第12話 王宮舞踏会 その2
「隊長、今日の夜は休みを下さい」
スナイパーのジルがアンと目を合わせるのを避けるように横を向いて言った。
「何か予定でもあるの」
「実は、実家の母から急な連絡があって……」
ジルは実は貴族の令嬢だった。アンと同じように貴族の令嬢として人形のように館にいることが嫌で、治安部隊に志願して、実力で特殊部隊員にまでなったのだ。
「まあ、ご身内になにかあったの」
「いえ」
「じゃあ?」
「姫様の舞踏会に私も参加するようにと言われました」
「その……。私もお休みをいただけますか」
まどかが言った。彼女も貴族の令嬢だ。
「まどか、あなたもなの?」
「はい。舞踏会に出るように親に言われました」
「どうしてなの?」
あきれたようにアンが言った。
「異世界から来た婿候補は3人じゃないですか。でも姫様と結婚できるのは1人です。そして彼らはもう元の異世界には戻れないと聞いています。だから、姫様と結婚できない2人の婿候補殿のことが、今、貴族の間でにわかに脚光を浴びているのです」
なにせ勇者がこの世界に召喚されて永住するというのは1000年ぶりのことだ。勇者を婿にもらいたいという有力者はいくらでもいる。だから、そのことでもちきりなのだという。
アンは溜息をついた。
「あなた達も大変なのね」
「隊長、自分たちも行きます」
ジョンとオクトパスが言った。
「えー、あなた達は何のために行くの? まさかゲイ? それとも異世界の婿殿をゲットできなかった貴族の女子狙いなの?」
「違います。VIPが集まりますので、要人警備です」
「そう。じゃあ、ラット以外、みんな行くのね」
「いえ、ラットも念の為、会場のそばで予備の重火器や装備を用意して待機しています。それに隊長やジルの拳銃は会場でメイドが預かって待機しています」
「つまり、警備体制は万全ってことね」
「はい」
ジョンが敬礼をした。
(まあ、いいけど、騒がしくなりそうね。でも異世界から召喚された若者ってどんな方なのかしら。まさか、彼では。いえ、彼のことは転移魔法陣で何度も何度も探したわ。でも、見つからなかった。彼が来ているはずはない。それでも、もしかしたら……)
アンは、そんな奇跡のような邂逅はないだろうと自分に言い聞かせながらも、期待で胸がときめくのを抑えられなかった。