悪役令嬢、自分の本音と嘘を知る
あと1週間で、大魔王と戦うことになっている。
「はぁ……」
ため息をついて、私は白い鎧をつけた姿で項垂れた。大魔王と1週間後に戦う約束をしてから、私は王都を彷徨っていた。
スミレを探すあてもなく、とにかく色々聞き込みをしようと王都に出たはいいが、あてもないのに捜索に出ても、ただ時間を無駄に使うだけだった。
「やはり計画的に動いた方がよいと、ワレは思うぞ」
右肩の上で、手のひらサイズのマイリントアは私の右耳に向かって呟く。
王都について、手当たり次第聖女について聞いてみても、北に住んでいるとか、南で歩いているところを見たとか、とにかくバラバラな噂ばかりで、どちらに行っていいものか全くわからない。
「……計画するには、元々の情報があってからのことでしょ。私だって、情報さえ集まればちゃんと計画するつもりなのよ」
「その情報を得るための計画は考えつかんのじゃな」
呆れた顔をするマイリントアを怒る気力は、私にはもうなかった。
本当に時間がないのだ。
1週間という時間制限が、とにかく私を焦らせていた。
大魔王が1週間の猶予を与えてくれると言い出した時は、1週間もくれるのかと喜んだが、実際、1週間後に戦うとなると全く時間が足りなかった。
はぁ、ともう一度ため息を漏らす。
久しぶりに王都にきたが、アラン皇子と一緒にきたあの頃より、少し雰囲気が変わったように感じた。
もっと活気があり、商売をする人も行き交う人も皆が笑顔で楽しそうだった気がするのに、今では行き交う人の数もまばらで、活気というものが感じられない。
そんな時、妙齢のおばさんの怒鳴り声が響いた。
「そんなことを聞いてどうするんだい?皇子に話して、聖女様まで殺す気じゃないだろうね?あたしゃ許さないよ。ずっと私たちを騙してたんだね」
その声の方を見ると、黒鎧の男が、露店のおかみさんから酷い言われようをしていた。
気が済むまで言ったおばさんは、ようやく自分の仕事に戻っていく。
私はそっと、その黒鎧に近付いた。
「ーーー大丈夫ですか」
黒鎧ははっとして私に敬礼をする。
「リーネ様」
「ちょ、こんなところで、やめてちょうだい」
私が慌てて黒鎧の敬礼する手を掴んで降ろすと、黒鎧は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……その声、隊長さんですわね。こんなところでどうなさったの?なぜあんな言い方をされなきゃいけないのです」
「どうやら、アラン殿下の悪評が広がっているようなのです。大魔王に関連して」
「大魔王と?アラン殿下は何も関係ないでしょう」
私が不思議がっても、黒鎧の隊長は何も私にそれ以上は言ってこなかった。代わりに、マイリントアが隊長の心を読んで、私に説明をする。
「ーーー世間では、リーネが大魔王を召喚したことになっているようじゃよ」
「え?わたくしが?」
なぜゆえに?
「その婚約者であるアラン皇子も共犯ではないかと噂されているようじゃ。アランには最近広まった悪評もあるが、それも誰かの陰謀じゃからなぁ。アランのやつも不憫といえば不憫な男よの」
ホッホッと、マイリントアは面白くもないことで笑う。
「本当なのですか?隊長さん」
黒鎧の隊長は否定せず黙る。それは肯定を意味した。
私はむっとして、背の高い隊長を見上げた。
「アランがそんな状況なのに、なぜ隊長の貴方がここにいるのですか。アランに何かあったら」
「っ殿下はっ、」
私の声を閉ざすように、声を重ねた。
本来は私と隊長では身分が違う。私の声を遮るような無礼は許されない。
それでも、隊長は言いたかったのだろう。
「殿下は、リーネ様の望みを叶えるために、ご自分の護衛よりもその願いを優先されました。今、私がなすべきことは、聖女を一刻も早く見つけ出すことです。そのためなら、罵られたり水をかけられたりすることなど、些末なことに過ぎません」
え、と私は隊長を見つめる。
「ーーー水をかけられたのですか?」
皇太子の近衛騎士として人気のある黒鎧が?
「なんてこと……」
私は口元を手で覆い、動揺を隠せずにいた。
「ごめんなさい。そんなこととは知らず……」
私が謝ると、黒鎧の雰囲気が柔らかくなる。
「いえ。私は何とも。しかし、殿下の想いはリーネ様には知っていていただきたかったので。差し出がましいことをして申し訳ありませんでした」
頭を低くする隊長に、私はまた慌てて、元の姿勢に戻ってもらう。
「いいのよ。気にしないで」
アラン皇子は幸せ者だ。こんなにアラン皇子を慕ってくれている人がすぐ近くにいるのだから。
そんなことを思っていると、今度はさっきよりも更に酷いざわめきが大通り一帯に沸き上がった。
何事かと振り帰ると、華美ではないがそこらの馬車とは質が明らかに違う造りの馬車が王都の中に入ってきたようだった。
そして王家の紋章が目に飛び込んでくる。
「アラン?」
「殿下」
同時に声を出して、2人で顔を見合わせた。
今のこの状況でアラン皇子が王都に入ってくるなんて、火に飛び込む夏の虫に等しい。
案の定、アラン皇子を乗せた馬車は、民に囲まれ、罵声を浴びせられていた。
ーーーーこんな。
何故こんな酷いことに。
あんなに民から愛されていたアラン皇子が、何故ここまでの仕打ちをされなければならないのか。
黒鎧は、剣の柄に手を添えていた。
アラン皇子を守るために飛び出したいが、ここで万が一にも黒鎧が一般の民に手を出したら、それこそ、アランのことを蹴落としたい人の思惑通りになってしまう。
柄を握りながら、隊長は動くことなく、しかし怒りで震えている。
私はついーーー叫んだ。
アラン皇子が馬車の中で悲しむ姿を思うだけで、私が耐えられそうになかった。
「ーーーアランっ」
私が大声を出すと、馬車の方まで走り出し、馬車の窓の中にいるアラン皇子と視線が合った。
アラン皇子は従者に何かを言って、馬車の扉を勢いよく開ける。
わっと周りの人は悲鳴ともつかぬ声をあげた。そこから出たアラン皇子がいきなり宙に浮き、ものすごい早さで去っていく。そのスピードのあまりの早さに呆気にとられてしまった人が多かった。逃げた、という声も聞こえたが。
私は宙を浮くアラン皇子を追って、必死に走った。アラン皇子は怒りのためか、悲しみのためか、飛ぶスピードがものすごく速くて。私はかなり全速力で走ったのに、隊長はその速さに息も切らさずついてくる隊長はただ者ではないと思う。
たどり着いたのは、スラムの隣のダイナ1という場所の宿だった。1階が酒場で、2階が宿になっている施設。もうだいぶ前になるが、アラン皇子とここで会ったことがある。
人間でない亜人達がここには多く存在して、貧しいがそれでも陽気に、自分達の足で立とうとするこの人達の中にいると、私も力を貰える。
自然と私の足がここに向かったのは、私がそれを求めていたからかもしれない。
ここは亜人だらけで、アラン皇子を『皇子』と認識する人はいない。だけど、私はそれでも用心した方がいいという隊長の助言を聞いて、アラン皇子に、隊長が準備した鎧を渡した。
自分に支える騎士の鎧を装備するなんて、アランが嫌がるかと思ったけど、アランは文句1つ言わなかった。
私は、アラン皇子に謝った。
まさか大魔王のことで、アラン皇子に迷惑がかかるとは思ってもいなかった。
そして話す。
大魔王のこと。呪いの沼のこと。儀式のこと。死んでしまった教皇と、それを陥れたシスターのこと。
ーーーそして大魔王は聖女でないと倒せないことを。
アラン皇子は険しい顔をしていた。
「何で大魔王が聖魔法しか効かないことを知っているんだ?」
聞かれて、私はしまったと思う。
大魔王に聖魔法しか効かないことは、いずれ大魔王が現れて、沢山の犠牲を出した上での情報だった。
私はゲームで知っていたけれど、ここの人達はそうではない。
「えっとーーーそう。マイリントア。マイリントアが教えてくれたのよ」
ね、と私の肩に乗るマイリントアに視線を送るが、冷たい目をされたまま、明後日の方を向かれた。
敵ではないが、味方もしてくれないマイリントアが憎らしかった。
アラン皇子は、勘が鋭い。
「リーネは……」
アラン皇子は何かを言いかけて口を閉じる。
ここがゲームの中の物語であることなんて、信じてくれるはずがない。
しかしそれ以外に説明のしようがなかった。
私はおずおずとしてアラン皇子の言葉の続きを待つ。アラン皇子と視線が重なった。
「ーーーなぜ、隊長といたんだ?」
核心をついた質問ではなかった。
私はほっとして、真実を答える。
「私もスミレを探そうと思って。私じゃ大魔王に勝てないし。全く見当もつかなかったけど、何かしていないと落ち着かなくてね。手当たり次第、歩いて探すつもりで王都に出たら、スミレを探してくれている隊長を見つけたの。でも、アランから前に言われていたように鎧をつけていて本当に良かったわ。まさか私が大魔王を召喚したことになっているとは思わなくて」
それに、と私は黒鎧を装着したアラン皇子を見る。
「アランの噂も……」
言いながら、胸が痛んだ。
ゲームでアラン皇子は、常に自信に溢れ、人前で姿を隠すようなことはなかった。
それが、なぜ、こんなアラン皇子を貶める噂が流れるような事態になったのだろう。
アラン皇子は、決して自分を恥じるような行いはしていない。黒の鎧で自らの姿を隠すことさえ、本当は嫌なはずだ。
それでも装備してくれているのは、きっと、私や周りに被害が及ばないようにだと思う。
それがわかるだけに、見ていて辛かった。
「私はともかく、なぜアランが悪く言われるのかしら。アランは帝国の民のために頑張ってくれてるじゃない」
私が言うと、アラン皇子は苦笑したような声で言った。
「…評判などどうとでもなる。それより」
手甲をつけているアラン皇子が、私の手甲の上に手を乗せた。
「ーーーリーネが、無事で良かった」
アラン皇子の声が優しい。
本当に私を心配してくれていたのだろう。
「リーネが大魔王をどうにかしようとしてくれているのはわかった。……だが、これ以上はもう、関わらないで欲しい」
「……アラン」
言われて私は戸惑う。
そう言われても。勝負は必ずしなけらばならない事になってしまっている。
「スミレがいないとあんなに動揺するほど、大魔王は強いのだろう?それならば、リーネはもう……」
私は覚悟を決めて、首を振った。
否定し続けるには理由が必要だ。
戦いが始まってしまえば、アラン皇子に隠すことはできないだろう。
「……ありがとう、アラン。その気持ちがすごく嬉しいわ。でもーーー」
これは避けることはできない事だから言うけれど、と前置きをして、話した。
アラン皇子をまた心配させてしまうだろうけど、後でわかってしまうことを隠しても仕方ない。
「私は1週間後、大魔王と必ず戦うことになっているの。約束を違えないように名前を刻まれたわ。私は、逃げることができないの」
「っな、」
アラン皇子は立ち上がった。
「……それが、どういうことか分かっているのか」
心配されると思ったら、アラン皇子は怒りを顕にしていた。声が掠れるほど怒っている。
「ーーー聖魔法を使えないリーネでは勝てないと、さっき自分で言っただろう」
確かに言った。
私では、多分勝てない。
でも、そう言ってしまえば、私に戦う意味がなくなってしまう。
私は、この国をすぐに壊されないように時間稼ぎがしたかっただけだ。
その間にスミレを探す。
今、スミレがどんな状態だろうと、どんな心境だろうと戦ってもらわないといけない。
例え、その可能性が1%でも、0よりはマシだ。
「成り行きでそうなったのだから仕方ないわ。ーーーでも、負けないように私だって頑張るつもりよ。だからこそ、スミレを探しているの」
「いや、待て。1週間?あとたった1週間でスミレを探すつもりか。探し出せたとして、本当にスミレが大魔王と本気で戦うとでも……?」
アラン皇子は私が危惧している痛いところを鋭く突いてくる。
スミレは大魔王がいずれやってくることを知っていた。それなのに、学園で修行をしなかった。
ーーー多分、あの子は自分の能力を過信している。
あるいは、うまくいかなければ普通のゲームのようにリセットできる気持ちでいるのだろう。
そうでなければ、必ず破滅するとわかっていて修行しないなんてあり得ない。
まさか、大魔王のことを忘れているわけではあるまいし。
しかし、余程の自殺希望者でない限り、あれからスミレが考えを改めて、修行していると信じるしかない。
スロースターター。スミレはそれであるのだと、私は無理やり自分に思い込ませる。
そうでなければ、スミレを探す気力が失われそうで。大魔王と戦うまでに、私の心が先に負けてしまいそうで。
「ダメだ」
アラン皇子は、そんな私の弱い考えを否定するように、両肩を掴んだ。私の肩に乗っていたマイリントアは、弾き落とされる。
「今から大魔王のところに行く。俺が、その約束を解除してもらえるように説得するから、リーネは……」
聞いて、白い鎧の中で、私は笑いそうになった。
大魔王のところに行って、言葉で解除できるものなら、あのゲームの中でとっくにどうにかできている。多くの人が大魔王のところに赴き、戦いながら説得したに違いないのだから。
あの大魔王は、多分、説得とかで心を動かすような、そういうタイプではない。
しかも、召喚によってすでに地上に来ているのだ。
召喚された者は、召喚した人の願いを叶えることでしか元の世界に戻れないという。
大魔王は、必ずこの国の破滅を選ぶだろう。
「無理よ」
私は断言する。
「……なぜ」
本当にわからない、という声のアラン皇子に、私は考える。
アラン皇子ではダメな理由。
それは、あの時の、マイリントアの一言でもある。
私はあの時のマイリントアの言葉を思い出した。
『大魔王は意外と女に優しい。フェミニストというやつじゃな。女でよかったぞリーネ。もし男じゃったら、そなたが大魔王様に声をかけた瞬間、アリのように潰されておったな』
もし本当に私が女だから、すぐに国を破壊しようとする行動を『戦う約束があるから』という理由で延期してくれたのだとしたら、男であるアラン皇子は、声をかけた瞬間、殺されてしまうのだろう。
そんな無駄死に、アラン皇子にはさせられない。
「……アランは男だから」
私がそう説明するも、アラン皇子はわけがわからないという表情のまま、私の肩を掴んでいた。
「大丈夫よ」
肩に乗せられたアラン皇子の手を、私は掴んで降ろす。心配してくれるのは嬉しいけど、アラン皇子を死なすわけにはいかない。
私は声を明るくして微笑んだ。
「言ったでしょ、私は負ける気はないって。生意気で滅多に人を誉めないマイリントアが、大魔王に向かって『私が勝つ』って言ってくれたのよ?」
そう言った私に、マイリントアは私の足元から、呆れた声で訂正してきた。
「『勝つ可能性はある』と言うただけじゃ。1億分の、いや1兆分の1くらいの可能性じゃがな」
マイリントアはまた私の肩によじ登ってきて、アラン皇子に向かう。
「リーネは悪運が強い。運も実力のうちじゃからな。あとはその運が発揮できるように、神にでも祈るが良い」
神に祈る。
マイリントアの口から、そんな言葉がでるのが可笑しかった。神に祈り続ける仕事をしていた教皇が、あんな死に方をした。正しい行いをしているアラン皇子が、こんな状況に陥っている。
ギフトボックスを学園に送り、ダンジョンの宝箱にアイテムを設置してくれる神様。
そうやって物理的にも姿を示してくれるのであるならば、間違いなく神はいるのだろうけど。
それならば何故、この大魔王召喚を放置したのだろう。この国の滅亡が、神の意志だとでもいうのか。
そんな神ーーー絶対、認めない。認めたくない。
アラン皇子は、兜はつけたままだが、しっかりと私を見て言った。
「ーーーせめて、俺も一緒に戦わせて欲しい。リーネだけを戦わせるわけにはいかない。俺だって、これでもこの国の中でも最強と言われるくらいの……」
聞いて、私はつい笑ってしまう。
「そんなの知ってるわ」
本人の口から言うまでもなく、アラン皇子は強い。
ゲームの中で、沢山の国民が死にゆく大魔王との決戦で、聖女だけでなく、それを守るだけの強さを持つ『恋愛対象者』がいなければ、お話にならなかっただろう。
アラン皇子が私と大魔王の戦いで、私を手伝ってくれれば、更なる時間稼ぎにはなるに違いない。
何万という軍隊より、アラン皇子1人の方がきっと強い。
ゲームの中で。
主人公になりきったつもりの私は、アラン皇子と共に大魔王に挑み勝利した。
あの時の事を思い出す。
あの時と同じことをしようとしているだけ。
アラン皇子と共にーーー。
だがーーーー私は聖女ではない。
ゲームの中での事が現実となった今、アラン皇子に一緒に来てもらっても、共倒れは確定しているのだ。
私が大魔王に敗れていなくなっても、スミレが見つかれば改めてアラン皇子がスミレと共に大魔王と戦うことだってできる。
アラン皇子を私のただの時間稼ぎに付き合わせるわけにはいかない。私の『寂しさ』に付き合わさせるわけには。
ーーーそれでも。
それでも、アラン皇子が、そう言ってくれたことがすごく嬉しかった。
何故だろう。死という存在が目前にあるからだろうか。
アラン皇子がそう言ってくれたことだけで、私の存在が救われた気がした。
スミレが見つからず私が負けたとしても、私と共に戦うと言ってくれた人がいる。それが、まさかあの、アラン皇子だなんて。
向こうの世界で、ずっとーーーずっとアラン皇子のルートばかり繰り返しやっていた。
2次元の存在と知りながら、恋した気持ちになって、胸がときめいた。
この世界に来て、私が悪役令嬢のリーネになって。
アラン皇子の婚約者という立場でありながらも、いつか聖女にアラン皇子の心が動くのだろうと、どこかで覚悟をしながら時間を過ごしてきた。
アラン皇子が、いつ心変わりをしても傷つかないように、私は見えない壁を無理やり作っていたように思う。
でも、この場にきて。
アラン皇子が私と一緒に『死に向き合ってくれよう』としてくれることが、こんなにも嬉しい。心の中で黒く渦を巻く不安を、すくい取ってくれるようだ。
今になって思う。
ーーーー私は本当は、とても怖い。
死にたくない。
生きて、こうやってアラン皇子の傍にいて、もしかしたらこんな悪役令嬢でも幸せになるかもしれない夢を見ていたかった。
そんな私の心が、アラン皇子の一言で救われた。
死を目の前にして、私と共にいてくれようとするアラン皇子の存在は、今の私にとって、何より大きい。
こんなに私の心を温めてくれた。
この気持ち。ーーーー私は知っている。
ゲームの時とも違う。
目の前の人が、私の心を救い、温かくしてくれた人だ。
あぁそうか、と、心の底で気持ちが整う。
ーーー私はアラン皇子が好きなんだ。
認めてはいけないと、ずっと否定してきたけど。
悪役令嬢が、恋愛ゲームの対象者と結ばれることはないだろうと、この気持ちをセーブしてきていたけど。
アラン皇子が私と一緒に、戦うと言ってくれたから。
でも。
だからこそ。
ーーーアラン皇子を、死なせるわけにはいかなかった。
私は泣きそうになるのを堪えて、笑ってみせる。白い兜があって、本当に良かった。兜の中で、今きっと、私はすごい顔をしている。
「……そうね。アランは強いもの。アランがいたら、もしかしたら大魔王に勝てるかもしれないわ。私の方からも、お願いしてもいいかしら」
その言葉に、アラン皇子は嬉しそうに顔をあげた。アラン皇子も黒い兜をつけているので表情は見えないけれど、その声が弾んだ。
「もちろんだ。1週間後の決戦の場所はどこだ?」
弾んでくれたその声だけで、また私の心が少し救われる。
ーーーあぁ、嬉しいなぁ。
こう言ってくれる人が、私の目の前にいてくれて。
「場所はーーーグランドロス公爵領の、ダンジョンの上よ。……知っているでしょう?ダンジョンは、決して壊れないように頑丈に出来ているから、ダンジョンの上で何をしても大丈夫なの。アランがどんなに強大な魔法を使っても、びくともしないわ」
嘘だった。ダンジョンの頑丈さは本当だけど、アラン皇子に、決戦の場所を教える気にはならなかった。
アラン皇子には、生きていて欲しいから。
死ぬかもしれない時に傍にいて欲しいとは思うけど、アラン皇子の性格なら、私を庇って攻撃を受けてくれそうだ。アラン皇子の死ぬところなど、もう見たくはない。球体の中の映像だけで十分だ。
アラン皇子は、あとからこれが嘘だと知って、怒るだろうか。あの綺麗な顔を歪ませて、遠い場所で私に文句を言うのだろうか。
もし私が死んだら、ーーー泣いてくれるかな。
アラン皇子の涙など、想像もつかないけど。
「そうか。では、あとたった1週間しかないんだ。俺も鍛えなければならないな」
明るく言うアラン皇子の声が、少し涙声のようにも聞こえた。私が『泣いてくれるかな』なんて思ったから、そう聞こえただけなんだろうけど。私はそう聞こえてしまった自分の欲望に、少し笑ってしまう。
「アランは充分強いわ。大丈夫よ。それよりも、アランはしなきゃいけないことがあるでしょ」
「ーーー俺のしなきゃいけない事とは?」
アラン皇子が首を傾げる。
「決まってるわ。すぐにでも、帝国民の信頼を取り戻して、この国を立て直すことよ」
アラン皇子は苦笑する。
「……あと1週間でか?それは厳しい」
「できるわ。アランだもの」
1週間とは言わない。
でも私は信じている。
アラン皇子はきっと、良い皇帝になる。
私もその姿を、生きて見ることができたらいいけど。
その時、ガタガタとダイナ1の酒場の方から、物音が聞こえた。人の悲鳴や叫び声も聞こえる。何か騒ぎがあったらしい。
私ははっとアラン皇子を見る。
まさか、アラン皇子がここにいることがバレて、人が押し寄せたとか……?
いや、さすがにそれはない。
王都からかなり離れた上に、変装をしている。
だが、用心に越したことはない。
「アラン。下が何か騒がしいわ。何か起きたのかもしれない」
私は立ち上がり、宿の扉の向こう側で待つ黒鎧の隊長に声をかけた。
「隊長さん。わたくし、下の様子を見てきますわ。アラン殿下がここから出ていかないように、見ていていただいてもよろしいかしら」
アラン皇子は自分もいこうとして、隊長に止められた。
「殿下。今は危険です」
「アラン殿下はここにいらして。アラン殿下のことではないと思いますけど、万が一ということもございます。わたくしも、確認をしたらすぐに戻りますので」
「いや、リーネだけを行かせるわけには」
それでも私をここに留めようとするアラン皇子に、私はアラン皇子の元に戻り、そのアラン皇子の甲冑の胸元に手を当てた。
「アラン。ーーー私は誰?」
アランの動きが止まる。
「……リーネ。リーネ・アネット・グランドロス」
素直に答えたアラン皇子が、可愛くて笑ってしまう。
「正解」
180センチは優にあるアラン皇子を私は見上げた。
「私は大丈夫よ。いつでも私は戻ってきたでしょう?それに私はこの格好だもの。黒鎧はアラン殿下の私兵と知られていても、白鎧の私が狙われているということはないわ」
アランは少し黙る。
「ーーーリーネ。何かあったらすぐに呼べ」
「わかったわ」
そうして私は2階にある宿から、階段で1階の酒場まで降りていく。
アラン皇子は、それでも私が心配だったようで部屋から出てきたが、それを隊長に止められていた。
その様子をみながら、私は酒場の方に入っていった。
※※※※※※※※※※※※※※
酒場に入ると、屈強そうな男達の大半が大怪我をして床に転がっていた。亜人達ばかりのこの宿に、人間が沢山入ってきている。
「うぅう……」
「痛ぇ、痛ぇよ」
「腕がっ!俺の腕がっっ!!!」
疲労困憊。どの人の顔も血の気が引いて青白くなっている。酒場は血に塗られ、腕や足のない人達が、そこを無理やり包帯で巻いていた。
昔みた教科書や昭和のの戦争の様子の映像を見ているようだった。
「いったい……何が?」
さっき、宿にあがる前に酒場を覗いた時は、みんな笑顔で楽しく酒を飲んでいたのに。たった数時間でどうしたらこんなことになるのだろう。
「リネ」
知った声が聞こえて、私は後ろを振り返る。
熊のような身体のベックが、私の姿を見つけて近寄ってきた。ベックはとりあえず五体満足そうだ。
「ベック。これは一体、なんだってこんなことに」
「いきなり攻撃してこられたんだ」
「攻撃?」
ベックは仲間が傷ついた様子をみて、悔しそうに顔を歪めた。
「あぁ、どこのどいつかわからねぇが、急にだ。激しい攻撃で、誰もやり返すことができなかった」
ベックは背中に担いだ身体ほどの長さの大剣の柄をぎゅうと握り締める。
「絶対許さねぇ……」
殺気立つベックの雰囲気に、私は寒気がする。
ベックがこんなに怒りを顕にするなんて、よっぽど酷い攻撃を受けたのだろう。
「リネ。今からこいつらを治療院に運ぶ。とりあえず奴らの目から逃げるためにここにきたが、ここの奴らに迷惑をかけるわけにもいかねぇ。お前、力強いだろ。ちょっと手伝ってくれ」
「え?」
私は慌てて否定しようとする。
今は私はそれどころではない。1週間後に大魔王と戦うし、それまでにスミレを見つけて、いや、それより先に、アラン皇子にこの状態の報告に行かないと。
「ベッ、ベック。私ーーーいや、自分……」
「あん?なんだ、こんな忙しい時に。口を動かさずに手ぇ動かせ。ほら、こっち持ってくれ。あそこにいるやつらにとりあえず水を渡すぞ」
ベックに、水の入った筒を箱にいれたものを渡される。
「配ったらすぐに、重傷者から運んでいく」
「うぁぁーーー。痛ぇーーー」
ベックは動かすと叫ぶ男の頭をポコリと殴った。
「うるせぇ。痛いのは我慢しろ。このまま放っておくと、足が千切れて腐るぞ。手もねぇのに足まで失くしてぇか」
「う、うぅ……母ちゃん……」
息も絶え絶えの男は泣きながら母の名を呟く。
本当に酷い状態だった。
こんな状態で去るなんて、とても出来そうになかった。
私は酒場の上にある宿にいる人を見上げる。
すぐ戻るって言ったのに。
「ーーーごめん」
この人達を治療院に運んだら、すぐ戻るから。
そうして私は。
ーーーアラン皇子のいるこの場所から離れたのだった。




