第35話 異世界の王女、深夜、寝室に来る
「どうしたの」
「水が冷たくなって、しかも止められないの」
王女が泣き声で言った。
王女は、シャワーを止めようとして、間違えて温度調節の方のダイヤルを回し、お湯から冷水にしていたようだ。
僕はシャワーを止めた。
そして、お湯に戻した。
「シャワーを出したり、止めたりするのは右のレバーだから、左の方を回すとお湯が冷たい水になるんだ」
そう教えた。
王女は裸で、乳房と下半身を手で隠すようにしながら震えていた。
自分が裸であることに気がついたのか「出ていって!」と僕に叫んだ。
僕は風呂場を出た。
タオルでまた濡れた身体を拭き、服を着替えた。
耳をすませたが、今度は悲鳴は聞こえず、シャワーの水音もやんでいた。
どうやら王女は使い方を理解し、無事にシャワーを浴び終えたようだった。
僕は溜息をつくと、もう寝ようとベッドに横になった。
再び眠りかけた時だ。
部屋のドアが、トントンと鳴った。
僕は聞き間違えではないかと思った。
だがまた、遠慮がちにノックされた。
僕はドアを開けた。
王女が立っていた。
ロングティシャツを一枚羽織っただけで、下には綺麗な足が覗いていた。
「どうしたの」
「入ってもいい」
「ああ」
王女はおずおずと入ると、座るところが他にないので、ベッドの端に腰掛けた。
「どうしたの?」
「さっきのこと謝ろうと思って……」
「謝る?」
「私がシャワーの使い方を間違えて、困っているのを助けてもらったのに、ひどい言い方をしてしまって、ごめんなさい」
ロングティーシャツの下から伸びる足が、暗闇のなかで白く浮かんでいるようだった。
「別に、気にしていないから」
「でも、あなたに迷惑をかけたばかりでなく、服を買ってもらったり、食事をご馳走になったりしたのに、私ったら失礼なことばかりして」
「そんなことないよ」
「それに……」
「まだ何かあるのかい」
「こわいの」
「何が」
「知らない世界に一人きりで……」
王女は泣いているのか肩を震わせた。
その姿に思わず僕は、なんとかしてやりたくて、肩に手を回し、抱きしめるようにした。
王女は僕にされるまま、身体を寄せ、僕の胸に顔を埋めた。
そうやって王女を抱きしめたまま、どれくらいの時間が経っただろうか。
王女が顔を上げた。
僕は王女の唇に顔を寄せた。
王女は、それをすり抜けるようにして立ち上がった。
「ありがとう。少し元気になった」
王女は笑顔を見せた。
「明日、朝、早いんだよね」
「うん」
「遅い時間にごめんね」
「構わないさ」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
王女は部屋を出ていった。
僕は再びベッドに横になった。
だが王女の肌のぬくもりを思い出して、今度はなかなか寝付くことができなかった。




