第45話 異世界の王女、剣道の試合に出場する。 その5
「軽く当てるだけで十分だから。なにも相手を倒さなくてもいいんだよ。その代わりスピードで勝負しろ、素早く動くんだ」
僕は王女にそうアドバイスをした。
これ以上、他校の選手を力技でぶっ壊してゆくと注目を浴びすぎてしまう。
「でも武術の試合でしょ? 倒さなくてもいいの」
「これはスポーツなんだ」
「スポーツ?」
「殺し合いじゃなくて、楽しむものなんだ」
「楽しむ?」
「そうだ。楽しくやるんだ。力より、技だ。速さだ。そいうもので相手を圧倒すればいい」
「分かった。タケルの言う通りにする」
次の試合から王女は速さで勝負した。
試合開始と同時に疾風が吹き抜けるようにして、相手は小手を取られて一本負けした。
そうして順調に新浦安高校は勝ち進み、決勝戦まで来た。
顧問が僕のシャツの袖を引いた。
「なんですか」
「ちょっと話がある」
また柱の裏に連れて行かれた。
「想定外だ」
「はあ?」
「いや、規格外と言ってもいい」
「何がですか」
「彼女の強さだよ。俺は部員が最後の夏の団体戦に出場さえできればいいと思っていた。もともと、高樹が万全の体調で出場できたとしてもウチは3回戦まで勝ち残れば出来すぎというくらいの実力だ。それが決勝だぞ」
「はあ」
「このまま、決勝戦に出れば、あの娘一人の力で間違いなく優勝する。そうすると武道館での全国大会だ。それすら下手すると優勝してしまうだろう」
「じゃあ、顧問も日本一のチームの監督ということで表彰されるんですね」
「それがマズイんだよ。彼女はウチの高校の生徒じゃない。後でそれがバレたらどうなると思う」
「僕は彼女を出すことには反対しましたよ」
ここは顧問から一本を取るチャンスだった。
顧問はうなだれた。
「そうだ。全ては私の責任だ」
「先生、それ、マジやばくないですか。顧問を解任されるだけでなくて、教師としての資質も問われるんじゃないですか。だってチートな手段で優勝したってことでしょ。懲戒免職になるかもしれませんよ」
「そんな恐ろしいことをいうな。うちの子供はまだ小学生で、家のローンはあと25年も残っているんだぞ」
「でも、ここまで来て、どうするんですか」
「だからお前に頼みたいことがある」
「なんですか」
「彼女をこの会場から連れ出してほしい」
「はぁ?」
顧問は僕に一万円札を握らせた。
「これでタクシーに乗ってすぐに帰れ」
「どういうことですか?」
「彼女の体調が急に悪くなったことにすればいい。肉離れを起こしたとかでもいい。お前が病院にタクシーで彼女を送ったことにする。後は俺がなんとかする」
「試合はどうなるんですか」
「不戦敗だ」
「いいんですか」
「準決勝まで残れただけで十分だ。もし彼女のことがバレたら1年間の公式試合出場停止処分を連盟から受けるかもしれない。ここが引き時だ」
僕は先生のいいかげんさに呆れたが、確かにこれ以上、彼女を試合に出して注目を浴びることはマズかった。
「分かりました。でも僕の防具や竹刀はどうなります」
「俺が部室に持って帰る。それよりも早く彼女を連れ出せ」
「分かりました」
僕は木刀で意気揚々と素振りをしている王女のところに行き、もう試合に出るのは終わりだと告げた。
「ええーどうして? まだやりたい」
「これから車に乗せてあげるよ」
「車って?」
「内燃機関っていう魔法で動く鉄の馬車だよ」
「乗りたい!」
「それからこれで美味しいものを食べに行こう」
僕は一万円さつをひらひらさせた。
「美味しいものって?」
「噛まなくても口の中でとけるような柔らかいお肉だよ」
王女はゴクリとつばを飲み込んだ。
「そんな柔らかいお肉を食べてみたい!」
僕は王女の操縦方法を学習していた。
王女は餌でつるのが一番だった。
僕は王女を更衣室に連れて行き、着替えさせると、体育館の裏口からそっと抜け出そうとした。
そこを松戸西高の選手たちに見つかった。
僕はとっさに王女をお姫様抱っこした。
「どうしたんですか?」
松戸西高の選手が訊いた。
「足首を捻挫したんだ。すぐに病院に連れてゆく」
「大丈夫ですか」
「あんまり大丈夫じゃない」
たくさん食べているせいか王女は思ったよりも重くて、本当に大丈夫じゃなかった。
そうして僕は王女をお姫様抱っこしたままタクシー乗り場に行った。
王女をタクシーに乗せた。
走り出すと王女は車内で子供のようにはしゃいだ。
そうして自宅に戻った。




