第1話 婚約破棄
「陛下、大変です。すぐに来てください」
宮廷長官が慌てて飛び込んできて、そう言った。
「どうした」
「王女様が……」
「アンがどうしたというのだ」
「婚約者のライアン公と果たし合いをしております」
「なんだと!」
「すぐに武道場に来てください」
王が武道場に行った時は、既に手遅れだった。
ライアン公は、アン王女にボコボコにされて顔を腫らしていた。
「こ、これは、どういうことだ」
ライアン公の付き人のコジマが困り果てた顔をしていた。
「これは国王陛下」
「私に分かるように説明しなさい」
コジマはライアン公とアン王女を見比べながら、国王陛下に自分が見たことを述べた。
それは、アン王女が婚約者であるライアン公を城に案内している最中に起きた。
「王子は武術の達人でいらっしゃるとかねてよりお噂を聞いております」
アン王女の言葉に主人であるライアン公は鼻の下を伸ばしてにやけた。
「いえ、いえ、それほどでも。でもまあ我が王国では一番の使い手と言われておりますがな」
実に自慢たらしい言い方だった。
「まあ、王国一でいらっしゃいますの」
「家来と組手や試合を毎日のようにしているが一度も負けたことはありません。それに王宮武術士の特級に先日昇級したばかりです」
(家来に勝てるのは当たり前だ。逆に若様に勝ったら首が飛ぶ。それに、王族の武術士の昇級試験など最初から合格するものと決まっている)
コジマは心の中でそうつぶやいたが、もちろん言葉にも表情にも出さなかった。
「では、私と手合わせしても、もちろん勝てますわね」
「アン王女よ、何をいうか。王女と手合わせなど。その美しい顔に傷でもついたらどうする」
「では、勝てるとお思いなんですね」
「何を言われたいのかわからないが、当たり前だ」
コジマは王子は地雷を踏んだと思った。
アン王女の強さを知らないのは世間知らずで、お山の大将のライアン王子くらいだ。
「実は、今回の婚約は両家の親が決めたもので、私の気持ちはまだ整理されておりません」
「なんと、アン王女。私はそなたの美貌に一目惚れしたぞ」
「光栄でございますわ。でも、私は強い殿方が好きですの。力でこうグッと押し倒して、私のことをものにしてくださるような」
アン王女の押し倒されて、あれこれされるようすを再現した仕草に、ライアン公が生唾をゴクリと飲み込む音がした。
「それで、王女はどうされたいのだ」
「王子に押し倒されてみてみたいのです」
「よいぞ、よいぞ、私は婚前交渉には大賛成の立場だ」
「そうではなくて、武術で倒されてみたいのです」
ライアン公は鼻息を荒くした。
「ア、アン王女はそういう趣味があるのか」
「はい?!」
「その……、縛られたり、打たれたりとか、痛いことをされると、いい気持ちになるとか」
「ほほほほほ」
アン王女は高らかに笑った。
「本当にご冗談がお上手なこと。私が申し上げているのは、私の夫となる人は、私よりも強くて、私のことを守ってくれる人でないと嫌ということですの」
「おお、もっともな話だ。私が守ろう」
「では、それを証明してください」
「証明?」
「簡単なことです。素手で手合わせをしてください。そして、王子が私に勝てば、妻になりますし、さっそく今晩から好きなようにされて結構ですわ」
アン王女はライアン公に流し目を送った。
ライアン公はコジマの元にニヤケ顔で来た。
「おい、コジマ、今のを聞いたか」
「はい」
「アン王女は奥ゆかしいな」
「えっ!?」
「俺の魅力に負けて婚前交渉したいとストレートに言えなくて、勝負に勝ったら好きにしていいなんて言っているぞ」
「はあ」
「男で特級武術士である俺に小娘が勝てると思うか」
「……」
「それを分かっていて挑戦し、俺に身を投げ出すなんて、かわいいのう」
王子は完全に誤解している。自分にいいように物事を解釈しているとコジマは思った。これも末っ子ということで両親に甘やかされ放題で育ってきたからだ。
「王女と手合わせなど大人気ない。お辞めください」
「馬鹿、誰が本気を出すか。手合わせと称するボディタッチだよ。前戯みたいなものだ」
馬鹿王子は、自分で『前戯』と言ってその言葉の響きに興奮して鼻の穴を広げてハアハアしていた。
「王子、手合わせの方は?」
アン王女が呼びかけてきた。
「もちろん受けよう」
「では、一緒に武道場にまいりましょう」
「おお」
(いかん。いかん。これはハニートラップだ。いや、違う、そんな甘いものじゃあなくて……)
付き人のコジマの心配をよそに、王子は王女と武道場に行き、そして、王女に秒殺されたのだ。
コジマの話を聞いて、王は眉をひそめた。
眼の前のライアン王子は王女にボコボコにされて泣いていた。
「父上にも殴られたことが無いのに」
そう言うと、ウェーンと子供のように泣きじゃくった。
「アン!」
「お父様、私の夫になる方は私よりも強い殿方を希望します。だから確かめさせていただきました」
「しかし……」
「よくもこの私に恥をかかせたな。もう婚約は破棄だ。今後は外交問題にも発展するからな。心されよ!」
泣き止んだライアン公はそう捨て台詞を残して去って行った。
「アン、お前は」
王の言葉を遮るように警報音が響いた。
アン王女の無線機からだった。
「隊長、コードBが発生しました」
「了解だ」
「アン!」
「父上、事件です。出動しなければなりません」
アン王女は駆け出した。
走りながら服を脱ぎ捨ててゆく。
最後は下着姿になって、そして見えなくなった。
「何で王女は服を脱いで行った」
王は臣下に訊いた。
「特殊部隊のタクティカルスーツに着替えるためです。おそらく着替えの時間も惜しんだのでしょう」
王はため息をついた。
王女の婚期は伸びそうだった。
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