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ベックサイド~王宮襲撃前の、基地にて

『お願い。私を帰して』


 泣くように訴えるリネの声が、耳から離れなかった。

 まさかリネが女だったとは。

 まだ少年だから声変わりをしていないだけかと思っていた。

 言葉遣いも若干、女寄りだとも思っていたけど、わざとそういう話し方の少年がいないわけでもない。

  

 今まで何度もリネには会ってきた。

 初めて会ったのは、公爵領にあるダンジョンの中だった。

 虹の泉の横から現れた白い鎧の少年は、どんなに探しても見つからなかったホワイトベアーをすぐに見つけ、しかも一瞬にして倒した。見事としか言い様のない跳躍と、鮮やかな剣術に俺は見惚れた。

 まだ少年だというのに、これだけの力があれば将来は明るいだろうと思った。


 実はその前に、リネとは王都で会っていたようだ。俺が人違いでリネに情報を漏らしてしまったが、あのときのことは俺はあんまり覚えていないので、なかったことにする。


 そしてその次は、教会の近くで悪霊が彷徨っているという情報が入って、その調査に行ったときの事だ。何十、何百と沼から湧き出る動く死体を、リネと一緒に倒した。

 あの時、リネがいなければどうなっていだだろう。


 そう、海の近くの崖の時も、リネに助けられた。

 海の中に沈んだ部屋から、リネの機転で脱出できたのだ。


 リネには感謝することだらけだ。


 まさかあの強さの少女がいるとは夢にも思わなかったが、知ってしまうとなぜリネが少女と気付かなかったのか不思議に思う。

 

 家に帰して欲しいとリネは言う。まだ若い女の子だ。できることなら、リネの望むようにしてやりたい。


 しかし、最近一気に評判が悪くなったアランという皇太子をあれだけ庇うということは、きっと王族の関係者なのだろう。

 王宮騎士団に女が入れるかどうかはわからないが、もし入れるならば女の騎士団予備軍とか、そういう類いの人間なのかもしれない。

 リネのあの強さなら、その仮説も納得できる。


 もしリネが王宮の関係者であるなら、リネを今から解放したら、リネにも被害が及ぶかもしれなかった。

 それはできれば避けたいところだ。

 

 リネが男だろうが女だろうが、受けた恩がある。リネが女ならば特に、危ない目に合わせたくはない。 

 3日後。王宮に入り王族を倒す。

 全てが終わったら、リネをあの部屋から出そう。ボスからそう命令されていたが、俺からもそれを望む。

 もし俺に何かあった場合も、3日後にはリネを解放してもらうように頼んである。もちろん俺は、自分でリネを解放する気ではあるが。


「ベック。あと3日だな」

 俺がリネを入れた部屋から出て自分の個室に戻ると、武器の調整をしていたフーイに話しかけられた。グレーの髪の好青年であるフーイは、持っていた自分の弓を背中に戻しながら、俺に尋ねた。

「覚悟はできたか?」

 俺は自分の棚に、担いでいた大剣を置く。

「何の覚悟だ」

「国を変える覚悟だ」

 聞いて、俺はハハッと笑ってしまった。

「そんなの、今も昔も、俺には全くねぇよ」


 国がどうなろうと、王族がどうなろうと、俺には全く関係のない話だ。国を変えるなんて、考えたこともなかった。

 俺は本当に、人が不幸にならなければそれでいいんだ。俺が自分で不幸だとは言わないが、俺のような子供が1人でも減れば、それでいいと思う。


「俺は英雄になる気はない。そんな役はお前に任せる、フーイ」

「俺だってそんなの御免だ」

 そりゃそうだと2人で笑う。

「上で何があっているかわからないが、帝国はもう我慢の限界だ。これ以上、民衆を犠牲にするわけにはいかない」

 フーイは言う。

「なんだその言葉は」

 俺は眉を寄せてフーイの肩を肘で押す。

「俺が言ったらおかしいか?」

「お前に民衆なんて言葉は似合わないだろうが。誰の影響か、聞かずとわかるけどよ」

「ボスが言うと、そういう言葉も全く違和感がないんだ」

「そんなに慕ってるのか。フーイはあんまり人に懐かないのにな。どんなやつなんだ、ボスって。随分と若いんだろ?」

「歳は関係ない。もし帝国が壊されたら、俺はボスが王に立ってもいいと思ってる」

 いきなりフーイが変なことを言い出して、俺は冗談かと笑った。

「さすがに俺達のような平民から国王になるのは、誰も認めないだろう。いくら資産家とはいえ」

 それにフーイは首を振る。

「いや、ボスはきっと貴族だと思うぞ。仕草一つ一つが、とにかく品がいいんだ。貴族とはこうあるべきだと俺は思ってる」

 フーイはだいぶ『ボス』にイカれてしまっているらしい。こんなやつではなかったのに、神を敬うようにボスを慕っている。

 こういうやつが、その人に裏切られた時に暴走するんだ。

「ーーー慕うのはいいけど、ほどほどにしておけよ、フーイ」

 俺は忠告したが、フーイは自分で理解していないようだ。なんのことかわからない顔をしてみせた。


 あと3日。

 それでこの帝国が終わるのか。

 それとも俺達が負けて、今の皇帝が国を続けるのか。

 しかし俺達は、国の強いやつらをかき集めた。ここに来ている2000人の他に、当日は最低でも1万を越えるやつらが王宮に乗り込む予定だ。

 敗北とは、それらの男達が死んだ時。

 すでに国の男は少なくなっている。そこに国の大半の男がいなくなれば、どちらにせよ帝国は終わりだろう。


 よく。よくここまで集めたと感心する。

 ピュアカルマのボスは、本当に何者なのだろう。

 これだけの人が集まるとは、普通の人間ではあり得ない。いくら皆、悪政に苦しんでいたとしても、失敗した時の罰も怖いのだ。

 それが、こんな短期間に。

 今からやり直せばまだ立ち直れる。そんなギリギリの時に立ち上がって、人の心を掴める男が、まだこの国にいたとは。


 フーイは、ボスの言うことを心から信じている。

『俺達はまだやり直せる』

 それが俺達の共通の合言葉だった。


「ーーー勝つと思うか」

 フーイは俺に聞いてくる。

 これでもう何度目かわからない。

 俺に聞いてもわからないことだが、フーイは安心したいだけなんだろう。

 俺は言ってやる。フーイの欲しい言葉を。

「もちろん勝つさ、当たり前だ。腐った王族など俺がぶん殴ってやる」

 言って、リネの言葉を思い出す。

 アランという皇太子の話。

 彼は陥れられているだけで、悪いことはしていないと。彼が亜人を解放して、スタジアムを再建した男なのだという。

 俺も金髪の男は何度か見ていた。

 品はあるが気取っていない、感じのよい男だった。

 光に透けそうな柔らかくて豊かな髪。紫の瞳。驚くほど顔が整っていて、女どもが赤い顔をしてキャーキャーとうるさいのは気に食わなかったが、女達に媚を売ることなく、むしろ全く女を気にかけていなさそうなところは、悪くなかった。

 今となっては皇太子の噂は最悪だが、昔の皇太子は、とんでもなく評判が良かった。民のために尽力して、努力家で優しい色男。

 王族であるため魔力も最強クラスで、たった1人で歩兵1万に匹敵すると。


「……さすがに1万人は言い過ぎだろうが」

 

 もし噂が本当だとしたら、集めた1万人は皇太子たった1人で倒されてしまう。しかも、騎士団には一騎当千のエリート兵士達だけでなく、他国まで名を馳せるケリー第二騎士団長までいる。魔術師の塔の管理者である彼は、無敵だという噂も聞いたことがある。


 そんな化物のようなやつらに対して『勝てる』と言い張れる自信はないが。

 窮鼠猫を噛むという言葉を信じたい。

 こちとら、ギルドのSやAランカーも数多く混じっている。平民でも、騎士団員でなくても、少なくない数で一騎当千の猛者は含まれる。


「そういえば、ボスは当日、参加するのか?」

 俺が尋ねると、フーイはそれがな、と暗い顔をする。

「ーーー戦わないのか」

 自分が言い出したことのくせに。

 俺が少し苛立つと、フーイは首を振った。

「ボスも戦うと言うんだ。皆が命をかけて頑張るのに、自分だけ安全な場所にはいれないって」

「……へぇ」

 さすがにそのことには俺も驚いた。

 若くして貴族の坊っちゃんが、自ら戦地に赴くか。

「俺も、ボスのことは嫌いじゃなさそうだな」

「今度、ベックも会うか?この前、ベックの活躍もボスは誉めていたぞ」

 聞いて、俺は不思議に思う。

「なぜボスが俺の行動を知っているんだ」

「ボスは何でも知っているんだ。すごい人だからな」

「……それは怖ぇな」

 苦笑するしかない。

 何でも知っている?

 監視されてるだけだろうが。


「俺は遠慮させてもらう」

「何を」

「ボスと会う事だ。俺とは住む場所も考えも違いそうだ。話したとしてあちらさんも、迷惑だろうよ」

 俺は顔の前で拒否を示す手を振る。

「そういうなよ。当日はボスも発破かけにここに来てくれるらしいぞ」

「来るなら来てもいい。だが、わざわざ会うのは御免だな。ーーーあぁ、もうこんな時間だ。俺は酒屋に戻るぞ」

 フーイは、からかうように笑う。

「ニーノが待ってるからな。そんなに心配なら、ニーノもここに連れてくればいいのに」

 誰がこんな野蛮なやつらばかり揃ったところに小さい子を連れてくるものか。

「ニーノは酒場の仕事が生き甲斐なんだ。あいつから酒場を取ったら、水のない魚のように死んでしまうだろ」

 はは、とフーイは好青年らしく笑った。

「それならニーノはここには来ないか。苦労が絶えないな」

「苦労と思っていないところがニーノの良いところだ」

「未来の嫁か?」

「バカ言え。20以上も歳が離れた幼子を、そんな目でみれるわけがないだろ。ーーー親心だ」

 ニーノが俺の勝手な親心を、本当に望んでいるかはわからないが。

「フーイこそ、そろそろ良い人でも見つけたらどうだ。全くそんな相手のいる気配がないだろ」

「ベックに言われたくないな。俺はこの見た目だ。不自由はしていない」

 フーイはニヤリと笑う。

「ーーー余計なお世話だったな。ちゃんとした相手を見つけて幸せになれよ」

「お前こそな」

 さわやかに笑うフーイを尻目に、俺は荷物をまとめて部屋から出ていった。


 ※※※※※※※※※※※※※※


 あれから3日経った。

 決戦当日。


 俺はリネの様子を見に、牢屋という名の部屋に向かった。牢屋というには居心地のよさそうな作りの部屋で、相手への気遣いが感じられた。

 万が一、リネが女だとバレて手を出そうと考える男がいてはいけないと剣を残していったが、まさかそれで本当に自害などしていないだろうか。

 俺が部屋を監視用の穴から覗くと、リネの姿は見えなかった。

 用を足すために奥に入っているのだろうか。


 最後に一言、声をかけようと部屋の外で待つが、一向に出てくる気配がなかった。


 ………生きて、いるんだろうな?

 あまりに物音がしないと、段々と不安になってくる。

 俺がソワソワとしていると、通路から1人の男がやってきた。

 背は俺より低いが、一般的には高い方だろう。

 歩く姿が異常に綺麗だった。

 白い礼服を着こなして、同じく白のひらついたタイを胸元につけている。

 これが戦いの日の格好かと、俺は目を見張る。

 頭がおかしいんじゃないかと思ったが、俺のその考えは、相手に読まれていたらしい。

 

「随分と失礼なことを考えますね。私だって、この服が場違いなのはわかっていますよ」

 苦笑する顔は、本来の優しいであろう性格を崩さずに表している。

 どうみても貴族だ。しかも高位に違いない。

 溢れ出す雰囲気が、ただ者ではなかった。

 かたや、俺はただの平民。それなのに、この男は俺に対して敬語で話しかけてきた。


「この服は、私なりの礼儀なんですよ。本当は、この日が来なければいいと思っていたのですが……」

 悲しそうにする男の言葉は、多分、本心だろう。

 本当は王家と戦いたくなかったとでも言うのか。

 ここまで来て。

「ーーーボス」

 俺は、間違いないと思いつつ、呼んでみる。男はにっこりと笑った。

「なんですか?」

 俺はちらりとリネのいるであろう方を見る。

 ここにリネを入れるように命令したのは、ボスであるらしい。

 この貴族様であろう男が一体、リネとどんな関係なのかはわからないが、もし何かあっていたら大問題だ。


「ーーー中にいる少女の姿が見えない。ーーー入って確認しても、いいだろうか」

 俺は敬語など知らない。学ぶ機会もなかった。無礼だと怒るなら怒ればいい。

 これ以外の言葉を知らないのだから仕方ない。


 だが、ボスはそんなことを全く気にする様子はなかった。ただ、俺の前に形の良い手のひらを広げて『待て』のポーズを作るように俺に示した。

「いい。私が行こう」

 なるほど、と思った。

 フーイがボスに『王になればいい』という理由が少しわかる。

 この男はそれだけの威風を若くして漂わせている。


 そして、かなり強いことがわかった。

 筋肉はしなやかだが、その筋肉のつき方のバランスが完璧だった。常に鍛えていないとこうはならないだろう。

「リーネ」

 その男は、リネをリーネと呼んだ。


 鮮やかな金色の髪が、眩しく見えた。


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