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悪役令嬢、アラン皇子と手を繋ぐ

「…そんなことがあったのか。このワレにも見えんとは、さすが神じゃのぅ」


 マイリントアが、沈んだ空気の中、場違いに明るめの声でホッホッと笑った。

「マイリントア…」

 私は眉を下げてマイリントアの口を容赦なく塞ぐ。

「むぐ、むぐぐ。むぐ」

 

 ここは残月祭が終わった学園の、アラン皇子専用の個室の中。

 気丈に振る舞うが、目が全く笑えていないアラン皇子と、付き添いのノクトとともに、私もアラン皇子についてこの部屋にきた。


 プレゼントボックスから出てきたアラン皇子は、とても放置できる状態ではなかった。あの時、地面に落ちた透明な球体は、あとでみるとプレゼントボックスになかったから、アラン皇子が持っているのだろう。だが、私にはその話に触れることさえできなかった。


「ーーー皇帝が、別の人物…ですか」

 黒よりのグレーの髪を後ろで括っているノクトは、アラン皇子の様子も見ながらうぅんと唸る。


 ノクトの胸ポケットにささっているペンは、今年のプレゼントボックスから手に入れたもののようだ。アラン皇子の異変に気づいていたくせに、プレゼントはちゃっかり貰うところ、ほんとノクトらしいと思う。あとで聞くと、インクが減らないペンらしく、書き心地も最高なのだそうだ。どんなに書いても手が疲れないと、心の底から喜んでいた。


 そのペン、ノクトにしか使えないようで、正直、私は少し怖かった。

 神様は本当にいるのだろうか。

 ここがゲームの世界だから神という存在がいてもおかしくないのか。

 いや、本当にここはゲームの世界かも怪しくなってきた。実際、私は自分が現実と思っているところからここにやってきたのだ。

 ゲームの世界と思っているだけの、実際どこかにある世界なのかもしれない。ゲームと登場人物が一緒なだけで…。


 それにしても、皇帝も私と同じように、本人とは違う人物が憑依してしまっているようだ。

 平凡だけど平和主義の皇帝が、急に人が変わったように贅沢になり、暴力的になり、民に関心を持たなくなった。他国と戦争を始め、遊ぶように侵略していっている。


 脳の病気で、急に性格が変わることがあると聞いたことがあるから、それなのかとも思ったけれど、あの映像を見る限り、別人が皇帝に憑依しているのは間違いないだろう。


 ーーーでも一体、何故。


 聖女スミレ。

 悪役令嬢リーネ。

 そしてリンドウ帝国皇帝。

 3人もこの世界の人間に、別の人が憑依しているなんて。

 そんなこと、普通では起こり得ない。

 

「ーーー呪いーーー?」


 呟いて、はっとアラン皇子を見た。

 アラン皇子がテーブルについたままこちらに視線を向けている。

 重大な話だ。簡単に口にしていい問題ではない。

 皇帝が呪われているなど、口にするだけで処刑されてもおかしくなかった。

 だがアラン皇子は、その点には何も言わず、綺麗な仕草で立ち上がった。こういうところ、やっぱり洗練された皇子なのだなと感じる。

「、、、俺も、その線が有力だと思っていた。いくら悪質な魔法でも、皇帝の人格を代えられることなんてできないだろう」


 ノクトは、では、と書き綴っていたノートを閉じる。

「僕は『呪い』について調べてみます。ケリー先生は魔法の専門ですので、呪いは専門外でしょうが、あの人は何に対しても知識が広いので聞いてみる価値はあるでしょうね。ケリー先生にも当たってみます」

「そうだな。頼む」

 アラン皇子は頷いた。 

 外を見るともう陽も落ちて、外は真っ暗になっていた。冬の日没は早い。

「リーネ。そろそろ帰らないと、グランドロス公爵が心配するだろう」

 アラン皇子に促され、私は後ろ髪引かれる思いで立ち上がった。アラン皇子をこのまま残して良かったのか心配になるが、アラン皇子は気にするなとばかりに私の荷物を渡してきた。


 すると、あ、とノクトは鞄の中からクッキーの入った袋を取り出す。

「マイリントア。これ、隣町で人気だというクッキーなんですけどね。今日の残月祭で出ていたので、マイリントアの分を確保しておきましたよ。いかがですか?」

 にこ、と笑うノクトに、マイリントアも少し口が緩みながら、「悪くないのぉ」と呟いた。

「ノクト」

 叱咤するような声のアラン皇子に、ノクトは「すみません」と全く悪く思っていない顔で謝る。

「少しだけ時間を下さい。申し訳ありませんが、リーネ嬢。その後、馬車まで送りますので」

 送る?と私は耳を疑った。ここから正門まではすぐ近くだ。送ってもらうほどでもない。

 私は顔の前で手を振って、送りは必要ないことを伝えた。

「いいえ、ここは学園内ですし、馬車までくらい1人で大丈夫ですわよ」

 私が言うと、ノクトは「いえ」と続ける。

「か弱い令嬢を、学園内とはいえ暗闇の中、1人にするわけにはいきません。少しだけお待ちください」

 

 そんなに送りたいなら、マイリントアに餌付けしなければいいのに、と私は思うが、マイリントアも喜んでいるし、仕方ないかと諦める。

 その私の横で、アラン皇子が苦笑しながらマイリントアを抱えるノクトの肩を叩いた。

「ーーーお前はほんと…色々考え過ぎだ。ーーーわかった。リーネは俺が送ってくる。『か弱い令嬢』は言い過ぎだがな」

「アラン殿下。ありがとうございます」

 ノクトは優しく私とアラン皇子を部屋から見送りながら、にっこりと微笑んだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※


 私とアラン皇子は、廊下を歩いた後、出入口から校舎を出た。

 出た途端、冷たい風が吹き抜ける。私もアラン皇子もコートは着ていたが、それでも底冷えするくらい寒かった。

 私とアラン皇子は並んで歩く。2人の距離は1メートル程度、離れている。

「ーーーアラン殿下…いえ、アラン。今日は、ごめんなさい。私があの時、プレゼントボックスを覗かなかったら良かったんだって、後で聞いたわ」

 私が言うと、アラン皇子はピクリと顔を強張らせる。

「…誰から聞いた?」

「マイリントアから。アラン皇子はプレゼントボックスについて詳しく知っていたから、普通だったら指一本、自分の身体をあの場所にいれたりしない。私を守ろうとしてわざとボックスの中に入ったって」


 アラン皇子は険しい顔をしてみせた。

「ーーーあいつ、余計なことを…」

「本当にごめんね」

 アラン皇子は眉間に皺を寄せたまま私の顔を覗き込んだ。

「違う。俺がただうっかりしてたんだ。中が光ったっていうから気になっただけで、それ以上のことは考えていなかった。ーーー俺のミスだ。気にするな」 

 

 私は目の前にある、整いすぎたアラン皇子の顔をまじまじと見つめた。

 あの時。透明な球体が落ちた時。

 私でも、あれは近づいてはいけないものだと思った。危険察知能力の長けたアラン皇子が気づかないはずがない。私が球体を触りに行かないように、身を挺してくれたことはわかっていた。そして今、多分アラン皇子があの球体を持っているということも。

 私に被害が及ばないように、隠してくれている。


 アラン皇子が、色々と陰で私を守ってくれていることがわかって、申し訳なさと同時に、すごく嬉しかった。


「ーーーありがとう」

 私は複雑な思いが交錯する中で、一生懸命笑ってみせた。ちゃんと笑えているかわからないけれど。

 アラン皇子は少しだけ私を眺めたあと、身体を正面に戻した。

「…父上については、早めにわかって良かったのかもしれない。呪いであるなら、呪いを解いたら元に戻るかもしれないし、戻らなければそのつもりで対応すれば良いんだ。ショックではあったが、知らずに悪化させるよりはマシだろう」

「ーーー呪いを解く」

 私は呟いた。アラン皇子は頷く。

「呪いであれば、数は少ないが解呪師という存在もいると聞いたことがある。時間はかかっても、探し出して呪いを解けばいい」

「そう、、、」

 では、私もーーー呪いなのだろうか。

 人格が変わる呪い?

 もしこれが呪いだとして。


 呪いが解かれたら、私はどうなるのだろう。

 元の世界に戻る?

 死んでこっちに来たとしたら、私の魂はどこにいくのだろう。

 リーネが私の魂と入れ替わって元に戻って。また悪質な行動をとり始めて、物語通りに処刑されるの?

 そんなの、私の魂が殺され損じゃないの。


 ーーーでも、本来はこの身体はリーネのもの。

 どんなに非道な人間でも、私は後からきただけの、ただの憑依者に過ぎない。


 リーネは、リーネの魂に…。

 それが正しいのだろうか。


「リーネ」

 呼ばれて、私は顔をあげる。

 アラン皇子が困った顔で私を見ていた。

「また入り込んでただろ。歩く時はちゃんと前を見ないと怪我するぞ」

「ーーーあぁ、うん」

 暗くてよくわからない足元だったが、アラン皇子が手を自分の胸の前に開くと、ぼんやり明るさが灯った。


 生活魔法『ライト』。

 魔法学園の殆どの生徒が使える基本的な魔法。

 私は使えないけれど。


「あぁ、そうそう。リーネ。これ」

 そういって、軽く手渡されたものは、包装もされていない手のひらに乗るくらいのアクセサリーのケースだった。少し古びているが濃い紺色がそれでも鮮やかで、高級感を放っている。

「何これ」

「残月祭でプレゼントするって言ってただろ。本当はもっとあったんだけど、今日はそういう感じではないだろうし。でも、これだけは今日、渡しておきたかったんだ」

 どう見ても中古のアクセサリーだけど。

「、、、開けてもいいの?」

「勿論」

 アラン皇子は意味深に笑う。


 私がそのケースを開けると、指輪が1つ、入っていた。やはり新品ではない、小ぶりの宝石が真ん中についた、シンプルなデザインの指輪。

 アラン皇子と同じ、深い紫の綺麗な石だった。


「、、、これ、、、、」

 私は呆然としてしまう。

 この指輪。私はゲームで見たことがあった。

 貰うのは勿論、アラン皇子の恋人になった聖女だったけど。


「俺を産んだ母の形見なんだが」

 アラン皇子はそう言って、少し空を仰ぐ。

 今日は風は強いが夜空は綺麗に晴れていた。空に浮かぶ星が、風に吹かれてキラキラと輝いて見える。


「ーーーリーネに、つけていて欲しくて」


 私は足を止めた。

 僅かにその足が震える。

 なぜ、と思った。

「聖女はーーースミレは?今日、会うんじゃなかったの?」

 私がその指輪のケースを握りしめてアラン皇子を見上げると、アラン皇子は本気で訳がわからないという顔で私を見下ろした。


「、、、スミレ?何で俺がスミレと会うんだ。スミレとは、スミレが学園に来なくなってから一度も会ったことないが。というか、スミレとは学年も違うから殆ど共通点が…リーネ?」


 なぜだろう。

 私の片方の目から、ポロリと涙が一粒落ちてきた。


 よくわからない感情だった。

 アラン皇子の駒にされているわけではないという安堵だろうか。それとも、スミレが、リーネの破滅するアラン皇子ルートに入ったわけではないという安心感からだろうか。

 ーーーいや。


 この温かい感情は、ゲームの時にアラン皇子から何度も貰ったものだ。


 アラン皇子は私が泣いているのを見て、少し狼狽えている。泣かせるつもりではなかったのにと。

「リーネ、、、何故」

 私は無理やり微笑んだ。

「いいの。ちょっと…嬉しくて。アラン、これ、私につけてくれる?」

 貰った指輪のケースを、アランに差し出した。

 アランは戸惑いながらも「勿論」と言って、ケースから指輪を取り出す。

 私が両手の指を開くと、アラン皇子は迷わず私の左手の薬指にそれを嵌めた。

「これは、その、お守りというか…魔除けの役目があってだな…」

 少しだけ照れたようなアラン皇子に、私はくすりと笑った。

「ーーー知ってる」

「え?」

 アラン皇子の顔に、何故知っている?と書いてあった。


 だって知っているものは知っている。


 これはアラン皇子の母親の形見。

 アラン皇子によく似た母親は、アラン皇子と同じ紫の瞳で、絶世の美女だった。

 まだ若かりし皇帝が、母親と結婚する前に魔除けのお守りと言ってプレゼントしてくれたもの。

 そして母親が死ぬ前に、アラン皇子に言った。

『貴方が心から大切に想う人に渡しなさい』


 だからゲームで、聖女が2年生の大魔王と戦う前の日に、アラン皇子は聖女にこの指輪を渡した。

 聖女は必ず自分が守ると約束して。

 

 その指輪が、今、私の指に嵌まる。


 不思議な感覚だった。

 あの時は私は聖女のつもりでゲームをしていたけれど、今は悪役令嬢リーネの姿でこの指輪を貰った。


 だから。リーネではない。

 『私』にくれたものである気がして。


 ーーーーすごく嬉しかった。


「ありがとう。アラン」


 私が笑って心からお礼を言うと、アラン皇子はしばらく私をぼんやり見た後、ふっと優しく笑った。

 私の指に嵌めた指輪から私の手に、アラン皇子の手が移動して握られる。

 私は頑張って歯を食い縛り、それから逃げ出さなかった。本当は照れすぎて振り払いたかったけど。


「リーネ」

 アラン皇子が私の名を呼ぶ。

 やっぱり耳が溶けそうな美声で、全身に鳥肌が立った。いつになったらこの声に慣れるだろうか。

「ーーー俺は」

「待って」

 私は握られたもう片方の手で、アランの口を塞いだ。

「むぐ、、、????」

「今はまだ、言わないで。ちゃんとーーー落ち着いてから」

 落ち着くことがあるかわからないけれど。

 私が呪いなのかどうか、わかってから。 

 呪いで消されることがなければ、その時に改めて聞きたかった。


「ちゃんと…わかりました、わよ?」

 私は少し照れながら、アラン皇子に初めて使う上目遣いで見上げた。これで誤魔化せればいいけど。

 しかし、むしろバレバレだったようで、アラン皇子は急に笑って、私の頭をぐしゃりと撫でた。

「わかったなら、それでいい」

 アラン皇子は愛おしそうに私を見て、目を細めた。


 私達はまた歩き出す。

「ーーそれで?リーネのは?」

「え?」

「俺へのプレゼント」

「え???」

 私は足を止めて後退る。

「それだろ?その鞄の中に入った、ちょっと長い箱。ずっと気になってるんだが」

 私はちらりと自分のバッグの中の箱に目をやった。

 この中には、公爵家の紋章つきの懐剣が入っている。

 アラン皇子が私の家の後ろ楯が欲しいのだと思い込んで買った、勘違いのやつだ。

 自分の間違いが形になった、恥ずかしい証拠。

 こんなの渡したら、それこそ末代までの恥。


 絶対に渡せないと、私はアラン皇子に言い張った。

 何故、とアラン皇子は問い詰める。

 暗い学園の正門までの道のり。私とアラン皇子の笑い声は響く。

 

 アラン皇子と繋いだ手は、ずっとそのままだった。

 


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