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悪役令嬢、つかの間の休息をアラン皇子と。

 寒い寒い冬を越えた。


 長いこと雪に覆われていた地面から土が見えると、あっという間に草が生え、花が至るところに咲き始めた。

 鳥は歌い、動物達が動き始める。

 飢えながら寒さを凌ぐしかなかった人達も、ようやく息をついて稼ぐための作業ができるようになった。道路を歩く人の顔も、こころなしか頬を紅潮させて浮かれているようにも見える。

 

 季節は春。

 新学期の時期となった。

 魔法学園は、新しい生徒達、新入生を迎えて華やいでいる。

 今年の入学式では、生徒会長であるノクトが挨拶をして、一部の女子生徒から人気を集めたらしい。

 

 中庭の木々も、春の日差しを浴びて生き生きと輝いているようだった。

 そんな木々の風に揺れる囁きを聴きながら、中庭のベンチにアラン皇子と並んで座り、私はアラン皇子に自分のもってきたサンドイッチを1つ手渡した。


「今日は照り焼きチキンのサンドイッチよ」

 アラン皇子は素直に受け取る。

「これはまた美味しそうだな」

 微笑むアラン皇子の表情は柔らかい。

 暖かくなりだしてから、時々来ていただけのアラン皇子が、毎日、私が中庭でランチをする時に顔を出すようになった。そのことが日常になると、特に何も違和感を覚えなくなった。


 ネロのところに行った時から、もう3ヶ月が経っている。あれから特に進展はなく、皇帝を元に戻す作戦も停滞している。皇帝を元に戻すこともできず、かといって暴走を止める方法も思い浮かばず。


 そういうわけで、アラン皇子は悩みながらも忙しい日々を過ごし、私は魔法の授業に励みつつ、本来の優雅な生活を楽しんでいた。

 そしてランチは、中庭でアラン皇子と他愛もない話をする。アラン皇子の分も美味しいものを準備して。

 今日は照り焼きチキンサンドだった。グルメで有名なグランドロス公爵が、高額で雇っているお抱えシェフ特製の、照り焼きチキンサンドだ。まずいはずがない。

「間違いなく美味しいわよ」

 私は大きな口を開けて、自分の分の照り焼きチキンサンドイッチにかぶり付く。

「ん。ほら、ほいひい」

 モグモグと噛みながら私が美味しそうに目を細めて笑うと、アラン皇子は苦笑する。

「学園の『奇跡の宝石』と言われるリーネが、こんな食べ方をしているところを見られたら、間違いなくスクープになるな」

 ごくんと、私はサンドイッチを飲み込み、アラン皇子を冷めた目で見上げて口を尖らせた。

「何よ、奇跡の宝石って。意味わからないし、もしそう言われたとして、私がだからって慎む必要はないわよね。私は美味しいものを一番美味しい方法で食べているだけだもの」

 アラン皇子は、そういう私に少し意地悪そうな顔をして、もう一言付け加える。

「あと、この場所にも名前がついているらしいぞ。新入生達がつけたらしいんだが」

「この場所に?新入生が?」

 とりたてて特徴もない、ただの中庭だ。

 アラン皇子は、可笑しそうに歯をちらりとみせる。

「『愛の聖地』だと」

 私は盛大に顔をしかめた。

「ーーーなんですって?」

「高位貴族である皇太子と公爵令嬢の俺達が毎日ここで会ってるから、滅多なことでは踏み込めない場所として聖域化されだしたらしくてな。その上で、俺達がいない時にここにきて告白が成就したら、永遠に結ばれるとかいう噂が流れてるんだと。ノクト調べだから、間違いないだろう」


 それには呆れるしかない。私達がここで毎日会うようになったのは最近で、新入生達が学園に通いだしてからの1ヶ月程度だ。

「そんなでまかせが横行するなんて、世も末ね」

 アラン皇子は、手にもった照り焼きチキンサンドを、気品のあるしぐさで口に入れる。咀嚼し飲み込んでから、肩を竦めた。

「まぁそう言ってやるな。今年に入ってから悪い噂ばかりだ。皇帝が狂い始めたとか、大魔王が現れるとか、リンドウ帝国が滅びるとか。そんな中で、少しくらい明るい噂があってもいいと思うぞ。良い関係の者にあやかろうとする心が大切な時もある」

 悪い気はしていなさそうなアラン皇子を、私は凝視する。

「…大魔王が現れる…ですって?」


 私が急に真剣な顔をしたからだろう。

 アラン皇子は笑みを消した。 

「あぁ、それこそ根も葉もない噂だがな。どこから流れてきたかもわからないが、王都でも噂になっているらしい。国が不安定な時にそういう噂は流れやすいものとはいうが…」

 私は黙る。

 アラン皇子は根も葉もない噂と言うけれど、ただの噂ではないことを私は知っている。

 間違いなく、大魔王は現れるのだ。


 『ゲームの設定』では必ず通る道。どの恋愛対象者のルートに行こうと、確実に訪れる大魔王との戦い。

 しかし大魔王との戦いは、本来、次の冬にやってくるはずだ。冬になると急に大魔王の噂が立ち出し、それから時間が経たずして大魔王は現れる。

 だが今はまだ春。

 なぜもう大魔王の噂が広がっているのか。

 まさか、もう大魔王がやってくるとでもいうのか。

 私はアラン皇子に尋ねた。

「ーーーアラン。聖女は…スミレはまだ見つからないの?」

「スミレだと?いきなりどうした」

 訝しげにアラン皇子は首を傾げた。

 そのアラン皇子の反応は当然だろう。あまりにいきなりすぎる質問のはずだ。

 でも、聞かずにはいられなかった。

 大魔王は、聖魔法でしか倒せない。

 しかも、ただの聖女ではダメなのだ。レベルを最低でも中級まであげて、その上で『覚醒』し、大聖女にならなければ倒せない。

 聖女は今、スミレしかいないのだから。スミレが修行をしてレベルをあげていないと、この国だけではない、下手したらこの世界が滅ぶ。


「スミレは、聖女は国の宝でしょう?いなくなったからって、国がそのままにしておくはずがないわよね。本当は探しているはずだもの。どこに行ったのか。なぜ消えたのか。本当は何かの情報を掴んでいるのでしょう?」

 私の必死さを感じ取って、アラン皇子は少し戸惑いつつも答えてくれた。

「ーーー確かに、スミレのことは王宮騎士団に依頼して探してもらっている。だが、もう半年経っているのに、足取りさえ掴めないでいる」

 私は「そんな」と愕然としてしまう。

「全く、わかっていないの?」

「スミレは学園に多額の授業料が振り込まれたことで、休学扱いになっているそうだ。スミレは平民だ。ただの特待生でしかないスミレの突然の失踪を休学扱いにするには、余程の額が学園に支払われないと無理だろう。どうしてそこまでして学園に残ろうとするのかもわからないが、少なくとも、スミレは資産家の誰かに保護されていると考えていいと思う」

「資産家…」

 私は呟く。

「リンドウ帝国内だけであれば、多少絞れるだろうが、聖女を必要とするのは、国内だけでなく他国も同様だ。国外まで含むと、資産家など無数にいるのだから把握しようもない」

「ーーースミレが国外にいるかもしれない?」

「可能性は十分あるということだ」

 

 言われて、私はジワジワと焦り始める。

 聖女がこの国にいないかもしれないということを、考えもしていなかった。

 学園からいなくなっても聖女はどこかで修行をして、いつか恋愛対象者とともに大魔王に立ち向かい、倒してくれるものだとーーーなぜか疑わなかった。


 まだあと約一年ある。いつかスミレが戻ってくるかもと、若干甘く構えてしまっていた自分を憎らしく思う。

 アラン皇子は、考え込む私を不思議そうに見ていた。

「なぜそんなにスミレにこだわるんだ。今の話のどこかに、スミレに関することがあったか?」

 

 あったのよ。

 あるの、これから現れる大魔王を倒すために、絶対にスミレが必要なの。

 私は言葉にならない声で、アラン皇子に訴える。

 ゲームの世界の話など、言っても理解してくれないだろう。でも大魔王は間違いなくやってくる。


 どうしよう。

 ーーーどうしたら。


「…アラン」

 私がアラン皇子と視線を合わせたまま言葉を出すと、その声が震えた。それだけで、アラン皇子は察してくれる。


「隊長」

 呟くようにアラン皇子が声を出すと、「はい」とどこからともなく声が聞こえる。

 気づけば私の後ろに黒鎧の隊長が立っていた。

 アラン皇子は一言、黒鎧の隊長に命令する。

「聖女を探せ」

「承知しました」

 一礼して、隊長はまたどこかへ消えた。

 それを確認して、アラン皇子は優しい瞳になって私に向かう。アラン皇子が、ベンチの隣に座る私の頭にポンと手を置いた。その手がくしゃりと私の髪を撫でる。

「リーネ。スミレは必ず見つかる。心配しなくていい」

 そう言った声がとても穏やかで、私の心に温かく染み渡った。

 アラン皇子の意外な優しさに、うっかり泣きそうになる。

 アラン皇子は、いつもそうだ。

 私に多くを聞かない。それなのに、私のことを全身で察知してくれようとする。

 聞いてほしくない話題の時には、アラン皇子は絶対に聞いてこないのだ。それはすごいことだと思う。

 私を包み込んでくれるようなアラン皇子といると、心がポカポカして、すごく安心できる。

 最近、アラン皇子は一気に大人びて凛々しくなったように思うのは、多分、気のせいではない。

 3ヶ月前の悪夢を乗り越えて、他人の心の痛みにも触れて、人間的に成長したのかもしれない。

 もう、初めてアラン皇子に会った時の、どこか幼さ残る姿は、どこにも見当たらなかった。

 男の人って、こんなに急に成長するものなんだと改めて驚かされる。

 私は頭の中で、アラン皇子に「ありがとう」とか「言えなくてごめんね」とか、色んなことを言いたくて、でも口にできなくて僅かに目を伏せる。

 首もとにかかったアラン皇子の瞳の色の宝石のついた指輪を手でいじって、言葉を探した。

 ふと見ると、そんな私をアラン皇子は、少し口の端をあげて、嬉しそうにも見える顔で微笑んでいた。

 私はつい頬が熱くなってしまい、眉を寄せる。

「ーーーなにその顔」

 アラン皇子は微かに声を出して笑った。

「最近のリーネの癖だよな、その指輪を触るの」

 アラン皇子のお母様の形見の指輪。お守りだというので、私がそれをネックレスにして身に付けている。

「そう?私、触ってる?」

 あまり気にしてなかったけど、確かに私は今、その指輪を触っていた。

「よく触ってる。ーーーそれでだな。リーネは気づいてないみたいだけど」

 アラン皇子は私が触っているネックレスに、自分も手を伸ばす。少しアラン皇子の彫刻のように整った顔が近づいて、わずかに指が触れた。

 アラン皇子が、ふわりと顔を緩ませた。

「ーーーこの指輪を触っている時は、リーネは俺のことを考えているんだ」

「!!!!!!?????」

 思わず飛び上がってしまいそうになって、私は自分のネックレスを隠すように、喉元を手で覆った。

 そんな馬鹿な、と言いたいのに、確かにさっき、私はアラン皇子のことを考えていた。

 最近よく触っている?

 アラン皇子のことを考えている時に?

 そんなの、考えていることがバレバレすぎて、滅茶苦茶恥ずかしいんですけど。


 顔が真っ赤になっているであろう私を見て、アラン皇子は更に顔を緩ませている。

 私がネックレスを手で隠したせいで、アラン皇子の私に伸ばした手は行き場を失い宙に浮いていたが、その手が私の腰のすぐ横のベンチに置かれた。アラン皇子の体重を支えて、ベンチがギシリと音を鳴らす。

「ーーーあと2年だな」

「あと2年?」

「俺達の約束の日」

 私は首を傾げた。

「私、アランと何か約束したかしら」

 アラン皇子はピンと来ない私に困った顔をする。

「リーネが学園を卒業したら、結婚するという約束で婚約しているだろ?」


 はっと私は気付いた。

 そうだ、そういう約束だった。

「え?あと2年なの?」

 くすりとアラン皇子は、私の動揺をからかうように笑う。

「俺にはそれでも長いくらいだけど、さすがにその時には、リーネも覚悟を決めてるだろうな」

「カクゴ」

 片言で私はアラン皇子の言葉を繰り返す。

 すぐ近くに近づいたアラン皇子からは、特別調合された繊細な香の匂いがしてきて、その色気で頭が回らなくなってくる。

 それだけでもういっぱいいっぱいだというのに、アラン皇子が、ネックレスを押さえた私の手を、ベンチに乗せていない手の方でそっと剥がして、改めて、私の首にかかったネックレスを手に持った。

「ーーー俺に触れられる覚悟」

 私を射抜くような瞳で見つめながら、アラン皇子は私の首にかかる鮮やかな紫色の宝石に口づけをしてみせた。

 私の目の前で、アラン皇子の形の良い柔らかそうな唇が指輪と重なり、私はつい、その唇を目で追ってしまう。

 アラン皇子の光に溶ける金色の髪が優しく揺れて、宝石と同じ紫の瞳が、私の鼻先で圧を持って私を見つめていた。

 ひえ、と私は悲鳴をあげそうになるのをぐっと堪える。アラン皇子にはだいぶ慣れたが、このアラン皇子の色気には全然慣れない。

 最近の大人びてきたアラン皇子に強い色気を出されると、心臓が風船のように一気に膨らんでパンと割れそうになる。

 私の限界が近づいた時、アラン皇子が吹き出すように笑い出した。

「ーーーそのリーネの顔、相変わらず面白いな」

 ケラケラと笑われて、私はようやくからかわれたのだと理解した。

 顔が今度は怒りでかあっと赤くなる。

「アラン殿下。さすがに冗談の趣味が悪すぎますわよ」

「はは。そう怒るな。リーネが深刻そうな顔をしているから、和ませてみただけだ」

「怒るなと言われて怒らない人がどこにいますか」

 私が声に怒りを含ませると、アラン皇子は意地悪そうに口を歪めた。

「天使のようなリーネならば」

 前言撤回。

 大人びたのは容姿だけで、性格は相変わらず少年のようだ。悪戯をするときの顔も昔のまま変わりない。

 私はぶすりと頬を膨らませた。

「誰が天使ですか。私は極悪令嬢ですよ?」

 私がそう言うと、今度はアラン皇子は一瞬止まり、急に何を思ったか腹を抱えて笑い出した。

 何がツボにはいったのかよくわからないけれど、アラン皇子はしばらく笑い続ける。

 ようやく治まると、涙を拭き取るようにアラン皇子は自分の目を擦った。

「リーネは、ずっと今のままのリーネでいてくれ」

 その言葉に、つい、ドキリとしてしまう。

 アラン皇子は、この先の将来の話を言っているのだろうけれど、私はまるで『本来のリーネ』と『憑依者』の関係のことを言われたのかと思ってしまった。


 アラン皇子は、私がリーネに入ってから出会ったのだから、人格が変わったなんて知るはずがない。悪い噂は聞いていたかもしれないが、噂と実際が違うなんてよくある話だ。特に屋敷から出てこない公爵令嬢なんて、噂好きな貴族達の格好の的。あることないこと言われて当然なのだから。


「ーーーわたくしはわたくしですわよ」

 私は姿勢を正し、淑女らしく笑ってみせる。

 そうありたいと願いを込めて。

 私の身体ではない以上、消えるのは私であるべきなのだろうけれど。

 できることなら、このまま、私がリーネとして生きていきたい。

 そう願うのは、不謹慎だろうか。

 

 それでも、アラン皇子が私に微笑むので。

 とても優しく、包み込むように目を細めるので。


 私は願わずにいられない。


 できるだけ長く。

 ーーーー私がリーネでいられますように。

 

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