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悪役令嬢、魔術師の塔の元管理者に会う

 転移の魔道具2枚使って、私達はケリー先生の師匠がいるという北東方面のワジーカという村に辿り着いた。


 着いた時、そこは一面、雪景色だった。

 

 転移の魔道具は三人程度までしか移動できない。

 子供など小さい人がいる場合は移動できる人数が変わってくるらしいので、もしかしたら人数だけでなく容量とか重さが影響しているのかもしれないが、基本的には3人と考えた方が失敗は少ない。失敗したら転移ができない上に、高価な転移の魔道具が使い物にならなくなるので確実に成功する人数で移動する。


 1枚目でアラン皇子と私(マイリントア含む)とケリー先生が飛び、2枚目でアラン皇子つきの黒鎧が3人、私達の護衛として飛んだ。

 アラン皇子は、世界でも高名な魔術師であるケリー先生も一緒なのだから護衛などいらないと言ったが、そういうわけにはいかないと黒鎧達に言い張られて、仕方なく受け入れていた。

 王族というのも、色々と身動きとりにくいものなのかもしれない。


 雪の降り続く中、細い山道を延々と登り続けて、川を越え橋を抜けてようやく辿り着いたのは、ボロっとした小さな小屋だった。どちらかというと向こうの世界の、和風の小屋だ。木造の柱に、三角の藁葺き屋根。玄関の傍には井戸と、薪割り用の切り株がある。

 すぐ近くから水のせせらぎが聞こえる。近くに小さな川が流れているようだ。


 空気がとても澄んでいた。木々の上に積もった雪が、どさりと音を立てて落ちた。雪が軟らかいために、落ちた瞬間、まだ降りたばかりの雪がふわりと舞う。

「ここに、ケリー先生の師匠がいらっしゃるのですか?」

「そのはずです。この周辺に魔法防御がしてあったので、歩くしかありませんでしたが」

 私やケリー先生が話しをすると、口から白い息が広がる。

「随分と雅な生活だな」

 辺りを見渡して呟いたアラン皇子は、嫌味ではなく、本当にそう思っているようだった。

「、、、生活は、ですね」

「何だ、その意味深な言い方は」

 訝しげにアランが聞いたが、ケリー先生からの返事はなかった。

 ケリー先生は、木の引き戸である玄関の扉を、ベルではなく直接ノックした。

「ネロ師匠。ネロ師匠。いらっしゃいますか」

 ケリー先生の声に、老人の声が反応した。

「おらんぞ」

 小屋の中から返ってきた声に、ケリー先生は苦笑して、その引き戸を勝手に開ける。

 玄関から反対側にある縁側に、一人の老人の姿があった。やはり和風の、落ち着いた柄の浴衣のような格好で、頭には一本も毛がない。ほんのり白い口髭が生えていた。

 玄関先でケリー先生は挨拶をする。

「ネロ師匠。お久しぶりです」

「おらんと言ったぞ」

「返事をしたら、居留守にはなりませんよ」

「何しにきた。わしに会いに来てはならんと言ったのを忘れたか。出ていけ」

 ケリー先生は、重そうなリュックから袋を1袋取り出した。床に滑らすように、すっとその茶葉を差し出す。

「そうそう。忘れていました。これは王都の中でも有名な老舗のお茶です。ネロ師匠のために、最高級のものを選びました」

「よし、入れぃ」

 ケリー先生はそう言われるのがわかっていたように、躊躇なく靴を脱いで家の中に上がり込んだ。

 

 私とアラン皇子は、呆気にとられる。

「ん、お客様か。小汚いところだが」

 そう言って老人も縁側から立ち上がる。

 少しずつ足を摺るように歩いてくる老人の目は、開けているけれど真っ白で、全く見えていなさそうだった。

「ネロ師匠。紹介させていただきます。こちら、リンドウ帝国皇太子のアラン殿下と、グランドロス公爵令嬢、リーネ様です。そして横にいるのが、そのリーネ様の従魔であるマイリントア様です」

 老人は半分ほど歯のない口でにやりと笑う。

「ほう。それはまた景気のよさそうな連中を連れてきたな」

 ケリー先生は私達の方を向いて、その老人を紹介する。

「アラン殿下、リーネさん。こちらが、私の魔術の師匠であり、前の魔術師の塔の管理者であるネロ様です。少しといわず、だいぶ癖のある方なので、気分を害されるかもしれませんが、そこはご容赦ください」


「なにか、その失礼な紹介は。ケリー、お前は小さい頃はもっと可愛かったのに、大きくなって可愛くなくなったな。図体ばかりでかくなって。女くらいできたか、好きじゃろボインが。ゲハハハ」

 汚い笑いに、アラン皇子が僅かに顔をひきつらせた。

 ケリー先生は目を閉じて頭を指で支える。

「、、、ネロ師匠。前から言っていますが、私は女性を体型で選んだり致しません」

「またそんなこと言いおって。ボインの好きでない男など、この世にはおりはせんわ。ゲハハハ」


 アラン皇子がちらりとケリー先生を見る。

「ケリー先生。なんだ、このクソジジィは」

 ケリー先生は、心の底から申し訳なさそうに頭を下げた。

「、、、お許しください。こういうお方なのです。好むものは雅なのですが、性格がどうにも俗っぽいといいますか。ですが魔術の腕前は本当に素晴らしいお方で」

「俗っぽいとは何だ。わしは当然のことを言っておるだけだ。人聞きが悪い。ーーーまぁ、こんなところで立ち話もなんだろう。こっちに来なされ」

 そういって、ネロは丸テーブルにある急須に、指からお湯を出して、それを湯呑みに注ぎ分けた。お湯を出すには、水魔法と火魔法を繊細に融合させなければならない。器用な人だ。

 でもそれよりも驚いたのは、目が見えていないはずなのに、動きに戸惑いはなく、お茶を溢しもしない。

 本当に目が見えていないのか疑いたくなるほどに。

「おや、お嬢さん。見えていないわしの動きが不思議かね?確かに見えていないが、実は視えておるのだよ?空気の揺れや、そこからでる僅かな魔力などを察知してな」

 ネロは、丸テーブルについた私達1人1人にお茶を入れた湯呑みを出していく。

「視えるのは輪郭だけだから、お嬢さんがどんな顔かは全くわからないが、随分とスタイルの良いお嬢さんだな。まだ若かろうに将来有望なボイ、、、」

「ネロとやら」

 アラン皇子が声に怒りを含ませて、テーブルの前に座る私を自分の後ろに引っ張って隠した。

 ネロは何かを察したようで、少し笑う。

「、、、何かな?アラン殿下」

「どうやら、貴方とは余計な話はいらなさそうだ。単刀直入に言う。父とーーー皇帝と会ったか?」


 ネロは、口髭を撫でながら、ほうほうと呟く。

「皇帝か。現役の頃はよく拝顔していたな」

「今年の話だ」

「あぁ、今年か。会ったぞ。皇帝がわざわざこの引退した老いぼれに会いに来おった」

 ふふふとネロは笑う。

「何を依頼された」

 アラン皇子が尋ねると、ネロは首を振る。

「なぜ依頼者の内容を言わないかんのか。こういうのは、黙秘にしてこその信頼関係、、、」

「ネロ師匠。遅れましたが、これは王都で人気のある菓子店のお土産です」

 すっとケリー先生がテーブルの上を滑らせるように、菓子折りを差し出した。うむ、とネロは頷いて手を伸ばすと、その茶菓子を自分の方に寄せた。

「ーー皇帝は、剣技会に参加する人間を壊したい、と言っておったな」

 さっきまで拒絶していたはずなのに、菓子折りを受け取るとネロはあっさり暴露する。

「なん、、、っ」


「ーーー『殺したい』ではなく『壊したい』ですか」

 冷静にケリー先生は分析する。

「わしは依頼されただけだから、理由までは聞いておらんよ。何か良い方法はないかと聞かれたから、『空洞』と『ダンジョン』を繋ぐ方法を教えただけだしな」

 

 空洞。

 トロフィーの中の空いたスペースを空洞と置き換えて、ダンジョンと繋いだのだろうか。

 それにしても。

「ネロ様は、何故、そのような悪事に手を貸したのですか」

 私は思わず、糾弾するようなことを言ってしまう。

「ほほう。お嬢さんは思った以上に可愛い声をしておりますな。さて、どんなお顔をしておられるのか。これは目が見えないことが悔やまれる」

 バンッとアラン皇子がテーブルを叩いた。テーブルに乗っていた湯飲みが叩いた勢いで倒れる。


「いい加減にしろ。あまりに無礼すぎる。なぜこんな男が誉れある魔術師の塔の管理者になれたのか」

 その言葉に、ネロはニィと微笑んだ。

「ーーーわしの能力。それに尽きる。魔術師の塔の管理者である条件は、ただ『能力が他より飛び抜けて高いこと』のみ。歳やら地位は関係なく、ただただ純粋に魔力が高く、技術に優れ、魔術を高める熱意があること。それゆえ、わしは管理者になったのだわ。性格や嗜好など二の次。まぁ、それゆえ、以前の皇帝に嫌われて、管理者の任を解かれたわけだが」

 面白かろう?とネロは言う。

「キチガイだとわしを管理者から降ろした人間が、何年も経ってからわしのところにわざわざ来て、人を壊したいなどどキチガイなことを平然と言ってのけた」

 ふふふとネロは笑う。

「あれは、良くない者の魂が入っておるなぁ。以前の皇帝は真面目で面白くないが嫌味なほどに善良じゃった。その身体に、今は正反対の者が入り込んでいる。あやつは邪悪で、そして面白い」

「面白い、だと?」

 アラン皇子は眉間に皺を深める。テーブルの上で握りしめた拳が皮膚に食い込んでいた。

「なぜだ。なぜ皇帝の戯れ言に加担した?」

 ネロはそれにあっさりと答える。

 ひょほ、と可笑しそうに笑った。

「そんなの、依頼の金額が高額だったからに決まっておろう。皇帝は、あれだけ嫌悪しておったこのわしに、人が一生涯かけて稼ぐ金額の10倍の値を提示しおった。そしてわしがその助言をした次の日に、その金額が全額支払われた。ーーー今のリンドウ帝国は金持ちではないが、あの金は、どこからでたんだろうなぁ」


 アラン皇子はネロを睨み付けて、唇を噛み締めていた。アラン皇子が国のためにどれだけ尽力してきたか、ネロは知らないだろう。ネロに渡されたお金があれば、どれだけの民が助かるだろうか。


「、、、それで」

 アラン皇子は、それでも怒りをネロにぶつけず、冷静に声を発した。瞳には強い色が浮かんでいる。

「父のーーー皇帝の人格を取り戻す方法はあるのか。誰かが憑依したのなら、それを取り除く方法は」

 

 この質問をするために、ここまで来たようなものだ。

 アラン皇子は、必死で父親を取り戻そうとしていることが理解できた。感情を殺してでも聞かねばならない質問を、ネロに問いかける。


 ネロはそのアラン皇子の気持ちが通じたのか、醜い笑顔を消した。

「、、、ふぅむ」

 口髭を撫でて、宙を見上げる。

 自分の記憶を辿っているのかもしれない。

「方法、、、方法か、、、」

 ネロは何かもにょもにょと口の中で独り言を言っているが、何を言っているかはわからない。

「、、、で?」

 ネロは一旦、考えるのを止めて、ちらりとアラン皇子を見た。

「その方法を教えたとして、報酬は?」

 アラン皇子のこめかみに血管が浮いた。

「ーーー皇帝から尋常でない金額をもらったくせに、まだ金を欲するのか、守銭奴(しゅせんど)め」

 ネロは目を細めて嘲笑う。

「ひょひょ。何とでも言え。人は裏切るが金は裏切らんからな。わしが信じるものは金だけよ。何を言われたとしてもわしが失うものなど何もないしな」

「誇りは失っているだろうが」

 アラン皇子が言うと、ネロはさも可笑しいという顔をした。

「はっ、誇りなど一銭にもならんわ」

 テーブルに肘をつき、胡座をかく。

 そのネロのあまりの態度を、ケリー先生が諌めた。

「ネロ師匠。さすがに皇太子に対し、そのような態度はいかがかと」

「なんだケリーまで。別にわしがお前達をここに呼んだわけじゃない。お前達が勝手にここにきて、やかましく騒ぎ立ててるだけだ。わしのことが嫌なら、勝手に出ていけばいい話だ」


 確かに、と私は納得してしまう。

 元々、ネロが管理者から降ろされて次の管理者にケリー先生がネロから推されて推薦された時、ネロから「もう自分とは会うな」と言われていたらしい。

 その約束を破り、しかも先に約束も取り付けずに直接家に押しかけてきた客など、相手にしてくれているだけでも親切なのかもしれない。


「お金があれば、よろしいのかしら」

 私は口を開いた。


 ネロの目が光る。

「、、、ほう?お嬢さんは話がわかるようだ。そうだな、どのくらいの金額かにもよるが」

「まずはこのくらいでいかがかしら」

 私はポケットに入れていた宝石の入った袋を取り出して、テーブルの上にジャラリと広げた。

 去年、街に出る時に持ち出した宝石だ。

 この宝石1つだけで、ギルドや換金所の怪しい奴らに狙われるくらいの金額だと、当時のアラン皇子に言われた。その宝石が、1つだけでなく袋いっぱい詰めてある。相当の金額にはなるだろう。

 私は換金できる環境にいけないからお金がないだけで、何か必要になることもあるかもと、金目のものは常に身につけていたのだ。

「リーネ。この宝石は、、、」

 目の見えないネロは見えないことが少し悔しそうにして、ケリー先生に尋ねる。

「ケリー。どのくらいの宝石だ」

「、、、私はあまり宝石に詳しくないのですが、輝きから、かなりの品物だとは思います」

 それらの宝石は、普段周りの人がつけている宝石よりも粒が大きく、そして輝きが別格だ。

 私も公爵であるお父様にもらったものだから価値はよくわからないけれど、この前私がもらった宝石が鉱山1つと引き換えになったというくらいだから、そこまではなくても、これらの宝石もそこそこお高いのではないかと思う。

 顔を強ばらせたアラン皇子が、口もひきつらせながら言った。

「父のーーー皇帝の支払った金額は優にこえるぞ」

「そんなにですか?」

「そんなにですの?」

 目を丸くしたケリー先生の声に、同じく目を丸くした私の声が重なる。

 え、とアラン皇子とケリー先生が私を見た。

 結局1年前と同じように、私が宝石の価値もわからないということがバレバレだ。

 私は誤魔化すように、高笑いをしてみせた。

「ほ、ほーほほ。わたくし程になると、こんな宝石など、どうってことないのですのよ。家に帰ればもっと沢山の宝石がありますわ。さぁ、いかがですか。お話しぐださるの?くださらないの?」


 ネロは唸る。

「そうか、お嬢さんは大富豪グロンドロス公爵の愛娘か。噂は聞いておる。グランドロス公爵も相当、頭のおかしい人間のようだな。こんな小娘にそれだけ貢ぐとは」

 私は、私のことを見えていないであろうネロの顔を睨み付けて、口元だけ微笑んだ。

「あら。お父様は素晴らしい方ですわ。わたくしの噂がどのようなものか存じあげませんが、噂だけを鵜呑みにされるような方には、お父様の偉大さは理解できないかもしれませんわね。思考の底の浅さは、人間性の浅さですわ。ネロ様は元魔術師の塔の管理者。どんなに素晴らしい方だろうと期待しておりましたが、今や浮世離れというよりは、耄碌(もうろく)されたお方のよう。お可哀想に」

 コロコロと私が笑うと、ネロの表情がわずかに歪んだ。

「まだ生まれて間もないひよっこ娘が、生意気なことを言う」


「あら。貶されてお怒りになられるのですか?お金で買えない誇りなど、いらなかったのでは?では何に対して怒りを覚えられておられるのかしら。お父様の財力が羨ましい?わたくしの若さが憎たらしい?それともこの先のわたくし達の明るい未来が、老い先短いご老人には眩しすぎるのでしょうか。ほほほ、あまりに惨めですわね」


 私は懐から扇を取り出し、ひらひらと自分を扇いだ。

「ーーーさぁ、話を戻しましょうか、ネロ様。わたくしには、ネロ様の望むだけの宝石をさしあげられますわ。ネロ様は誇りなどいらないのでしょう?この『悪い噂の小娘』に、真実を教えていただいてもよろしくて?」

 ネロは、顔を潰すようにひしゃげて、ぬぬぬと呟いた。

「なぜわしが小娘に、、、く、、、」

 ネロは、自分で言った言葉に首を絞められている。金の前では誇りなどいらない、なんて言うから。

 アラン皇子とケリー先生は、私の行動がわけがわからないという顔をしていた。

「あらまぁ、随分と悩まれるのですね。お金が全てではなかったのですか」

 ネロは黙る。

 私は持っている扇をパチンと閉じた。

 声を低くして声を出す。

「ーーーもし、少しでも悔しいとお思いならば、ネロ様。アラン殿下の、皇帝を想うお気持ちもお考え下さいませ」

 アラン皇子が目を大きく見開いて私に視線を向ける。

「憑依されたとはいえ、アラン殿下の父親である皇帝が起こした行動。切羽詰まっておられるのです。そしてアラン殿下は、国民のことも深く愛されておいでです。皇帝の使う無駄な国税で、どれだけの人が苦しむかを考えると、身を引き裂かれる想いなのでしょう。それをーーーいくら無礼なことをされたとはいえ、邪険に扱うのは大人げないと思われませんか?偉大なる魔術師の塔の元管理者様」


 私がにっこりと微笑むと、ネロは少し黙って、吹き出すように「ひょほ」と言った。

「ーーーこれはまたーーー驚いた」

 ケタケタとネロは笑う。

「噂に聞く人格とは違うようだな、グランドロス公爵令嬢どの」

「そうでもございませんわよ?わたくしは今でも極悪令嬢ですわ。引退されたご老人に悪態をついた上、鞭を打とうとしておりますので」

 ネロはまたひょひょ、と呟く。

「やり方を聞くだけじゃなく、この老いぼれをこき使おうというのか」

 ほほほと私は笑う。

「ご名答ですわ。いくらケリー先生の魔術が素晴らしくとも、アラン殿下の魔力が膨大であろうとも、ネロ様の経験という知識には敵わないかもしれないでしょう?わたくしは贅沢ですので、資源は最大限に使いたいのでございます」

 私の言葉に、ぼそりと、少しショックそうな顔でアラン皇子は呟いた。

「資源、、、、」


 ネロは髪のない自分の丸い頭をペチンと叩いた。

「、、、はっはっは。まいったまいった。なるほど、確かに『極悪』だ。グランドロス公爵もアラン殿下も、そこの鈍感なケリーも。あと、、、それはマイリントアか。わしが繋いだダンジョンの魔物だろう?伝説級の魔物だったはずだが。その魔物さえも、リーネ様には勝てないのだな。それならば、わしが勝てるはずもない」

 ネロはちらりと私の方を覗き込む。

 透かすようにじっと視られて私は後退った。

「ーーーそれは、『闇』の魔法か」

 私ははっとする。

「わかるのですか?」

 ネロは頷く。

「なんとなくだがな。目が見えない分、感覚が鋭くなるのだ。今では、相手の魔法の量、質などが視えるようになった。あと、、、、魂の色とかもな」

「ーーー魂の、、、色?」

「ふむ」

と言って、ネロは私に耳打ちしてきた。

【お前さんも憑依者だろう?】

 にやりと笑うネロは、それでももう、さっきまでと違って優しい口調になっていた。


【魂が2つに別れている。1つは小さくどす黒い。もう1つが大きく、虹色に光っている。こっちがお前さんだ。あまりに黒い部分が邪悪なもので、それがお前さんの真の性分かと思ったが、魂が2つあると思うと納得がいく。ーーーしかし、その黒い部分の魂は、起こしてはいかんやつだな】 

 はっとして、私はネロの白くなっている瞳を見つめた。

【、、、起こさない方法も、あるのですか?】

 ネロは小さく首を振った。

【そればかりは何ともだな。結局は魂の強いものが勝つ。それだけだ】

【、、、、そうですか】

 がっくり項垂れた私を、アラン皇子は訝しげに見ていた。

「2人で何をコソコソと話をしている」

 ネロはすぐに誤魔化してくれた。

「助言を少し。皇帝の憑依は、呪いではないだろう、とな」

「呪いではないだと?」

 ネロは頷く。

「そう言えるのは、皇帝の中に入っている別の魂が、呪いや悪霊などの憑依よりも、その形がはっきりとしておるからだ。ーーー多分だが、神の力が働いておる。あそこまで見事に入り込むには、それだけの力がないと無理だ。そして神の力にはどのようにしても逆らえぬ」

 ネロは、テーブルにばらまかれた宝石を、押し出すようにして私の方に動かした。

 アラン皇子の片眼がピクリと動く。


「残念ながら、これはお返しするしかない。呪いなどによるものであれば力になれたかもしれないが、わしの力ではどうすることもできぬ」

「、、、何だと、、、」

「あとは身体の中の魂同士の戦いを見守るしかないだろうな。本来の皇帝の魂が強ければ、いずれ元に戻るだろうし、相手が強ければ、もう皇帝は戻ることはない」


 ネロの話を聞いて、愕然としたアラン皇子の横で、ケリー先生が問う。

「ネロ師匠。神の力とはいえ、魂というものは1つの身体にいくつも入れるものなのですか?それならばまた魂を取り出すことも可能なのでは」

 ふむ、とネロはケリー先生の方を向いた。


「そうだな。全く不可能とも言えぬということなのだろうが、それでもやはり、不可能という他ない。魂を強制的に封印をするということは、つまり、それだけの強力な力がいる」

 丸テーブルの下でゆっくりとお茶を舐めるマイリントアを、ネロは見下ろした。

「ーーーかつて、この世を地獄へと導くように激しく暴れたマイリントアの魂を封印するのに、千人の魔術師の命が必要であった。では、神の力によって操作された魂を封印するのに、どのくらいの力がいるか。少なくともマイリントアを封印した10倍の力は必要だろう。魔術師1万人だ。そんな数、この世界のすべての魔術師を集めても足りない。ーーーよって、不可能と言わざるを得ないわけだ」


 ネロが理論的に説明をすることで、ケリー先生も下を向いて黙った。スタジアムで、マイリントアが復活して暴れた時に、ケリー先生自身が、魔術師を集めるために奔走したらしい。しかし、この国に千人も魔術師はいない。ケリー先生は激しく絶望したと、あとで聞いた。さらにその10倍となると、確かに無理というしかないのだろう。


「そしてその魂を取り出すためには、もう1つの魂に全く影響がないはずがない。邪悪な魂を取り出したところで、本来の魂まで消滅してしまっては意味がなかろう。1万の魔術師の命を失って得るものが何もないのであれば、奪う必要もない。いっそ、その肉体ごと消滅させてしまう方が早い。結果は同じことじゃからな」


 つまり、皇帝を殺せということーーー。

 アラン皇子は、それができないからこうして相談に来ているのに。


「…では、父の精神力に期待するしかないということか」

「そういうことになるな。力になれず、わしも残念だが」

と、ネロは宝石を見ながら寂しそうにしてみせた。

 アラン皇子はテーブルの上で両手の拳に力を込めて握りしめる。自分の無力さを痛感しているのだろうと思った。


 それからケリー先生は、少しだけネロと個人的に話をして、私達はネロの自宅を去った。

 結局、何の成果も得ることはできないまま、私達は行き詰まってしまった。来たときと同じ道のりで山道を下り、麓に降りてから転移の魔道具を使って王宮のアラン皇子の部屋に飛ぶ。

 騎士団基地から飛んできたので、騎士団基地に戻るべきだろうが、アラン皇子にこれ以上、手間をとらせるわけにはいかないと、ケリー先生が王宮にいくことを提案してくれたのだ。

 多忙を極めるケリー先生は、王宮から私より先に出ていき、私はアラン皇子と2人になった。


 もう外は暗い。

 アラン皇子の部屋の窓から眺めるのは、王都の家々から漏れる光。

 アラン皇子と2人きりになって、少し緊張してしまったけれど、思わぬところで見てしまった王宮からの綺麗な夜景に、私は声をあげた。

「わぁ。すごい。こんなに沢山の光の数だけ、家があるのね」

 満天の星空のように輝くその光は、冬の冷たい空気の中でもとても暖かく見える。

 窓から覗く私の横に、アラン皇子も並んだ。

「ーーーそうだな。この景色を見るたびに、俺がこの光を守らないといけないと…」

 そう言いかけて、アラン皇子は、鮮やか紫の瞳に悲しみを浮かべた。

「自分の父にさえ、何もしてやることができないのに。この国の国民の全てを守ろうなど、言えたものではない。自分が情けなくて笑えるな」

「…アラン…」

 私は少しだけ声が震えたように感じたアラン皇子を見上げた。

 アラン皇子の端正な顔が、自分への苛立ちで辛そうに歪んでいる。


 何を言ってあげればいいか、わからなかった。

 神とか魂とか。あまりに現実味がなくて、私もどうしていいのか全くわからない。


 別の人間の魂。

 それは皇帝と同じく、きっと私の中にも、私と別の黒い魂がいる。そうネロが言っていた。

 本来の皇帝が、新しく憑依した別の魂と戦うように。本来のリーネがいつ、私の精神の中に戻ってきてもおかしくないということなのだろう。

 そんな存在さえ曖昧な状態で、私がアラン皇子に言える言葉が見つからない。

 ーーーただ。

 アラン皇子に、窓の外を見ながらそんな悲しい顔をして欲しくなかった。


「ーーーねぇ、アラン」

 もう一度、私はアランの名前を呼ぶ。

 何か考え事をしているアラン皇子からは返事がなくて、私はアランの手の中に、その小さな塊を押し込んだ。

 ようやくアラン皇子が、そのことに気が付く。

「何だ?これは…」

「ブルーダイヤモンド」

 にこりと私は微笑んでみせた。

「な。ブルーダイヤモンドだと?」

 アラン皇子は一気に頭がショートしたかのように驚き、自分の手の中を開く。


 小石ほどに大きいその宝石は、特別な輝きを放つ。

 レッドダイヤモンドと並ぶ希少価値のブルーダイヤモンドは、宝石にあまり詳しくない私でさえ、その価値を知っている。

 私の瞳と似ていると、お父様が昔に買ってくれていた宝石。しかしリーネは全くそんなことに興味はなく、他の宝石達と同じように、どうでもいいような宝石入れの方にポイッと投げ入れていた。

 換金するために宝石を集めた私がそれに気づいて、とっておいたのだ。私の瞳によく似たダイヤモンド。


「その石の言葉は『永遠の幸せ』と『絆を深める』なんですって」

 私は首からかけた、アラン皇子のお母さんの形見である指輪を指で持ち、アラン皇子が見えるように取り出す。


「アランが、このアランの瞳と同じ色の宝石のついた指輪を私にくれたでしょう?だから、私も、私の瞳と同じ色のその宝石を、アランに持っていて欲しくなったの」

「…しかし、これはさすがに」

 アラン皇子は戸惑っている。

「お父様が私にくれた大切な宝石なんだから、売ったり失くしたりしたらダメよ?」

「当たり前だろう。そんなこと」

 むきになるように言ったアラン皇子のもつ宝石に、私は自分の手を重ねた。私はゆっくり目を閉じて、祈るようにその宝石に言った。

「ーーーアラン皇子にとって、大切な『絆』が失われませんように」

 そう、願いを込める。

 私には、そのくらいしかできないから。


 私が祈り終わって目を開けると、目の前のアラン皇子と視線が重なった。整いすぎた顔があまりに近くて、唇が重なるかと身を避けそうになったが、その前にアラン皇子の手が伸び、アラン皇子の頭が私の顔をすり抜けて、私の肩に乗った。

 キスではなかったけれど、アラン皇子のたくましい胸に強く抱き締められて、私は動転してしまう。

「ア、アラン…」

 引き離そうとしてアラン皇子の腰に手を当てるが、びくともしないくらい強く抱き締められていて、その身体を離すことができなかった。

 少し。アラン皇子が泣いている気がした。

 プライドの高いアラン皇子が、人前で泣くわけがない。ーーーそれでも、泣いているのかと思った。

 私もアラン皇子の肩に額を預ける。

 

 今日は色んなことがありすぎた。

 アラン皇子は球体の悪夢のせいで寝不足になって倒れそうだったし。

 私は私で、アラン皇子が死ぬという、よく理由がわからない映像を見てしまったし。

 ネロは変な人だったし、しかも無駄骨だったし。

 …すごく疲れた。アラン皇子は、私よりもっとずっと、疲れたに違いない。

 すごく頑張り屋のアラン皇子だから。


 私はそっと、アラン皇子の背中に、少しだけ手を回す。私を抱き締めたままのアラン皇子の体温が、この寒い冬にはとても温かくて。

 しばらく私は、アラン皇子の肩に、顔を埋めていた。


 騎士団に帰ったケリー先生が、一緒に帰る約束をしていた私がいなくて、騎士団基地を探して回っていたジルお兄様に問い詰められ。

 そんなジルお兄様が、王宮にものすごい勢いで迎えに来るまで。

 ーーーずっと。



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