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悪役令嬢、呪いと大魔王のことを知る

 大魔王。

 ゲームのラスボスとして、リンドウ帝国中、いや、全世界を混乱に陥れた本物の怪物だ。

 人の言葉を解し、この地上を魔族の世界にしようとするその怪物は、物語の最後に突如現れた。


 騎士団やギルドの人達が剣を持って戦うも大きなダメージを与えられない中、聖魔法で効果があるとされた。 

 この世界で、聖女はただ1人しかいない。

 

 聖女は、恋愛対象者の1人を連れて魔王に挑んだ。恋愛対象者の攻撃は魔王には効かないが、その周りの魔族達の攻撃から聖女を守るためだけに、その相手は同行した。


 大魔王は強かった。

 一緒に向かった騎士団やギルドのメンバーは、あっという間に倒された。

 守らなければならない聖女に回復魔法をかけてもらうこともありながら、聖女とその相手は、大魔王をようやく追い込むことができた。しかし大魔王は、敗北の気配を感じとると、大魔王最大の魔法を聖女に放った。

 それを受けると即死は免れない。

 そのことを察した相手の男性は、聖女を庇って命を落とす。最期に聖女に愛の言葉を伝えて死んでいく愛する人の死が、聖女を『大聖女』に変えた。

 聖女は大聖女しか使えない魔法を唱え、大魔王を倒した。

 聖女は、自分を庇って死んだ愛しい人の傍に跪き、泣きながら叫ぶ。

 自らを犠牲にして、愛する人の命を甦らせる魔法を。


 ーーーそれが『世界の中心で魔法を叫ぶ』のメインストーリーだった。

 

 つまり、大魔王なくして、この題名での物語は成立しない。

 

 私は自分の部屋で、テーブルの上の紙に向かいながら、ゲームのストーリーを振り返っていた。


「スミレが帰ってきたとして…修行はちゃんとしているのかしら。学園からいなくなるまで、あの子、修行らしい修行をしていなさそうだったけど、さすがにゲームの内容を知ってたら、中級くらいまではレベルアップしておくわよね。していないと世界の破滅だもの」


 私はフワフワのピンクの髪の少女を思い出す。

 私が容赦なく虐めないといけないはずなのに、むしろ何もしていない私を睨み付けてきていたあの子。

 とても聖女とは思えない性格をしていたけれど、あれから半年。少しは性格も良くなって…は、流石にないか。よっぽどのことがない限り、人の性格は変わらない。


「恋愛の相手は誰かしら。アラン皇子はちょっと違うみたいだし、ノクトやケリー先生がスミレと仲の良さそうな場面を見ていないし」

 私は棒で作ったような体の絵を5人描いて、その上にバツマークをつけていく。

「ジルお兄様に至っては、スミレに顔さえ見せてなさそうだったのよね。スミレが以前、会ったこともないって不満げに言っていたし。ゲームとしてはあり得ないんだけど。ーーーじゃあ、ロジーかしら」

 私は紙に描かれた5人目の棒人間を、グルグルと円つで囲った。

「ロジーはスミレと一緒にいなくなったものね。かなり可能性は濃厚かもしれないわ」

 学園ではいつも私と一緒にいてくれたけど、陰で実はスミレと愛を深めていたのだろうか。

 それはそれで、私はロジーとは友情を深めていたつもりだったから、何も言ってくれなかったのは少し寂しく思うけれど。暗殺者なのだから、ベラベラ自分のことを他人に話したりもしないだろう。

 あの可愛いロジーが、スミレとどんな恋愛をするのだろうか。

 私はロジールートを全くしていないから、どんな内容なのか全然わからないのが悔やまれる。

 戻れるものなら、まず一番にロジールートのゲームを始めるだろう。ロジーの恋の応援とか、してあげたいのだけど。

 ロジーとスミレの恋。全く想像がつかない。


「何をブツブツ言っておるのじゃ」

 冷たい視線で、マイリントアが私に声をかけてきた。

「お帰り。お散歩は楽しかった?」

 私の膝の上にピョンと乗ってくる手のひらサイズの魔物のマイリントアに、私は尋ねる。

「楽しいなど、そんなものではない。野を越え山を越え、ワレは過酷な修行をじゃなぁ」

「口元に何かの茶色いタレが沢山ついているわよ」

「なにぃ?」

 マイリントアは小さな手で口を拭う。それでもうまく拭えず、私がハンカチでそのタレを取ってあげた。

「リュージュはどこに行ったか知らない?冬眠みたいに冬は寝続けてたけど、ようやく暖かくなって、最近、体調を戻すためにマイリントアのあとを追ってたでしょ」

「あぁ、あやつか。あやつは体調が戻ったからと、自分の領地を見に行ったぞぃ。故郷は東の火山帯じゃからのぉ。多少の体力がないと戻れんからな。昔の大きな体ならあっという間にたどり着くじゃろうが、ワレと同じくらいのあの身体ではなぁ」


 そうか。アリが富士山に登るようなものだものね…。


「それで?それは何を描いておるーーー大魔王?」

 マイリントアは私の落書きをみて、そこに書いてある文字を読んだ。

「そうよ。珍しいじゃない。噂好きのマイリントアが、大魔王の噂を知らないなんて」

「たわけ。誰が知らんと言ったか。下手くそな絵で大魔王様を描くから、驚いただけじゃ」

「『大魔王様』?」

 私はマイリントアを覗き込む。

 何、その言い方。まるで、マイリントアの世界の上司のような。

 そう思った私の心を読んで、マイリントアは素直に頷いた。

「そうじゃよ。大魔王様は、魔族の王なのじゃからな」

「何それ、初耳なんだけど」

 ふん、とマイリントアは鼻を鳴らす。

「言うたことないのだから、当たり前じゃ。そもそも、ダンジョンは魔族が作っておるからな。それに神族が無理やり干渉してきて、アイテムボックスなどという邪魔なものを人間のために置いていきおる。ワレは、大魔王様に仕えておった四天王の1人じゃったが、ちょっとした罪の罰で、300年の間、あのダンジョンで勤務することになっただけじゃった。なのに少し地上に出たばかりに、人間の奴らがワレを封印して…」

 ブツブツと文句を垂れるマイリントアに、私はストップをかける。

「ちょ、ちょっと待って。ちょっと待ってマイリントア。頭が追い付かないわ。何それ、勤務とか四天王とか。情報量多すぎ。ちょっと整理させて」

「何を整理するというのじゃ」

 私はむっとしてみせる。

「今の言葉を全部よ。そもそも、何?マイリントアって、魔物でありモンスターでしょ。魔族なの?」

「『魔』とついておろうが。魔人も魔神も、魔獣も魔物も、言い方が違うだけで全て魔族ぞ」

「うそぉ」

 私が呟くと、マイリントアは「嘘をついて何の得がある。本当のことじゃ」と不満げに怒った。

「じゃ、じゃあ、何?ダンジョンって、勤務制なの?あの公爵領のダンジョンで会った、あのキツネみたいなのとか虫みたいなのとか」

 1年間だけで万単位のモンスターをやっつけてしまったけど。

「あれらは、ダンジョン生まれのモンスターじゃな。勿論、報酬はもらっておろうが、ワレとは体制が違う。ダンジョン生まれのモンスターは、ダンジョンの中にあるエネルギーが食料でな。その食料を食べて命を消化するのが役目よ。勿論、魔族である以上、外部からの命を奪う目的は一緒じゃがな。しかし、それより上の魔族は魂が主な食料となり、魂を集めるのが仕事となる。ワレは、あのダンジョンの大ボスとして、ダンジョン全ての魔族を取り締まる役目を任命されてな。役目は大きいが自由を奪われて、辛い気持ちも勿論あったがのぅ」


 ケリー先生いわく、神族や魔族のことは情報を保持すること自体がこの世界で禁忌になっているらしく、情報が全く手に入らないという。

 情報漏洩によって、神や魔族を怒らせるわけにはいかないのかもしれないという話だったが、私がこんな簡単に魔族の話を聞いてしまって良いのだろうか。

 知識欲の化身であるケリー先生が聞いたら、泣いて喜ぶに違いない。


「…遊びに行けないくらい忙しい職場に単身赴任させられた感じかしら。そんな場所に行くような罰を受けるって、マイリントア、一体、大魔王に何をしたのよ」

「『大魔王様』じゃ」

「はいはい。大魔王様、大魔王様」

 私が言い直すと満足そうにしたが、『何の罰』と聞かれて、少し言いにくそうにしている。

「ーーー大魔王様のな…」

 言わないのかと思ったけれど、マイリントアは話し始めた。

「大魔王様の、誕生日に奥さまが焼いたプレゼントケーキが美味しそうじゃったから、ワレが少しだけと思って食べたら、あまりに美味しくて全部食べてしまったのじゃ…」

 なんと。奥様が特別に作ったプレゼントを、部下が勝手に食べるなんて。

「それは大魔王様も怒るわ」

 私が言うと、マイリントアはしゅんとする。

 思ったより落ち込むので、私は少しマイリントアに優しい声をかけた。

「ま、まぁ、でも、さすがに300年は長いわよね。ちょっと大魔王様も厳しすぎなんじゃないかなぁって思うわ」

 マイリントアは、ちらりと私を上目遣いで見る。

「…じゃろう…?」

「そうよ。いくら奥様が作ったケーキとはいえ、誕生日とはいえ、そんな四天王ほどの部下をたった1回くらいで」

「………」

 マイリントアはまた下を向いて黙る。私は、はっとしてマイリントアに聞いた。

「まさか、1回じゃないの?」

「………」

 図星というやつだ。私は開いた口が塞がらない。

「ーーーそれは怒るわぁ」

「じゃ、じゃから、ちゃんと真面目に勤務をしておったのに、いきなり封印されるわ、甦ったと思ったら小娘の従魔になるわ」

「小娘ですみませんね」

 つい苦笑してしまう。

 マイリントアの過去に、そんな背景があったなんて。

 大魔王なんてすごく怖い存在と聞いていたのに、聞いていると親近感がわくような気さえする。


 落ち込んだマイリントアだったが、しばらくすると、ひょっこりと顔を上げて、首を傾げた。

「で、その大魔王様なんじゃが、なぜ地上に出現なさるとかいう噂が立つのかのぉ。大魔王様は、魔界を統治するのにお忙しいから、地上にでる暇などないはずじゃが」

「そうなの?」

 マイリントアは頷く。

「勿論じゃ。魔界全体を管理するお方じゃからな。忙しさなら国王なんてものじゃないぞよ」

「…じゃあ、なんで来るのかしら」

「なんでかのぉ」

 マイリントアは、人の心が読める。

 私はマイリントアに直接話したことはないけれど、最近、私はいつもこのことを考えているから、きっと私がゲームの世界にきたということも、憑依者ということも知っている。

 大魔王がいずれ来るということも、噂を聞かずして知っているはずだ。

 それでも、大魔王が来る理由がわからないらしい。

 ストーリーを知っている私が、大魔王の来る理由を知らないのだから、当然といえば当然かもしれない。


「ーーーー召還…かもしれんのぉ」

 私の膝の上で呟いたマイリントアを、私は見下ろした。

「ーーーえ?」

「召還じゃよ。ほれ、ワレを一度封印した時、千人の魔術師の命を使って闇の精霊を召還したのじゃろう?あれと同じじゃよ。大魔王様とはいえ、強大な力があれば召還できる。まぁ、大魔王様という偉大なる存在を召還するとなると、それこそ、万単位の人間の魔力でも難しいだろうがな」

 ホッホッホッとマイリントアは笑う。


 私は少し考えて、今日はいつもより饒舌なマイリントアに聞いてみた。

「ちょっと聞くけど、マイリントアは、魔術での儀式と呪いの儀式の違いを知ってる?」

「被害の度合いが違うのじゃろ」

「被害の度合いって?」

「被害の度合いは、そのままじゃよ。例えば人が10人で魔術の儀式をしようとすると、魔力はなくなるが身体は欠けることはないな。ワレを封印する時に死んだ者達は、命は失ったが身体は残ったと聞く。だから普通の儀式じゃな。まぁ精霊の召還は神聖なるものじゃから、呪いの儀式では呼べんのじゃよ」

 なるほど、と私は頷く。

「呪いの儀式は身体を犠牲にする分、威力が増す。魔法の儀式10人ですることを1人の力でできるほどじゃ。だが、その身体は失くなる。そして呪いで身体を失ったものの魂は激しく傷むのじゃ。呪いが失敗した時の反動も大きい。呪いの失敗は何が起こるかわからないところがあるから、魔族でもあまり使用する者はおらぬな」

「魂が傷むとどうかなるの?」

「様々じゃなぁ。生まれ変わりの時に身体が欠損しておったり、精神が崩壊しやすくなっておったり。そもそも生まれ変われないということもある。輪廻の環から外れたりな」


 マイリントアが聞けばなんでも答えてくれて、少し可笑しくなった。マイリントアは小首を曲げる。

「なんじゃ、突然笑って」

「いや、マイリントアがあまりに物知りだから」

 私が小さく笑うと、マイリントアは少し照れて、手足をパタパタさせた。

「ワ、ワレは四天王の1人じゃからな。当たり前ぞ」

 照れるマイリントアが可愛い。私はクスクスと笑った。

「じゃあ、またわからない事があったら、マイリントアに一番に聞くわ」

 照れ隠しか、マイリントアは私に合わせてホッホッと笑う。

「それは残念じゃな。特別講師は今日だけじゃよ。良いことがあったのでな、今日はワレの機嫌が良いだけじゃ」

「良いこと?」

「南西の方に、美味しい焼き鳥屋を見つけたのじゃ。極上の質の鶏をな、最高級の炭火で燻すのよ。これがまた、甘味のある肉で、舌がとろけるようじゃった」

「それ何処っ!!?」

 私は身を乗り出してマイリントアに問う。

 なぜそんな大切なことを一番に言わないのか。


 マイリントアは、私のあまりの勢いに、やや引き気味に呟いた。

「…今日の話の中で一番興味津々ではないか。我が主ながら、さすがに卑しすぎじゃぞ」

「いいの。それより、そこはどこなの。マイリントアまだ転移の魔道具あったわよね?行きましょう!すぐにいきましょう!!」

「いや、ワレはもうさっき食べたばっかりじゃから」

「マイリントアならまだ大丈夫!食べれる」

 やいやい言っていると、疲れた顔で、こちらも手のひらサイズの竜神、リュージュが帰ってきた。

 マイリントアは、リュージュを振り返る。

「おお、いいところにーーーではなくて、早いお帰りじゃな。もう少し長い間、里帰りするかと思うておったぞ」

「…問題が発生してな」

 はぁ、とリュージュは出っ張ったおなかに顔を埋めるように項垂れて、トボトボと歩いてきた。

「珍しいわね。リュージュがそんなに落ち込むなんて。何があったの?」

 リュージュは何か言いたくなさそうにモジモジして、綿毛のような毛並みをフワフワとさせた。

「ーーーなに?呪いじゃと?」

 マイリントアが言った言葉に、リュージュは弾かれるように顔を上げた。

「やめろ。わしの思考を勝手に読むでない」

 言ってから、はっとリュージュは私を見る。あまり知られたくなかったらしい。

「呪い?何かの呪いにかけられたの?」

 リュージュはまだモジモジしている。

「いやなぁ…ワシではないのだが、実は、山の麓に、呪いをかけられておってな…」

「山の麓に?」

 リュージュは頷く。

「結界が張られておったから、この屋敷からではわからんかったのだ。ワシがあの山を離れたばかりにと思うと…情けなくなってしもうてな」

 リュージュはしゅんとしている。

 確かに、リュージュは山の守り神だ。リュージュがいたら、山の麓に呪いをかけられることもなかったかもしれない。


 聞いていたマイリントアが、何かを考えてはいたが、じわりとリュージュに声をかける。

「リュージュ。落ち込んでいるところ何だが、結界を張られた呪いって、まさか、沼の中に死んだ人間が沢山入れられていたわけではあるまいな?」

 聞いて、リュージュはマイリントアを鋭く睨み付ける。

「呪いをかけたのはお主だったのか」

 正解だったらしい。

「マイリントア。それって…」

 私がマイリントアを見て言うと、マイリントアは私を見つめ返し頷く。


 だいぶ前、スラム街の裏手にある教会の近くに、結界の張られた沼があった。中には死体の山と、死んでいるのに動く人間の姿が沢山あって。

 あれは最終的にマイリントアが焼いて消えたはず。

 いや、そもそも、あの時と場所が全然違う。

「リュージュ。あれは呪いなの?」

「あそこまで醜悪なものが、呪いでないはずがなかろう。あれは間違いなく呪いぞ。しかも相当たちが悪い」

 

 呪い。

 大魔王。

 召還。


 私の頭に次々とワードが浮かぶ。

 マイリントアは、それを読み取って、否定してきた。

「いや、リーネよ。あのくらいの呪いでは、さすがに大魔王は召還できんぞ。あれが何十個とあれば別じゃが…」


 何十個。

 そんなにあの沼が、あるはずない。

 でも。


 私の中の何かが警告音を出している。

 考えろ。

 考えろ。

 考えろと。


 私ははっとして、自分の部屋の本棚にある、リンドウ帝国の地図を取りに行った。

 皇后になるための教育に使用するため、国民が持つものと比較にならないほど正確な地図だ。

 広げて、リュージュに、その呪いがどこにあったのかを聞いた。

 リュージュが示した場所に円をつける。

 マイリントアが消滅させた沼の場所にも円を描く。

「そこはワレが消したであろう?」

 私の脇の下から声をあげるマイリントアに、私は首を振る。

「また同じ場所に同じものを作ったかもしれないでしょ」

 そして、少し前にマイリントアと行った、教会の横の畑に死体が積んであったあの場所にも印をつけた。


「リーネ。何をしておるのじゃ」

「マイリントア。あなたは私の存在がどういうものなのか、本当は知っているでしょう?」

 私がマイリントアを見据えると、マイリントアは私をしばらく見つめたあと、静かに頷いた。

 その頷きで、私は覚悟を決める。

「ーーーだから、実は私は知っているの。大魔王が現れる場所を」

 私は、その場所にも印をつけた。


 そこはリンドウ帝国中央。

 宮殿の目と鼻の先の場所。

 それゆえ、帝国は大混乱に陥った。


「マイリントア。これをよく見て。私じゃわからないわ。これ、もしかして『12』の正しい並びになっているんじゃないの?この大魔王が現れる場所に対しての」

「なんじゃと?」

 地図に直接乗っていたマイリントアは、私の肩に飛び移り、バランスを確認するため遠くから地図を眺める。

「ーーーなんということじゃ」

 マイリントアは、わなわなと震えた。

「ワレもあの沼を見たあとから、それらしい場所が気になって探しておった。良くないことが起こりそうな気がしてな。まさか、こんなことになろうとは」

「…やっぱりそうなのね」


 呪いの沼を、12箇所、計画的に作って『12』の力で効力を何倍にも増やす。そうすることで、大魔王さえも召還することができるのだろう。


 なぜ今年の冬に現れるはずの大魔王が、時期を早めて今年の春に現れることになったのかはわからないけれど…。


「わしが今年はのんびり冬をこえてしまったばかりに、こんなことになってしもうて」

 不甲斐ない、とリュージュはポッテリとした身体を丸めて、悲痛な表情を浮かべている。

 そうか、山を守る神のリュージュが今年は長期間、山にいなかったから…。


「あっ!!!!」

 私は大声を出してしまった。

 マイリントアとリュージュが私を見上げる。

「どうした、リーネ。そんな大声をあげて」

 マイリントアは私が煩いという顔をしてみせたので、そのマイリントアの身体を掴んで、マイリントアの耳元でわざともう一度大きな声を出した。

「冬眠よ!!!」

「っうるさいわ!聞こえておる!!!なんじゃ冬眠とは」

 私はマイリントアの小さな手で、ペシと手を弾かれて、マイリントアが手から滑り落ちた。

「本当は今年の冬に現れるはずの大魔王が、何故、今年の春に早まったのか、理由がわからなかったの」

 ようやく理由らしきものがわかった気がする。

「本当は、冬眠する時期にしかリュージュの隙を作ることができなかった。でも、今年はその期間が長かったでしょう。私達が海辺の教会の横の畑に行ったのが秋。順々に呪いの沼を作っていたところ、うまいことリュージュがいなかったから、早めに呪いの沼が全て完成してしまったんじゃないの?」

 ふむ、とマイリントアは唸る。

「ーーーまぁ、そう考えられなくもないかの」

 マイリントアが頷くと、リュージュは、少しだけ顔をあげた。

「…では、ワシが前までの生活をしていても、今年の冬には同じことが起こったということか?」

「そういうことになるわね」

 ゲーム通りなら。

 ただ、ゲーム通りにいかない世界になってきている。折角リュージュが気を取り戻そうとしているから、言わないでおくけど。


「マイリントア。この地図に、その『12』の完成形の位置を書き記すことはできるかしら。そしたら、残りの呪いの沼の位置がわかるかもしれない。呪いの位置がわかれば、その沼を壊して、大魔王召還を阻止できるかも」

「また新しく作られたらどうする」

 スラムの外れにある沼は、多分また作り直されているはず。

「そしたら、元凶がわかるまで何度も壊すだけよ。何度でも、何度でも、作っただけ壊してあげるわ」

 私がどや顔で言うと、マイリントアは小さく笑った。

「あれを最終的に壊したのは、ワレの力じゃったがな」

 確かに。

「じゃあ、マイリントアに何度も壊してもらうわ。頑張って、マイリントア」

「てぇい。他力本願に切り替えるでない。…仕方ないのぉ、こういうのは、ワレの性分ではないのじゃが」

 ブツブツと言いながら、マイリントアは地図上に印をつけてくれる。

 マイリントアはヒントは与えても、基本、答えをそのまま人に教えることはしない。今日は本当に、マイリントアらしくない日だった。

 そんなに焼き鳥が美味しかったのだろうか。

 マイリントアは、シャーっと威嚇するように叫んだ。

「そんなわけあるか。ことが大魔王様のことじゃから、仕方なくに決まっておろう。出血大サービスじゃぞ、こんなこと」

 心を読まれて、私の心臓が跳ね上がる。

「ちょっと。人の心を読んで言い返すの止めてよ。びっくりするでしょ」

「読まれてびっくりするような事を考えるのが悪いのじゃ。ーーーほれ、終わったぞぃ」

 地図には中央の円以外に、ちゃんと12箇所の印がつけられていた。


 私はその地図を眺めて「あっ」と声を出す。

「ここ、カナタイド辺境伯領地だわ。ここならレイラに確認してもらえるかも」

「あぁ、あそこの土地の者なら、リーネがお願いすれば死に物狂いで呪いの沼をどうにかしてくれるかもしれんな。リーネ信者が無数におるらしいからのぉ」

 え、と私はマイリントアを見る。

「どういうこと?」

 呆れた顔のマイリントアは、軽く頭を抱える。

「まさかそなた、全く自覚しておらんのか」

 自覚…?カナタイドを去る時に、祭りみたいになったのが、私のせいとでも言っているかのようだ。

 あれは他国が侵略してこようとしたのを阻止したお祝いでしょうに。

「…まぁいい。レイラに頼むがよかろう。時間がないのであろう?ワレも、偉大なる大魔王様が、そんなくだらないことで召還されるなど、決して許さぬ」


「早速、出発しましょう。まずはカナタイド辺境伯領地から。そして1箇所ずつ回っていくわよ。全て破壊してやるんだから」

「おぉ、リーネ。やる気じゃのぉ。感心ではないか」

 ふふ、と私は笑う。

 そりゃそうだ。聖魔法でしか倒せない大魔王。

 スミレが不在の上、ちゃんと修行をしているかもわからない今、大魔王が現れないで済むなら、それにこしたことはない。

 ゲームの筋書きは変わってしまうだろうけど、そんなの今更だ。もうすでに、だいぶ物語は変わってしまっている。


「私に何かできることがあるなら、やれるだけやってみたいじゃない」

 に、と笑う私に、マイリントアは、珍しく優しい顔をしてみせた。

「ワレはソナタのそういうところ、嫌いではないぞ」

 言って、少し照れるマイリントアに、胸がキュンとなる。可愛い私の従魔。

「そう?私も文句を言いながらも、ちゃんとフォローしてくれるマイリントアが大好きよ」

 私は笑う。

「じゃあーーー行きましょう」

 

 1人と2体の生き物は、転移の魔道具で飛んでいく。そしてリーネの部屋には、誰もいなくなった。


 ーーーー印のついた、地図だけを残して。


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