悪役令嬢、兄と遭う
突然、食事中の部屋に入ってきたのは、公爵家子息、ジル・フレッド・グランドロス。
父に似た金色の髪は癖毛で柔らかくウェーブがかかり、天然のパーマが端正な顔に良く似合っている。若くしてすでに完成された、彫刻のような顔立ちは、たまに甘く笑い、世間の女性を虜にしているという。
父と同様、妹を溺愛しており、妹のリーネも兄を尊敬し愛している。
ゲームでは、それによって、兄を盗られたと、主人公の女の子を虐めるようになり、追放か平民への滑り台を降りることになる。
「父上は、とにかくリーネに甘すぎる」
そういう兄も、だいぶ妹に甘い。
「今日だけで、何人リーネに見張りをつけてたんですか。うちの私兵団長が、なぜか今日、ごそっと兵がいなくなったって嘆いてましたよ」
そういう兄も、その情報を今日すぐに仕入れたということは、私に見張りをつけてたんじゃないんですか?
誰にも見つからずに出ていけたと喜んでたのに、まさかそんなに見られていたなんてと恥ずかしく思う。
そしてジルは、私と目を合わせたと思うと、その整い過ぎた目をキラキラと輝かせた。
「あぁ、リーネ。今日はとても美しいね。いや、いつも最高に可愛いが、今日は目が眩むほど美人だ」
おの親にしてこの息子あり。というところか。
2人して大袈裟過ぎる。
「ジル兄様も素敵ですわよ」
社交辞令というのがわかって欲しいが。
いや、実際、ジルはかなりのレベルでカッコイイ。
父も若かりし頃は相当の美形であったろうし、今もダンディな紳士と有名ではある。だが、ジルは絶世の美女と噂された母の血も受け継いで、類を見ないほどの美男子に育っている。
好み的にはアラン皇子の方が上だが、アランとジルは、他の人達とは比べ物にならないほどの整った顔立ちとオーラを放っているのだ。
妹からしても、毎回、会った瞬間はそのオーラで目が痛くなる。
でもねぇーー。
美人は3日で飽きるっていうけど、毎日毎日見てるとね。慣れちゃうんだよねぇー。自分の血の繋がった兄だしね。さすがに兄に恋するほどバカでもない。
「大事な娘が、自分の力で立ち上がろうとしているんですよ?見守らずにどうします。どうせ見ているんです、何かあれば助ければいい話ではありませんか」
どうせ見ているというくだりはともかく、いいこと言う。
「俺も心配で、できる限りリーネには外出してほしくないけれど、家に籠っていたら、かえって精神衛生上よろしくないという思いもあります。非行に走ったらどうしますか」
非行に走った結果、追放されたけどね。
「ふむ、、、」
父親も、少し考えるところはあったようだ。
「で、ジル」
「はい」
「リーネの美しさを垣間見てしまったアラン皇子はどうする?」
「とりあえず、リーネの悪い噂を更に皇子の周りの人間に植え付けておきましょう。リーネが男性恐怖症で、少しでも触ると腕を切り落としそうになったことがあるというのも付け加えてはどうでしょう。少しはリーネに触れるのを躊躇するかと」
「なるほど。では、図らずとも、リーネと一緒に乗馬した、あの不届き者のノクトという男はどうする」
「万死に値する行為ですが、彼も侯爵のご子息。抹殺するわけにもいきませんので、とりあえず侯爵から男爵程度に降りていただき、そこから処罰するべきかと」
「なるほどな。ではそのように」
「っちょっと待てぇいっ!!!」
淑女らしからぬ声で、私は勢いよく立ち上がり、それを制止した。
何言ってんだ、この阿呆共は。
「「なんだい、リーネ」」
2人の声が重なる。
はぁぁぁーーーと私はため息をついた。
「ーーーお2人がわたくしをとても可愛がって下さっているのは、よぉーーーーくわかりました。しかし、今回は私の短慮な行動が招いたこと。アラン皇子もノクト様もたまたま出会って親切にして下さっただけなので関係ありません」
「リーネが男の名前を呼ぶだけでも不快だな」
「やはり抹殺致しましょうか」
父親と兄がボソボソと囁いている。
「2人とも話を聞きなさい!!!」
私が怒鳴ると、父親が、落ち着けとばかりに私に微笑んだ。
「リーネの言いたいことはわかった。つまり、リーネは今後、これまでのように家に篭って出ていかないから、皇子とも侯爵子息とも会わない。そういうことで、今回の話はなかったことにしよう、そういうことだね?」
え?
そんな話だっけ?
「いや、それは」
「いや?それは?ではどういうことなんだい?」
笑顔の父の持つワイングラスがピキっと音を立てた。見ると小さくヒビが入っている。
あれ?このグラス、魔法で固めた硬化ガラスじゃなかったっけ?
「そ、そういうことかもしれません」
父の迫力についそう言ってしまい、私は内心、頭を抱える。
墓穴ほってどうするの。
「そうだよね。リーネならそう言ってくれると思ってたんだ」
にっこり笑う父。
結局、この食事会は、それを言わせるために開かれた食事会だったんでしょ、、、。
がっくりと項垂れた私を、ジルは少し不憫そうに見る。ジルは私を閉じ込めるまではしたくないと思ってくれているようだった。
「じゃあ冷めてしまうから、食事の続きをしようか」
父親がそういってナイフとフォークを持ったところで、コンコンとドアがノックされた。
「入れ」
と父が言うと、執事が音も立てずに部屋に入ってくる。
手には封筒のようなものを持っていた。
それを父に渡す。
「招待状、、、?」
父は呟いて、その封筒を開けようとし、封筒の裏を見て目を見開く。
どなたかの印が押してあった。
嫌な予感がする。
ガサッと父は破るように封を開けて、中の手紙を読んだ。
ちらっと父は私を見る。
ちょっと泣きそうになっているようにも見えた。
「皇子からの招待状だ。近々、一緒に買い物に行きませんかだと。その前にうちにも一度、挨拶に足を運びたいそうだ」
ほら言ったじゃん!!!と、父の顔に書いてある。
ええええええええーーーーーーーー。