悪役令嬢、アラン皇子と約束をする
冬になって、厚着をしても肌寒い日が続いた。
私がこの世界の住人になってから、あと少しで1年になる。
露店の中には冬に備えて一時的に店じまいをする店も増えてきており、街の通りを見ても、どこか寂しい色をしていた。
学園内の木の葉が少しずつ落ちていき、その枝の形が顕になっていく。地面を歩くと、枯れた葉がガサガサと乾いた音を奏でた。
私は中庭で、その木々の移り行く姿を見るのが好きだった。春になればまた木は芽吹き、夏に向けて葉を増やしていくのだろう。
秋が終わり、一度枯れて春を待つその姿は、高くジャンプするために膝を折っている人間のようだ。
「ーーーで、なんでまた、アランがここにいるの」
ぶすっと私は口を尖らせる。
秋からーーーロジーがいなくなってからなのだが、私は中庭のベンチで昼食をとるのが日課になっていた。
いつもどこかを徘徊しているマイリントアがたまに昼食を貰いにやってくるが、基本は1人だ。
誰の目も気にせず、移り行く季節を感じながら、ぼんやりとこの『世界』について思う、ゆっくりとした時間。
それが、冬に入ってから邪魔する者が現れた。
アラン皇子だ。
時々だが、こうやって私のところにやってくる。
お昼の時間、私より先にベンチに転がって居眠りをしている。
ゲームの中でのアラン皇子の居眠りの場所は、学園内に設置された自分の部屋か、生徒会室ではなかったか。
私は近寄り、アラン皇子の顔を上から覗く。
アラン皇子の光に透ける金の髪が、風に吹かれてサラリと流れた。目を閉じていてもアラン皇子の顔は彫刻のように整っており、うっかり見とれてしまいそうになる。
「ーーーアラン。寝たふりなのはわかってるのよ。どいて頂戴。私はここで食事がしたいの」
うちのシェフに、私がこの場所で食べる為に、その風景に合ったランチを準備してもらっている。どこでも寝れるアラン皇子とは違うのだ。
アラン皇子は、静かに片目を開けて、私を下から見上げた。
「この国の皇子に対して『どいて』とは、また随分な言い様だな」
「ーーーアランのことは、皇子と思わないようにしたの。いつも悪戯ばっかりしてきて。私は貴方のオモチャじゃないのよ」
新しく建ったスタジアムを一緒に見に行ったくらいからだろうか。
その少し前からアラン皇子が私に対しての警戒心を解いてくれるようになったのは感じていたが、あの頃から、アラン皇子が近くなったーーーというよりは、露骨に私の邪魔をしてくるようになった。
今日のように、私のお気に入りのベンチで居眠りをするくらいならまだ良い。差し入れをもらったと物凄く酸っぱいジュースを飲ませてきたり、私が持っている鞄の中に虫を入れてみたり。
忙しい身の上のくせに、娯楽に飢えているのかと思うほど、とにかく私のところに来ては何か悪戯をしていく。余程、私をからかうのが面白いのだろう。
ゲームの中でアラン皇子は、情熱的で優しい、そしてとても男らしい人だったように思う。
それが今はどうだ。
誰よりも世話が焼ける子供のようだ。
「ほら。さっさとしないと昼休みが終わっちゃう。どいて頂戴」
私はぐいっとアラン皇子の足を自分の手で押しやり、ベンチに無理やり座った。そして鞄からお弁当を取り出す。
アラン皇子は、その様子を横目で見ていた。
「、、、おなか空いた」
アラン皇子がぼそりと呟く。
私は目を丸くして、アラン皇子を凝視した。
ーーー何ですって?
私がアラン皇子を見つめて呆然としていると、アラン皇子は今度はわかりやすく呟いた。
「おなかがすいてきた。何か食べ物が欲しい」
明らかに私のお弁当を狙っている。
イラッとして、私はまだベンチに横になっているアラン皇子を見下ろした。
「ーーーまだ学園の食堂は開いてますわよ。アラン殿下とあろうお方が、こんなところで飢えているなんて、とても見ていられませんわ。早く食堂に行かれて心ゆくまでおなかを満たされることをお勧めしますわ」
私が丁寧な言葉に戻して言うと、アラン皇子はふっと笑った。
「俺が、数に限りがある食堂のランチを食べることで他の学生がそれを食べれないかもしれないと思うと、とても心が痛む。それならば俺が飢えたとしても、未来ある生徒達が無事に食べれた方が良いだろう。なに、俺はここで少しばかり何か食べれれば、それで良い」
控えめに聞こえるが、結局はただの物乞いだ。
私はアラン皇子から目を離す。
「ーーーあげないわよ」
つん、と私は顔も反らした。
「何故」
ーーー何故?
「何故も何も、これは私の弁当だからよ。この冬の中庭に合わせてシェフに特別に作ってもらったんだから」
「それはそれは、とても美味しそうだ」
本気で言っているアラン皇子に、私は口を歪めた。
「あげないって言ってるでしょ」
「何故だ?」
繰り返すやり取りに、私は頭を抱える。
「ーーーなんで私が、アランに弁当分けてやらなきゃいけないの。皇太子なんだから、嫌でも自分の個室に食事が準備されているでしょ。勿体ないことしないで、ちゃんと自分の部屋に帰って食べなさい。毒味もしてあるだろうし、絶対安全よ」
私がそう言うと、アラン皇子は少し考えて、
「それもそうだな」
とあっさり認め、ベンチから身体を起こした。
「ーーー邪魔をした。では、ゆっくり弁当を楽しむといい」
アラン皇子は立ち上がり、歩き始める。
今まであんなにしつこかったのに、急にあっさり身を引かれると調子が狂う。私が少し戸惑った、その瞬間。
私の弁当の中から、私の大好きなだし巻き玉子が1つ、宙に浮いた。そしてひゅんとアラン皇子の方に飛んでいき、アラン皇子はだし巻き玉子をパクリと食べた。
「うん、うまい」
悪戯が成功した顔で、アラン皇子はニヤリと笑った。
ーーー私はものすごく悔しかった。
私の大好きなだし巻き玉子。
私が眉間に皺を寄せていると、アラン皇子が歩く足を止めた。
「ーーーリーネ。今月末に、『残月祭』があるだろう?」
『残月祭』。それは、いわばクリスマスのようなものだ。年の終わり。最後の月の残った数日。無事に今年を過ごせたことと、来年の幸福を祈って、祭が開かれる。
この世界の若い人達は、その『残月祭』の時にカジュアルな服装でパーティーを行う。人によっては、大切な人とプレゼントを渡し合ったりするようだ。
ちなみに公爵家では毎年、お父様とジルお兄様がリーネにプレゼントをくれた。そしてお金を持たないリーネは、2人にプレゼントを自分から用意することはなく、ただ受けとるだけだった。それが当たり前と思っていた。そして自分以外の皆が浮かれて楽しむ『残月祭』など、リーネは嫌いだった。いつでもリーネは孤独だったから。
ゲームでは大きなイベントである『残月祭』。
しかし主人公であるスミレもいないし、『残月祭』で誰かと楽しみたいという気持ちもない。
よって、私も『残月祭』にあまり興味はなかった。
「残月祭のパーティーね。ーーーもちろんあるでしょうけど」
つまらなさそうな顔をする私に、アラン皇子は微笑む。
「さっきの卵焼きのお礼に、『残月祭』で俺がリーネのためにプレゼントを送ろう」
「え?」
アラン皇子が、私にプレゼントをくれる?
何のために。
アラン皇子が好きなのは、聖女であるスミレでしょうに。スミレがいなくて寂しいから、婚約者である私にプレゼント?
ーーーアラン皇子はそんなお祭り好きな男ではなかったはずだが。
私が驚きに返事ができないでいると、アラン皇子は少し考えて、あぁ、と付け加えた。
「ーーーリーネからの俺へのプレゼントも、楽しみにしておくからな」
そう言うだけいって、アラン皇子は颯爽と去っていった。私はポカンと口を開けてしまう。
私もプレゼントを準備するのなら、それは『お礼』になっていないが。結局、ただ卵焼きを食べられただけである。
「ーーープレゼント?」
皇太子にプレゼントとか、何を送ればいいのか。
かつて一度も誰かにプレゼントをしたことがないリーネと、クリスマスなんていう恋人が楽しむイベントに縁のなかった私に、どうしろというのか。
急に頭痛がしてきて、私は頭を抱えるのだった。
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プレゼント。
それは愛情や友情を込めた気持ちを込めた『親しい人への贈り物』。
贈るという行為は、その人の趣味やセンスが試される。相手の望まないもの、センスが悪いものを贈ると、それが好意だったとしても贈った相手を不快にさせたり、下手したら嫌悪感を抱かれるという、マイナス要素も多く含む。
私のプレゼント知識では、例え私に何の感情もないアラン皇子へのものだったとしても、やはり実力不足。
誰かに相談したい気持ちが強かった。
だがマイリントアに相談しても、どうせ鼻で笑われるだけだし、ジルお兄様に相談しようとしたら大激怒するのが目に見えている。
ロジーは傍にいないし、ベックに聞こうものなら、あの性格だ、奇想天外なものを選ばれかねない。
ノクトという手は考えた。アラン皇子と仲が良いし、アラン皇子の好みを知っているかもしれない。
ーーーしかしノクトの口から、私がアラン皇子へのプレゼントを選ぶために【わざわざ】ノクトに聞きに行ったということを知らされる可能性がある以上、ノクトには聞けない気がした。
「ーーー残るはケリー先生、、、か」
悪くない考えだった。ケリー先生は大人の男性だから、アラン皇子が感動するくらいの素晴らしい意見がもらえるかもしれない。私が考えもつかないようなものが。
そして騎士団や魔術師の塔、学園など様々な場所で働いている以上、贈り物をあげたり貰ったりする機会は少なくないだろう。それこそ、ケリー先生が貰って嬉しかった贈り物などを聞いてみるのも、参考資料として十分聞く価値はあるように思えた。
今日はケリー先生はたまたま学園の特別講師の日だったので、学園内のケリー先生の部屋に向かった。
ケリー先生の部屋の前。
コンコンとノックするが返事がない。しばらく待っても反応がないので、私はそっとケリー先生の部屋のドアを開けた。
ケリー先生は、そこにいた。
接待用のテーブルに座って、ボードゲームみたいな盤に向かって集中しているようだった。目の下にはくまが出来ており、ブツブツと何かを呟きながら、ボードに置いてある小さなコアを無造作に動かしていた。
盤の横にはノートがあり、びっしりと何か書き込まれている。少しコアを移動しては書き込み、また少しコアを移してはコアを元に戻してみたり。
あーでもない、こーでもないとブツブツ言っている顔の青白い姿は、まるでマッドサイエンティスト。紫の艶のある綺麗な長い髪が、今はボサボサになっていた。
ーーーこれはそっとしておいた方がいいだろうなと、私は静かにドアを閉めた。
触らぬ神になんとやら、だ。
相談して決める、という策は無理そうだった。とりあえず残月祭までにはあと1ヶ月弱ある。
しかしもう1つ問題があった。金銭の確保だ。
ダンジョンやギルドに行って依頼を達成し、金銭を得ることはできる。でも外出が禁止されている以上、ダンジョンやギルドに行くためには転移の魔道具が必要になる。その転移の魔道具を買うには、ダンジョンやギルドで得たお金を大量に使わなければならない。
それでは本末転倒というものだ。
「いや、、、贈り物にも色々あるか、、、」
例えば自作の何か。
絵画や手作りなど、低予算で贈り物にできるものはいくらでもある。
ーーーいくらでもあるが、、、。
それが実際、贈り物にできるだけの技術があるかどうかは別の話。
多少なりの編み物はできるけど、ニット帽やマフラー程度。セーターとかは無理だ。
絵はそもそも基本的知識がないから、人にあげれるものではない。
アクセサリーは、ジルお兄様ならプロレベルで造れるけど、作る理由を聞かれたら絶対反対されるからそれも却下である。
「ーーーそもそも、アラン皇子が何が好きか、私、全く知らないわ、、、」
ゲームでアラン皇子のルートばかり攻略していた私だけど、アラン皇子が何が好きかとか、そんな話はあんまりなかった気がする。キャラクターの小話程度に、どの人が甘いものが好きとか嫌いとかそういうものがあったくらいだ。
それでいうなら、確かアラン皇子は辛党派だった。香辛料とかも好きで、皇室では、皇子用に変わったスパイスを使った料理が提供されるとか。
私も料理なら、少しはできる。
向こうの世界にいる時に、お菓子も何度か作ったことがある。ちゃんとしたレシピが頭の中にあるわけではないけど、なんとなくなら覚えている。
しかしアラン皇子は皇太子。例え婚約者の手料理だとしても、外部から持ち込まれた食べ物を食べるとなると先に誰かに毒味をされるだろう。
だし巻き玉子はアラン皇子が勝手に取って食べたが、基本は毒味が必要だ。アラン皇子はそういう立場になるのだ。
手料理って、食べてもらいたい人に一番に食べてもらうものであって、毒味とかそういうものではない気がする。
では一体、アラン皇子に何を、、、、。
考えに考えて。私は低く呟いた。
「というか、何で私がアラン皇子のプレゼントのためにこんなに悩まないといけないの」
強制的に贈ることになっただけのプレゼント。
なぜ私がアラン皇子に?
結局そこの疑問にたどり着く。
アラン皇子はスミレが好きなはずで、それでも私から贈り物が欲しいということは、これは婚約者としての政治的な意味合いが強いのかもしれない。
今、アラン皇子の周りは平穏ではない。
皇帝と現皇后の血を引くマルク皇子を皇帝にいう動きがあることを陰で聞くし、リンドウ帝国の情勢も悪化している。他国との戦争だけでなく、内乱も増えてきているという。
そんな立場の中で、政治的な意味合いを考えると、結果は簡単だった。
帝国内でも有数の、莫大な権力と財産を所有しているグランドロス公爵という名を持って、弱くなりつつあるアラン皇子の地盤を固めようということだろう。
残月祭で婚約者の公爵令嬢とプレゼントを贈り合うことで、アラン皇子の後ろにはグランドロス公爵がついているということを皆に知らしめるのだ。
「ーーーなるほど。そういうこと、、、、」
とうとう納得する答えにたどり着き、私はすっきりした気持ちで呟いた。
では贈り物は簡単だ。
グランドロス公爵令嬢として相応しい、他のどの貴族でもない、『公爵家紋章』の入ったハンカチや品物を贈ればいいということだろう。それをアラン皇子が公の場で使用することで、アラン皇子とグランドロスの関係を知ることができる。
それならば私がお金を使わなくとも、公爵家に帰ればいくらでもカリナに伝えて注文できるのだ。
「それならそうと、はっきりいえばいいのに。アラン皇子ったら、紛らわしいんだから」
何度も頭に浮かび、否定したこと。
まさかアラン皇子が私のことをーーー?
、、、なんて。ゲームの世界であんなに聖女を愛していたのだ。婚約者とはいえただの脇役の悪役令嬢を、アラン皇子が好きになるはずがない。
それなのに、アラン皇子があんな言い方するから、うっかり、その可能性を頭の隅で考えてしまっていた。
そんなバカな考えに引っ張られて、プレゼントの選択肢を誤らなくて良かった。
公爵家の紋章のついた何か。
それさえ決まれば、残月祭までの1ヶ月。発注を考えるともう少し猶予があった方がいいだろうが、それまでに決めればいいということ。理解してしまうと一気に心の重みが軽くなった気がした。
公爵邸に帰り、私つき侍女のカリナにその話をする。
普段穏やかで明るいカリナの可愛い顔が、一瞬、見たことないくらい歪んだ気がした。
それを瞬時に戻して、カリナは私に問いかける。
「リーネ様。それ、本気で言われてます?あの完璧主義のアラン皇子が、そんなある意味、恥をさらすようなこと、、、リーネ様ではなく公爵家の後ろ楯が欲しいためだけにそんなことを言ってきたと」
「ーーーだって、そうとしか、、、」
そんな風に言われて、もう一度考えてみるけど、やっぱり最終的には同じ答えになった。
「ええ。間違いないわ。あの『ある意味』賢いアラン皇子だからこそ、そのように考えたと思うのよね」
はぁ、とカリナはため息をつく。
「リーネ様がそう思われるのなら、それでいいですけど。、、、アラン皇子が何をリーネ様に贈られるのか、とても楽しみですね。そしてアラン皇子が心を込めてリーネ様に贈り物を渡して、そのあとリーネ様の贈り物をみた時のアラン皇子のお顔を想像するだけで、、、私、不憫で涙が出そうになります」
カリナは泣くふりをしてみせるので、「何よぉ」と私は口を曲げる。
口は曲げるが、私は自分のたどり着いたものを曲げる気はさらさらなかった。だってそれが正解に違いないのだから。
ーーー公爵家の紋章。
ポールペン、ハンカチ。腰につける懐剣などどうだろう。それかアラン皇子の胸元につけるアクセサリーなんか、良いかもしれない。そこにこっそりと公爵家の紋章をつけるのだ。さりげなさがポイントになる。
ーーー悪くないわね。
カリナは絶対間違っている。
きっとアラン皇子は私の贈り物を見て、さすがだと喜ぶに違いない。
アラン皇子の立場を理解し、自分はーーー公爵家はアラン皇子の味方だと暗に伝える贈り物。
ーーーいつかは婚約破棄されてしまうかもしれない身だけど。
アランがそれを望む今は、アラン皇子に相応しい婚約者でいてあげようと思った。




