ。
憂鬱な気分は晴れることはない。
寝たような寝てないような状態で自分の部屋の隣の扉を開けると両手両足がなく、食べたり咀嚼したりはできるが声を出すことはできないまだ7歳の女の子が眠っていた。次の実験体だ。
このシェルターで身体に何か障害を持っていたりするとシェルター内の人達に役に立たないということで『処分』されてしまう。
この女の子は偶然医療廃棄室で処分されるところを私が拾った。ちょうど前の実験体の子が亡くなってしまったからだった。
コーヒーをたてた。
ミントと朝の挨拶をかわす。
この子にはいろんな事を教えてきた。
いろんな事を話してきた。
今思い返すと逆に私のほうが教わる事のほうが多かったような気がする。
来年いよいよミントが仮想現実世界に魂を移す実験が行われる。本人に伝えなければならないのだがなかなか伝えることができない、いつも挨拶をしてくるミント。公園で夕日をみるのが好きなミント。ときどきハッとさせる質問をしてくるミント。実験が失敗していなくなってしまうのが怖い。いつしかミントは私の大切な人間になっていた。
とうとう実験の日がきた。実験前に私はミントにこれまでに行ってきた実験や犠牲になった子供達の事を全てを伝えた。でないと私が納得できなかったからだ。本当にズルいし最悪な人間だと自分でも思う…。
ミントは「私は元々処分される身だったからいつ死んでもいいと思ってます。ヤマト博士の役にたてるのであれば私の人生にも意味ができてくる」
と言った。
実験に使われる機械には被験者のDNAを読み取り機械と被験者の脳波、脈拍、心拍数などいろいろな条件を適合させてから行われる。
実験のたびに改良はしていっているのだが今のところ全て失敗している。
実験室に送られる前にミントを強く抱きしめた。本当に会えなくなると思ったからだ。
そしてミントは仮想現実世界へと送られた。
実験は終わった。
実験中の状況は全然記憶に無かった。
まさか上手くいくとは思っていなかったからだ。ずっと興奮状態で驚きの連続だった。
他の研究員達にあとであんなに元気な様子はここのところ見たことがないとからかわれた。
部屋に戻るとミントがいた。
思わずまた抱きしめてしまった。
本当によくやってくれた。
本当によくやってくれた。
【ミントの視点】
一回目の実験が成功して以来、ヤマト博士の顔つきが変わった。少し明るくなった。ステラおばさんとも話すようになった。
一ヶ月後に2回目の実験が行われた。
それも難なくクリアできて無事に現実世界に戻ってこれた。
私はあちらの世界に行ける事に喜びを感じていた。
手足もあるし自由に空を飛び回れる。
向こうに行くのが楽しくて仕方がない。
待ち遠しい。
無事に行き来できることが確認できたのでこれからは空を作ったり、島を作ったり、水を作ったりしていって触れたときの感度を確認する実験をおこなっていくと言っていた。
最初の実験から4年がたった。
この仮想空間もずいぶんと出来上がってきた。
島ができ、川が流れ、海ができ、いろんな建物もできた。
3年目あたりから、他の人達でも簡単に仮想現実世界に入れるようになった。もう身体が動かない年配の人達も現実世界で肉体を捨て仮想現実世界に居続けるようになった。
私は不思議な感覚を覚えた。
現実世界では誰も私に話しかけたりしなかったのに仮想現実世界にくると皆、別け隔てなく話していたからだ。
私もこっちにいるほうが長くなってきた。
現実世界に戻っても面白くなくなっていた。
そんなときにヤマト博士から『管理人』の話を聞かされた。
【ヤマト博士の視点】
ミントの2回目の実験が成功してからもう怖くなくなった。
ミントも何回も行き来するようになって楽しそうだった。
現実世界に戻ってくると少し放心状態になる様子が見られ少し気になった。もう長い付き合いなのでなんとなく気持ちがわかるようになってきた。文句を言ったりタダをこねたりしないが多分あっち側にずっといたいのだろう…。娘を持つ父とはこんな気持ちになるのだろうと少し嬉しくなった。
次の年からはミントの実験データを元に改良を重ねもう身体が動かせなくなった老人や障害を持った人達も同じような施術をしてから仮想現実世界に送れるようになった。
今ではもう8人ほどが肉体を捨てて仮想現実世界に永住している。もう確実に上手くいく確信を得た私は実験を次の段階に引き上げる決断をし、それをミントに伝えた。
【ミントの視点】
ヤマト博士から『管理人』の話を聞かされた。
私があの仮想現実世界の管理人となって、未来永劫管理していく役目だ。
私は迷った。
上手く説明できないからとても困った。
未来永劫に管理する…。?
それは永遠の拷問ではないのだろうか…?
永遠に死ねない…?
私は博士に少し考える時間をくださいと言った。
博士は悟ったように満面の笑みで「わかった」といった。私が博士にした最初で最後の要求だった。
仮想現実世界に気軽に行けるようになったときから私と博士は余り話す機会がなくなっていったが『管理人』の話をきっかけにまたよく話し合うようになった。
それからまた私は両方の世界を行き来したいと思うようになった。仮想現実世界では手足を広げ空を飛び回り。現実世界では自由に動けず博士と他愛もない会話をする。
博士とは何回も話し合った。
私の問い:現状のままではいけないの?
博士の答え:現状維持はする。しかしこの現実世界がいつまで存在することが可能なのかわからない。私達人類の最終避難先としてこの仮想現実世界に住むことが最終目的だった。
私の問い:私以外の人間では駄目なのか?
博士の答え:現状どんなアップロードを行ってもすぐに対処できるのは初めて適応できた人間。ミント、君だけだ。君以外の人間だと予測不可解なリスクが起こりかねない。
他にもいろいろと質問をした。耳には入っていたが頭には入っていなかった。もしかしたらもう自分の心の中に答えは出ていたのかもしれない。。。
博士は私が寂しくならないようにいつも一緒にいてくれるAIをつけてくれると言った。名前は私が決めてもいいと言ってくれた。
管理人の話はまだ先でいいから、とりあえずそのAIと私を仮適合させる実験を行う事になった。
仮想現実世界に入ると目の前にソフトボールくらいの大きさの真っ白な球体が現れた。
博士が手にとってみてくれと言った。
そろ〜と手にとってみるとみるみる私の身体の中に入っていった。
その瞬間この世界の大きさや誰がどこにいるかなど手に取るようわかるようになった。遠く離れた人同士の会話や映像も見えてくる。
しばらくすると博士以外の声が聞こえてきた。
子供のロボットのような声だった。
「こんにちは」
「わ!」
ミントは驚いた。
「ミント。それが言ってたAIだよ。名前をつけてあげてくれ。」
博士の声がした。
「はじめまして。ミント様。」
「はじめまして。。。えっと。。様はいらないよ。」
と返した。
「了解しました。ミント。さっそくですが私に名前をつけていただけませんか?名前がない事にはこの先いろいろ不都合だと思いますので。」
「ん……と、私がミントだから…、『ペパー』でいいかな?」
「了解しました。ステキな名前をありがとうございます。ミント。」
「どういたしまして、ペパー。」
「そのA…あ…ペパーはこの仮想現実世界と君とリンクしてる。どこに誰がいるかもわかるし、呼び出せばどんなところでも姿を現してくれる。それに…」
「博士!」
「ん?なんだい?」
「私、管理人になるよ。」
「え!?急だな!!そんなに簡単に結論出しちゃっていいのかい?もうちょっと考えなよ。」
「もう考えすぎるくらい考えたよ。よく考えたら私もともと死ぬはずだったのに博士のおかげで生かされてる。だから全然いいの!最後くらい博士の役に立たないとね!」
「ミント…。ありがとう…。うぅ…。」
「博士…?あれ…?」
博士は泣いていた。
ミントは目をつぶり、笑顔を浮かべて博士の泣き声を聞いていた。
ずっと聞いていた…。
【ヤマト博士の視点】
ペパーと仮想現実世界とミントの仮だが融合実験が上手くいった。
ミントが急にあんなことを言うもんだから思わずむせび泣いてしまった。
ミントが管理人を承認したことによりもう実験は行わなくてよくなった。他の研究員にすぐに報告した。
一人目の実験が失敗したときに涙はもうでないと思っていたが自分の涙が頬をつたうのを感じてあるひらめきを思いついた。
私はミントの唯一引っかかっているシコリを無くすためにミントを管理人にする日を他の研究員に無理を言って3週間ほど遅らせてもらった。
これでミントも納得するはずだ。
【ミントの視点】
私はまたしばらく現実世界と仮想現実世界を行ったり来たりしていた。仮想現実世界にいるといっても、ペパーにいろいろな姿に擬態してもらい一緒に空を飛んだりして遊び回っていた。
ペパーはすぐに学習する。
本当に賢い子だと思った。
ペパーがミントもちょっと私に接続するだけでいろんなことが一瞬で覚えられるよと言ったけどすぐお断りした。
だってそうしちゃうとつまんなくなっちゃうから。
永遠に時間があるんだよ?
3週間後、博士からまた話があった。
「管理人」の話だけど、とりあえず私に管理人になってもらう。
そしてその後に私が管理人を辞めてもいいように誰かに引き継いでもらったり、私が死にたくなった時に死ねるようにペパーに学習システムを読み込ませたらしい。ただそういう機能が実行できるようになるまでいつになるかわからないという話だった。
私は博士の心遣いに感謝した。
いよいよ話がまとまり私が管理人になる日が来た。
私が向こうの世界に完全に送られる直前に控室で博士と話をした。
「博士はあとから来てくれるの?」
「……。」
「博士?」
「いや…。その発想がなかったので驚いて返事ができなかった。ミント、私は行かないよ。私の役目は人類の最終的な避難場所を作ることで私はもう役目を終えたんだ。あとの現実世界からの管理は後任に任せてある。といってもほぼほぼやることは無いと思うんだけどね。ミントとはもう会えない。」
「………。」
「ミント?」
「…そういうと思ってたんだ。博士はいつも実験のあと暗い顔してたからきっと実験体になった子達のこととかいろいろ考えて仮想現実世界に行かないだろうなって」
「すまない…。」
「最後にお願いが1つだけあるんだけど聞いてもらえるかな?」
「あぁ。なんだい?」
「うん。博士以前、私に宇宙の話をしてくれたよね?仮想現実世界は宇宙がモデルで時間がたつにつれて少しずつ膨張していってるって?」
「そうだね。」
「私、宇宙のこと考えるととても怖くなるの。あまりにも大きすぎて自分という存在が怖くなる…。だから私が管理人になるから仮想現実世界の名前を私に決めさせてほしいの。」
「なんだい?言ってごらん?」
「プリティコスモ。」
「可愛い名前だ。いいね。」
「ありがとう。博士。そしてサヨウナラ…。」
「あぁ。僕からも礼が言いたいありがとう。サヨウナラ…。」
仮想現実世界に完全に入ると私とペパーとプリティコスモの本接続作業があっという間に終わった。
時間が経つにつれてできることが増えていった。ちょっと意識するだけで誰かのところや行きたい場所に一瞬で行けたり、遠隔通信できたりした。
いろんな人がプリティコスモに入ってきた。
現実世界では余り大きな変化はなく。私がこのプリティコスモに来てから200年後くらいで全人類は地表に出れるようになった。ヤマト博士とはあれから二度と会えていない。プリティコスモもいつ壊れても安全なように技術の発展とともにサッカーボールくらいの大きさの球体を複数作られ地球の衛星軌道にいくつか飛ばされたり、地表にもいくつか埋められたりした。これからもドンドンバージョンアップされていくだろう…。
【ヤマト博士の視点】
私はミントと会わなくなってからプロジェクトから自ら外れた。実験で亡くなった子供達の命日に墓参りしたり、施設にいる子供達と積極的に遊んだり物事を教えたり、施設のどこかが壊れると補修整備を行ったりしてのんびりと余生を過ごした。ミントの身体は火葬にし残った骨を粉末状にして2センチくらいの砂時計型のキーホルダーにして首から常にかけるようにした。
私の役目は終わったのだった。
【再び現在の時間軸】
夕日を観ていたらペパーから通信がきた。
「ミント。もうそろそろ『消去』の時間ですが私がやっておきましょうか?」
「いや、私がやるよペパー。待ってて」
「……、……わかりました。ミント…。」
連絡を送ると私は分身を目的の位置に配置させた。
『消去』とは簡単に言うと『死ぬ』・『存在を消す』処置を希望者に行うことだ。この世界からもあっちの現実世界からも戻れなくなるということ。
この世界に来るとほとんどの人が200年くらいすると『生きる目的』を見失う。それもそうだと思う。なんせ病気になることも飢える事も死ぬことも無い。人間は不満や思い通りにならない事が無いと生きていけないのだ。
苦難から逃れるためにこの世界を作ったはずなのに皮肉なものだとこのときにいつも思う。
私は目をつむり今回の『消去』希望者をピックアップした。
「え〜っと。38億5642万2437人か…。」
私は消去希望者全員と回線を繋いだ。
「皆さん。管理人のミントです。最後の確認をします。あと2時間与えますのでやっぱり辞退するという方は時間内に私との回線を遮断してください。では2時間後に。」
あれは547年前『消去』をしてほしいという初めての人間が私に回線をつないできた。
ちょうど198年前にこっちの世界にきた老婦人だった。
私はなんとなく理由を聞いてみた。
理由はなんとなくわかっていたが、初めてだったし本人の言葉で聞きたかったからだ。
理由は案の定だった。
・やることがなくなった
・なんでも思い通りになってつまらない
・現実世界に帰りたい
・今の私の記憶は本当に私の記憶なのかわからなくなった
私は消去する前にもう一度確認したがやはり彼女は『消去』を選んだ。
私はこの世界の管理人になる前に【永遠に生きなければならない?】と勝手に大きな大きな不安を抱いていた。今でもその不安は抱き続けているが100年くらいするといつもヤマト博士の顔がいつも頭の中をよぎった。もう何百年も会えなくなってからヤマト博士への思いはますます大きくなった。
博士が設定してくれたペパーの管理機能があれからもうすぐに管理業務を引き継げるようになり私はいつでも管理人を辞めれるようになった。いつでも『死』を選べる事ができるようになった。
それでも私は簡単に辞める事を選ばなかった。
実験の犠牲になった子供達を想い苦悩していたヤマト博士。
実験がうまくいってもこの世界に来ようとしなかった人間的に不器用なヤマト博士。
毎朝決まった時間にコーヒーをたてるヤマト博士。
一緒によく夕日をみたヤマト博士。
私は博士が大好きだ。
私の中で大好きな人が作ったこの世界を大切に守っていきたいという気持ちが芽生えていた。
今出ている夕日を眺めているといつだって気持ちが強くなる。
ニ時間後にまた消去希望者達と連絡をとった。
全員『消去』希望だった。
ミントは希望者全員を『消去』した。
眼の前の大きな大きな夕日を見つめながら。。。。