悪役令嬢、全ての始まりと真実を知る
コツコツコツと、足音が聞こえた。
私は囚われた部屋の奥にいて、その音を聞いていた。部屋に近づくその音は、私のいる部屋の前で止まる。
「リーネ」
呼ばれたその声を、私はとてもよく知っていた。
※※※※※※※※※※※※※※
ここは義賊ビュアカルマの基地。
ボスと呼ばれる人の私有地に建てられたもので、広大な山脈のど真ん中にある洞窟を整備して建物のような形になっている。
私を拘束するために準備された小部屋は、とても清潔で居心地が良くできていた。
3日後に王宮を襲撃するとベックが言ってから、今日がその3日目。
襲撃当日だった。
朝から襲撃に備えて、ピュアカルマの基地に集まった連中は、そわそわと落ち着かない。イラついて怒鳴る人も多く、襲撃前に殴り合いの喧嘩をする人もいた。
みんな本当は恐ろしいのだ。王宮には戦いのエリートである騎士団の人間達が集まっている。
本当に王族を倒して良いのだろうか。
これよりもっと酷いことにならないだろうか。
彼らがそんな不安に襲われているのは間違いなかった。私はその隙を見て、逃げ出すつもりだった。
王宮の襲撃は、それが起こる前に阻止しなければならない。大魔王との勝負があと数日後に迫っている。私がもし負けた場合、スミレが見つからなけば、国の屈強な男達にどうにか戦ってもらわなければならない。王宮を襲うなんてことをしている場合ではないのだ。
そんな彼らは皆、忙しなく基地中を駆け回っている。
私はその様子を観察用の小窓から確認した後、部屋の隅に寄り、手錠をかけられたその両手を広げて、頭の中で黒の玉をイメージしていく。
私の魔力は微量だが、『闇の魔法』の力は他の魔法よりもずっと強力だった。
あまり大きすぎてもいけない。下手したらこの基地ごと、なくなってしまう。
私は自分が1人通れるくらいの丸を想像して、それを地面にゆっくりと落とした。
『ズブッ』と、固いはずの地面が、液体のような音を鳴らす。地面は高熱で鉄が溶けるように、あるいはその存在自体を消されるように、じわりと消えていった。
できるだけ下までその穴が空くのを待って、私はその穴の中に飛び込んだ。
手錠をされているのでうまく身体を支えることができず、しかも思っていた以上に深く穴が空いてしまっていて、私は予定よりも何メートルも下の位置で着地することになった。
命綱のついていないフリーフォールだ。心臓がバクバクと鳴った。リーネの異常なほどの頑丈な身体でなければ、間違いなく死んでいただろう。
「ーーー怖っっっ……かったぁーーー」
自分で落ち着かせるように、胸元を手で押さえて深呼吸をする。
何度か呼吸をしてから、改めて今度は、横の地面に向けて魔力を流す。
壊すことはできないと言われているダンジョンの壁さえ突き破った私の闇魔法だ。普通の土の壁なんて、きっと貫ける。
そう、自分に言い聞かせた。
魔法は自分への自信が大切なのだと、ケリー先生から学んでいた。
闇魔法は下向きに出ていきやすい。
山なので、斜めに降りていけば必ずどこかの地上に着くはずだ。階段を作って少しずつ下に降りていくように、私は光りさえない、真っ暗な地下の道のりを歩き始めた。
まだ誰も私を追いかけてきていない。王宮襲撃のために忙しくて、きっと、私のことを気にする人などいないはず。
それからどれだけの時間が過ぎたのだろうか。
元々少ない私の魔力が尽きる少しだけ前に、ようやく土の間からわずかに光が漏れた。
良かった、と一気に肩の力が抜ける。
あまりに光が見えないから、もうこのまま土の中で息絶えるのかもしれないと、多少の覚悟までしていた。
アラン皇子の言うように、私は行き当たりばったりの行動をとりやすいのかもしれない。
今回、私は自分のことを改めて知った気がする。取り返しのつかないことにならなくて本当に良かった。
私はさっきの1回で魔力がなくなってしまったので、光の見える小さな穴に手を突っ込んで、その土を掻き出し始めた。魔法では土は溶けるように柔らかく感じたが、実際素手で掘ろうとすると、何万年と山を支えてきた地面なので、かなり固かった。
手甲をつけているから直接は土に触っていないはずなのに、手甲と摩擦して私の手の皮が破れた。指の関節が痛み、骨がおかしくなりそうだった。
ようやく、私1人が通れるくらいの穴ができて、その穴を潜り抜ける。
ずっと暗闇にいたせいか、山の中で太陽光が木々に遮られているにも関わらず、目が潰れそうなほど、光が眩しく感じた。
私は目を細めて手で隠す。
「ーーーー出れた」
義賊の基地から抜け出せた喜びを噛み締めたのも束の間。
私は自分の後ろから急に現れた巨大な猪に突進されて、激しく吹き飛んだ。年輪が何百年分あるかわからないほどの太い木の幹にぶつかって、私の身体はどさりと地面に転がる。
私をぶっ飛ばした巨体な猪は、まだ私を狙って鼻息を荒くしていた。
「ブフ、ブフフン……」
馬のように何度か土を蹴飛ばし、前掻きしてみせる。
まずいわ、と私は心で呟いた。
手は手錠で繋がれ、少なめの魔力も尽きた。
地面を掘り続けたために逃げ切れる体力も残っていない。
手さえ使えれば木に飛び移れたかもしれないが、何百年かけて育った木の枝は、今の私には届きそうもない、はるか高い場所に位置している。
逃げ場はなかった。
ベックが私のために置いていってくれた剣も、手錠をつけたままでは使えない上に、掘った穴の中では邪魔になりそうで、あの小部屋に置いてきてしまった。
次にまた猪に突進されたら、私はもう動けなくなるだろう。そうしたらこの山の中の動物達に食い荒らされてしまう。
私は地面に転がった姿で、猪を睨み付けた。
気力で負けたら襲われる。
頑張って睨み付けたが、それでも猪は私に突っ込んできた。
私は目を閉じる。
顔の前を両肘で覆った。
「………っ!!」
ゴ、と鈍い音が聞こえたが、どんなに待っても私に衝撃はこなかった。
ーーーー恐る恐る。
私は目の前に伸ばした腕を降ろす。
そこには、切り落とされて私の足元に転がる巨大な猪の首が転がっていた。
私はぎょっとして、その猪の首から足を離す。
「ーーーな……んで………」
私は目を見開いて猪の首を見ていると、猪の首の横に、男の長い足が見えた。
「リーネ。間に合って良かった」
嬉しそうな、そしてとんでもないほどの美声で、私の全身に鳥肌が立つ。
この声。
いつまで経っても心臓に悪すぎるこの声を持つ人は、1人しか知らない。
私に手を貸そうと伸ばされたその腕の先にいる人を私は視界に入れて、私はもう、このまま死んでも悔いはないような気分になってしまった。
「ーーーアランーーーーっ」
誰もいない、深い、深い山の連なるこんな場所。しかも私有地だというから、人がいるはずがない。
なのになぜ、アラン皇子がここに。
「……なぜっ」
声が掠れて声にならない私を、アラン皇子は耐えられないとばかりに強く抱き締めた。
強く、でも優しく。
「ーーーーー探した」
アラン皇子に耳元でまた囁かれて、くらりと眩暈がする。
どうやって探したのとか、そんなこと、もうどうでも良かった。
目の前にアラン皇子がいる。
私を探して見つけてくれた。
もう、それだけで充分だった。
「アラン」
私が呟くと、アラン皇子は、私の被っていた兜をゆっくりと外す。私の長い白銀の髪を1つに括った束が、こぼれ落ちた。
そして、兜を外した私を抱き締めたまま見つめて、アラン皇子は近距離で、また嬉しそうに目を細める。
「間違いなくリーネだ」
私は、どうしようもなく熱くなった顔で頷く。
「ーーーリーネだ」
もう一度、私を強く抱き締めて、アラン皇子は何度も何度も私の身体の無事を確かめた。鎧をつけているから体型はわからないだろうけど、それでも何度も。
落ち着くと、その体勢でいることで起こる障りに、私はハッと気づいた。
「ア、アラン。ちょ、ちょっと待って。ちょっと離れて」
私は手錠をかけられた手で、アラン皇子を引き離す。
「ーーーどうした?」
再開できた喜びを邪魔されたからか、少し不機嫌な声になったアラン皇子に、私は頬を染めて、もう少し身体を離してみせる。
「私、ここに捕まってから3日も風呂に入ってないの。脱いで女ってバレたらいけないから、鎧もずっとつけたままでーーー。ほら、少しでも鎧をつけていると、身体がすぐ臭くなるでしょ。元々が臭いのかもって思われたくないし、アラン、確か生活魔法の『保清』使えたわよね?良ければ私にまた『保清』をかけて欲しいっていうか」
私がまくし立てて話すと、アラン皇子は面倒くさそうに顔をしかめながら、私の腕を引っ張って自分に寄せ、そのまま3度目の抱擁をしてみせた。
「このままでいい。気にするな」
言ったアラン皇子の頭を私はーーーーボコりと殴った。
「私が気にするんだって言ってるでしょうが。っバカっ!!」
※※※※※※※※※※※※
アラン皇子は、繊細な魔法も使えるようで、私の手首を拘束していた手錠を、魔法の熱で溶かして外してくれた。勿論、『保清』の魔法はしっかり使ってもらった。
完全に自由になって、私はようやく堂々と四肢を伸ばして喜ぶ。
「アラン。ありがとう。ほんと、さすがに巨大な猪に襲われた時には、もうダメかと思ったわ」
アラン皇子は、ブスッとした顔で横に並んだ私を見下ろした。
「そんな命の恩人の頭を殴るか普通。この恩知らず」
「殴られるようなことを言う人が悪いんでしょ。私は悪くないわ」
ふん、と私は突っぱねる。
私は山をアラン皇子と一緒に降りながら、王宮を目指していた。
降りながら、アラン皇子達と別れてから起こったことを詳しく話す。
ベックに会って、皇帝の他国を攻め込んだ戦争で多くの人が負傷していたので療養所に運んだこと。ベックに連れられて行った場所が、義賊ピュアカルマの基地だったこと。そして、今日、王宮に彼らが襲撃しようとしていることーーー。
アラン皇子は、真剣な顔になって、小さく呟く。
「万を超える義賊か」
ため息が漏れるが、アラン皇子は王宮を心配しているようではなかった。
「それくらいなら、騎士団でどうにかなるだろう。だが、今の国からそれだけの国民がいなくなるのも問題だな」
私は驚いてアラン皇子を見上げる。
「ーーー勝てるの?」
アラン皇子は平然と頷いた。
「当たり前だ。謀反も騎士団の想定する対策の1つになっている。1万や2万程度なら、魔術師の塔の連中だけでもどうにかできるだろう。鍛え上げられた騎士団に魔術師達が加わるんだ。負けるはずがない」
「ーーーそう、なのね」
ベック達は負ける。
王宮を襲撃するなんて大罪を犯した人達は、きっと酷い処罰を受けるだろう。
囚われはしたが、ベック達は決して悪い人達ではない。国が廃れていくのが。人が苦しむのが、許せなかっただけで。
「負けるとわかっているのに王宮に攻撃させるなんて。知らない人が可哀想だわ。ーーーどうにかできないかしら」
私が言うと、アラン皇子は『甘い』と言うように薄笑いを浮かべた。
「襲撃は今日の夜なんだろう?基地に乗り込んで、その基地にいる人を全員ぶちのめすか?」
「もう、ふざけないでよ。そんなことをしても、またどこかで集まって、いつか王宮を狙うわ」
「じゃあ、もう2度と計画できないように、そのボスでも捕まえにいくか。この山もそのボスの所有物なんだろう?金持ちの道楽か、ただの偽善者か。少なくとも、組織の中心が単独の場合は、その人物がいなくなるとあっという間に解体してしまうものだ」
なるほど、と私は納得する。
「ボス捕獲作戦ね。悪くない気がするわ。それでいきましょう。それがいいわ。ーーーで、どうすればボスは見つかるかしら」
私の言葉に、アラン皇子は呆れた声を出す。
「……リーネはリーネだな」
そして、アラン皇子は、上着のポケットから、透明な球体を取り出した。
「俺はこれでリーネを探しだした。うまくすれば、その『ピュアカルマ』のボスが誰か、わかるかもしれない」
その球体を見て、私は懐かしく思った。
去年の年末。残月祭の、神からのギフト。
私とアラン皇子の魔力の合成のものであり『過去まで見渡せる千里眼』のようなものだと聞いた。
私の好奇心がうずき出す。
「アラン。貸してみせて。私もそれ、使ってみたかったの」
アランは私がその球体に触れそうとすると、さっとその球体を上に持ち上げた。
「魔力殆ど0のリーネに、この莫大な魔力と繊細な技術が必要なものを扱えるわけがないだろう」
私はむっとしてみせる。
「そんなの、やってみなきゃわからないじゃない」
ジャンプして、私はその球体を取り上げる。すると、またすぐに球体を奪い返された。
「いいや、やらなくてもわかる。この俺でも、まだ過去のものは殆ど視れないんだ。これはそもそも、相当の魔力を注ぎこまないと、全く視ることさえできなくてだな」
「アランだからそんなに魔力がいるのかも。私だったら少しの魔力で動くかもしれないじゃない」
「そんなわけあるか」
私とアラン皇子が、ヤイヤイと言い合いながら透明な球体を取り合っていると、透明な球体が、急に虹色に光り始めた。
アラン皇子は、その光に目を奪われる。
「ーーー虹色の光……?」
そして透明な球体の中に、私達でない、2人の男女の姿が浮かび上がる。
私が元いた世界の、マジシャンのような格好をした男と、フワフワと揺れるピンクの髪の少女が並んでベンチに座っていた。
マジシャンの姿をした男は目元を隠す仮面をつけていて誰かわからないが、もう1人の少女は、間違いなく知っている。
いや、今、私達が死に物狂いで探している人物だった。
「「ーーーースミレ!!!」」
アラン皇子と私の声が重なる。
場所は、大きな教会のようだった。
2階のベランダで、2人は何か言い合っている。大魔王だとか、国外へ逃げるだとか。
すると、急に場面が移り、今度はグレーの髪のフーイと話している男の姿が映った。フーイの前に立つ男も、首より上を隠した格好をしている。
アラン皇子が、ふと呟いた。
「ーーーこの男。さっきの仮面をつけた男と同一人物じゃないか?」
「え?」
「ほら、顔は隠しているが、この鍛え上げられた完璧な筋肉のつき方をする人間はそういるものじゃない。よほど腕の立つ人でないと……」
そう言いながらアラン皇子は、何かに思い至ったようで、急に口を閉じた。
映像の中にいる人物はピタリと身体に沿った服ではあるが、あくまで服の上からのもので、そんなに筋肉の形を私は見ることができない。
アラン皇子のように普段鍛えている人達は、そんなものまで見れるようになるのかと感心した。
球体の中の映像は、また場面を変えた。
今度は幼い少年少女が2人ら仲良さそうに手を繋いでいるものだった。
片方はピンクの髪。
そして、もう片方はーーーー。
私とアラン皇子は、同時にその人物に気づき、驚き目を見開いた。そしてアラン皇子と私は視線を合わせる。
そんな私達をお構いなしに、映像は、次々に場面を変えて映し出していく。
それは過去。しかも、年月は順を追っておらず、男は若くなったり、現在に近くなったりする。
それでも、そこに映し出されるものは、驚愕といっていい内容ばかりだった。
ーーーー私は。
初めて、その真実を知った。
その男のことを考えると、私は涙が溢れて止まらなくなってしまった。
不器用で一途なその物語は、あまりに残酷で。
ーーー哀しかった。
※※※※※※※※※※※※※※
そして、ここはピュアカルマの基地の中だ。
私は戻ってきていた。
この小部屋に。
きっとあの人は来るだろうと思って、部屋の隅でじっと息を殺してその時を待っていた。
来てくれないと困る。
今この時しか、そのタイミングはないのだ。
私は改めて白鎧を装着して、時計をずっと眺めていた。
コチコチコチコチ。
時計の音は動き続ける。
時計の針が無情にも過ぎていき、やっぱりダメだったかと諦めを感じ出した時、扉をノックする音が聞こえた。
「リーネ」
私の名前を呼ばれて、私は熱くなる目頭を兜の上から押さえた。
来て欲しかった。
でも、本当は来て欲しくなかった。
全てが嘘であって欲しかった。
扉が開き、足音が私の部屋の中まで入ってくる。
私は部屋の隅で……もう隠すこともしていないその顔を、その姿を哀しく見つめた。
金色の髪。それは、王族の血を受け継く者の証。王家以外に、その王族の血を引く家は1つしかない。
私は、一度だけ強く、息を飲み込む。
「……まさかと思っておりましたが、ーーー本当に貴方が、ピュアカルマのボスだったのですね」
騎士団に入団してから今までよりも体格が鍛えられ、男としての凛々しさが増したように見えるその男は、整いすぎる優しい顔を少しも崩すことなく、私に微笑んだ。
「俺の愛しいリーネ。また会えて嬉しいよ。今日も綺麗だね。光り輝くようだ」
全身、白鎧を装着している私に、そう言う。
でもこの人は、本気でそう思ってくれている。
私を、誰よりも心から思い続けてくれている、優しい男の人。
どんなことがあっても、私を見放すことがなかった、私の大切な人。
思わず揺れ動きそうになる私の心を悟って、私の後ろに控えていたアラン皇子が私の手を繋いでくれる。
金髪の男は、それを見て苦笑した。
「……余計な男も一緒とは、さすがに驚いたけどね」
私は兜の中で、哀しく微笑んだ。
相変わらず、アラン皇子のことは憎いのね。
でもそれも、過去を知ってしまった今は、仕方のないことなのかもしれないと思う。
「ーーーわたくしもお会いしたかったですわ」
言いたい言葉は、沢山ある。でもーーー。
私達は多くを語ってはいけないのだと、知ってしまった。
私の頬を、もう枯渇したはずの涙が流れていく。
「愛しい、わたくしの敬愛するーーーーージルお兄様」




