第66話 タケル
僕はアンが部屋を出てゆくのをベッドから見送った。
アンの看病のお陰でだいぶ力を取り戻してきていた。
魔王が復活して王都の目前まで迫っているらしい。
そのため、アンも出撃するようだ。
僕だけ寝ているわけにはいかない。
アンを守りたかった。
ディズニーランドでアンが急に魔法陣に吸い込まれてしまったあの日、僕は、閉じてゆく魔法陣に飛び込んで異世界に来た。
だが、アンと同じ場所ではなく、辺境の地に飛ばされた。
その後、勝手がわからない異世界を放浪した。
そうしているうちにトカゲのような生き物に捕まり、左手や舌を切り取られ去勢され、そいつらに飼われていた。
だが、僕は生きている。
まだアンのためにできることがあるはずだ。
ベッドから立ち上がった。
メイドが目を丸くして驚いた。
「だめです。安静にしていなければ」
僕は病人ではない。
飲まず食わずで衛生上良くない場所に閉じ込められていたから衰弱していただけだ。
栄養を補給して休んだのでだいぶ回復していた。
「大丈夫だ」
制止するメイドを振り切って、部屋を出るとアンを探した。
探しているうちにガレージのような場所に出た。
装甲車がちょうど出発したところだった。
見送りの人たちが「王女様!」と言っていたので、あの装甲車にアンは乗っていたのだろう。
(間に合わなかったか……。)
僕は周囲を見た。
「あれは!」
思わず声を出してしまった。
迷彩色のオフロードバイクが置いてあった。
僕はバイクのそばに行った。
排気量は250ccくらいのようだ。
キーが差したままだった。
日本製だった。
迷彩色なだけで市販されている普通のバイクと変わらないようだった。
(これなら運転できる)
あたりの様子をうかがった。
誰も僕のことを見ている者はいなかった。
バイクにまたがった。
そしてエンジンキーを回した。
エンジンはすぐにかかった。
メーター類を見るが異常はない。
ガソリンも満タンだ。
アクセルをひねると走り出した。
「あっ、君、こら、待て!」
構わずに通りに飛び出した。
遠くにアンを乗せた装甲車の土煙が見えた。
僕はその方向に向けてバイクで走り出した。
片手なので、バランスを取るのが難しかったが、なんとかバイクを走らせることができた。
バイクで異世界を走るなんて思ってもみなかった。
オイルの臭いとエンジンの響きが僕に過去を思い出させた。
アンを後ろに乗せて浦安の街を走っていた日々だ。
東京湾の潮の香り、街路樹のヤシの木、青い空、あの夏の日だ。
(アン、待っていろ。命に代えても僕が守る)
唸りと土煙をあげて疾走する僕のバイクを、道の両脇にいる異世界人のたちが驚いて見ていた。
僕はバイクを加速させた。




