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アランサイド~千里眼と根比べ

 すぐ戻ると言ってダイナ1の宿から出ていったリーネは、どんなに待っても俺のところに帰ってこなかった。


 いつの間にか騒ぎが落ち着いていた酒場に行って、そこで働く小さな女の子に尋ねると、さっきまでの騒ぎは近くで起こった戦に巻き込まれて、傷付いた人達が酒場に押し寄せてきていたらしい。

 それをリーネも手伝って、その人達を療養所まで運んだのだという。身体を著しく損傷した人も大勢いたようで、手伝うことになったリーネは、俺に報告にくる余裕もなかったのだろうと推測した。


 しかし次の日になってもリーネからは何の連絡もなく、学園に行ってもリーネの姿はない。

 大魔王との戦いまであと5日。授業どころではなく、今でもスミレを探して回っているのかもしれないが、それにしてもあの形で別れて俺に何の連絡もないのは、おかしい気がした。


 俺は王宮の自室に戻り、透明な球体を手に持つ。

 残月祭のプレゼントボックスから出た『過去まで見渡せる千里眼』。

 使うには膨大な魔力と高度な技術がいる。

 魔力が殆どなく、技術も乏しいリーネでは使えないと俺が持っているのだが、これを手に入れてから色んな国家の問題を解決することができていた。未だに有効な過去を見ることはできていないが、多くの重要な情報を得ることができて重宝している。


「……リーネが今、どこにいるのか映し出してくれ」

 俺は透明な球体を両手で支え、そこに魔力を送る。

 

 リーネに魅力減退の魔法をかけ続けていた頃も、魔力量の消費が半端なかったが、この球体はそれ以上だった。しばらく全力で魔力を注ぎ、息が切れ脈が上がりきった頃にようやくぼんやりと球体が光り始める。


 球体の中に人の姿が見えた。

 白い鎧をつけたまま、その人は小さな部屋に転がっている。

「リーネっ」

 呼んで答えてくれるものではないが、球体に向かって声を出してしまった。

 リーネは身体の前面で手錠をかけられていた。

 動いているから生きてはいるのだろうが、白い鎧をつけているので中身がどうなっているかまでは、わからない。

 牢屋というには綺麗なベッドが備え付けてあり、不潔なイメージは全くない。それを考えると、悪い待遇はされていなさそうでもある。

 だが手錠という段階で、アウトだ。

 今から何をさせるかわかったものではない。


 すぐに助けにいかねば。


 俺は球体を操作し、リーネのいる部屋から見える範囲を拡大していく。そこは洞窟の中にある、かなり整備された基地だった。

 更に拡大すると周りは自然だらけになる。一面木々で覆われていて、どこかの山であることはわかる。

 更に拡大しても、やはり山。もっと拡大しても山。山。山。視界が山の中から抜け出せない。

「ーーーどういうことだ?」

 リーネが連れていかれたとして、俺の知る範囲で、こんなに山ばかりの土地があっただろうか。この広大さは尋常ではない。他国の可能性も考えたが、それにしては基地の部屋の様式がリンドウ帝国のものばかりだった。


 いや、と思考回路を切り替える。

 誰かの私有地なら、可能性はある。

 山ばかりとはいえ、これだけの山を所持しているのだ。ただ者ではないだろう。


 球体で見れる魔力の限界がきて、俺は一度、球体の映像を止めた。


 少なくともリーネは生きている。 

 そう思いながら何度も何度も試すが、本当にこの球体は魔力消費がエグい。

 ノクトのギフトは、インクなしで永久に使える万年筆だった。だからといって、万年筆を使うことで特に魔力が消費されるということはなさそうだったのに。


 何の嫌がらせだ。

 1人ずつ入らないといけないというルールを破って2人でプレゼントボックスに入ったからだろうか。儀式を行って正常化してもらっても、もう1人の所持者であるリーネは、魔力が少なすぎて使うこともできないのだ。そしてもう1人の俺はこうやって使う度に苦しい思いをしている。

 絶対に何らかの意図があるとしか思えなかった。


 それでもめげずに何度も繰り返していると、疲労で映像を視れる時間がかなり短くなってきた。これではかえって見つけにくくなってしまう。

 時間を無駄にするようだが、一度休憩して調子を整えた方が、早く見つけれるのかもしれない。


 俺は部屋を出て、風にでも当たりにいこうと歩き出した。後ろには2人の黒鎧が護衛についてくる。


 庭に出ると、春の花が花壇一面に咲き誇っていた。

 花の香りが鼻孔をくすぐり、何とも穏やかな気持ちになれる。

 近くで水を延々と吹き出している噴水の水の音も心地好く、さやさやと吹く風に身を委ねた。


「ーーー気持ちが良いな」

 仕事が忙しすぎてあまり王宮の庭に出ることはなかったが、思っていた以上に心地好い場所だった。


 リーネはいつも学園の中庭で周りの自然の景色を眺めていた。ここにリーネを連れてくれば、きっと喜んでくれるだろう。

 今度一緒にここにーーーーと考えて、大魔王のことを思い出した。

 大魔王とリーネが勝負をする。

 負ければリーネの命は……。


「……くそっ」

 俺は左手で顔を覆うように押さえて、歯を食い縛る。

 もうあと数日しかない。

 時間は刻々と容赦なく過ぎていく。

 あと5日。そして今日も、もう昼過ぎだ。

 早くリーネを見つけて、スミレも探し出して。

 ーーーー大魔王を倒す。


 考えると、どうしても現実をみてしまう。

 リーネさえ見つけきれないのに、スミレなどどう探せばいいのか。

 リーネが『聖女でないと大魔王は倒せない』という大魔王という存在を、どう倒せばいいのか。

「ーーーくそ」

 もう一度呟く。

 心が折れそうになる自分を叱咤するしかない。


 その時、遠くから足音が聞こえてきた。

 沢山の足音に、俯いていた俺は顔をあげる。

 

 見ると、先頭を皇帝にして、その横に皇后、弟のマルク。それらを囲むように、護衛のもの達が行列を作っていた。


 皇帝と目が合い、俺はその場で片膝をついて待つ。俺の後ろの黒鎧も俺に合わせて膝をつく。

 その行列は俺の手前まできて、足が止まった。

「ーーー久しいな、アラン」

 父の声で呼ばれて、吐き気がした。

 父の身体を乗っ取った憑依者。しかし見た目は完全に父なのだ。

 そして父とはいえ、皇帝に会うなど滅多にない。ほぼ他人のように過ごしていて、顔を合わすのは何かの行事だけだ。食事などは誘われなければ一緒にすることはない。


 ーーー皇后は毎日、皇帝と食事をしているので、その後ろをつきまとうマルクも一緒に食事をしているだろう。そう考えると、俺だけが家族の食事に参加をしていない形になるが。

 今さら、こんな家族と顔を合わせて食事をする気など毛頭ない。

 顔を合わせることさえ躊躇われる。

 だが、形式上、俺は膝のある位置まで頭を下げて、挨拶をした。

「皇帝におかれましても、ご健勝、ご活躍のこととお喜び申し上げます」 

 他国を無理やり侵略し、我が国の名を貶め、国民を犠牲に贅を尽くす愚か者に、俺はなぜこのようなことを言わなければならないのか。

 悔しい思いで下を向いていると、上から「ふ」と笑い声が降りてきた。

「そういうお前は、随分と評判が悪いようだな」

「ーーーっ」

 俺は顔をあげると、父の顔なのに見たことないほどに歪んだ笑みを浮かべた皇帝と視線が合った。


「何をしたら、そこまで名を下げることができるのだ。折角、わしが皇太子にまであげてやったのに、それを無下にするとは……」

 聞いて、皇帝の横でクスクスと皇后が笑う。

「皇帝陛下。だから私が以前、申し上げたのです。立皇太子はまだ早いのではないかと」

「うむ、そうだったな」

 大きく皇帝は頷いて、俺を見下ろす。

「ーーー最近のお前の噂を聞いていると、考えなければならないと思うことが多々ある。むしろ、思慮深いマルクの方が、皇帝には向いているのではないかとも、な」

 その言葉に皇后は一気に瞳を輝かせた。

「陛下っ」

 今にも抱きついて喜びそうな勢いの皇后に、皇帝はもう一度頷いてみせる。


 何が思慮深い、だ。

 マルクは何も考えていないだけだ。

 善も悪もない。ただの皇后の言うことしか聞かない、ただのお飾りだ。

 母が逝去し、皇帝以外に後ろ楯となる人物もおらず、何を言っても角が立つであろう俺とは違う。皇后の実の息子なのだから、マルクこそが、驕る皇后の行いを正さなければならないだろうに。


 いや、と俺は思う。

 中身は違うとはいえ、実の父親という存在でありながら、皇帝の度を超えた悪行を諌めることができていない俺も同罪ではある。皇帝のした行いを、できるだけ改善に向かうように援助することしかできていない。


 もっと堂々とできればいいが、皇帝のしたことをあからさまに俺が口出ししたら、皇帝に敵意ありと謀叛の嫌疑をかけられる可能性もある。

 そうなれば身動きがとれなくなり、皇帝の行いに手が出せなくなるという最悪な事態に陥りかねない。


 自分の社会での力のなさを痛感するばかりだ。


「大魔王が現れたという話も聞いておる。ーーーお前の婚約者が召喚したのではないかという噂もな」

 俺は顔をあげて、即座に否定した。

「それは誤解です。リーネは何もしていない」

「しかし、大魔王が一度出た時に、そこにおったのだろう?もう1人は教会でも優秀なシスターだと聞く。悪評高い公爵令嬢と優秀なシスターでは、どちらが正しいか聞くまでもない。お前の婚約者は、人間失格者なのだろうか。婚約破棄なども念頭に置いた方が良さそうだな」


 聞いて思わず、俺から魔力が漏れた。

 

 晴天の空から、庭に雷が落ちる。

 風が強く吹き抜けた。慌てて護衛のものが皇帝達を支えなければ、遠くまで飛ばされたであろう風が。

 あれほど豊かな水を保持していた噴水の器の中からも、水が蒸発してしまっていた。

 皇后達は驚き慌てふためいて、辺りをキョロキョロと視線を定められずに護衛にしがみついていた。


 皇帝だけが、俺に不快な表情をして見据えていた。


 俺は、つい笑ってしまう。

「ーーー失礼しました。まさか、そのような見当違いの評価が我が婚約者に与えられるとは予想もせず。私の婚約者は素晴らしい人物です。よって婚約破棄など考えたことも御座いませんので、つい驚いて魔力が漏れてしまいました。全員、ご無事で何より」

 皇后やマルクは、先程の天変地異が俺の仕業だと知って、目を丸くさせていた。マルクは顔を青くして足が震えている。


「ーーー貴様」

 皇帝は俺に怒りを示すが、俺はその場で立ち上がる。

「私は急ぎの用を思い出しましたので、御前、失礼致します」

 にっこりと微笑み、俺は皇帝達に背を向けた。

 皇帝に背を向けるなど無礼に他ならないが、ここで貴重な時間を使っても無駄だと理解した。

 

 皇帝はーーー父への憑依者は、確実に俺に対して敵意を抱いている。そんな人間に媚を売っても仕方ない。

 

 捕えるなら捕えればいい。

 ここらにいる奴らより、俺の方が100倍強い。

 俺に魔力で対抗できる人間など、ケリー先生かジルくらいだろう。

 

 ふと、俺は疑問が浮かんだ。

 今年、騎士団に入団し、近衛騎士団に配属されたというジルは、今どこにいるのだろう。

 騎士団は隔日勤務だ。今日は休みなのかもしれない。

 もし今ここにジルがいて、あの正義の鉄人ならば、皇帝を上手に諌めただろうか。

 

 そんなことを思いながら、部屋に戻った。


 椅子に座り、透明な球体に向かう。

 どんなに莫大な魔力を使用しても、視れる時間は短い。

 それならば、視点を上にあげて拡大図を展開するより、そのまま横にずらして、自分の知る場所が見えるまで引き伸ばす。それを各方面に繰り返したら、その中心がリーネのいる位置を示すことにならないだろうか。

 考えるより、まずはやってみよう。

 リーネ方式なのが少し気に食わないが。


 透明な球体に魔力を注ぐ。


 さっき、皇帝の前にいた時。

 皇帝の顔色を伺ってしまっていた自分が愚かだと知った。俺は何も間違ったことはいておらず、あそこにいた誰よりも俺の方が間違いなく力がある。

 ーーー一体何を恐れていたのだろう。


 リーネを失うこと以上に恐ろしいものなど、何もないというのに。


 俺の手の中にある球体が、またぼんやりと光り出した。


 何回でも繰り返してやる。

 リーネを見つけ出すまで。

 

 この千里眼の球体の中に、間違いなく、俺の探すリーネはいるのだから。


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