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ロールドサイド~大魔王召還の儀式

「とうとう完成したか。予定よりも随分早い」

 国内最大の大聖堂の中。

 私は歓喜で、普段よりも高揚した声を上げた。


 地方にいる私の直属の部下でもあるシスターが、報告のために大聖堂まで駆けつけてきてくれた。通信できる魔道具は盗聴される危険があるため、報告は必ず直接聞くようにしている。

 その度に中央地区まで足を運ばなければならない部下には申し訳ないが、偉大なる計画のためには必要だとシスターも認知しているからこそ、文句も言わずに従ってくれているのだろう。


 シスターは、私の声の大きさを諌めるように、小さな声で報告を続けた。

「理由はわかりませんが、山脈地帯を守護する竜神が不在だったのは幸いでした。あそこは竜神だけでなく地形的にも厳しいものがありますので、今回の冬には準備が間に合いませんでしたもの。竜神の冬眠期間は短い。次の冬になると思っていたのに、まさか竜神が春先まで不在になるとは…。猊下のおっしゃる通りでした」

「山脈地帯からの恐ろしいほどの魔力が、竜神が冬眠している普段の冬より長い期間、感じることができなかったので、そうなのではないかと思っていたんですよ」

 ふふふと私は笑う。


 竜神の魔力は、普段ならこんなに離れていても感じることができるほど強い。それなのに、去年の秋手前頃から、急に感じられなくなった。

 おかしいと思いながら様子をみていたが。


「他の沼も、いくつか何者かに邪魔をされて壊されましたが、それもようやく作り直すことができて」

「ーーーよく、頑張りましたね」

 私は微笑んでシスターを労う。

 シスターは、誉められて少し顔を赤くし、わずかに俯く。頭にかかる白い布がシスターの顔を隠した。


 私は嬉しさを隠すことができなくなっていた。

 数年かけた計画が、ようやく完成したのだ。

 

 きっかけは、私がこの教会の教皇に任命されて数年後のことだった。

 教会の力が落ちてきていると報告があった。

 以前は、国民の殆どの人が教会会員であるというほどに信者が多く勢力があり、国では発言力も権力もあった。

 なのに、今では実権と教会は別もの。

 発言力は乏しく、私には教会の他では何の力もない。信者が減れば献上金も少なくなり、教会の維持も難しくなる。

 

 神は祈りを捧げる分を、恵みとして下さる。

 祈る人数が少なくなれば、今よりもっと神の恵みは減り、効果が少ないと更に信者も減り、また祈る数が少なくなるという悪循環に陥るのは目に見えてわかっていた。


 神は存在する。

 なのになぜ、信者が減るのか理解できなかった。

 何もしないで恵みをもらえるとでも思っているのか。

 どれだけの人が今まで神に祈り、それによって救われてきたのか。

 幸せに慣れてしまった人達は、その幸せの根底にあるものが何なのかを忘れてしまうのだろう。


 そして私は考えた。

 大魔王を召還することを。


 世界が混乱に陥れば、自分達の足元が崩れ、誰かに助けを求めるだろう。

 そして、その大魔王による混乱を、教会が神の名のもと救ってしまえば、また民衆は神の下に戻ってくるだろう。


 その考えにーーー人の力もあってのことだがーーーたどり着いた時、私は理解した。

 これこそが、神の指示なのだと。


 召還された者は、基本的に召還者した者に従う。

 つまり、大魔王に少し暴れてもらい、人々を恐怖に追い込んだあと、颯爽と教会の人間が大魔王を倒せば良い。

 その中心にいるのが私であれば、私の面目も保て、この先の教会の未来も明るいというもの。


 大魔王という存在を召還することが一番の問題だったが、神への儀式であり、教会のトップしか知らない門外不出の『12』の儀式を用いれば、大魔王は召還できるだろう。

 とあるシスターが、巨大なコアに匹敵する『沼』というものを提案してきた。沼にコアを溶かしたようなものだと説明してきたそれを、私も見てみたかったが、私はこの大聖堂から簡単に動くことができない。その『沼』の作成は、そのシスターに任せた。


 それでも、トップシークレットである『12』の秘密を漏らすわけにはいかない。場所は私が指定して、それぞれの地方のシスター達に『沼』を作るように指示した。

 

 できるだけ大魔王の恐怖を感じてもらうために、大魔王の噂も流した。噂を聞き付けて、誰かに計画自体が壊されないように、召還する手前で噂を流すタイミングが大切だった。

 この時期に完成したなら、ちょうど良いタイミングだったと思う。

「あとは、私が召還の術を唱えるだけですね」

 私が大魔王を操作するのだから、私が唱えなければならない。

 失敗すれば全てが無駄になるが、呪いではないのだから、こちらが被害に遭うことはないだろう。


 いや、失敗をする気は毛頭ないが。


 シスターは、私に問う。

「先程の聖女はどうしますか?元々は、この計画のために必要だったのでしょう?」

 私は、さっき会ったばかりのピンクの髪の少女を思い出した。可愛い顔はしているが、性格の歪みが顔に出ている、能無しの聖女だ。

 『神の子』とも呼ばれる聖女を手に入れたら、教会の格があがる上、聖女目当てに信者が増えるかと思っていた。

 しかし、あのスミレという聖女に、多くの人を助ける力はなかった。知識はあるようだが、全く魔法の基礎がなっていなかった。魔法は、実践してこそ学ぶものが多いということを知らないらしい。

 聖女の保護者という男が、この大聖堂で匿って欲しいと莫大な寄付金を持ってきた。だから仕方なく匿ったが、それがなければあの聖女を見た瞬間、彼女を学園に追い返していただろう。

 

 先程会った時には、魔力が多少あがっていたようだが、それでも召還の役に立つ程の上昇ではなかった。


 私はシスターに首を振る。

「放っておきなさい。あの少女には何もできないでしょう。毒にも薬にもならない魔法使いは、この計画には邪魔なだけです。貴女達のように有能であれば別ですが」

 私が意味深に言うと、シスターは嬉しそうに目を伏せた。

「猊下がそう仰るのであれば、そのように致します」

 私は満足げに頷く。

「では、早速、行きましょうか。大魔王を召還しに」

「はい。私も御一緒いたします」


 そうして私はシスターと共に部屋を出た。


 転移の魔道具を使って大聖堂を去る。目的地はリンドウ帝国中央よりやや北にあるツノセゴ平野だ。

 王宮の目と鼻の先にあるのに、その土地には何もないのがちょうど良い。儀式を行うのに、多少なり時間がかかる。邪魔をされることなく誰にもみられない場所。

 それにはツノセゴ平野が一番適していた。


 見慣れた大聖堂の景色から一転して、目の前が広大な、だが何もない土地に変化する。

 ここは、本当に何もない場所だった。

 小さな家くらいの大きすぎる岩が至るところにあるだけで、他には草さえ生えていない。

 呪われた土地と言う人もいるという。

 砂漠のように砂になっているわけでも、雨が降らないわけでもないのに、生き物が育たない。

 そして、他の土地では見られない材質の、巨大な岩が点在する。何をどうしたら、こんな大きな岩だけが落ちている場所になるというのだろう。 

 王宮のすぐ近くの平地。

 それなのに家が1つもないどころか、誰1人近寄らないこの場所は、やはり呪われているのかもしれない。

「『大魔王』という存在を呼び出すには、相応しい場所だろうがな」


 ふ、と私は笑う。

 

 神を心から愛し祈りを捧げる私が頼るのが、その真逆に位置する魔族の王とは、これほど可笑しいことはない。

 だが、敬愛する神を呼び出し「神を信じる人が少なくなっているから手を貸してくれ」とは、神には言えない。まして、この私が神を使役するなど、とんでもないことだ。


 数百年前。。

 突如現れた伝説級のモンスター、マイリントアがこの国に現れて猛威を振るった時、数日で国の半分が崩壊したと聞く。

 それならば、大魔王という存在はきっと、1日程度でそれをやってのけてくれるだろう。

 国の崩壊を望んでいるのではない。

 国民が一度、心から恐怖し、自分達の力だけではどうしようもないということを理解してもらいたいだけだ。

 欲を言えば、あの目の上のコブである王家の信用は落としたいところではある。

 今、皇帝の暴走と、何かの陰謀だろうがアラン皇子の悪い噂が流れているおかげで、王家への不信感が高まっている。それでも、現在、教会が衰退している背景には、これまでの王家の献身的な国民に対する行いによりものだと思っている。

 王家が民に尽くしすぎた。

 私達が祈りによって時間をかけて改善しているところを、あっちは調査して『直接』その原因を改善している。目の前で改善されたら、神よりも王家の方が、自分達に何か良いことをしてくれると勘違いしてしまう。

 

 人の力だけで、何ができるというのだろう。


 人の力だけで疫病を止められるか。

 人の力だけで、畑の植物が育つというのか。

 全ては神の力。

 神によってこの世界は回っているのだ。

 その神を軽んじ、まるで自分達が神の使いのように動くリンドウ家の人間など、滅んでしまえばいい。


 国は、神のもと、それを信ずる教会が唯一の要であるべきだと、私は常々思っているのだ。教会が国のトップに立つことによって、神の力が国の全てに影響し、より良いものとなる。

 余計な争いもなくなり、病も、飢えも、災害もない、間違いなく平和な世界が訪れる。

 神に従えばそうなるとわかりきっているのに、なぜ皆はそうしないのか。私は不思議で仕方ない。

 

 しかし、それも今日で変わる。

 今までの古い世界は終わり、新しく神の力による平和な国に生まれ変わるのだ。

 そのためには、一度、国の民に恐怖してもらう必要があるが。


「ーーーここですわね」

 ツノセゴ平野をしばらく歩くと、シスターが足を止めた。

 『12』の秘密が極秘事項である以上、全体像の位置は私しか知らないはずなのに、シスターは私が指定するより先に、その位置を言い当てた。

 私は眉を寄せてシスターを凝視する。

 私の視線に気づいたのだろう。シスターは困ったように笑った。

「猊下。そのようなお顔をなさらなくても。私はーーー私達は、猊下の指示で12箇所の沼を作成したのですよ。それから考えると、おおよその位置はわかります。ここら辺だろうなと、そう思っただけですわ」


 ーーーそうか。そうだろう。

 ただのシスターであるこの女性が、はっきりと『12』の儀式を行える場所を把握しているはずがない。


 だが、この位置をこのシスターが知ることで、『12』の正確な位置を教えてしまうことになるということを、私は今、気づいてしまった。


 それはいけない。

 これは代々教会の教皇になる人間だけに伝わる、極秘事項なのだから。


 私は少し間を置いて、首を振った。

 このシスターがいない日に、改めて儀式を行おう。

 できれば早く儀式をしてしまいたかったが仕方がない。私の浅慮で、大事な儀式の秘密を漏らすわけにはいかないのだ。

「ーーーここではない。もう少し向こうだ」

 位置を把握させないために、一度、偽の場所を教えようと私が歩き出した時。

 私の着ている白い祭服の袖を掴まえられた。


「いいえ、ここですわ。猊下」


 今までと違う、低めの声に私は驚いた。

「ーーーなん…」

 改めてシスターを見ると、その女の顔がさっきまでと変わっていた。

 この顔は見たことがあった。


 私に『沼』のことを教えてくれたシスターだ。

 巨大なコアと同等の力を作ることができると。


「お久しぶりです。猊下」

 優しく微笑み、あまりに平然としたその女の挨拶に、私は声を失う。

「魔法…?いや、この私がそう簡単に隠蔽魔法にかかるわけが。貴女からはそれだけの魔力は全く…」

「あら猊下。ご存じないのですか?魔力はうまく調整すれば『隠す』ことが可能なのですよ」

 シスターは声を転がすように笑う。


 ーーーそんなこと、知らない。

 魔力を隠す?

 そんなことされたら、私の能力が役に立たない。


「猊下はまだお若いですもの。色々と知らないことがおありのようですから、私が教えてあげます。今日は満月。そして今が満潮の時期。月の力が一番強まる時なのです。このタイミングを逃してはいけません」

 

 私のことを若いというこの女こそが、私の一回りは若い姿をしている。まだ本当の姿を見せていないとでもいうろだろうか。沼の知識といい、魔力を隠すということといい、この女は、一体、何者なのだろう。

 この女は怪しい。『12』の秘密は絶対に知られるわけにはいかない。

「ーーーだが」

 私が否定しようとすると、女は怪しく笑った。

「私は『12』の儀式の方法も、実は知っています。この場所を教えたくなかったのでしょうが、安心して下さい。すでに知っているのだから、私に隠すことはないのですよ」

 言ったその女の茶色かった瞳が、金色に変わるのが見えた。日の光のもと、見誤ったのかとも思ったが、もう一度見てもやはり金色だった。


 金ーーー。


 金は神の色だ。

 リンドウ帝国王族が金の髪をしているのも、神の力を借りて王族となったという説もある。いや、金色である以上、間違いないだろう。それゆえ王族の魔力は尋常でないのだ。神の力が濃いのだから。


 そしてこの女ーーーー金の瞳。

 この女も神の力を…。


 ようやく。

 ようやく私はこの女が、私にも気づくことができない隠蔽魔法を使える理由がわかった。

 教皇に選ばれるほどの魔力保持者である私よりも数倍、魔力があるのだろう。

「ーーーでは、貴女がすればいい」

 私は言葉を吐き出すように言った。

 大魔王を呼び出す儀式は、私よりも知識や魔力が上の、この女がすればいい。

 大魔王を操作するのは私でありたかったが、ここまできて、こんなよくわからない女に従うのは御免だった。

 この女は怪し過ぎる。

 まだ隠しているようだが、それでもこの女が『よくないもの』であることは嫌でもわかる。

 この女のいいようにするわけにはいかなかった。

 これだけの力があるのに、自分では儀式をしようとしていない。

 何か理由があるはずだ。

「私はこの話からは降りる。貴女のことは信用できない」

 私が女を睨み付けたあと踵を返すと、後ろから、更に低い声が聞こえた。

「…それは困りますわ」

 振り返るのが恐ろしいほどの圧を背中に感じて、私は震えた。女が今、どんな顔をしているのかを見るのが怖かった。

 

「もう大魔王が現れるという噂は流してしまいました。次の最高のタイミングとなると、半月後になります。そうなると、誰か邪魔をしてくる人がいるかもしれない。少なくとも、竜神はあの『沼』の存在に気付くでしょう。壊されてしまうと、またあの『沼』を造るのは猊下が想像されるよりずっと大変なんですよ」


 頭の底に響くような、ぞっとする声だった。

「猊下には、どうしても今日、儀式をしていかなければならないのです。わが一族のために」

「…一族?」

 つい振り返ってしまって後悔した。

 視界に入った女の顔はひび割れ、その口元はさっきまでの2倍は大きく裂けて広がって、口の中から大きな牙が2本見えていた。

「ーーーその顔は…呪いか」

 ふふ、と女は醜く笑う。

「ご明察ですわ。私の祖先が呪いを受けて、魂に傷がつきました。それゆえ、こうやって鬼面のような姿が一族の特徴になってしまいました。…あぁ、そうですね。私の代わりに大魔王を召還していただく猊下には、特別に教えてさしあげます」

 女が腕を宙に浮かすように手を伸ばすと、私の身体が急に全く動かなくなった。

「私の先祖は、昔、貴方と同じ『猊下』と呼ばれることがありました」

 なに、と私は声にしたかったが、口が動かず声も出せなかった。

 女は悲しく口の端を上げる。

「ーーーそして、国を治める『王』にまで登り詰めた、偉大なる人だったのですよ。この瞳の色はその名残。リンドウ帝国の前に栄華を極めた、今はない大国の、王家の証です」


 女が『12』の儀式の秘密を知っている理由。

 教皇だったという祖先から教わったというわけか。この方法は決して漏らしてはいけない秘密なのに。

 その時点で、その教皇であった先祖は、失格者だ。

  

 女は伸ばした手をゆっくりと動かした。それを真似するように、私の手がゆっくりと動いていく。

 私が抵抗しようとしても、私の身体なのに全く制御できなかった。

「私は今の王家であるリンドウ家が憎い。何の傷もなく、神の力を借りてのうのうと国を統治しているあの一族が」


 私の腕は、私の知る『12』の儀式の動きを始める。女はもう、自分の手は動かしていなかった。


 なんだこれは。

 やめろ、これでは私が儀式をしているようだ。


「私はずっと、この時を待っていました。儀式ができるだけの魔力を持ち、儀式を行う理由のある人物が現れるのを。その儀式を行うに、相応しい時期がくるのを。国が荒れ、王家の人間の繋がりが薄らいでいるこの時期が、王家が滅亡するには一番相応しいでしょう?」


 儀式には時間がかかる。

 私はどれだけの間、この女に自分の身体を動かされたのだろう。

 どれだけ抵抗して、弾かれたかもわからない。

 私の額から流れ落ちる汗は、本当に私のものなのだろうか。

 コア自体を動かせない時に、術者自ら動く様式のこの動きは、コアを動かす時よりも長く時間がかかる。

 月の満ち欠けが影響している満潮の時は、たった数時間しかない。

 つまりこれはその数時間内のことであるのだろうが、まるで日を越えるのではないかと思うほど長い時間に感じられた。


 儀式の最後の動きに入ったのがわかった。

 だが、私の知っている儀式の動きと違う。

 女はうっすらと笑う。


「ーーーわかってしまったのですね。そう、これは『ただの儀式』と違います」

 金の瞳が、濃くなったように見えた。

「これは『呪いの儀式』。大魔王を召還するのに、たかが12個の大きなコアだけでできるはずがないでしょう。ましてや、沼にコアを溶かすだなんて、そんな愚かなことするはずがない。それだけのコアを準備するには、何千年もかかってしまいますわ」


 私は聞いて、愕然としてしまう。

 呪いだと?

 呪いの儀式などしてしまったら。


「呪いの儀式を行うと、術者の身体は消滅します。呪いの儀式はその魂さえも傷つくでしょうけれど、大魔王を召還するほどですもの。魂が消滅するよりも酷いことになるかもしれないですね」

 くすりと女は笑う。

 この女。はじめからそれが目的で。

 従順なシスターのふりをして私に近づき、自分が消滅しないように私に呪いの儀式をさせるつもりで、こんな計画をもちかけてーーーー。


 なんということだ。

 ーーーなんということを私はーーー。


 あの時。私が聖女を一緒に連れてきていたら違っていたのだろうか。聖魔法でこの女の魔法を解いて。

 いや、あの聖女ではダメだ。まだ力が弱すぎる。

 魔法を昇華させる聖魔法は、難易度が高い。私でさえ体調が整った時でないと使えない魔法だ。

 あのピンクの髪の少女ではとても無理だ。

 もしこのまま大魔王が蘇ったとして、あの今の聖女の力では、大魔王を倒すこともできないだろう。

 倒せなければどうなってしまうのか。


 私はこの国の人間を大魔王の力で少しだけ恐怖してもらうつもりで…。しかしこの女は違う。

 多分、この国をーーー滅亡させるつもりだ。


 そうしたら何人の命が奪われる?

 どれだけの犠牲がでるのか。


 私は。

 私はなんということをしてしまったのだ。


 ただ、私の信じる神の力を。

 神の信者をもっと増やしたかっただけなのに。


 あぁ。儀式が終わってしまう。

 大魔王が復活する。


 誰か。

 神様。

 誰でもいい。


 ーーー誰か、どうか、ーーーー助けて。



 私の目から涙が流れたその時。

 急に私の目の前の空間が光輝いた。


 転移の魔道具を使った時のその輝きの中に、1人の姿がぼんやりと見える。その人の両肩に、手のひらサイズの小さな物体も乗っている。

 声が聞こえた。


「ちょっとマイリントア。カナタイド地方に行くんじゃないの?私、久しぶりにレイラに会いたかったのに」

 

 今のこの場にそぐわない、張りのある明るい声だった。それに続いて、肩に乗る1つの物体から怒りの声が聞こえる。

「てぇい。『呪いの沼』の場所を示した地図を忘れていったのはどこのどいつじゃ。転移の魔道具はお高いのじゃぞ。そう何枚も無駄に使えるか。よく考えたら、あと12枚も転移の魔道具使うより、この場所にきて、一気にその12箇所を壊してしまった方が早いと思ってな。ここから放物線状に『沼』はあるから、目標さえ外さなければ大丈夫じゃ」

「それこそ転移の魔道具の無駄遣いじゃない。ここから12箇所を破壊って、どれだけの土地を壊す気?カナタイド地方なんて北の果てよ。そこまでの道のりを全部壊すなんてものすごい被害が出るに決まって…」


 その少女は、ようやく私達の存在に気付き、怒鳴り声をあげる口を閉じた。

 白銀の流れるような髪に、空を映したような鮮やかな青色の瞳。薔薇色の唇。この世のものとは思えないほどの極上の美少女。

 まるで女神が降臨されたかのような、その姿。


 ーーー私はこの人を知っている。

 アラン皇太子の誕生祭で会ったアラン皇子の婚約者。

 未来の皇后陛下。


 ーーーリーネ・アネット・グランドロス公爵令嬢。

 

 その人だった。



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