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悪役令嬢、アラン皇子とケリー先生の部屋に行く

「これがその、透明な球体…ですか」

 ケリー先生が、その球体を見ながら呟いた。


※※※※※※※※※※※※


 あれから、私の涙が落ち着くのを待って、アラン皇子とともにケリー先生のところに向かった。淡い紫の綺麗な髪を腰まで伸ばしたケリー先生は、私が目を腫らしていることに気づいたようだが、あえてそこには触れないでいてくれた。


 ついさっきのことだ。

 球体の中で、アランの死ぬ姿を視てしまったのは辛かった。でも、隣で生きているアラン皇子を見ていると、少しだけ絶望感が薄らいでいく。本来ゲームの中で、アラン皇子に嫌われて処刑される悪役令嬢の私が、今、こうしてアラン皇子の横にいる。本来のストーリーと違っているのだ。

 それならば、もしかしたらアラン皇子の未来も、今後の行動次第で変えれるかもしれないと。

 気力を取り戻すにはそう思うしかなかった。


 ケリー先生の部屋に招かれて、ケリー先生の部屋の中央にある客用のテーブルにつく。

 アラン皇子がここにきた目的と、そして透明な球体についての説明をしたところ、ケリー先生は球体を見たいと言い出した。

 アラン皇子が、透明な球体を出してケリー先生に渡す。

「残月祭のプレゼントボックスの中に、儀式が終わる前に入ったらそれがでてきた。近くにいる人間の、悪い過去だけを映し出す物体のようだ」

 アラン皇子の説明に、私は「違いますわ」と一部否定する。

「過去だけじゃなく、未来も映しますのよ」

 私が言うと、アラン皇子は腕を組み、淡々とした口調で私の言葉を改めて否定する。

「、、、俺はこの1週間で、何十回とその映像を見てきた。その中に未来は1つもなく、全て過去にあった事実だった。リーネは、何を根拠に未来が見えるというんだ」

 私はそういったアラン皇子を直視した。


 もう少し背丈が伸びて大人びた顔をした貴方が、反乱によって殺される。今、まだ私の目の前で生きている以上、あれは過去ではなく未来の映像なのだ。


 ーーーということを言いたいのに、本人に向かって、貴方が死ぬ姿を見た、とはとても言えない。


「…映像にでてきた知り合いが、今よりも年をとっていたからですわ。あれは間違いなく未来です」

 私がそう言うと、アラン皇子は鼻で笑った。

「説得力に欠けるな。似ているだけで、実はその知り合いの親ということもあるかもしれない」


 目の前の、この世に2人といるはずのない至極の美形と、よく知るピンク色のフワフワ髪の少女が、他人の空似なんてことはありえないと思うのだけど。


 私が不服そうにしていると、アラン皇子はケリー先生に声をかけた。

「ケリー先生。闇魔法について、先生が知っていることを教えてくれないか」

「闇魔法、ですか。…そうですね。闇魔法は危険な魔法として文献は大部分が処分され、殆どの情報は失われてしまっていますが、私が知る限りでは、過去と虚空を司る魔法のようです。闇魔法のことは文献に殆ど残っていないから、そのくらいしか。…そうか、リーネさんは闇魔法の使い手なのでしたね。それならば、プレゼントボックスで生まれたこの球体は、過去だけを映し出すものでしょうね」


 え、と私はケリー先生を見上げる。

「なぜですか?」

「あのプレゼントボックスは、その人の力を少し奪い、その人に合うように造られたものです。その人の力なのだから、その人にしか使えない。今回、リーネさんとアラン殿下が2人でプレゼントボックスに入ったから例外が起きていますが、それでも球体は2人の能力の詰め合わせであり、2人にしか使えないはずです」

 そして、とケリー先生は続ける。

「アラン殿下の魔力はかなり強力で複数の属性魔法を使えますが、時空魔法と聖魔法と闇魔法は使えない。そしてリーネさん、貴女も闇魔法以外は使えません。ーーー未来を見るには聖魔法が必要なんですよ」

 

 私はぽかんと口を開けた。

 未来を見るには聖魔法が必要…?


 魔法について、ケリー先生以上に知識の深い人は多分いない。そのケリー先生がそういうのであれば、そうなのだろうが…では、アラン皇子のあの映像はなんだというのだろう?


 アラン皇子はまだ生きている。あれが過去だというなら、なぜ。アラン皇子もスミレも、確かにあの映像の中では死んでしまったというのに。


「…私が聖魔法を実は使える…とか?」

 ぼそりと言った私の言葉を、目の前の2人はしっかりと聞いていて、片方は鼻で笑い、片方は困ったように眉を下げた。


「聖魔法が使える人は貴重ですから、適応魔法の中でも聖魔法に関しては厳重に審査を行うのですよ。それこそ、平民であるスミレが聖女であるとわかったのも、魔法が使えるとわかった段階でまずは聖魔法を使用できるかどうか調べるからです」


 魔法が使える人が、『聖魔法を使える能力はない』と判断された時点で、もう将来も聖魔法を使うことはないということなのだろう。


 でも私は、昔は魔法を使う能力自体がないと判断されていた。それなのに今は、闇魔法が少しだけ使える。

 聖魔法が使える可能性は限りなくゼロに近いが、全くないわけでもないのかもしれない。


 そんな私の目の希望を抱いた光は、目の前の彼らに敏感に察知される。

「…これは諦めてないな」

「リーネさんですからねぇ」

 呆れた口調のアラン皇子に、まるで珍獣の子供をみるように微笑ましそうに観察するケリー先生。


 さっきから失礼すぎる気がするのだけど。


 ケリー先生は、にこりと微笑んだ。

「とにかく、この球体の事情はわかりました。ではマイリントア様。私がこの球体の…マイリントア様?」

 ケリー先生がマイリントアを振り返ると、マイリントアはケリー先生の仕事机の上で大量のお菓子を食べ散らかしていた。

 おなかが空いていたらしい。

「ん?なんじゃ?…あぁ、やるのか。よいよい。ささっとやってやれ」

 マイリントアはお菓子を食べるのに夢中で、球体を正常の状態に戻すことなど、あまり興味なさそうだった。

 

「…では、マイリントア様からの許可もいただきましたし、始めさせていただこうと思います」

 ケリー先生は、部屋の中央のテーブルについている私達の前に、黒くて大きめの布を広げてみせた。

 その上に球体を置く。

 ケリー先生は薄い唇をわずかに開いた。

「私は、今しがた、そのことに気がついたのですけど、残月祭で行う儀式も『12』でした」

「12?」

 私は首を傾げる。

「ええ。それぞれ催し物をするでしょう?それを足すのです。劇を3つと、歌を3つと、曲を3つと」

「それなら9じゃないのか?」

 アラン皇子の言葉に、ケリー先生はふふっと笑った。

「そう思いますよね。でも、そこに曲とともに踊ったダンス3つが加わって、12になるのです」

 少しどや顔のケリー先生に、アラン皇子はやや冷たく言い放つ。

「…だいぶ、こじつけっぽいが」

 ケリー先生は苦笑する。

「そう言われましても。マイリントア様が言われたのでしょう?私の儀式の研究はまだ完全でないけれど、この球体の状態は戻せるって。今、私が研究を続けていてまだ完全でないものは『12』の秘密だけですよ?『12』の秘密を解明するために他のものは中断していますから。そう考えた時に、気がついたのです。あぁ、プレゼントボックスの儀式も実は12の法則だったのか、と」

 そこまで辿り着けたのだと得意げな表情をするケリー先生は、マイリントアを振り返る。

「ね。そうですよね?マイリントア様」

「ん?そうじゃそうじゃ、ケリーは賢いのぉ。モグモグ」

 美味しいお菓子を並べられて幸せそうなマイリントアは、ケリー先生のことなど正直、どうでもよさそうだ。

 それでもケリー先生は、マイリントアに誉められて満足そうだった。

「…そういうわけです。では、始めましょうか。この球体の『改良』を」

 黒い布の上に置いた透明な球体の周りに、小さな赤いコアを12個並べたケリー先生が、怪しい笑いを浮かべて両手を広げた。


「ちょ、ちょっと待て」

 慌ててアラン皇子がケリー先生を止める。

「…なんですかアラン殿下」

 気合いいれていたところを止められて、ケリー先生は少し不満そうな顔をした。

「いや、始めましょうかと言われても。まだちゃんと解明できていないんだろう?そんな状態で始めるつもりか」

「そうですよ。まだ完全でないだけで、それなりに解明はしているのです。『生み出す』わけでなく『作り直す』だけですから、それなりに効果はあるはずですよ」

 

 それなりに、と言われるとそれはそれで心配になる。


 段々、ケリー先生が、研究の途中経過を試したいだけなのではと疑いたくなってきた。

 アラン皇子も同じ気持ちのようで、少し顔をひきつらせながら、ケリー先生に尋ねた。

「…万が一、失敗したらどうなるんだ?まさか爆発とかしたりしないだろうな」

 聞いて、はははとケリー先生は楽しそうに笑った。

「さすがアラン殿下。ご明察ですね。爆発か、あるいは、効果が増大されるので悪夢と呼んでいるその現象が強くなる程度です。大丈夫ですよ、爆発しても、ここの部屋には学園と同じ防御魔法がかかっていますから」

「何が大丈夫か、全くわからないんだが」

 アラン皇子が否定的な言葉を出した時に、ケリー先生が小さく「…五月蝿いですね」と呟いた。


 瞬間、私とアラン皇子の声が出せなくなる。身体も全く動かない。

 アラン皇子は最強クラスの魔力があり、私もあまり術にはかからない体質のはずなのに。

 さすが魔術師の塔の管理者。魔術だけで王宮騎士団の団長にまで登り詰めた人だ。

 完全に口封じと金縛りの術にかけられてしまった。

「◯✕△✕◯っ!!!」

 アラン皇子が声にならない声をあげるのを無視して、ケリー先生は改めて手をあげ、透明な球体と12個の赤いコアを優しく包むように、魔力を流し始めた。


「…ふふ。これは神のギフトですからね。しかもアラン殿下の強力な魔力とリーネさんの稀有な魔法が組み合わせっている。ーーーこんな代物で研究を試せるなんて、恵まれていますね、私は」

 ブツブツ言うケリー先生は、完全にマッドサイエンティスト。いや、マッドウィザードとでも言おうか。


 ケリー先生は、透明な球体には触らず、赤いコアを不規則的に持ち上げたりずらしたりして、動かし出した。


 私達はその様子を黙って眺めることしかできない。


 どのくらいの時間が経っただろうか。

 ぼんやりと透明な球体が光りだし、歪み始めた気がした。更に時間が経つと、透明な球体は赤くなって、ぐねぐねと動き出す。伸びたり縮んだり。

 あのプレゼントボックスの中での動きに似ていた。


「…良い感じですね」

 ケリー先生は目を閉じて最後の仕上げとばかりに集中し、広げた手と手の間に魔力を流し込む。


 球体が、目を開けられないほど眩しく光り、部屋中が真っ白くなった時。

 浮かんだ赤い球体が、改めて透明になり、また黒い布の上にポトリと落ちた。

 一緒にあった赤くて小さな12個のコアは、どこにも見当たらなかった。

 くるりとケリー先生はマイリントアを振り返る。

「ーーーこれは、成功なのではないでしょうか?マイリントア様」

 ケリー先生は頬を紅潮させ、嬉々としてマイリントアに尋ねる。それらの一連の流れを横目で見ていたマイリントアは、ふぅん、と小さく鼻を鳴らした。

「悪くはないーー。悪くはないが、まだ完全ではないのぉ。完璧にコアの力を抽出できたら、その球体ならば虹色に輝くはずじゃ」 

 球体は透明のままだ。

「…まだまだですか…」

 ケリー先生は、がっくりと肩を落として項垂れた。

 マイリントアはホッホッと笑う。

「じゃが『悪くはない』と言ったであろう?ちゃんと、プレゼントボックスのギフトとしての力は蘇っておるよ。これでもう、悪夢に悩まされることもなかろう」

「そうなのか?」

 ようやく身体の自由を取り戻したアラン皇子が身を乗り出すようにして、マイリントアを見つめる。よっぽど悪夢に苦しめられていたのだろう。嬉しさが隠しきれていない。

 

 私は透明な球体に手を伸ばし、球体を持ち上げた。

「結局、これって、どんな効果のあるギフトだったのかしら」

「さてのぉ。ワレがその映像が見えれば詳しくわかるのじゃろうが、ワレには見えんからなぁ。ただ暴走したギフトの様子から、多分、千里眼のようなものであろうな。現在から過去を、自由自在に見渡すことができる」

「色々見れてしまうの?」


 もしかして。どこの焼き鳥屋が人気あって、どのくらい並んでいるとか。見えてしまうのかしら。

 私が目を輝かせると、マイリントアは哀れむように否定した。

「リーネの魔力では、残念ながら見れんだろうなぁ。儀式が完全でなかったから、使うにはかなりの魔力と技術がいるであろ。虹色に光る球体であれば、リーネの微弱で不器用な魔力でも使えたじゃろうがなぁ」

 不憫じゃのうと、思ってもいなさそうな口調で言った。


 アラン皇子は私の持つ透明な球体に手を伸ばし、するりと自然な形で取り上げた。

「過去まで見渡せる千里眼…か」

 真剣な顔で呟く。

 私とアラン皇子にしか使えないのだから売るという選択肢は皆無だが、もしこれを魔道具と考えるならば国宝級の品物になるのかもしれない。

 

「私がその球体の映像が視れるのであれば、研究してみたいことは沢山あるんですけどね」

 羨ましそうにしているケリー先生に、私はふと気になって尋ねる。

「そういえばケリー先生も残月祭に参加されたのですから、何かギフトをいただいたのでしょう?何をもらったのですか?」

「私ですか?」

 優しい表情でケリー先生は笑った。

「面白いものでしたよ。『ダンジョンの卵』というアイテムです」

「ダンジョンの卵?」

「ええ。ダンジョンの内装を作れるもののようです。さすがに神ではないので、モンスターまでは発生させれないでしょうけど、アイテムボックスを置いたり、トラップを仕掛けたり。ダンジョンの秘密を探れそうですよね。いずれダンジョンについても研究してみたかったので、良いものをいただきました」

 根っから知識欲旺盛のケリー先生。その人に合ったものが出るプレゼントに研究材料が出るとは、恐れ入る。

「面白そうなのが出て良かったですね」

「ええ。私の持っていない魔法能力でも良かったのですが、それは来年以降に期待しておきましょう」

 そうか。ケリー先生達講師は、3年という期間限定ではないから、退職するまで毎年プレゼントが貰えるのか。それはかなりの役得だ。

 私も魔法学園の講師になれば、毎年プレゼント貰えるのかしら。

「リーネ。愚かなことを考えるでないぞ。微力な魔力しかもたず、技術力も最低のそなたが、生徒に何を教えるというのじゃ」

 マイリントアに思考を読まれ、はっとする。アラン皇子がそんな私の顔を呆れたように見て、

「リーネ、それは流石に無謀というものだろう。魔力云々の前に、お前のように行き当たりばったりの行動をとるやつが講師になったら、生徒が可哀想すぎるぞ」

 私はむっとして怒鳴った。

「ちょっとマイリントア。人の心を勝手に読まないでくれる?私だって王家の血を引いているんだから、今から魔力増大することだってあり得るんだからね。あとアラン殿下。さっきから失礼すぎますわよ。わたくしだってちゃんと考えながら行動しております」

「ちゃんと考えての行動であれなら、尚更悪いだろうに」

 アラン皇子が苦笑すると、ケリー先生が横から口を挟んできた。

「では私の助手にでもなりますか?稀有な黒魔法の研究もできるようになりますし、私としては問題ありませんよ」

 にっこりと微笑むケリー先生に、アラン皇子は目を見開いた。私は瞳を輝かせる。

「本当ですか?ケリー先生」

「それはダメだ。リーネは王妃になるとすでに決まっている」

 はっきりとしたアラン皇子の声が部屋に響く。

 中央テーブルに座るアラン皇子の発言に、視線が集中した。

 私は顔が一気に爆発寸前のように熱くなって、声がでなくなった口を開閉させる。


 ちょっと、いきなりなんてことを言い出すの。

 私がアラン皇子の婚約者ということは周知のことだけど、そんな言い方したら。

 

 ほほぅ、とケリー先生は私とアラン皇子を眺めて、少し目を細めた。

「…なるほど。リーネさん、よく見るとそのネックレスにかかる紫の宝石は、アラン皇子の目と同じ色をしていますね」

 ケリー先生の髪も紫だが、ケリー先生の髪の色は薄紫で、宝石の色とは違う。まさにアラン皇子の瞳の色だ。


「道理で。プレゼントボックスに2人で入って、1つのギフトができるなんて不思議に思っていましたが、そういうことでしたか」

 そういうことって何ですか。

「ケリー先生。それは少し誤解といいますか」

「誤解とは何だ」

 慌てる私の言葉に、今度はアラン皇子が不機嫌そうにしてみせた。

 何これ。アラン皇子のこれは嫉妬?独占欲?

 すごく恥ずかしいんですけど。

「確かに誤解でもないけど、そんな堂々と…あぁもうっアラン殿下っ」

 ケリー先生がふふっと笑った。

「リーネさん、顔が面白いことになっていますよ。まぁ王妃にならなければ私の助手にということでいいではないですか」

「よくない」

「それよりもアラン殿下。ノクトさんから話は伺いましたが、その件でこちらに来られたのでは?」

 ケリー先生。ナイスフォロー。

「…あぁ、そうだったな」

 アラン皇子は本来の目的を思い出し、こめかみに手を置いた。気持ちを切り替えて姿勢を戻す。ーーーまだ眉間の皺は戻っていないけれど。


「もう隠す必要はないと思うが、皇帝が別人に憑依されている可能性が高い。呪いかもしれないのだが。それで、ケリー先生が一緒に来てほしいところがあるというのは、どういうことだ?」

 ケリー先生は手を重ねてテーブルの上で肘をつく。

「それなのですが、私も前々から、皇帝の変わり方には疑問を抱いていました。あの剣技会の時も、魔術師の塔のコアを使えばいいだなんて、口にすることでさえ首を傾げるものなのに。実際、何者かにコアを使われ、しかもそのコアの混入したトロフィーから魔物が何体も現れました。ーーー調べたところ、あれはダンジョンと繋がっていたようでして」

 ダンジョン。

 そういえば剣技会であのトロフィーから出てきたマイリントアが、自分のいたダンジョンに私を連れていった時のこと。ダンジョンから脱出した場所は、トロフィーを持ち帰って解析をしていたケリー先生の部屋だった。


「魔術師の塔の関係者に侵入するにしても、塔の人間に指示するにしても、よほどの者でないと無理です。しかもトロフィーとダンジョンを繋げるなんてことができる人間なんて一握りしかいない。あれ以降、何も起きていなかったので静観していましたが…皇帝のこととなると話は別です」

 ケリー先生は、立ち上がって自分の仕事用の机の方へ歩きだした。机の下に隠すようにしていたリュックを取り出した。

 それを持ち上げて、ドンと机の上に置く。


「皇帝が剣技会前に、私の魔術の師匠である人のところに訪れていたという情報は掴んでいます。しかし師匠はもう引退した身。私だけなら門前払いをされるでしょうが、皇帝の息子でありリンドウ帝国第二位の地位にいるアラン皇太子殿下と一緒であれば、話が伺えるかもしれません。どうです、一緒に私の師匠のところまで行ってみませんか」


 口調は優しいが、ケリー先生には有無を言わせない圧があった。

 変わってしまった皇帝について探るのに、他にあてがないのならば一緒に行くしかないですよ、という脅迫めいた雰囲気で。

 ちらりとアラン皇子は私を気遣うように視線を送ってきたけれど、私はアラン皇子に頷いてみせた。

 藁にもすがるつもりでケリー先生の師匠という人のところに行くべきだと、私は思った。


 皇帝は今のままではいけない。

 ダンジョンとトロフィーを繋ぐことができる人のところに行くのだ。危険がないわけではない。むしろ、今の皇帝の味方ならば、危険である可能性が高かった。

 それでも、行く他ないだろう。


 アラン皇子はため息をつき、

「わかった」

とだけ呟いた。


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