第55話 アン王女の憂鬱
私は窓の外を眺めていた。
あの日、タケルはポップコーンを買いに行き、私は少し離れた場所で待っていた。
タケルが甘い香りがするポップコーンを片手に笑顔で戻ってきた。
それが最後に見たタケルの姿だった。
「隊長!」
現実に意識が引き戻された。
「どうしたんですか」
まどかだった。
「本当に近頃の隊長はおかしいですよ」
原因は分かっていた。
タケルだ。
こちらの世界に戻ってから、転移魔法陣の使い方を練習した。
転移魔法陣を使いこなせるようになると、ピンポイントで異世界にいる者を召喚できる。
だから別々になっても希望があった。
そのうちタケルをこちらの世界に呼び寄せて、二人で暮らそうという勝手な夢を描いていた。
しかし、転移魔法陣の使い方をマスターした後に、どんなに頑張ってもタケルを見つけて召喚することができなかった。
まるでタケルが異世界から消滅してしまったようだった。
そうしているうちに世継ぎを生むために結婚をしなければならない年齢になった。
昨日も異世界から来た若者と無理やり父にデートをさせられた。
だが、その相手は全くタケルとは違う。
異世界人なら誰でもいいわけではない。
私はタケルのことが好きなのだ。
愛しているのはタケルだけなのだ。
警報が鳴った。
「隊長!」
スピーカーからラットの声がした。
「学校が襲撃を受けています。正体不明の襲撃者が生徒たちを襲っています」
「分かった。すぐに出動する」
「5分でそちらに行きます」
「了解」
「出動するぞ」
「はい」
私は装備を確認した。
予備の弾倉も十分にある。
「隊長、これも持って行って下さい」
まどかが、細身の剣を差し出した。
王家に伝わる勇者の剣だ。
「この前の舞踏会でも、魔族のような正体不明の襲撃者による襲撃を受けました。今回も同様の相手だと通常の物理攻撃は効かないかもしれません」
「そうだな」
この王家に伝わる勇者の剣には魔法がかけられている。
千年たち魔力は落ちているが、王族の血筋の者がこの剣を振るう時には魔法効果が働く。
対魔物には有効な武器だ。
パトロールに出ていたラットたちを乗せた特殊装甲車がアサルトチームの詰め所に戻ってきた。
「隊長、行きましょう」
「ええ」
私は剣をつかむと、特殊装甲車に乗り込んだ。