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悪役令嬢、騎士団の基地に行く。そして衝撃な映像をみる

登場人物紹介

リーネ: ゲームの悪役令嬢。グランドロス公爵令嬢。切実に焼鳥が食べたい。

《ゲームの主役である聖女の恋愛対象者》

アラン皇子:リンドウ帝国第一王位継承者。リーネの婚約者。

ノクト:リンドウ帝国宰相の息子。

ジル:グランドロス公爵子息。リーネの兄。リーネを溺愛している。

ケリー:王宮騎士団第二隊団長。魔術師の塔の管理者。魔法学園の特別講師を兼任。


スミレ:ゲームの主人公であり聖女。

 新しい年がやってきた。

 季節は冬だが、暦が振り出しに戻ると、どこか自分が清浄化されたような気分になる。

 とはいえ、特に生活が変わるわけでもなく、去年から残された問題は、解決しないまま今年に持ち越していた。


 学園内の、アラン皇子の部屋の中。

 ノクトが、机についたアラン皇子の横に立ち報告をする。

「調べたところ、皇帝陛下がお変わりになられたのは、やはりアラン殿下の誕生祭のあとの、6月頃のようです」

 アラン皇子の部屋に私も呼ばれ、そこでノクトの報告を私も聞く。

 何かの秘密の話をする時は王宮のアラン皇子の部屋を使うこともあったが、皇帝の話をするのに、王宮で話しては危険が伴う。それならば、強力な防御魔法がかけられた学園内の方が間違いなく安全だった。

「6月か…」

 アラン皇子は呟き、その頃の記憶の引き出しを開けようとする。その表情はどこか固く、わずかに顔色が悪いような気がした。

 ノクトはそれに気づいていなさそうだ。 

「ーーー剣技会の前だな」

「そうですね。皇帝陛下が、中止になっていたはずの剣技会を急に開催すると言い出した頃と一致します」

「あぁ、そうだったな…」

 アラン皇子は苦笑いを浮かべる。


 国周囲の情勢が悪化しているから今年は剣技会を取り止めにしたはずなのに、急に開催すると言い出して、魔術師の塔の管理者でもあるケリー先生が随分ととばっちりを受けた。

 魔術師の塔で保管していた巨大なコアも、ケリー先生不在の時にトロフィー作成する金属に混ぜられてしまったのだったか。

 絶対に回収しないといけないコアだからと、ケリー先生が私達に優勝するよう依頼してきたのは、もう半年も前の事。


「そうか…ケリー先生が、そんな短時間ではトロフィーを作れないと進言した時に、魔術師の塔のコアを混ぜればいいのではとふざけた事を言ったのも、父上だったな…」


 記憶を思い返してみれば、皇帝は6月以降、明らかに怪しく行動を取るようになっている。なぜ今までその事に気がつかなかったのかと思うほどだが、さすがに本当に人が変わったとは誰も考えないだろう。


「ーーー誰も父上が別人と疑わないのは、父上の記憶が今の父上の身体の中にいる奴の頭にあるからなのだろうな。この前、新年の挨拶をしたが、その時に過去の話を持ち出しても、全く動揺することなく正しい記憶で返してきた」

 ノクトは眉を寄せる。

「それでは、憑依した人間は、その記憶も共有するということですか?」

「父上の中に別の人間がいるなら、そういうことになるな」


 正解です。


 私は心の中でひっそりと答える。

 皇帝が私と同じとは限らないが、少なくとも私は、気がついたらリーネの中にいて、そのあと、リーネの記憶が頭に押し寄せるように流れてきた。

 私はリーネになって、目が覚めた時から記憶を持っていたわけではないのだ。

 頭に記憶を無理やり入れ込まれる時の、止まらない頭痛と吐き気を思い出すと、今でもまだ具合が悪くなる。


「ケリー先生に、呪いについてご存知か、聞けたのか?」

「実はそれが…」

 はぁ、とノクトは大きなため息をついて、片手で頭を支える。ノクトは魔術師の塔で時々、ケリー先生の手伝いもしているので、そこそこ仲は良いはずなのだけど、今回ばかりはケリー先生について不満そうに説明した。


「呪いについてケリー先生に伺うと、急に目の色を変えて、どのような呪いなのか根掘り葉掘り聞かれまして。ケリー先生は、好奇心の塊というか、あれはもう知識欲という悪魔にとりつかれた化物のようでした。それでも僕は、さすがにその相手が皇帝だとは言えないので、頑張って隠し通したのですが」

 ノクトは言葉を止める。

「ーーーですが…何だ?」

 じとりとアラン皇子はノクトを睨めつける。

 ノクトはまた少し時間を置いたがとうとう観念して、口を開いた。

「…『息子のアラン殿下と共に行きたいところがあるから、そう伝えて下さい』だそうです」

「バレバレじゃないか」

 即座に突っ込まれて、ノクトは悲しそうな顔をする。

 アラン皇子はため息をつき、「仕方ないか、ケリー先生だからな」と呟いて、立ち上がった。

「では、俺がケリー先生のところに行ったらいいんだな」

「お待ちください」

 私が慌てて声を上げる。

 アラン皇子とノクトが私を振り返った。

「どうした、リーネ」

「わたくしも一緒に、連れていって下さいませ」


 呪いについて、私もちゃんと聞きたかった。

 ーーー知らないといけないと思った。

 アラン皇子は私をじっと見る。きっと私に聞きたいことが沢山あるのだろうけれど、私が有無を言わさない雰囲気を醸し出したので、何も聞かないでくれた。

「わかった」

とだけ言って、端正な顔で微笑んだ。

 

 アラン皇子は出入り口の扉まで歩き、ガチャリとドアを開ける。私はその後を追ってドアを出ていった。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 今日はケリー先生は王宮騎士団の訓練所にいるらしい。

 私達は王家の紋章つきの馬車に乗り、王宮のすぐ近くにある騎士団の基地に向かった。途中で散歩していたマイリントアにばったり会い、マイリントアまでついてくるという。


 アラン皇子と向かい合う馬車の中で、私はこの前の残月祭の時のアラン皇子とのことを考えていた。

 この前は、なんか雰囲気に呑まれてアラン皇子と手を繋ぎ続けてしまったけれど、今考えると、顔から火がでるほど恥ずかしい。


 貰った指輪は、お守りということだから持たないわけにもいかず、しかし左の薬指に指輪をしているところを皆に見せる勇気もない。アラン皇子に了解を得て、指輪はネックレスに通して首につけさせてもらった。

 あれから私の胸元には、ずっとアラン皇子の瞳と同じ色の宝石が輝いている。

 それでさえも恥ずかしくて、どこかに隠れてしまいたいほどなのだが。


 私は窓の外を眺めるアラン皇子の横顔を、そっと視界に入れた。アラン皇子は、あれから特に私には何も言ってこない。

 待ってと私が言ったので、本当に待っているのかとも思ったが、日に日に疲労の色が濃くなるアラン皇子の様子を見ると、それどころではないというのが正しそうだ。

 本人は気丈に振る舞っているようだが、明らかに顔色が悪い。部屋の中から外にでると、日光で、よりその肌の血色が明らかになる。

「ーーーアラン。…その…どこか、悪いの?」

「そんなことはない」

 間髪いれず、返事が返ってきた。窓から目を離さないのも、すごく怪しかった。

 私はむっとしてみせる。

「絶対そんなことあるでしょ。自分の顔を鏡でみていないの?すごい顔をしているわよ」

「リーネの目が悪いだけだろう。俺は普段通り、何も変わらない」

「アラン。なんでっ」

「リーネ」

 マイリントアの呑気な声が割り込んだ。

「こやつにも黙っておきたい理由があるようじゃよ。男が女の前で格好悪い姿は見せたくないのじゃろ。わかってやれ」

 ホッホッとマイリントアは笑う。

「毎日悪夢を強制的に見させられておるようじゃ。あれじゃろ、透明な球体の…ぐぇぁ」

 マイリントアの頭の上に、私のすぐ隣に移動してきたアラン皇子の肘が乗り、マイリントアは押し潰された。

「余計なことは言わなくていい」

 声が本気で怒っている。マイリントアはそれでも面白がるように、続けた。


「バレたらリーネがあの球体を自分が持つと言い出すに決まっておるから絶対言うまい、じゃと。ホホホ。献身的じゃのぉ」

 アラン皇子は肘を浮かせて今度は身体全体でマイリントアに乗ろうとした。マイリントアはさっと移動して私の膝の上に飛び乗る。

「こわいこわい」

 ホホホとマイリントアは笑って、私の後ろに隠れた。

 マイリントアは人の心が読める。

 今のが本当の話なら、聞き捨てならなかった。


「ーーーそうなの?アラン」

「違う」

 私は身を乗り出して、視線を外そうとするアラン皇子の顔の向く方に、自分の顔を視界に入れさせた。

「そうなのね?アラン」

 私の瞳を間近で見て、アラン皇子の顔が僅かに赤くなる。そして私の顔全体をその大きな手で覆うように、ぐいっと押しやった。

「違うと言っている」

 私は自分の顔を掴んだ手を勢いよく振り払った。

「じゃあ、あの球体を私にちょうだい。何も問題なければ、私に渡せるでしょ。あれは私へのギフトでもあるんだからね」

 ぐ、とアラン皇子は喉を鳴らす。

 私の後ろにいるマイリントアをもう一度睨むようにして、大きくため息をついた。

 アラン皇子は少し考えて、言葉を選ぶようにゆっくりと話し出した。

「ーーーあれはどうやら、過去の悪い部分だけを映し出すもののようだ。俺だけではない、近くにいる人間の悪い記憶も掬い上げる。時間やところ構わず急に映し出してくるから、少しばかり寝不足なだけだ。…が、基本が単純過ぎるリーネには酷なはずだ。だから渡せない」


 少し寝不足、というだけにしては、本当に顔色が悪い。殆ど眠れていないのではないだろうか。


「そんな不吉なもの、もう捨ててしまえばいいのに」

「…実は一回、封印させてもらったんだ。魔術師を呼んで特殊なケースに入れて。なのに、気づけば俺の部屋に戻ってきていた」

 アラン皇子がわずかに暗い目をする。

 ぞっとした。

 捨てても捨ててもも部屋に戻る、呪われた人形を思い出した。

 神のギフトという名をしているだけで、これは呪いの一種なのかもしれない。

 

「ケリー先生にそれも一緒に相談してみましょう。それより、少しは眠らないと」

 私がアラン皇子を心配して言うと、アラン皇子は私を横目でちらりと見たあと、私の不安をかき消そうとするように、意地悪そうに口端を上げた。

「…リーネが膝枕してくれたら、少しは眠れるかもしれない」

 言われた瞬間、私は勢いよく馬車の端に寄って、アラン皇子から離れた。

 膝枕。

 初心者恋愛の中でも一般的かつ容易なわりに、精神的破壊力は強い。


 私は学園の制服を毎日洗濯して交換しているとはいえ、もうすでに半日を経たこの制服には、そこそこ私の匂いが染み付いている。

 そこにアラン皇子の顔が近づくというか確実に大部分触れてしまうというのは、羞恥心バロメーターでいうなら、90%を越える。

 臭いなんて思われようものなら、すぐに馬車から飛び降りて、地下どころかマグマまで達するほど埋まりたくなってしまうだろう。


「、、、、無理ですわっ」

 真っ青な顔をして私が馬車の壁に張り付くと、アラン皇子は予想していたかのように、くっくっと笑った。


「そうだろうとは思ってたけど、想像以上に面白い顔をしてくれる」

 アラン皇子の目がなくなるほどアラン皇子は笑って、そのあともしばらく余韻を楽しんでいるようだった。

 私は憮然として、アラン皇子に言った。

「…私をからかったのですね」

「からかってなどいない。膝枕をしてくれるなら、それはそれで良かった」

「絶対致しません」

「だから、それならそれでいいと言っている」

「よくは御座いません。皇太子とあろうお人が口にする事柄は、どんなものであろうと下の人間は強制的に感じてしまうものです。そんな様子では…」

 アラン皇子は、面倒くさそうにそっぽ向く。

「照れ隠しに俺を責めるのはどうかと思うが。あとリーネは照れを誤魔化すときにお堅い喋り方になる」

 図星をつかれて私は一気に顔を赤くした。

「なっ!照れ隠しなどっ」

「自覚してなかったのか」

 ふっとアラン皇子に鼻で笑われる。

 私はヒステリックに叫びたい衝動に駆られた。剣があればこの馬車など真っ二つになっていたかもしれない。


 私はぐっと唇を噛み締めた。

 言いたいことは沢山あった。

「ーーーアラン殿下は、そもそも最近、わたくしのことをおちょくりすぎだと思いますの。わたくし達、確かに直接顔を合わせるようになってもうすぐ一年は経とうとしておりますが、そもそも学年は違いますし、そんなに頻繁に会うわけでもないのですから、本当はまだ気軽な関係ではないと思いますのよ。親しき仲にも礼儀ありといいますように、ちゃんとお互いを尊重しあって初めて、関係というものは良好に…」

「リーネ。ーーーリーネ」

 マイリントアが、明らかに呆れた声で私の名を呼んだ。

「なんですの、マイリントア!」

 話を中断させられて、私はマイリントアに強めの口調で振り返ると、マイリントアは私の後ろからアラン皇子の方へ移動した。

「こやつ、寝ておるぞ」

「え?」

 私も、動転したのと怒りで前が見えなくなっており、アラン皇子の様子が目に入っていなかった。


 アラン皇子は馬車の窓にもたれかかり、小さく寝息を立てていた。

 人の話の途中で寝るなんて失礼な、と言いたいところだが、アラン皇子はもう限界だったのだろう。


 残月祭から約1週間。

 もしその時から全然寝れていなければ、普通の人なら倒れてしまうだろう。

 揺れる馬車の中で熟睡ができるとも思えないが、それでもアラン皇子が少しでも寝れるのなら、寝かせてやらなければと思う。

 私は馬車をひく従者に、馬車から顔を出して声をかけた。

「そこの貴方。もっとゆっくり、静かに馬を走らせてもらってもいいかしら。アラン殿下がお休みになられたの。だからできるだけゆっくり。時間はいくらかかっても構わないわ」

 従者は少しぽかんとしながら、それでも命令されるまま、ただ頷いて馬の足を遅らせた。

 馬車はパカリパカリと、できるだけ静かに進んでいく。


 馬車の中で私は、アラン皇子の寝顔をずっと見ていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 ゆっくりと進んでもらったのだから当たり前なのだけど、騎士団の基地に着いたのは、もう夕暮れ時だった。

 広大なグランドが赤く染まり、そこで訓練する騎士達も同じ色になって剣を打ち合っている。

 基地には騎士達の宿舎もあるため、とにかく大きく、そして騎士が溢れんばかりに行き来していた。


「ケリー先生はどこにいるのかしら」

「…第二隊の団長だから、そこにいるんじゃないのか…?」

 寝起きでまだぼんやりしているアラン皇子が、目を擦りながら私のあとをついてくる。

 基本、俺様アラン皇子は人の後ろを歩かない。いつでも自分が一番に突き進んでいくのだが、寝起きだからだろうか、俺様度がいつもより低い。

 私が話しかけない限り静かにしているアラン皇子は、年上なのに寝惚けた子供みたいで可愛かった。


「アラン。ちゃんと私についてきてね。迷子になったらダメよ?」

 私がわざと子供をあやすように言うのに、アラン皇子はそれに突っ込むことなく、静かに頷く。

 まだウトウトとしているアラン皇子の金色の髪が、歩く度にサラサラと揺れている。

 思わず子供にするようにその髪を撫でそうになるのを、ぐっと堪えた。ただの公爵令嬢が許可もなく皇子の頭を撫でるなど、とんでもない。


 アラン皇子はまだ夢心地のようだが、それでも姿勢は良いので、周りから見たら、アラン皇子が眠たい状態で歩いているなんて誰も思わないだろう。


 そんなアラン皇子を先導して、私が騎士団敷地内を歩いていくが、ただただ広くてケリー先生の居場所など全く検討もつかない。

 そこらを歩く騎士達に尋ねようかと思うが、王族の証であるアラン皇子の金の髪を見ると、騎士達が皆、敬礼してくるので、気軽に尋ねるような雰囲気ではなかった。


 私もどこか、見栄っ張りなところがあるのだろう。あたかも知っているような顔をして進んでしまい、今さら「実は全く目的地がわかりません」と言えなくなってしまっている。

 どうしようかと考えている時、知った声が聞こえた。


「リーネ?」

 名前を呼ばれて私は振り返った。

 騎士の訓練服を着ているのに神々しいその姿。訓練によって汗まみれなのに、水浴びでもした後のようなさわやかさを醸し出している鮮やかな金色の髪の男性がそこにいた。

「ジルお兄様っ???」

 普段の服装も素敵だが、訓練服はジルお兄様の鍛え上げられた肉体のラインをいつもより顕にしていて、あまりの凛々しさに私の頬がじわりと熱くなる。

 お兄様、かっこよすぎやしませんか。


「なぜ俺の可愛いリーネがこんな、むさ苦しくて飢えた狼どもの中にいるんだ」

 ジルお兄様は私を守るように私の傍に駆け寄った。触りはしないが私を抱き締めるように、私を周りから隠すように、手を広げて壁になる。

「それはわたくしの台詞ですわ、ジルお兄様。なぜお兄様がここに?」

 あぁ、とジルお兄様は、自分の姿を改めて眺めてからはにかんだ。

「俺は学園を今年卒業したら、春からこの騎士団所属になるんだ。いずれ公爵家を継ぐにしても、何もしないわけにはいかないからな。王宮事務官でも良かったが、堅苦しいのは苦手でね」

「まぁ。お兄様の実力なら、事務総長でも国一番の商会の会長でも、ギルド長だって、なんでもなれますわ」

「それはそうだろうけどね」

 ははは、ほほほと兄妹で楽しそうに笑う。

「まぁ、そういうわけで、騎士団に入って使い物にならなくて困るなんてことがないよう、早い段階から訓練させてもらっているんだ」

 それを聞いて、私は僅かに苦笑する。

 国内最強の一角とされているジルお兄様だ。使い物にならないというよりは、使い物になりすぎて困る人がでてきそうだけど、そこは言わないでおいた。


 ジルお兄様は何事にも、とにかく全力を尽くす人だ。スマートにこなしているように見えて、その根底には軒並みならぬ努力がある。

 その努力を平然とできるところが、お兄様の素晴らしいところの1つだと思っている。

 だが、やりすぎはよくない。

「ほどほどで頑張ってくださいませ」

 にっこりと微笑んで、私はジルお兄様と顔を見合わせた。

「…ジル。絶対俺を無視しているだろう?」

 少しずつ目が醒めてきたらしいアラン皇子が、不満げに私達を眺めていた。

 ジルお兄様は、アラン皇子に横目で視線を流し、いま気づいたというふりをした。

「ーーーこれはこれは。アラン殿下も御一緒でしたか。それは失礼。可愛い妹に近づく男は全て毛皮を脱いだ狼にしか見えないもので、とんと気づきませんでした」

 しかし、とジルお兄様は続ける。

「未婚の妹が、こんな男ばかりの危険な場所に来ることさえあり得ないのに、それを保護すべき婚約者どのが、まさかぼんやりと後ろを歩こうとは。これは流石に許しがたい行為としか思えません。貴殿は妹の可愛さを理解しているつもりで全く理解できていない」


 ジルお兄様は笑顔は作っているが、本気で怒っているようだ。アラン皇子もさすがにむっとしてみせた。ジルお兄様の怒る内容が内容だけに、私は恥ずかしくて、慌ててジルお兄様を止めようとする。

 これはただの妹馬鹿であって、本気で怒る内容ではない。

「ジルおにぃさ、、、」

「リーネの可愛さなら、充分、嫌というほど理解している」

 え、と私はアラン皇子を振り返った。

 何を口走って、とアラン皇子を見上げるが、アラン皇子はジルを睨み付けて、私がここにいることさえ忘れてしまっているように言葉を続けた。

「公爵家が今まで屋敷に閉じ込めていた理由も痛感するほど理解している。俺だってリーネを王宮の地下に閉じ込めて一人占めしたいくらいだが、それではリーネが可哀想だろう。ジルもそろそろ過剰な妹馬鹿はお仕舞いにして、リーネを解放してやったらどうだ。リーネはちゃんとこの俺が守っている。常に妹の傍に居れない兄は、もうお役御免だろう」


 恥ずかしくて皮膚から血が噴き出すのではないかと思った。アラン皇子は何を大声で言っているのか。

 ジルお兄様も、さらに怒りを表情に出して、アラン皇子を睨み付けた。ジルお兄様が感情で他人に敵意をみせるなんて、殆どないことなのに。


「ーーー確かに俺はリーネの傍にずっと居ることはできないが…それでも、アラン、お前がリーネを本当に守りきれるとは思えない。お前がそんな風に思い上がり続けているつもりなら、こっちはリーネとの婚約を破棄させることだって、」

「ジルお兄様!!!」

 私は叫んだ。ジルお兄様がようやく我に返って口を閉じる。

 立場の下の人間から婚約を破棄するなど、あり得ないことだ。確かに我がグランドロス公爵家の財力なら、下の立場から婚約を破棄した時に生じる莫大な賠償金でさえ簡単に払えるだろう。

 それでも常識として、それはできないことであり、グランドロス公爵家が常識知らずと罵られてしまう。ましてや相手は王家の人間。冗談でも口にできる話ではない。


 私はできるだけジルお兄様が落ち着くように声を落とした。

「ジルお兄様。少し頭を冷やされた方がよろしいかと。お兄様にしては珍しく、言葉が過ぎるようですわ。あと心配されなくても、わたくしはもう大丈夫ですのよ。誰かに守られなくても、ちゃんと1人で何でもやれますし」

 穏やかに、私は微笑を浮かべてジルお兄様に伝えようとした。なのに、横からアラン皇子が呆れた声で否定してきた。

「…リーネが1人で大丈夫なことはないだろう」

「は?」 

「確かに、とても大丈夫とは思えないな」

 アラン皇子の言葉にジルお兄様も同意する。

「そもそもリーネ、お前は今もまだ、自分が人から守られている存在だということを全く理解できていない」

 ジルお兄様の矛先がなぜか私に向いた。

「お前はまだもう少し自分をちゃんと見つめ直した方がいい。以前ほどではないにしても、まだ昔とは違う意味で短慮というか、単純なところがあるのだから、行動する時は必ず外の誰かに相談してからだな…」

 くどくどとジルお兄様の説教が始まってしまった。


 ジルお兄様の唯一の欠点は、他のことには簡潔明瞭に説明するくせに、私に怒るときだけは嫌がらせのようにくどく長くなってしまうところだ。

 でもジルお兄様が私を説教する時はいつも「可愛い」とか「魅力がありすぎる」とか、誉めているのかわからない部分で怒られるから、あまりピンとこないことが多い。

 私がピンときていない顔をしているから、ジルお兄様の説教がくどくなるのだろう。最近「短慮」という言葉が増えたのは気になっているけど。


「…わかったか?」

 ようやく説教に満足したらしいジルお兄様が、最後にちゃんと理解したか確認してきたので、私はしかめ面をしながら頷いた。

「はぁい。わかりましたわ」

「絶対わかってないぞ、こいつ」

 アラン皇子が呟き、ジルお兄様は項垂れるように頭を抱えた。アラン皇子は苦笑して、ジルお兄様を向いた。

「まぁ、もういいだろう。ジル、ここにはケリー先生に相談に来たんだ。ケリー先生の居場所はわかるか?」

「…ケリー先生なら、そこの赤みがかった壁の建物の3階にいる。さっきまで魔法騎士達に特訓していたから、今頃はお茶で一服しているはずだ」

「そうか、わかった。それで?ジル、そんなに妹が心配なら、ケリー先生のところに一緒にくるか?」

 ジルお兄様は少し考えて、「いや…」と呟いた。

「今から少し別の用があるんだ。ケリー先生がいるなら安心だろう。すぐ戻るから帰りは一緒に帰ろう、リーネ」

 優しく微笑むジルお兄様は、いつものお兄様に戻っていた。私も同じように笑う。

「はい、わかりましたわ。ケリー先生のところに居たらよいのかしら?」

「そうだな。では俺がケリー先生のところにあとで来よう。そっちの用事が早く終わっても、待っていてくれ」

「はい」

 そしてジルお兄様は去っていく。

 残された私達は、ジルお兄様の夕陽に染まった背中を眺める。

 私に並ぶアラン皇子の端正な顔を私は見上げた。

 少し口を尖らせてみせる。

「…私はもし王宮の地下に閉じ込められても、絶対に逃げ出しますからね」

 いきなり言われてアラン皇子は目を大きくして私を見下ろしたが、すぐに破顔した。

「ーーーそれもちゃんと理解している」

 そう言ったアラン皇子の瞳がとても優しくて。


 私の胸がじわりと熱くなるのを感じた。


 そしてアラン皇子はケリー先生がいるという赤みがかった壁の建物の方に歩きだした。アラン皇子は、いつものように、私より数歩先を進む。

 私はそれを追うように早足で歩いてついていくと、アラン皇子の服の内側から、ポロリと何か落ちたのが見えた。

 私が何だろうとそれに手を伸ばすと、それは透明の球体だった。

 さっきまで馬車の中で寝ていたから、変な体勢になって球体が落ちやすい位置まで出てしまったのかもしれない。

 大切なものを落とすなんて、アラン皇子らしからぬことではあるが。


 その球体はぼんやり光っている。

 ワーワーと球体の中からざわつく音が聞こえてきた。ここが騎士団の基地でそこそこ騒がしいから、その音に紛れてはいるが、この音量を部屋で聞いたら確かに寝不足になるだろう音量だった。

 私がその球体を手に持つと、ぼんやりとした光がはっきりとした映像に変わった。



 球体の中に、2人の姿が見えた。

 今より少しだけ大人びたようなアラン皇子と、ピンクの髪のーーースミレだ。

 王宮のアラン皇子の部屋だろうか。2人は仲良さそうに、シンプルなはずのアラン皇子の部屋を飾りつけようとしていた。

 どこに何を置くとか楽しそうに話をして、2人とも幸せを顔全体で表している。


 私の心がもやもやと気持ち悪くなった。

 何これ。

 結局アラン皇子はスミレと仲良くなるのね、と、悔しくも悲しい気持ちが湧いてくる。


 スミレを見るアラン皇子の瞳がとても愛しそうで、愕然とするほど胸が痛んだ。 

 目を反らしてしまいたいのに、まるで浮気現場を覗いてしまったかのように、私はその球体から目が離せない。


 スミレが、ふと扉の向こうを振り返った。

『、、、何か騒がしいわね』

 スミレとは思えないほど優しい口調の声に、アラン皇子もその扉の方に目を向ける。

 その時、扉が勢いよく開いた。

 一気にゾロゾロと大量の人間がアラン皇子の部屋に押し寄せる。

『アラン殿下。大変です』

 アラン皇子の部下らしき男が、必死な顔でアラン皇子に訴えた。

『どうしたというんだ』

『ーーー反乱が』

 言った瞬間、その男とアラン皇子に剣が届いた。縦に切り裂くように、大きな剣がアラン皇子を斬りつける。アラン皇子には同時に弓が足に刺さり、その後続けて上半身に弓が数本容赦なく刺さった。アラン皇子の身体のいたるところから血が溢れ出している。

 アラン皇子は大きく目を剥く。

 スミレも巻き添えを食らって、血を流し床に倒れていた。即死したのか、スミレは全く動かない。

『ーーーー!!!』

 アラン皇子は大声で叫び、自分も死にそうだというのに、スミレの傍に駆け寄ろうとしたその時。

 もう一度、アラン皇子は目を見開いた。扉の方に現れたであろう人の姿を、驚きながらも悔しそうに睨み付ける。

『ーーーお前はーーーー!!!!』


 アラン皇子は、そこで誰かを見たのだろうが、その誰かがわかる前に、映像はプツっと消えた。




「リーネ?」

 現実のアラン皇子が、後ろからついてこない私に気がついて、戻ってきたらしい。

 さっきジルお兄様と2人で、私を守るだの何だの言っていたくせに、こんなにすぐに私から離れるなんて、どうかしている。


 私は気づけば涙がとめどなく溢れ、止まらなくなっていた。アラン皇子は俯いた私の顔を覗き込んで、ぎょっとしてみせる。

「ぅわっ。どうした。何でそんなに泣いているんだ」

 真剣に聞いているのだろうが、呑気に聞こえてしまう声が憎らしかった。


 私は泣きながら、アラン皇子に睨み付けた。

 あの映像。

 あのアラン皇子が襲撃を受けた傷は、間違いなく致命傷だ。あの傷で生きているはずがない。

 唯一回復できる可能性のあるスミレは、彼の傍で事切れていた。あれではアラン皇子が助かることはできない。


「…リーネ。すごい顔をしているぞ。自分でわかっているか?」

 恐る恐る、アラン皇子は私に声をかける。

 自殺しようとする少女に言うように、あるいは人質をとった犯人に言うように。

「ーーー何があったんだ」

 真剣な顔でアラン皇子に聞かれて、私はすでに涙によってぐちゃぐちゃであろう顔でアラン皇子を見つめ返した。


 何があったーーーですって?

 アラン皇子、あなた自身が目も当てられない姿で殺されるというのに。

 あの映像を思い出すと、またボロボロと涙が溢れてきた。


 今のはアラン皇子に言ってもいいことなの?

 

 私は声を出そうとしたけど、しゃくりあげてしまっていて、言葉がなかなか出てこなかった。

「ア、ア、アラ、、、、ス、ス、スミ、、、の」

「全くわからん。少し落ち着け」

 アラン皇子は私の背中を擦って落ち着かせようとしてくれる。

 それでも涙は止まる気配がなく、私は手に持った透明な球体をアラン皇子に掲げて見せた。

「ーーーなぜリーネがこれを持っているんだ」

 驚いて、アラン皇子は私から透明な球体を奪うように取り返した。

「見たのか?」

 私はゆっくりと頷く。


 アラン皇子がこの1週間で何の映像を見たのかは知らない。だけどアラン皇子は『自分や近くにいる人間の過去の悪い記憶を、時間やところ構わず映し出す』と言っていた。

 自分や知り合いのこんなものを、1週間も見続けたアラン皇子の精神は、どれだけ削られていったのだろうか。

 今、顔色はまだ悪いが、それでも正気を保てているアラン皇子の精神力に感嘆する。


 あれは過去だけを映すのではない。

 アラン皇子はまだ生きている。

 では過去だけでなく未来も映し出すのだろう。


 いつかアラン皇子は反乱によって死ぬのだろうか?

 隣にいる聖女スミレとともに。

 ーーー私ではなく。

 

 涙が、私の心の叫びが。

 止まりそうになかった。


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