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悪役令嬢、義賊に捕まる

「ーーーここは?」


 私はとある山の奥にある大きな洞窟の中に入って、ベックに尋ねた。

 ダイナ1の酒場の中に倒れている怪我人達を全て療養所に連れて行ってから、私はベックに連れられてここに辿り着いた。

 洞窟ではあるが、中はしっかりと整備されており、どちらかというと『基地』という雰囲気が強い。

 洞窟内に水道があり、大きなキッチンと簡易ベッドがずらりと並ぶだけでも、随分と金がかかっていそうだ。


「こんなところにこんな基地があって、誰かに見つからないの?」

「ここは私有地だから大丈夫だそうだ。私有地でなくても、こんな山奥まで誰も来ねぇよ」

 はははとベックは笑う。

 しかし、どこにでも目敏い人はいるものだ。

 特にこういう山奥こそ、人の目に触れられたくない人達には好まれる。野党などに襲われてもおかしくないはずなのに。

 余程、管理された土地なのだろう。

 

「ピュアカルマのボスが金持っている人間らしい。だからこそ、不正して金を稼ぐ悪い奴らが許せないらしくてな」

「え?ピュアカルマって、ベックがボスなんじゃないの?」

「バカ言うな。俺がボスなわけないだろ。そういうタイプじゃねぇよ」

 呆れてベックは私を見る。

 私は、素性を隠すために白い鎧を装備している。何も知らない人から見たら怪しさ満載だろうけど、ベックは私のこの姿に慣れているから何も思わないようだ。

 

「フーイならボスと言われても、わからなくもないけどな。ボスとやり取りしているのもフーイだし」

「へぇ、フーイが。確かにフーイは賢そうだけど、ベックは人望がありそうだからベックがボスと思ってた」

「俺がボスなんかになったら、ピュアカルマはすぐに暴走して壊滅状態になっちまう」

「あぁ。確かにそうかも」

 私がわざと言うと、ベックは「おい」と低く言ったあと、ニカっと歯を見せて笑った。

「しかしリネが元気そうで良かった。海の近くの崖の下以来か」

「あぁ……あの」

 呪いの沼があれから作られたであろう場所。


 そういえばあの横のシスター、捕まえなかったけど、あそこで捕まえてたら大魔王は召喚されなかっただろうか。ーーーいや、きっと他のシスターが来て、あそこに沼を作ったに違いない。

 12の儀式は、あの場所でないといけなかったのだから。


「いや、そのあとダイナ1で会ったか。ご馳走するって言ってたのに、結局、リネがいなくなるから奢れなかったな。……ちょっとは背は伸びたか?成長期だろ?リネは今、いくつなんだ」

「16歳」

 言うと、ベックはガハハと笑う。

「おーそうか。思ってたよりも若いな。道理で小さいはずだ。16歳ならまだまだこれから伸びるぞ」

 ベックは私の頭を兜の上からポンポンと叩く。

「ちょっと。子供扱いしないでよ。それよりベックはどうなの。ちゃんと『正義の鉄拳』貫いてるの?」

「なんだ『正義の鉄拳』って。まぁ、頑張ってるよ。少しでも不幸な人が減って欲しいしな」

 だがな、とベックは言う。

「ーーー皇帝軍が、更に悪くなってやがる。他国に攻めいるために、どんどん人を集めて、ゴミクズのように敵地に投入して殺していく。物資を集めると、強盗のように貧しい家から物を奪っていく」


 ベックは太い眉を寄せて、悔しそうに口を歪める。

「ーーー帝国はもうダメだ。王家に悪意を持っている人が多過ぎる。皇太子の命令らしいが、そんな人間が皇帝になろうものなら、もうこの国は終わりだ」

 ドクンと心臓が鳴った。

 やはりアラン皇子の噂はこんなところまで届いている。

 なぜアラン皇子のせいになっているのか、全くわからない。皇帝軍という名なのだから、皇帝が憎まれるべきなのに。

「悔しい……」

 呟くと、ベックは「だろ?」と私の音葉に相槌を打った。

 ペシリと私はベックの背中を叩く。

「いて」

「痛いじゃないよ。なんでそんな噂を鵜呑みにするの。ちゃんと裏付けはとったの?そんなんで何が『ピュアカルマ』。ただの強盗軍団じゃないの」


 私が声を震わせて怒るから、ベックは困ったようにして私を見る。

「なんだ急に。お前、王家の犬だったのか」

「犬って何。違うし、アラン皇子はそんな人じゃない」

 私が言ってもベックは軽く流して、私の頭をポンポンと叩いた。

「前から皇太子のことを知ってる人は、大抵そう言うんだ。でも、皇帝軍が酷い仕打ちをしてくると、皇太子へのその気持ちは変わる。少なくとも、皇太子はこんな状態になっても何もしないじゃないか。リネもすぐ、俺達と同じ考えに変わるさ」


 ーーー同じ考えって何。

 アラン皇子を憎むこと?

 何もしないのではなく、何もできないだけなのに。

 スタジアムを作らされ、皇帝が別人に憑依されていて。どうにかしようとしても、すぐ誰かに邪魔される。

 ーーー悔しい。

 私はベックを睨むが、兜をつけているからベックにはわからない。


 私はベックにトゲのある口調で話しかけた。

「それで、こんなところに僕を連れてきた理由は?」


 こんな秘密基地の洞窟。 

 私は早く、アラン皇子のところに戻りたいのに。

 スミレを探して、大魔王を倒す。それに集中したいのに。


「さぁ。俺も知らねぇんだ」

「なにそれ。どういうこと?」

 話しながらベックと一緒に歩いていると、洞窟の奥の方が開けて見えた。


 そこは巨大なフロアになっている。

 ダイナ1の酒場のように、丸いテーブルが無数に置いてあり、そのテーブルに敷き詰めるように、むさくるしい男達が大勢揃っている。

 そこにいるだけで、千人なんてものではない。

 二千人はいるだろう男達。まだ昼間だ。これでも一部なのかもしれなかった。

 国には男がどんどん減ってきていると聞いていたのに、これだけの男がこんなところに揃っている。

 

「ーーー何これ……この人達ーーーー」

 ベックは嬉しそうに笑う。

「集めたんだ。いや、集まったんだ。リンドウ帝国がこのままではいけないと思う奴らが。王家に対抗しようとする奴らが」


 私は私の後ろに回っていたベックを振り返った。

 逃げようとする前に、私の手が捕えられた。

「なっ」

 ベックの力は物凄く強く、そこそこ力があると思っていた私の腕はびくともしなかった。

 ベックは困ったように眉を下げる。

「悪いな。リネには恩こそあれ、何の恨みもないんだが」

「じゃあ何故」

「俺らのボスが、リネを捕まえてここに閉じ込めておけっていう命令をしたらしい。ボスに何かしたのか?」

 私は必死にもがくが、やはり逃げられそうにない。

 私は叫ぶように懇願した。

「ボスが誰かも知らないのに、そんなの知るはずないだろ。それより放して。ーーーー帰らなきゃいけないの。お願いベック。お願いだから」


 懇願した私は、戻らなければならないという思いが強くて。必死すぎて、男の演技をするのを忘れてしまっていた。

 口調が女であることに、鈍感そうなベックにも気付かれてしまった。

「……リネ。まさかお前、女か……?」 

 しまった、と思う。

 こんな男だらけの中で、女が紛れてしまったら何をされるかわからない。

 でも。

 ーーーそれでも帰して欲しかった。

 アラン皇子に、すぐに帰ると約束した。

 

「ーーーそうよ」

 私が言うと、ベックは眉を寄せながら、私のその口を塞いだ。

 片手で私の両腕を掴み、もう片方で兜ごとの口に手を当てる。ベックからため息が聞こえた。

「……これは参ったな。リネ。じゃあお前はこのまま黙ってろ。俺はいつもここにいるわけじゃない。これからも男のふりをしておけ」

「………」

 私が黙るのを確認して、ベックは口を塞ぐ形の手を離した。

 やっぱりベックは悪い人ではない。

 ちゃんとした自分の意思を持った人だと思った。


「ーーー俺達は、3日後、王宮に攻め込む」

「え?」

「振り向くな」

 私の後ろから、ベックが小声で話す。

 私の目の前の沢山の男達は、まだ私達に注目していない。フロアの入り口前で、ベックは私に説明をする。

「俺は、リネが強すぎるから邪魔になるという意味で捕える命令が出たんだと思っていた。王宮をーーー王家の人間を捕えたら、リネは解放していいと言われている」


 王家の人間を捕える?

 そしたら私を解放する?

 ーーー意味がわからない。

 

「3日後、俺がリネを解放しにくるから、それまでちゃんと待ってろよ」

「ま、待って。アランーーー皇太子は、皇太子は何も悪いことをしていないわ」

「まだ言うか」

 私は小声ながらも必死になって説得しようとする。

「スタジアム。あのスタジアムを再建する時にいた人。あの人がアラン皇太子よ。ダイナ1の人達を自由にさせた人。ベックだって知ってるでしょ。みんな、アラン皇太子に感謝していたはず」

 

 沈黙が流れた。

「……あぁ、あの男か」

 ベックの頭にもアラン皇子の姿が浮かんでいるに違いない。

 ダイナ1の亜人達から、スタジアム作りの時にアラン皇子は親しげに声をかけられていた。

 皇子の身を守るために、皇子であることは秘密にされていたが、それを知ったら考えが変わる人もいるだろう。

「……まぁ、もしかしたら悪い人間ではないのかもしれないが……もう遅い」

 ガチャリと私の両手に手錠がかけられた。


「今の王家は滅んだ方がいい。悪事を働きすぎた。もうみんなの心が固まっている。この勢いを壊すことは俺にはできない」

 むしろベックの気持ちが固まってしまっている。

 私はどうにかしたくて、足元を探した。

「マイリントアっ」

 私は足元にいるはずのマイリントアに助けを求める。

 しかし小さなマイリントアは、どこにも見当たらなかった。

 私の様子に、ベックは少し笑う。

「あのよくわからない生き物は、ものすごく強いんだろう?ボスが、その生き物対策で、封印の箱をくれたんだ。中に美味しい食べ物をいれると、自分から入ってきたぞ。罠に気付いて慌ててたがな」

「ーーーそんな……」


 最後の頼みの綱であるマイリントアが捕まってしまったなんて。

 私の事を知っていて、マイリントアのことも、その弱点も知っている。

 そのボスは一体、何者なのーーー?


 私はベックにフロアの奥に連れていかれ、牢屋のような個室に入れられた。

 用を足してご飯を食べれるようにと、後ろでなく前向きに手錠をかけ直される。鎧のままなのは、ベックの不器用な優しさなのだろう。手錠をかけたままで鎧を脱いで用を足すのは、かなり酷だと思うが。


「トイレは奥にある。食事は1日2回、たいしたものではないが、そこの穴から入れてくれるだろう。決して逃げるなんてことは思わない方がいい。ここは、ボスが作った基地だからな。絶対に逃げられない。捕まって酷い目に遭うだけだ。さっきも言ったが、3日後、必ず俺が逃がしてやるから」

 扉が閉まり、鍵がかけられる。

「本当は剣も奪うようにボスからは言われているらしいが、リネが女なら、いざという時に剣は必要だろ。布団の下に入れてある。絶対に自害には使うなよ」

「ーーー私が自害なんて、するわけないでしょ」

 そう言うと、ベックは少し楽しそうに笑った。

「それでこそリネだな。じゃあ3日後。必ず会おう」


 ベックは片手を軽く上げて、私のいる部屋から離れていく。


 コツコツというベックの歩く音が消えて、私はぼそりと言葉にした。

「……王宮に乗り込む、ですって?」


 なぜ大魔王が現れるというこの時に。

 これもあのシスター達の陰謀なのだろうか。

 ベック達のボスは、あの元王族のうちの1人だとでも?

 その割には義賊なんていう、それらしくない人達を揃えている。

 

 王宮には、色んな人がいる。

 王族だけではない。

 王宮騎士団もいるし、王宮で働く人達も沢山。

 今年、騎士団に入り、その実力を買われてすでにエリート集団である近衛騎士団に加入したというジルお兄様も、騎士団長であるケリー先生も。

 そして、王族であるアラン皇子もーーーー。


 3日後……ですって?


 強力な人材が揃う王宮を襲うのだ。ピュアカルマの人達もただでは済まないだろう。

 ベックでさえ、生きて帰れるかどうか。


 ぞっとした。

 この中に閉じ込められたまま、私は死ぬかもしれない?

 いや、私は大魔王に名前を刻まれている。


 方法はよくわからないが、多分、名前に引っ張られて私の身体が大魔王の前に移動させられる。

 最低でも1週間後には、私は間違いなくここから出れるだろう。


 だが。

 1週間も牢屋に入れられて鈍りきった身体で、大魔王を倒せるわけがない。

 スミレも探せない。

 王宮が襲われるなら、アラン皇子達もスミレどころではないだろう。


 ーーーー私の死が。

 ーーーーこのリンドウ国の滅亡が。

 3日後になるか、1週間後になるか。 

 それだけの違いなのかもしれない。

 でも。

 それでもーーーーーーー。


 諦めたくなかった。

 死んで欲しくない人が沢山いる。


 お父様。ジルお兄様。

 ロジー。ケリー先生。

 ーーーアラン皇子ーーー。


 私はぐるりと部屋の中を隅々まで探した。

 決して逃げるなと言われたけれど。

 私がここにいるわけにはいかない。


 ーーーーここから、どうにかして逃げ出さなければ。


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