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アランサイド~ 噂と嘘 ~

 スミレを必ず探し出すと、リーネと約束をした。


 黒鎧が探してくれたが、結果は『すぐに見つけるのは困難』だという返事だった。

 常に仕事を完璧に遂行する黒鎧の隊長がそんな返事をしてくるなんてと驚愕したが、理由を聞いて納得した。

 最近まで全くなかった聖女の情報が、急に各地で出現し出し、あちこちで噂になっているらしい。

 これは聖女の居場所を拡散することで、かえって聖女を見つかりにくくするものだと即座に理解した。

 こんな小癪な情報操作をしてくるとは、腹が立つ。 

 噂が各地にあると、1つ1つをその足で確認しにいかなければいけなくなる。探していけばいつかは聖女は見つかるかもしれないが、時間はかかるだろう。


「ーーー参ったな……」

 俺は自室で自分の頭を押さえ、リーネを想った。

 あのリーネが、あそこまで必死になってスミレを必要としていた。あの動揺はただごとではない。


 スミレが……聖女が、何だというのだろう。

 そんなに聖女を短時間で必要になるほどのこととは一体。

 しかし、リーネにその理由を聞かなかったのも、自分自身だ。リーネが言いたくなさそうにしていて、とても辛そうだったから。


「聖女……か」


 呟いて、俺はスミレの姿を頭の中に思い出した。

 ピンクの髪を、ふわふわと揺らす可愛い女の子。


 スミレは俺の初恋の少女だった。


 俺が6歳。スミレが5歳の時に出会った。

 お忍びで出掛けた時にスミレと出会った俺は、皇子である俺に対して、気安く話しかけてきた少女に興味を持った。一緒に遊びたいというから、仕方なく1日一緒に遊び、気づくと俺はスミレを好きになってしまっていた。

 だが俺は皇子。スミレと恋をすることはできない。俺はせめて俺の代わりにと、その町で虹色の髪止めを買ってスミレに渡した。

 魔法学園で、ピンクの髪と、その髪につけられた髪止めを見て、俺はすぐにあの時の少女だとわかった。あの頃よりもずっと綺麗になっていた少女に、本当だったら、その場でまた俺は恋に落ちていたかもしれない。


 だが俺の傍にはすでに、婚約者のリーネがいた。

 

 白銀の長い髪に、澄んだ青い瞳。奇妙な行動ばかりとって目が離せない彼女を見ていると、初恋の彼女も霞んで見えた。


 スミレを相変わらず可愛いとは思う。だが、それ以上の感情は湧いてこなかった。むしろ、いつか結婚する相手なのだから射止めようとする駆け引きや好奇心はないはずなのに、婚約者のリーネが面白くて可愛くて愛しくて。

 ーーー用意された籠には収まりたくなかったのに、すっかり、その籠に自ら入ることを望んでしまっていた。


 そのリーネが、俺の初恋のスミレを探している。

 ーーー不思議な気分だった。

 リーネとスミレに、何の繋がりがあるというのだろう。


 俺は手に持つ、透明な球体を見つめた。


 過去まで見渡せる千里眼という神具のはずだ。

 だが、これを使っても、スミレを探すことはできなかった。何か強力な隠蔽魔法が使われているのだろう。

 神具を使っても敵わない魔法とは、どんなものだろうか。どれほどの魔術師だとスミレを隠すことができるのか。

 それだけの魔法が使える人間は数少ない。


 一番に思い付くのは、ケリー先生だった。

 リンドウ帝国一の魔術師。最高級の魔術師を集めた魔術師の塔の、その頂点に位置する『魔術師の塔の管理者』。そしてその能力が認められ、騎士団の団長にもなった人物。魔法開発の能力にも優れ、魔法を愛し魔法に愛される、知識欲の塊。


 だが、ケリー先生にスミレを隠す理由が見つからない。

 スミレは聖女だ。魔術師の塔で雇っても十二分に活躍するだろう。スミレの能力はまだまだ未発達だが、それこそケリー先生が能力開花の魔法でも開発しようものなら、怖いものは何もない。最強のタッグを組むことになる。

 王家の敵にもなりかねないそのペアは、想像してみると、決して組み合わせてはいけないもののような気がする。


 だがケリー先生は聖女を隠すことはしないだろう。

 スミレはまだ学生で、ケリー先生はその講師なのだから、接点は多大にある。わざわざリスクを犯してまでスミレをどこかに隠す必要がないのだ。


 次に考えたのが、ロジーだった。

 あいつが何者なのか結局わかっていないが、只者ではないのは確かだ。闇の世界に生きる人間。しかし、その割に、ただの一般生徒であるリーネと気が合っていた。リーネに会うために学園に通っているのではないかと思うほど、リーネに執着していたようにも感じる。

 俺はロジーの姿を思い出して、少し胸の下辺りがモヤモヤとしてきた。ノクトはこれを嫉妬だというが、俺はそれだけではないと思っている。

 ロジーがスミレと同じ時期にいなくなって怪しく思ったが、内心、安堵した気持ちもあった。リーネが何らかの被害に遭わなくて良かった。ロジーは決して交わってはいけない人種だろうから。

 あのままロジーが学園にいたら、いつか敵対する日がきたかもしれない。

 この国の皇太子として、リーネの婚約者として、絶対にロジーに負けることはできないが、体術が超一流のプロ級であるロジーに、果たして俺が勝てたかどうか。 

 しかもあいつは頭もキレるようだった。

 もしあいつがスミレについていったとしたら。

 スミレの情報を至るところに拡散して情報を混乱させたのは、もしかしたらロジーではないかと疑ってはいる。

 あいつならやりかねない。

 表面は爽やか青年風を装っていても、腹黒さはノクト以上だろう。


「……あいつがスミレを隠しているとしたら、厄介だな……」

 あいつには隙がない。

 スミレを探すためにロジーの足取りを追おうにも、ロジーを見つけようとすることこそが至難の技だろう。


 ーーーリーネと約束をしたのに。


 決して約束を違えることはできない。リーネが悲しむ顔は見たくない。その顔を俺が作ることは決して。


 俺が拳を握りしめた時、部屋の扉がノックされた。


「ーーー入れ」

 俺が声をかけると、扉が開かれる。

 黒鎧の1人が俺に報告にきた。隊長は引き続きスミレを捜索してくれているから、他の者が代わりにきたのだろう。

「どうした」

「王宮の北に、山のように大きな緑の人型のようなものが突如現れたとの報告がありました」

「人型なのに、山のように大きいだと?ーーー被害の規模は」

「場所はツノセゴ平野です。岩以外何もないところなので被害はありません。ーーーですが……」

 黒鎧は、俺の顔色を見ながら言いにくそうにしている。

「何があった。気にせず言ってみろ」

「あまりにその人型が巨大だったので、発見し次第、そちらに向かった者の報告ですがーーー、巨大な人型の前にいたのが、その……グランドロス公爵令嬢ではないかという話で……」

 俺は一気に顔をしかめてみせた。

「ーーー何だと?」

「公爵令嬢は、あまりに特徴のあるお方です。なので見間違えるはずもなく……」


 それはそうだろう。白銀の髪のあれほどの美女が、そうあちこちいてたまるか。

 リーネで間違いない。

 あのお転婆は、また何かを嗅ぎ付けてトラブルに巻き込まれたのだろうか。


「それで、リーネは無事か?」

 俺が聞くと、そこはすぐに返事があった。

「人型の巨大な人間はすぐに消え、リーネ様もご無事な様子。ただーーー」

「ただ?」

「その近くにシスターがいたようで、その人は、恐怖に震えながら平伏していたそうです。しかしリーネ様はその巨大な人型に向かって堂々としていたと」

「まぁ、リーネのことだ。それは普段通りだろう」

 俺はそう言ったが、男はまた何かを言いにくそうにしていて、俺が話を続けるようにもう一度促すと、黒鎧は耳を疑うような事を口にした。


「あの大きな人型が、一部の地域で噂になっている大魔王ではないかと憶測する人が多数います。そしてそのリーネ様の様子から、リーネ様が大魔王を召還したのではないかという噂が、王都で流れだしておりまして」


 リーネが大魔王を召還だと?


「なぜそんな噂が流れるんだ。リーネが大魔王を召還してどうする。いや、リーネにそんな魔力があるわけないだろう。根も葉もない噂を鵜呑みにして……」


 そう言いながら、俺の頭に、昔のリーネの姿が浮かび上がった。

 過去のリーネは悪魔のような少女だった。人を苦しめることが生き甲斐のように醜く笑う、極悪非道の姿。あの少女だったのなら、魔王召喚も万が一はあり得る。

 まさか、リーネの人格が元に戻ったとでも言うのか。


 俺は黙る。

 まさかとは思うが、完全に否定はできない。

 いつものリーネから、昔のリーネになるなんて。そんなことーーーー。


 確かめなくては、と思った。

 今すぐに。


「ーーー転移の魔道具を準備しろ」

「殿下。さすがに公爵令嬢の邸宅に伺うのに、転移の魔道具を使うわけには……」

 俺は自分が思っているより動転してしまっていたのだろう。黒鎧に言われるまで、そんなことにも気付かなかった。

 王家の次に高位の者の屋敷だ。しかも婚約者の家でもある。礼儀を通さずしてどうするというのか。


「ーーーくそ。こんな時に馬車とは」

 面倒くさい。

 つくづく自分の身分の重さが邪魔に感じる。駆け出したい時に駆け出せない。会いたいと思う時に会いに行けない身分など、捨ててしまいたくなる。


「すぐに馬車の準備と、公爵家に伝令を。今から公爵家に訪問する」

「承知しました」

 黒鎧は、深々と頭を下げて部屋から出ていった。


 はぁ、と深く俺はため息を漏らす。


 リーネは無事だろうか。

 リーネのことだから、あっけらかんとして「大丈夫に決まってるじゃない」と明るく笑うに決まっている。

 ただの杞憂だと、安堵できればそれでいい。


 だがーーーもし。

 リーネが元の性格に戻っていたらどうする。

 あの虫酸の走る少女を前に、俺はどう動くのだろう。


「ーーー殿下。馬車の準備ができました」

「早かったな」

 俺はすぐに立ち上がり、王家の紋章つきの馬車に乗り込んだ。

 

※※※※※※※※※※※※※※※※


 公爵領には、王都を抜けていくのが早い。

 王都を通り抜けようと王都の道に入ってすぐ、異変は起きた。


 ザワザワと多くの民衆の声が聞こえる。

 どこからともなく広がった俺の悪い噂は国中に届いてるようだが、俺を近くで見てきた王都の人達は、比較的、いまだに俺を好意的に受け入れてくれていた。

 たが、このざわめきは、そのような快い歓声ではない。

 俺が従者に何があったのかと声をかけると、「出てきてはいけません、殿下」という一言だけ返ってきた。


 これは間違いなく何かがあったのだろうと悟る。


 俺が少しだけ馬車の窓を開けると、中年の男の声が響いてきた。

「アラン皇子は、悪魔のような公爵令嬢と組んで大魔王を召喚し、国を壊そうとしてるって話じゃないか」

「皇帝を戦争に唆しているのも、アラン皇子だと聞いたわよ」

「俺はアラン皇子が早く皇帝の座を得たいがために、皇帝の命を狙っているって」

 次々に、俺の噂が飛び交っていく。

 俺は信じられない想いで、その言葉を聞き続けていた。


 俺はこれまで、国民のために尽力してきたつもりだった。王都の人達もそれを知っていて、慕っていてくれていたはず。

 それなのに、少し噂が流れただけで、こんなにすぐに心が離れ、悪態つかれてしまうものなのか。


 愕然としてしまう。

 そして、しばらくすると、俺の中に沸々と怒りが込み上げてきた。

 なんだこれは。

 どうして俺がこんなことを言われるというのか。


 その時、俺のいる窓ガラスに石が投げられた。

 ガンと音を立てて石は跳ね返る。強力な防御魔法をかけているのだ。石どころか、爆弾でさえこの窓は壊せないだろう。


 だが。俺の冷静さを保とうとする心をぶち壊すには、充分の出来事だった。

 俺が今までずっとしてきたことが、全て無駄だったと言われたかのように。

 手が、じわりと熱くなる。

 俺の魔力は国でも最強クラスだ。

 その気になれば、ここら一帯を吹き飛ばすくらい、わけないことだ。この連中をいっそ、黙らせてやろうか。

 怒りで溢れだす魔力を、俺は堪えられなかった。

 いや、堪えることがもうバカらしいーーー。


「っアランっ!!!!」


 急に鈴の鳴るような声で呼ばれて、俺はそちらを振り返る。

 今の俺には、聞きたくて堪らない声だった。

「っーーーリーネっ」

 馬車の後ろ。人混みの中に、こちらに向けて走る白い鎧をつけた人物が見えた。鎧のまま走ってあの速さ。人間業じゃない。

 それが可笑しくて、怒りでいっぱいになっていた黒い心が、じわりと僅かに薄くなる。


 俺は馬の手綱を握る従者に顔を向ける。

「悪いが俺は飛ぶ。お前も気をつけて逃げてくれ」

 俺は従者に一言言ってから、勝手に馬車のドアを開けた。

「え?」

 従者が俺を振り返った時には、俺は空高く飛び上がった後だった。

 浮遊魔法。

 かなりの集中力がいる上に魔力もかなり消耗するため、滅多に使わないが。


 俺の飛行に合わせて走るリーネと共に、王都の奥にたどり着いた。

 ようやく宙から地面に降りた俺は、白い鎧をつけたリーネの横に黒鎧の隊長の姿を見つける。その腰に装備されている剣は、俺が一昨年特注してプレゼントしたものだ。いつもお世話になっているお礼として。

「ーーー隊長。なぜここに。そしてリーネも……。これは一体、どうなっているんだ」

「詳しい話はあとで。とりあえずアラン、これを着てちょうだい。アランのその姿は目立つわ」

 リーネから渡されたのは、黒い鎧だった。

 隊長はまだ黒の鎧を装着している。ということは、それ以外の誰かが俺のためにその鎧を脱いだのだろう。


 俺が黒の鎧を装備してから歩いていった場所は、懐かしい、ダイナ1の酒屋だった。

 見知った奴らが笑顔でいつものように酒を飲んでいて、俺は妙にほっとしてしまう。


 俺とリーネと隊長は、2階の宿屋に1部屋準備をしてもらった。


 リーネは俺に水を差し出しながら、一言、謝ってきた。

「アラン。ごめんね。私が大魔王と話したせいで、こんなことになってしまって」

 白い兜のせいでリーネの表情はわからないが、リーネの声は沈んで聞こえた。

「やはり大魔王なのか」

 リーネから直接聞いても、信じられない思いが強い。

「本当に大魔王なの。1から説明するわ。驚かないで聞いてね」


 リーネは、大魔王について、言葉を選ぶようにして話し始めた。

 以前ケリー先生が研究して途中まで見せてくれた『12』の儀式。それと呪いを合わせて、教皇と金色の瞳をしたシスターが、大魔王を召喚してしまったこと。金色の瞳のシスターは元王家の末裔で、今の王家を恨んでいること。操られる形で大魔王を召喚した教皇は、異形の姿になって死んでしまったこと。

 そして大魔王を倒すためには、聖魔法しか効果がないこと。しかも、聖女であるスミレでないと大魔王を倒せないということを話してくれた。


 騙された上に操られたとはいえ、まさかあの教皇が主犯者だったとは。

 含みを帯びた言動をする人ではあったが、悪い人ではなさそうだったのに。


「リーネは、何で大魔王が聖魔法しか効かないことを知っているんだ?」

 俺が聞くと、リーネはわかりやすく慌ててみせる。

「えっとーーーそう。マイリントア。マイリントアが教えてくれたのよ」

 そう言ったリーネの言葉を、リーネの肩に乗るマイリントアは黙ったままで否定はしない。しかし肯定もしなかった。

 リーネはこうも嘘が下手なくせに、なぜ嘘をつこうとするのかわからない。


 今になって思えば、大魔王の話をリーネにしてから急に、リーネがスミレを探さなければと言い出した気がする。リーネは元々、大魔王の弱点を知っていたのだろう。ーーーただの噂ではなく、間違いなく大魔王が来るということも。


「リーネは……」

 言いかけて、俺は口を閉じた。

 これまでもリーネは何かを隠し通してきた。こんな人混みの中で、その秘密を話してくれるとは思えなかった。

 不安そうな表情のリーネと目が合う。

「ーーーなぜ、隊長といたんだ?」

 俺の言葉に、リーネは少しだけほっとした様子をみせた。やはり大魔王については聞かれたくないことだったのだろう。

「私もスミレを探そうと思って。私じゃ大魔王に勝てないし。全く見当もつかなかったけど、何かしていないと落ち着かなくてね。手当たり次第、歩いて探すつもりで王都に出たら、スミレを探してくれている隊長を見つけたの。でも、アランから前に言われていたように鎧をつけていて本当に良かったわ。まさか私が大魔王を召喚したことになっているとは思わなくて」

 それに、とリーネが付け加える。

「アランの噂も……」

 きゅ、とリーネは眉を寄せた。

「私はともかく、なぜアランが悪く言われるのかしら。アランは帝国の民のために頑張ってくれてるじゃない」

 

 俺は、鎧の中で苦笑した。

 さっきは怒りで思考が麻痺しそうになっていたが、落ち着いて考えると、噂の犯人はあいつらしかいない。


 皇后陛下と、その息子マルクだ。

 俺と血の繋がらない継母は、俺の弟であるマルクを皇帝にしたいのだ。ここ数年、俺の悪い噂を流していたのは知っていた。だが俺が頑張り続ければ、ちゃんと民衆はわかってくれると、そう思っていた。

 だが、頑張る努力の噂より、悪い噂の方が広がりやすいということなのだろう。


 この悪化していく情勢の中で、大魔王という存在が現れて、そこに俺の婚約者のリーネがいた。

 リーネは元々評判が悪い。学園では女神のように扱われているが、市民からは未だに悪女で通っている。そこに、最近になってリーネと仲良くしている俺の噂が重なれば、俺の評判を地の底に落としたい皇后は、ここぞとばかりに悪評を広げたに違いない。

 むしろ、リーネこそが王家の争いに巻き込まれた形なのだろう。

 

「……評判など、どうとでもなる。それより」

 手甲をつけている俺が、リーネの手甲に手を重ねる。

 鎧のせいでリーネの肌に触れることはできないが、それでもリーネの手を握って確かめたかった。

「ーーーリーネが、無事で良かった」


 大魔王の前でリーネが立っていたと聞いてから、胸が潰れるほど苦しかった。リーネの姿を見て、ようやく深く息ができるようになった。

「リーネが大魔王をどうにかしようとしてくれているのはわかった。……だが、これ以上は。もう関わらないで欲しい」


 スミレでないと倒せないという大魔王。つまり、リーネでは無理だということ。それならば、もうリーネは関わらなくていいはずだ。むしろ、関わることでリーネに何か悪いことが起こるかもしれない。それを考えるだけで、身が千切れるほど苦しくなる。

「アラン」

 困ったように、白い鎧の中からリーネの声が聞こえた。

「スミレがいないとあんなに動揺するほど、大魔王は強いのだろう?それならば、リーネはもう……」

 俺が願うようにリーネに言うと、リーネは小さく首を振った。

「……ありがとう、アラン。その気持ちがすごく嬉しいわ。でもーーー」

 リーネは少し躊躇し、それでも、仕方ないと、俺に向き合った。

「これは避けることはできない事だから言うけれど、私は1週間後、大魔王と必ず戦うことになっているの。約束を違えないように名前を刻まれたわ。私は、逃げることができないの」

「っな、」

 ーーーーなんだと。

 俺は目を剥いて立ち上がった。

 名前を刻まれるなど。

 ーーー名前の誓約は強い。

 下手したら死ぬか、大魔王の奴隷になる。


「それが、どういうことか分かっているのか」

 怒りが言葉に滲んだ。

 言った声は、震えて掠れそうになる。

「ーーー聖魔法を使えないリーネでは勝てないと、さっき自分で言っただろう」

 だから、スミレを探しているのだと。

 困ったように、リーネは首を傾げた。

「成り行きでそうなったのだから仕方ないわ。でも、負けないように私だって頑張るつもりよ。だからこそ、スミレを探しているの」

 リーネの言葉に、改めて疑問が浮かぶ。

「いや、待て。1週間?あとたった1週間でスミレを探すつもりか。探し出せたとして、本当にスミレが大魔王と本気で戦うとでも?」


 俺は見ていた。

 あの剣技会でリーネが傷ついた時に、スミレは治すふりをして、実際はリーネに治療を施さなかった。


 スミレはなぜか、リーネを毛嫌いしている。

 いつの日か大魔王をスミレが倒す日がきたとしても、それは1週間後ではないかもしれない。

 最悪な考え方だが、スミレの性格が腐りきっていたら、リーネを排除するためにわざと戦わないという選択をする可能性もある。


 そうしたら、リーネはどうなる?


 大魔王に殺されるか、あるいは奴隷として魔界に連れて帰られるのか。

 俺はもう二度とリーネに会えなくなる……?


「ダメだ」

 俺は立ったままリーネの両肩を掴んだ。リーネの肩に乗っていたマイリントアは、弾き落とされる。

「今から大魔王のところに行く。俺が、その約束を解除してもらえるように説得するから、リーネは……」

 胸が痛い。張り裂けそうだ。

 リーネは死んではいけない。俺が許さない。

 何があってもリーネは。

 ーーーリーネだけは。

 

「無理よ」

 

 はっきりと断言したリーネの言葉が、更に俺の胸を貫いた。

「……なぜ」

 詰まった喉から声を絞り出して俺が尋ねると、リーネは言いにくそうに答える。

「……アランは男だから」


 意味がわからなかった。

 リーネは、わざと明るい声を出して、肩に乗せられた俺の手を掴み、肩から降ろした。

「大丈夫よ。言ったでしょ、私は負ける気はないって。生意気で滅多に人を誉めないマイリントアが、大魔王に向かって『私が勝つ』って言ってくれたのよ?」

「『勝つ可能性はある』と言うただけじゃ。1億分の、いや1兆分の1くらいの可能性じゃがな」

 

 リーネの肩から降ろされたマイリントアは、俺の手がリーネの肩から外れると、またリーネの肩によじ登ってきて笑った。

「リーネは悪運が強い。運も実力のうちじゃからな。あとはその運が発揮できるように、神にでも祈るが良い」


 神に祈る。

 その言葉に、乾いた笑いが出た。

 神に祈って助かるなら、誰もが神に祈るだろう。祈りの効果が確実にあるのは知っている。だが、神はそもそも、人に対して平等に幸せを与えてくれない。 

 そんな贔屓をするような神に祈ったところで、真に救われる気はしなかった。

 

「ーーーせめて、俺も一緒に戦わせて欲しい。リーネだけを戦わせるわけにはいかない。俺だって、これでもこの国の中でも最強と言われるくらいの……」

 俺が自分でそう言うと、リーネが、ふふ、と白い鎧をつけたまま笑った。

「そんなの知ってるわ」 

 リーネの声は心地よい。

 心に染みる、優しい声だった。

「……そうね。アランは強いもの。アランがいたら、もしかしたら大魔王に勝てるかもしれないわ。私の方からも、お願いしてもいいかしら」

 その言葉に、俺はぱっと顔をあげる。

「もちろんだ。1週間後の決戦の場所はどこだ?」

 リーネは少しだけ間を空ける。

「場所はーーーグランドロス公爵領のダンジョンの上よ。……知っているでしょう?ダンジョンは、決して壊れないように頑丈に出来ているから、ダンジョンの上で何をしても大丈夫なの。アランがどんなに強大な魔法を使っても、びくともしないわ」


 リーネの音色はどこまでも豊かで、俺の心を彩ってくれる。

 あぁ、と俺は心で呟いた。


 ーーーこれは嘘だ。

 リーネの優しい、俺のための嘘だ。

 今。俺は兜をつけていて本当に良かった。俺にこの鎧を貸してくれた黒鎧の誰かに感謝したい。


 俺の目に涙が滲むのを、リーネに見られずに済んだのだから。


「ーーーそうか。では、あとたった1週間しかないんだ。俺も鍛えなければならないな」

 俺の言葉にリーネはくつくつと笑った。

「アランは充分強いわ。大丈夫よ。それよりも、アランはしなきゃいけないことがあるでしょ」 


 リーネは嘘が下手なのに、それを自分で気付いていない。俺が本当にリーネの言葉を信じると思っているのだろうか。

 それは嘘だと叫びたかった。だが、嘘をつくときのリーネは頑固だ。真実を教えてくれることはないだろう。

 俺が大魔王と戦うことがないように、違う場所に誘導しようとするリーネの優しさが、今は辛い。


 リーネは自分が死ぬかもしれないと自分でもわかっているくせに、その時に、俺を傍にいさせてくれないのか。

 ーーーなんて残酷な女なのだろう。

 俺が、こんなにもリーネを想っているのに。


「ーーー俺のしなきゃいけない事とは?」

 リーネはそれを聞いて、即座に答える。

「決まってるわ。すぐにでも、帝国民の信頼を取り戻して、この国を立て直すことよ」

 俺は両手を広げて、呆れたポーズを取ってみせた。

「……あと1週間でか?それは厳しい」

「できるわ。アランだもの」

 冗談なのはわかっている。しかし、リーネの言葉を聞いていると、そんな気持ちになってくるから不思議だ。


 リーネの気持ちを大切にしたかった。

 だが、リーネの意志には従えない。

 リーネは嫌がるだろうが、大魔王との戦いには、俺も必ず参加する。

 俺が。

 他の誰でもなく、俺が、リーネを守りたいのだ。


 その時、ガタガタとダイナ1の酒場の方から、物音が聞こえた。何か騒ぎがあったらしい。

 

 俺はリーネと目を合わせる。俺やリーネの居場所が知られたのだろうか。いや、それならばこうも物音を立てるはずがない。そっと忍び寄ってドアを開けられるだろう。


「アラン。下が何か騒がしいわ。何か起きたのかもしれない」

 リーネは立ち上がり、部屋の外で見張りをしている黒鎧の隊長に声をかけた。

「隊長さん。わたくし、下の様子を見てきますわ。アラン殿下がここから出ていかないように、見ていていただいてもよろしいかしら」

「は。バカなことを」

 俺は声に出してしまった。

 騒ぎがあっている中にリーネ1人見に行くなどあり得ない。

 俺も一緒に行こうとすると、隊長に止められた。

「殿下。今は危険です」

 それにリーネも頷く。

「アラン殿下はここにいらして。アランのことではないないと思いますけど、万が一ということもございます。わたくしも、確認をしたらすぐに戻りますので」

 すぐに俺は否定する。

「いや、リーネだけを行かせるわけには」

 俺がそう言うと、リーネは俺の傍に戻ってきて、俺の甲冑の胸元に手を当てた。


「アラン。ーーー私は誰?」

 誰?誰って。

「……リーネ。リーネ・アネット・グランドロス」

 俺が素直に答えると、リーネは小さく笑う。

「正解」

 俺の方が頭1つ以上大きいのに、俺を見上げてくるリーネを見ると、白い兜の中にあるリーネの青空のような瞳が見えた気がした。

 どこまでも高く青い空を、俺が見上げているような。

「私は大丈夫よ。いつでも私は戻ってきたでしょう?それに私はこの格好だもの。黒鎧はアラン殿下の私兵と知られていても、白鎧の私が狙われているということはないわ」

 

 言われて、俺は黙る。確かにリーネは、色んな障害を乗り越えてここにいる。白鎧がリーネということも周知はされていない。

 しかし黒鎧は俺の部下だと知る人は知っている。

 黒鎧がでていくことで、余計なトラブルが起こる可能性もある。

 ただ何があったのか確認しにいくだけならば、リーネだけで行くのが正解なのだろう。

 俺は顔を険しくして言った。 

「ーーーリーネ。何かあったらすぐに呼べ」

「わかったわ」

 リーネは頷く。

 そしてリーネは2階にある宿から、階段で1階の酒場まで降りていく。リーネの姿が遠ざかると、やはり一緒に行かなければと焦燥感に駆られる。

 俺が階段に足を伸ばすと、やはり隊長が止めてきた。

「殿下。リーネ様は様子をみたらすぐに戻られます。今はしばしご辛抱下さい」

「……」

 もうすでに見えないリーネを、俺は目で追う。


 なぜにこうも不安な気持ちになるのだろう。

 俺は、1人で行かせてしまったことをすでに後悔していた。すぐに帰ってくるのはわかっているが、こんな気持ちになるくらいなら、どこまでもリーネについていって見届けた方が気が楽だ。

 リーネはいつものように嫌そうな顔をするだろうが。


 残り1週間は、必ずリーネと共に行動しよう。

 どんなにリーネから嫌がられても、絶対に離れてやるものかと思う。

 リーネと離れるのは今回が最後だ。帰ってきたら、どんなことがあってもリーネから離れない。

 そのことは隊長にも理解してもらわなければ。


 俺はそんなことを考えながら、リーネの帰りを待った。


 ーーーそしてリーネは、俺の待つ2階の宿に戻ることはなかった。

 


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