悪役令嬢、残月祭に参加する
学園の体育館は広く、学園全員を収容してもまだスペースがあるほどに大きい。
年末の最大行事『残月祭』。その準備は一月前からコツコツとされており、ようやく日の目をみることとなった。
あと数日で今年が終わる。
『残月祭』での学園の生徒は、貴族も平民も関係なく平等に楽しむ権利がある。ーーーなので、貴族も平民もカジュアルな服を着て参加する、ということが絶対の条件となる。
カジュアル、とはいうが、仮装でも問題ないらしい。その年の生徒会長の判断で、仮装パーティーにしたことも以前はあったという。とにかく『みんなが楽しめること』それが大切のようだ。
それほどに期待を寄せられる残月祭を裏切らないため、強制的に学園の講師達も駆り出される。
講師達も会場設置を任されており、大変ではあろうが、大人達の力が加わると、ただ大きいだけの体育館が、こんなにも素晴らしいものになるのかと思うほど、会場はきらびやかに変化していた。
キラキラと光る魔道具が壁には一面に貼られ、テーブルには美味しそうな立食用の食事が並ぶ。その横に添えられた花は、残月祭のイメージカラーである赤1色で揃えられていて鮮やかだ。
そして体育館の中央に大きく備えられている透明な立体の箱。これこそが残月祭の楽しみの1つである、プレゼントボックス。
どういう仕組みか知らないが、直径3メートルの立方体の中に入ると、プレゼントの箱が無重力状態で飛んできて、全ての人がそこにあるプレゼントを1つずつ貰うことができる。
魔道具の一種ではあろうが、そのプレゼントがどこから来るのかとか、誰が作ったのかとか、全くわからない。国内唯一の魔法学園。そこに代々伝わるもので、残月祭の日以外は厳重に保管されているらしい。
「何のプレゼントがもらえるか、全くわからないんでしょ?」
「そうらしいのぉ。ワレもこんなものがあるとは、聞いて驚いたぞ」
私は会場の中で、その透明なボックスをためつすがめつしていた。白いショートブーツを履いた私の足元にいるマイリントアがそれに続く。
私の服装は、カジュアルにということでかなり悩んだけれど、折角なのでシンプルに、白いニットのワンピースにしてみた。少し首もとが開いて、膝上丈なので足が多少出るが、ニットの網目が複雑でとても可愛い。ただ、思ったより身体にフィットしていて、リーネの本来の女性らしい体つきが顕になっている。下品なほどではないので問題ないのだが、この服に慣れるまでは少し恥ずかしかった。髪はハーフアップにして後ろで留めている。
「プレゼントは普通の物質だけでなく、魔道具のこともあるし、新しい魔法や能力であることもあるとか。まさに神からの授かり物としか言いようがないな」
妙なことを聞いて、私はマイリントアを見下ろした。
「、、、、神、ですって?」
マイリントアは、魔物のくせにわかりやすく眉間に皺を寄せる。
「ーーーなんじゃその不細工な顔は」
不細工って。そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
私は自分の顔をペタペタと触って元に戻そうと努力した。
「マイリントアが変なことを言うからよ。神って。そんなのは想像の話であって、神様がこんなプレゼントとかくれるはずないじゃない」
「神はおるぞ?」
「???」
何を言い出すのだ、この魔物は。
「神の真の名は知ることはできぬが、皆は『スクナ』と呼んでおる。教会の祀る神もスクナじゃ。滅多に姿を現さぬが、まれにこうやって形を残していく。この世界に殆ど関わらぬくせに、たまにこのように他の誰もなし得ないことをしていかれるから、神を疑うこともできぬ。全く困ったお方じゃの」
「マイリントア、会ったことあるの?」
「ワレが?まさか。ワレはダンジョンにずっとおったしな。ワレが生まれて、まだたかだか数百年。じゃがリュージュなら千年以上生きておるし神に近い存在じゃ、会ったこともあるかもしれんの」
ホッホッとマイリントアは笑う。
「リュージュが」
あのポッテリとしたお腹のリュージュが神に会ったことがあるかもしれないなんて、にわかに信じられないが、そういえばリュージュは竜神だった。そんなものなのかもしれない。
「今日はリュージュはいないんですか?」
後ろから声が聞こえて、私が振り返ると、そこには黒に近いグレーの長い髪を1つに括ったノクトが立っていた。
襟のあるネイビーカラーシャツに、それよりも落ち着いた同色の薄手コートを重ねている。普段と違う姿は2割増しで格好よくは見えた。周りにいる女性陣の瞳がハートになっている。
ノクトは私の足元にいたマイリントアを持ち上げて、慣れた手付きで撫でている。あまり私以外の人間から触られることを好まないマイリントアも、そこまで嫌そうではなく目を閉じて撫でられていた。
私はノクトに答える。
「リュージュは冬は寝るんですって。冬眠まではいかないみたいだけど、殆ど家の暖炉の前で寝ておりますわ」
「そうですか。リュージュにも会いたかったので残念ですが」
少しだけしょぼんとしてみえるノクトは、動物好きなのだろうか。
「それはそうと、リーネ嬢。今日は普段とは違う雰囲気で、とてもお綺麗ですね。リーネ嬢が白のニットを着ると、天使と間違う人もいるかもしれませんよ」
ジルお兄様が任期終了し生徒会長をおりて、次に生徒会長を任されたノクト。生徒会長として板についてきたようで、社交辞令も前よりも堂々として嫌味がなく聞こえる。
「ありがとうございます。ノクト様もスッキリと着こなしていて素敵ですわね」
私がにっこりと愛想笑いをしながらノクトと話をしていると、急にノクトの後ろから手が伸びてきて、ノクトの2つの目を覆った。
いきなり目を隠されて驚いた様子のノクトも、すぐにその手の主がわかり、困ったように口を緩める。
「ーーーアラン殿下。止めてください」
そう言われてもまだその手は離されない。ノクトの頭より高い位置に、透けそうな金色の髪が見えているのでアラン皇子に間違いはないはずだが。
そしてじわりと私の方に顔を見せてきたアラン皇子は、少し不機嫌そうに眉根を寄せていた。
その紫の瞳は、私の視線と合って少しだけ揺れる。
「ーーーリーネ。久しぶりだな」
アラン皇子はどこか落ち着かない様子だった。
え、と私は首を捻る。
「一昨日お会いしたばかりですわよ?」
「ーーーそう、だったかな。忙しくて忘れた。それよりリーネ、確かにその姿、よく似合っていて綺麗だが、その、少し身体のラインがーーーいや」
アラン皇子は周りを気にするように視線を周囲にぐるりと向けて、また眉間に皺を深めた。
「ちょっと、アラン殿下。ほんとそろそろ手を離してくださいよ」
ノクトに手を押し退けられて、アラン皇子の手が離れ、仕方なくアラン皇子はノクトの前に出る。
アラン皇子は落ち着いたベージュのタートルネックのニットに、濃いブラウンのジャケットを重ねていた。
ストレートの白のパンツは元々足の長いアラン皇子の抜群のスタイルを強調して見える。
ジャケットはアラン皇子の鍛えて引き締まった身体のシルエットをほどよくみせて、その上には至極の美貌が乗っている。それは凄くーーー眼福、という言葉が当てはまっていた。
つい拝みたくなってしまったその姿に目を奪われていると、アラン皇子は折角似合っていたジャケットを脱いでしまう。
なぜ、といいかけた時、アラン皇子はそのジャケットを私の肩にかけた。
「、、、そんな格好で風邪ひいたらどうする。それをかけておけ」
ふい、と横を向いたアラン皇子は、やはり少し不機嫌そうだった。
少し首もとが開いているとはいえ、ニットなので風邪引くほどではない。むしろこれにジャケットなんて羽織ったら暑すぎるんだけど、、、と言いたかったけど、アラン皇子なりの優しさなんだろうと、そのままジャケットを羽織ることにした。
「リーネ嬢。このプレゼントボックスに興味があるようですね。面白いでしょう。我が学園は、生徒の安全が勿論第一ですけど、あれだけ厳重な防御魔法で学園全体を守っているのは、このプレゼントボックスを守るためでもあるんですよ。神からのギフトですので、これが壊れたり盗まれたりすることは絶対に避けねばなりません」
「そういうことですのね。道理でーーー」
学園の防御魔法は、下手したら王宮のそれよりも厳重かもしれなかった。王宮騎士団や警備のものが数多くいる王宮と比べて、学園にはマンパワーが少ない。その分を魔法で補っているのだろう。
それにしても『神からのギフト』なんて響きが、パワーワード過ぎて、すごく好奇心を擽る。
「そのプレゼントボックスの品物は、わたくしもいただけるのでしょう?」
プレゼントの箱の中に何が入っているかわからないなんて、いや、物質でさえないものが入っているかもしれないなんて、すごく面白そうだ。
「勿論ですよ。この残月祭に参加される人は皆貰えます。実は講師達も準備に駆り出されるのを不満も言わずやってくれてるのは、それをすることでプレゼントボックスに自分達も入れるからという人が大半のようですよ」
「それだけの品物が入っているということですのね。ますます楽しみになってきましたわ」
ウキウキしながら私が興奮していると、ノクトの横にいるアラン皇子が私を見たまま、困ったように頬を赤らめた。
婚約者であり公爵令嬢でもある私が、場所もわきまえず、はしゃきすぎているのか恥ずかしかったのかもしれない。
私は少し咳払いをして、自分を落ち着かせた。
「ーーー失礼しました。はしたなかったですわね。それで?いつ頃、プレゼントボックスに入りますの?」
そうですね、とノクトは呟く。
「残月祭の流れとしては、催し物が3つ準備されています。それが終わってから3曲のダンス。3曲の歌の鑑賞のあと、プレゼントボックス入場、解散となります」
ふむ、とノクトは間を置いて口を開いた。
「そうですね、特別な方との時間は、その移行の時にという感じでしょうか」
ノクトがちらりとアラン皇子を見ると、アラン皇子はどこともいわぬ方向を見ていた。何を見ているのだろうとアラン皇子の視線の先を見るが、そこには巨大な柱があるだけで、特に他に何もなさそうだった。
そんなアラン皇子を見るノクトだけが、やけに含み笑いをしていて、気になるところではある。こういう含み笑いは、恋愛関係の時に多い印象がある。
私ははっとした。
もしかしてーーーいや。間違いない。
ーーー気づいてしまった。
聖女スミレはいなくなる時、仲の良くない私には何も言わなかったけれど、スミレはアラン皇子には、どこに行くか話をして出ていったのかもしれない。
特待生なのだから出席しなければ退学になるはずなのに、まだスミレが退学になったと書かれている掲示板を私は見ていない。
よく考えればおかしい話だった。
しかしアラン皇子がそれに手を回していたら?
スミレがどこにいるのか知っていて、その授業料を払ってしまえば、王族の圧力があれば、少なくとも退学にはならないかもしれない。
そして学園の生徒であれば、この残月祭には参加できる。
そうーーー。
アラン皇子は、この残月祭でスミレと落ち合うつもりでいるのだ。婚約者の私には話せないから私と目を合わせることができず。しかし仲が良いノクトは知っていて、アラン皇子をからかっている。
今は冬。学園の2年生になると、恋愛対象者を絞り、その相手とのイベントが増える。そして物語は佳境へ入っていくのだ。大魔王が出現するまでは、愛を育む大切な時期。
この1年生の時の残月祭が終わると、もうゲームではすぐに2年生になっていた。
つまり、ここで今日、スミレがアラン皇子と会うということは、スミレはアラン皇子ルートに入っている可能性が高い。
物語の内容は私の知るものと全然違うけれど、あの世界を熱狂させたやり込みゲームだ。そういう隠しルートがあってもおかしくなかった。
私にはプレゼント交換するって言っておいて、私を少し期待させながら、私の持ってきた公爵家の紋章つき懐剣を手に入れつつ、本命のスミレと逢い引きする。
考えれば考えるほど、じわじわと腹が立ってきた。
ーーーなんてずる賢い男なの、アラン皇子。
私は冷静を保ちながらも、わずかに怒りが滲み出してしまったかもしれない。ノクトとアラン皇子が、少し戸惑いつつ顔を見合せた。ノクトは徐々に顔が青白くなっている。
しばらくして、こそこそと何かを話しだした。
【リーネ嬢、急になんで機嫌悪くなったんですか?殺気が凄いんですけど】
【そんなこと俺が聞きたい。そもそも俺は何もリーネと話してないぞ。ノクトが『特別な人』とか言うから、ノクトにからかわれたと思ったんじゃないか?】
【いや、アラン殿下がリーネ嬢から顔を反らしたからでは?殿下にしっかり見つめて欲しかったとか】
【、、、、リーネがそんなタイプだとは思えないが、、、】
アラン皇子とノクトの視線の先が、ゆるりと私に戻ってきた。
アラン皇子が口を開く。
「、、、リーネ。何か誤解があるのでは、、、」
今度こそ私はアラン皇子を睨み付ける。
「誤解なんてものはしておりません。皇太子殿下こそ、己の欲のために誤解を招くような行動はお控えになられた方がよろしいのではなくて?」
私の言葉に、アラン皇子も少し顔を強張らせた。
「、、、それは、俺に対する不満か?ーーー俺は誤解を招くような行動を取ったつもりはないが、、、、己の欲に忠実で何が悪い」
私はその言葉に、ぐっと唇を噛み締める。
「ーーーその欲に振り回される人の気持ちを、ちゃんと考えていただきたいと言っているのです」
言って、わずかに自分の声の震えを感じた。スミレを愛しながら、その手のひらで私を転がそうとしているアラン皇子。悔しい気持ちから、じわりと悲しみの方が強くなってきた。
ーーーアラン皇子と私との約束は、ただの政治的なもの。私はそんな立場でしかなくて。
結局は、アラン皇子はスミレを愛し、私は婚約破棄される運命。
わかってはいたけど、こんなに堂々と開き直られると、すごくーーーー哀しかった。最近はアラン皇子とも仲良くなれていた気がしていたのに。
「ーー振り回されるものの気持ち、、、それはリーネのことか?」
アラン皇子が私をまっすぐに見つめる。私は静かに頷いた。嘘ついたりすぐに誤魔化す相手なら言っても響かないが、こんなに真摯に見つめてくれるならば、私の訴えは届くかもしれない。
愛する人がいるのなら他の人を振り回すべきではないし、そうしなければ、私達だって、婚約破棄したとしてももっと良好な関係でいられるかもしれないーーーなんて、夢物語かもしれないけれど。
所詮、私は女。未来の皇帝と、ただの貴族の令嬢では、婚約破棄をしていずれ私が学園を去れば、もう会う機会もなくなるだろう。
男女の友情なんて、誰が信じるものか。
それでも私は、アラン皇子の都合の良い女ではいたくなかった。
私はまっすぐに私を見つめるアラン皇子を見つめ返し、はっきりと言い放った。
私はアラン皇子の駒にはなるつもりはないのだと。
「そうですわ。わたくしのことですの。アラン殿下には、わたくしの気持ちも理解していただきたく…」
瞬間。
私の手が、ぐいっと強く引っ張られた。
アラン皇子の大きな手が私の手首を握り、そのままアラン皇子の引き締まった胸に包まれる。
カジュアルなファッションなだけに、フォーマルな服装より私の頬に当たるものが温かくて柔らかい。
アラン皇子に抱き締められる形になり、私は目を見開くしかできなかった。
残月祭の会場にいた女性陣が、ものすごい声で悲鳴をあげた。場所が体育館なだけに、声が反響して響き渡る。
隣にいたノクトは、豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔をして私とアラン皇子を見ていた。折角の美形が崩れてしまっている。
「ーーー???、、、あ、あ、あ」
そして私はあまりにパニックになってしまい、声という声が出せず、激しく動揺する。
なぜ私はアラン皇子に抱き締められているの?
しかも残月祭という、学園の生徒全員が集まるような会場の中で。
「、、、リーネ」
私のすぐ耳の横に顔を近づけて、アラン皇子が失神しそうになるほどの美声で私の名前を呼んだ。その声に熱が込もっていて、私の心臓が一気に跳ね上がる。
やばい。この声はダメだ。
慌てて私はぎゅうと目を閉じる。これは止めなければ。
「ーーー、アラン殿、、、」
「リーネ」
私の声を遮断するように、もう一度アラン皇子は私を抱いた腕に力を入れて、私の名前を強く呼んだ。
「ーーーーーっっっっっ!!!」
全身の細胞が弾け飛びそうな衝撃が爪先から頭の芯まで駆け上がり、爆発手前で私はアラン皇子の腕を振り払った。
多分、私の顔は茹で蛸以上に赤くなっていると思う。
気が狂いそうなほどの美声に我慢できず、私は自分の両耳を強く押さえて、アラン皇子を睨んだ。
「ーーー何をなさいますのっ?」
精一杯の声を出したが、思った以上に声が出ず、掠れてしまっていた。喉さえも完全にノックダウンされている。
私はアラン皇子の手を振り払ったというのに、アラン皇子の私を捕らえた視線は緩むことなく、ただまっすぐに私だけを見つめていた。
「、、、リーネ」
もう一度、その名を呼ぶと周りがざわつき、アラン皇子は少し口を歪める。少し我に返ったようで自分の柔らかそうな金の髪を、くしゃりと掴んだ。
「ーーーあぁ、こんなところではダメだな。リーネ、こっちへ」
また右手の手首をアラン皇子に掴まれて、今度はアラン皇子は私に背を向けて、その手を引っ張って歩き出した。満員電車のように学園の人が密になってこちらを見ている。アラン皇子はそんなことはお構い無く、人混みに向けて突き進んだ。
するとそれはまるで、エジプトから逃げるモーゼの前の海のように。
アラン皇子が歩くと、その先の人だかりが、ざっと割れるようにスペースが開いていく。
まだ残月祭が始まってもいないのに、出ていく私達を止める人は誰もいない。
私は自分で止めるしかなかった。
「、、、ちょ、ちょっとアラン殿下。ーーー待って」
「なんだ?」
なんだと聞きつつ、アラン皇子は足を止めない。
「ーーー待ってってば」
振り払おうにも、今度はアラン皇子の私の手首を握る力は強く、全くびくともしなかった。力なら多少自信があったのに。
気づけば、プレゼントボックスの横まで来ていた。プレゼントボックスは体育館の真ん中に置いてある。
透明なボックスで、中が透けて見えていた。
ふわふわとプレゼントは中で無数に浮いており、色んな形の箱が、それを受け取られるのを待っているようだった。
その中で、特に何もない空間が、急に眩しく光った。
「っきぁっ」
「ーーーどうした?」
私の様子が変わったからか、今度はアラン皇子は素直に足を止めてくれる。
「いや、プレゼントボックスの中が急に光って」
「箱の中に光るものが入っているだけじゃないのか?」
「…そうかしら。でも眩しすぎて」
私がひょこっとプレゼントボックスの入り口から中を覗くと、アラン皇子もその中を私と同じように覗いた。
ちょうど通りかかったケリー先生が、あ、と声を出す。
「ダメですよ。プレゼントボックスは1人1つであって、一緒に中に入るのは禁止されていまして」
ケリー先生の言葉と同時に。
顔部分しかボックスの中には入らなかったのに、アラン皇子と私と、1つずつ、合わせて2つのコアのようなものが飛び出した。2つの赤いものは伸びたり縮んだり、丸まったり四角くなったりしながら形を変える。
明らかに異様な動きをしているのに周りの人は気にもしない。その赤い光の動きは見えていないようだった。
私達はもうボックスから完全に出て、外からその様子を驚きと奇妙な気持ちで眺めていた。
「ーーーなんだ、コレは、、、」
アラン皇子は呆然と呟く。
「プレゼント、、、ですわよね?」
伸びたり縮んだり。
小さくなったと思えば膨らんで。
数分、いやそれ以上だろうか、私達は動けずにその様子を見ていた。
周りでは私達の動揺に気づいて気にする人もいたが、私達の視線の先では何も起こっていない。すぐに興味を失い、普段通りの動きに戻る。
アラン皇子が起こした私へのアクシデント(突然のハグ)は、むしろ残月祭の1つの盛り上げ材料になったかのようで、会場は盛り上がりつつ、すでに1つ目の催し物がステージで始まっているようだった。
残月祭は通常通り進んでいく。だがプレゼントボックスの中の赤いものの動きは止まらない。
段々落ち着きを取り戻した頃、私はふと気づいた。
私の手首を掴んだアラン皇子の手はまだ放されておらず、まるで私達がずっと手を握っているかのような状態になっていることを。
「ーーーあの。アラン殿下」
「、、、なんだ?」
アラン皇子の目は赤いものから視線を外さない。
「その、、、手を、、、そろそろ放してくださらないかしら」
すごく恥ずかしいのだけど。
私の横に立つアラン皇子を見上げるが、アラン皇子は私の声など聞こえなかったように、私の手を放さなかった。
アラン皇子の手の熱さが伝わってきて、また意識しそうになった時。ようやく赤いものの動きが止まった。
赤いものは、その色を消して透明な球体になっていた。
『ゴツッ』
と音を立てて、浮いていた状態から地面に落ちる。クリスタルかガラス玉のようなので割れたのではと思ったが、遠目にはひびさえ入った様子はなかった。
あの玉はアラン皇子と私と、2人から出たものからできている。ということは、あれはプレゼントということだろうか。
アラン皇子と2人で1つのプレゼントーーー?
このプレゼントボックスの仕組みなど、私は全く知らない。ただ2人以上で入ってはいけないと言われているならば、何ができて、何が起こるか予想もつかなかった。
どうするべきかと私はアラン皇子と目を見合せる。
アラン皇子は少し考えて。
あれほど放さなかった私の手を離し、1人、プレゼントボックスの入り口から中に入っていった。危険な目に合うなら自分だけで良いというように。
「アラン殿下っ」
私は叫んだ。
行ってはいけない気がした。
アラン皇子がその透明な球体に近づいた時、透明な玉が一瞬、歪んだ気がした。
『ーーーリン』
と聞いたことのある音が鳴った。
玉の中に、ぼんやりと何かの映像が映る。
暗い部屋。ベッドから上半身だけ起き上がった妙齢の男性が、自分の両方の手のひらを広げて、不思議そうにその手を眺めている。
「ーーーここは一体、何処だ。これは誰、、、」
顎下に、長い髭を生やしている男は、顔に薄い皺を刻んでいた。若いとも言いがたいが、老人でもない。
「何故俺がこんなところにーーー」
広いが決して豪奢ではないそこは、しかし一般の人間の部屋ではあり得なかった。そしてその人の髪の色は、王家の血筋を示す金色の髪を有している。
記憶喪失にでもなったかのような言動だが、私には見覚えがあった。
あの日。
鈴の音とともにこの世界にーーーリーネの中に入り込んで戸惑った、あの時の私の光景と酷似していた。
今でも思い出せる、あの自分ではない身体を動かす、奇妙な感覚。
そして、私はその男が誰か、知っていた。
アラン皇子の誕生祭で玉座に座っていた男。そしてアラン皇子の立皇太子を笑顔で祝っていた人。
、、、最近、人が変わったように悪事が目立つ、その男。
透明な玉のすぐ傍で、目を見開いてその映像を見ていたアラン皇子の瞳が、明らかに揺れる。
アラン皇子は小さく呟いた。
「ーーーー父上ーーーー」




